第7話 戦闘訓練(オリエンテーション)


 「言わんこっちゃない。あの森は帝国から追われた残党部隊が隠れている森なんだよ――まぁ、帝国の連中もブラッケンクラウス領地のこの場所に手を出せずに様子を窺っていたんだよな」



 龍一朗は投げやりに状況を話す。それはサクラが掴んでいた情報と一致する。



 「それじゃあ……君はその状況を知っていた……」


 「知っていたから渋っていたんだよ。そしたらこのバカらが――」


 龍一朗はそう言い、アウラーと自分の母親涼見を指差した。

 爆音と兵士のいきり声を聞き、事態は最悪の状態にあることを知ることとなる。

 アウラーは尻尾を丸めた犬の様にブルブル震えている。先ほどの先ほどの態度はどこへやら……

 一方で、涼見は「龍一朗、知っていたんだったら何とかしなさい」と語気を荒げた。だが、それは余りに都合がいい話である。

 さすがの龍一朗も


 「誰の所為でこうなったんだ! テメエだろうが!」


と怒鳴り、ギロリと彼女を睨み付けた。

 自分の息子に怒鳴りつけられ動揺する母親涼見。

 今までみたいに、命令形では通用しない。


 「た……たしかにそうですが……でも……」


 涼見は彼の両肩を掴んで何とかして欲しいと哀願した。

 それでも、彼の態度は軟化することはなかった。

 

 「それに――殺すつもりで良いって言っていたよな。それだけ訓練詰んでいれば自分で何とかするだろう」


 彼はそう言って上級生を見捨てた。そしてその責任についてこう述べた。


 「死人は多少なりとも出る――辞表は覚悟しておけ」


 涼見は血の気が引いてその場に倒れ込むが、彼がそれを助けることなくただ彼女を見下ろしている。

 

 「とりあえず、おまえらそこで正座して反省していろ」


 二人は龍一朗に促されその場に正座して、彼の判断を待つこととなる。


 「いずれにしても、混乱を抑えなければならないな――サクラ、そうなると今はおまえの兵士らが頼りにするしかない」


 龍一朗はサクラに情報提供を求めた。


 「わかった。君が指揮してもらってもかまわないけど――でも兵はあたしの国の兵士だからね」


 サクラが語る真意は『うちの兵に危険が及ぶのは許さない』である。

 そうなると、作戦を考えなければならない。


(あまり積極的にサクラの兵は使えないな)



 龍一朗は少し考える――



 まず、一国の長が他国の兵士を動員して戦闘を吹っ掛けるのはどうかと。

 具体的に言うなら、『他国の法皇の自分が、他国の軍を指揮したらどうなるか』である。

 当然、そこの長が激怒し国際問題に発展するだろう。

 その上、兵になにかあろうものなら、それこそ紛争の元になる。

 さて、どうするか。


 

――そこで、龍一朗はあたりを見回す再び状況を確認する。


 

 俺らは白き聖城の帝国の法皇とその所属の将官。今現在、身分を公にしていない。

 サクラは身分が明らかになっている。ブラッケンクラウスの極悪令嬢――ならぬ姫(笑)。

 サクラは自国領地であるゴードンの森に旧共和国の残党がここに棲みついていると情報を得て警戒にあたっていた。

 うちの学校は校長とバカ教師により、何らかの方法でサクラに場所を提供する様要求し、彼女はこれを承諾した。

 うちの学校の先輩は、この教師共により唆され、俺らを襲撃すべくゴードンの森に進入した。



 ……と、ここまでは分かっていることだ――



 「サクラ、おまえに尋ねたいことがある。なぜ、危険がある森の中に入ることを許可したんだ」


 サクラは恨めしそうに涼見を見る。


 「いや、当初はうちの安全な地区でのキャンプだったんだよ。だけど、急に危険区域での戦闘訓練っていう話にすり替わっていて、「ダメだ」って話したんだけど――涼見ちゃんに……」


 (サクラは何かの弱みを握られ断れなかった様だな。粗方、うちの母親に勉強の成績のことか、俺との勝手な婚約あたりをちらつかされたのだろう)


 「まあ、その話は本人からしっかり尋問するとして――それで、急遽こういう状況になって、護衛のための兵をどういう運用していたんだ?」


 「元々、警戒部隊を森奥の宿営地に常駐させていたんだけど、学校の要請を受けてその兵士を生徒の警護及び指導員として兼務させていた」


 「じゃあ、何で戦闘になったんだよ」


 「一部の生徒がうちの兵士の制止を振り切って森奥にはいっていたらしい。多分、自分の実力を試して賊に挑んだ――んじゃないかな。この先生はロクな戦略法術を教えていないくせに生徒の自信をつけさせるのが得意だったから……」



――再び、考える。



 合宿であればキャンプファイアーと初顔合わせみたいな感じで、先輩等とフレンドリーに訓練すればいいものを――急に合宿予定を変えられたか。

 そもそも、戦闘訓練であれば最初から軍隊に体験入隊させた方が早い


 いくら特殊科の先輩で4人一組10グループで行動していたとしても、見習いの生徒を危険地帯に送り込まれること事態、おかしな話だ。

 それこそ残党部隊の格好の餌食である。

 実力を伴わない学生は部隊はあっという間に潰されるだろう。

 男子は足手まといになるから殺害され、女子は散々慰みものにされ身代金の要求材料もしくは、奴隷商人に売り払われることになるかもしれない。

 もちろんそうならない様に対策は施していたハズだ。

 サクラと彼女の兵が泡を食っているところをみると明らかだ。

  

 そこで新たなる疑惑が浮かぶ。

 なぜここを指定したのか……である。


 母親は多分、この世界のこと知らないだろう。もし、父親が教えたとしても自分の奥さんを態々こんな森に誘い込ませることはしないはずだ。

 仮に提案者が父親であれば、ブラッケンクラウス公に連絡した上で、安全な場所で体験学習という形にしただろう。



 そうなると、怪しいのはアウラーなのか――?

 

 

 龍一朗は母親と共に正座させられているアウラーをチラリと見る。

 彼は青ざめた表情で呆然としている。


 「とりあえず、現状はわかった。そうなると――だ。おまえの兵隊の安全を確保しつつ鎮圧はできないものだろうか?」


 「いや、そんな大部隊組んでいない。あくまでも牽制部隊だ。大事になるのなら父上に知らせて部隊を送り込まなければならない。でも時間はかかる――」


 「――だよな」


 「君の力で何とかならないか?」


 「俺か……俺は色々あってだな――」



 そこで龍一朗は妙案が浮かんだ。

 それは自分が指揮なければ問題はない。

 ならば、彼女が指揮すればいい。

 龍一朗は俯く涼見に対して質問する。


 「今回、俺らを動員したのは訓練だよな」


 「そ、そうです」


 「なら、こういう状況でも訓練しているって認識でいいな」


 龍一朗は母親が「いや――こうなっては……」と止めるのも聞かずに、ある女性の前に立ち止まった。


 「キユ、おまえに命令する――現時点をもって本作戦の指揮系統を委譲する」


 「はっ、なんだって?」


 「これは命令だ。よっておまえはこの作戦の指揮官だ」


 「どういうこと――あっ! そうか」


 キユは龍一朗の考えをすぐに理解した様ですぐに姿勢を正した。


 「わかったならば。キユ=アボカド、旧共和国残党の殲滅作戦を実施せよ!」


 「了解、実施します!」


 キユは軍隊式の敬礼をして、直ぐさまバーナードに対して本作戦の補助を命じた。


 「それと――」


 龍一朗はサクラに声を掛ける。


 「サクラ、おまえの兵隊を実施訓練として借り受けたい。もちろん先の約束どおりに兵士に危険が及ぼさないため直接攻撃に出なくて良い。あくまでも牽制だけでよい」


 「そ、それはいいけど――君が指揮しないのかい?」


 「指揮はキユにやらせる。彼女なら大丈夫だ」


 そこでキユはバーナードの助言を得て、次々と立案を立てていく。

 それはあくまでも、ブラッケンクラウスの兵士を三手に分け、囲む陣地を取るもので、基本的にそれだけで良い――というものだ。

 それでも、後方は白き聖城の帝国側であり、彼らはそっち側へと逃走することはない。

 無理に追い込めば残党が背水の陣をとり、返って危険である。

 要は追い込まなければ良いのである。

 

「でも、この体制では牽制にしか過ぎないよ。時間稼ぎは生徒にとってもよくないと思うわ。その間に女生徒が残党らに――」


 「そんなの知ったことではない。結末はそこに正座している大人に責任を執らせるから」


 「そんなこと言わないで、龍一朗頼むよ」


 「でも――全部は助けられないぞ」


 「それでも結構。ボク……いや、アタシは君に全てを賭けたいんだ」


 「――わかった」


 龍一朗は作戦準備に追われているキユの方に向かう。


 「何?」


 「この陣形は俺がそう動くと想定して整えられているものだな」


 「当たり前だろ。こんなキチ○イみたいな動き出来るのはおまえくらいだ。そんじゃあ、バルに命令するね――キユ=アボガドの名の下に命ず、貴殿に特別独立機動歩兵の任に命ず!」



 「神池龍一朗伍長了解!」



 この気合いの掛かった一言に一同が静まり還った。

 彼の言葉に驚いていたのは、涼見、アウラー、詩菜、仁美、あずきであり、その中でも一番驚いていたのはサクラである。


 「えっ? 確かキユさんって青いの出身だよね……で、龍一朗はその青いのの伍長――てことはブルースターの兵隊なの?」


 「まあね」


 龍一朗はチラリと詩菜を見る。詩菜もそれ相応に驚いていたが、再び龍一朗の視線に気付き首を振って正体をばらすことはしないと無言で誓った。


 でも、とある人物に正体をばらしかけられる。


 「あっ、そうかバルの奴、義勇軍では伍長のまんまだったっけか。もう少し補正すべきだと――」


 その瞬間、バーナードは前のめりになり後頭部を押さえることとなる。キユである。キユの拳骨がバーナードに直撃したのである。

 

 「余計な事はいいから!」


 「んじゃあ、バル伍長殿。悪いんだけど、この敵兵殲滅してくれない」


 キユがあっけらかんととんでもない命令を下した。

 だが、龍一朗も正論を言い返した。


 「おまえ、それよりもサクラの兵と連携執らなきゃならないだろ? お互い敵と誤認してはたまったもんじゃない。サクラに無線手段やライブ映像などやり取りする方法はないのか確認しろよ」


 そう言われるとキユは今までの部隊運用とは異なることを改めて知らされた」


 「あっ、伝達手段か――それは全く考えていなかった……」

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