第9話 戦闘訓練(オクラホマミキサー)

 亡霊と呼ばれた歩兵が敗残兵を追う。

 数的有利だった彼らも、次々と亡霊に襲われ――今や半数近くまで激減した。

 彼らもここまで逃亡してきたのに、まさか他国でも追い回されるとは思わなかっただろう。

 その彼らが逃げて逃げて逃げてく先には、かつての母国である白き聖城の帝国が立ちはだかっている。当然、彼らも自国へ引き返すのは本意ではない。

 それでも 、今の彼らには兎に角逃げるしかなかった。

 それだけ追い詰められていたのだ。


 だが、このままでは確実に越境してしまう――


 何とかここは有利に事を進めたい。誰もがそう思った。

 だからこそ、先ほど生け捕りにした馬鹿学生らを交渉道具として相手を引かせようと考えが出てくる訳だ。

 彼らが生け捕りにした生徒は女生徒。

 彼女らは本来彼らのお慰み用兼資金調達様として連れ去られたのである。

 あとはこれを利用すれば自分らの言うことを聞くハズ――


 敗残兵の1人が生け捕りにした生徒の中で、最も美形でプロポーションの良い女生徒の襟首を掴み、亡霊の前に引き釣り出した。

 亡霊は様子を窺う為、一旦活動を停止する。


 「わかっているじゃねえか……」


 女学生は着ていたジャージを剣で引き裂かれる。女生徒が悲鳴を挙げながら露わになった部分を手で覆い隠そうとするも、その瞬間、喉元に剣を突き立てられ震えて何も出来なくなった。

 喉元に剣をチラつかせながら、「こいつがどうなってもいいのか」と悪党らしいセリフである。

 その敗残兵は彼女の豊満な胸部を亡霊に見せつける様に「ほら、上玉だぜ」と亡霊を誘っている。

 当然、女生徒は泣きわめいている。他の女生徒はその光景に怯え震えていた。

  

 「――いい趣味じゃないな」


 亡霊がようやく口を開く。


 「どうせ、おまえはこの国の軍隊ではないんだろ? 傭兵だろ、なっ!……だったら俺らみたいな雑魚を構っていないで、この姉ちゃんくれてやるから俺らを見逃してくれねえか?」


 彼らは大きな勘違いをしている。

 ブラッケンクラウスの傭兵だと思っている。

 そうであれば良かったのだろうが――相手が悪かった。


 「くだらねえ――」


 亡霊が面倒くさそうに首をグルグル回した。その挙動に悪党が慌てて、彼女の肩をぐっと引き寄せ首筋に剣の刃を押し当てた。

 彼女も悲鳴を挙げようとするが――もう彼女の喉からは恐怖のあまり声が出なくなってしまった。


 「た、たすけ……て」


 これが今の彼女の精一杯の声である。


 「おっと、不用意に動くなよ。こいつがどうなってもいいのかよ!」


 「ザコ、定番のセリフだな。それに残念なお知らせだ。俺はの仲間ではない」

 

 「ハッ? 何言っているテメエ?」


 男はハッタリだと思っている様だが、亡霊から酷い一言を告げられた。


 「寧ろ、俺はこいつらを殺しても良いと言われているんでな」


 「――ヒィィ!」


 「は……ハッタリ言っているとこの女の――」


 男が彼女の足に剣を刺す構えを見せる。


 「脅しのつもりか? どうせやるなら――こうやって見ろよ!」


 亡霊はそう言うと、彼女に目掛けて手を斜め上に振り払った。

 すると――音もなく悪党と女子高生の首が一瞬で胴体から切り離された。

 辺りは彼らの首元から吹き出された血液で真っ赤に染め上げられる。

 地面に転がる二つの生首が恨めしそうに亡霊を睨んでいた。

 他の捕虜になっている生徒が悲鳴を挙げた。


 「ゲエエッ、こいつ人質ごと殺しやがった!」


 「おまえ等に告げておく。俺はこいつらと戦闘をする様学校長と教師に命じられている。しかも殺害許可も出ている。こいつらもそのつもりで戦っているハズだと言われているしな……」


 亡霊はチラリと彼女らを睨む。だが、彼女らはそんなことは言われていなかった様で必死に顔を左右に振っている。


 「知らないのか? でも、おまえ等が否定してもこの戦闘に参加した時点でこの賊と同じ扱いになった。だから全く問題ない」


亡霊にしてみれば、刃向かう者は殺害やむなしと言うことであり、もはや彼女らは保護対象ではないし、彼らに手加減するつもりもない。


 「それ故、味方ではないこいつらを助ける義務も筋合いもない――とは言え……」


 亡霊がそう呟きながら指をパチンと弾くと、女生徒の亡骸だけが消え、直ぐさま別の場所に首と胴が繋がった状態で彼女は一糸纏わず体育座りで浮き上がってきた。


 彼が情を示したのか? ――いや違う。

 悪意に満ちた笑みを浮かべている………


 「殺したままにすると色々面倒な事になるのでな。仕方がないので寸分狂いもなく複製しておいたよ。おまえは死んだ女が進むべき人生を代わりに歩むと良い」


 彼は冷酷に言い放つ。

『代替えが利く』いわば『物と同価値である』ことを意味していた。

 亡霊にしてみれば彼女らは人として見ていないのである。

 

 つまり、彼の身の保身ゆえに複製しておいたに過ぎない。


 だから、彼らや彼女らが生きようが死のうが全く関係ないのである。

 彼女らを利用しようとした悪党らも、見捨てられた人質の彼女らも、血の気が引いて絶望した。

 無情にも生まれたままの姿で体育座りで俯いている彼女だけが無表情のまま佇んでいる。ただ、複製した人間が裸のままというのも違和感がある。 


 「おっと、再現忘れていた……これでは些か問題になってしまうな」


 再度、亡霊がパチンと指を弾くと彼女の裸体が一瞬で先ほど来ていたジャージ姿に変わっていた。


 「あとは好きにしろ」


 ジャージ姿で体育座りの彼女――それでも依然、動きナシ。呆然としている。


 「あれ――反応無いな」


 亡霊は無言で彼女を蹴飛ばすと、彼女は悲鳴をあげ倒れた。

 彼女はこちらを見て、恐ろしさの余りに涙をボロボロこぼし始めた。


 「うん。成功確認――と。さて……戦闘再開だな」


 亡霊はそういうと再び手で振りかざした。

 音もなく首が切り離され彼らは次々と地面に倒れていった。

 無残に地べたに転がる骸とまき散らされる血液。

 正に地獄絵図である。


 「うわああああっ!」

 

 彼らは彼女らを見捨てて一目散に逃げるしかできなかった。

 当然統率はとれておらず、最早『軍隊』とか『兵』と呼べるものではなくなっていた。

 

 途中、ブラッケンクラウス軍に行く手を阻まれ、後ろから迫り来る亡霊に恐怖に怯えてながら、彼らが最も恐れる場所へと誘導されていく。


 『生きたい。生き延びたい』背後で次々と倒れていく味方を見殺しにして……何も考えられず、必死で逃げ続ける。


 そして気がついた時には――周りをバルバザック市国軍に取り囲まれていた。

 

 即ち、彼らは今、白き聖城の帝国領土に舞い戻ってきた訳である。



 「おまえ等は完全に包囲されている。武器を捨て大人しく投稿せよ」



 小銃を構えた市国軍――レーダーポインターの照準が彼らの額に照射されている。

 銃火器がなかった旧共和国軍の彼らであるが、彼らも先の戦闘で市国軍の兵器を目の当たりにしてこれがどういうものか理解している。

 もはや彼らが執るべき手段は限られていた。

 

 彼らは今まで掴みあげてきたたものを手放す様に天を掲げ、全てを諦めた。



――それから間もなく、バルバザック市国軍ゴードン指令所



 ここはパオ――つまり移動式住居みたいな仮設指令所である。

 女性の指揮官が椅子に座りながら面倒臭そうに書類を読みふけっている。

 彼女は指揮官というより白衣を着た医者のようにも見える

 その彼女が目頭を押さえながら、大きくため息をついた。


 「――で、何でここに居るん?」


 彼女の前に手を縛られた黒い服装の男が1人立たされていた。


 「おまえが連れて来たからだろ」


 男は素っ気ない言葉で答える。先ほどの亡霊である。


 「違うで。そう言う意味ではない。そもそもこの作戦はうちでやるって話やったやろ?」


 「仕方がない。人質取られたんだから。見殺しにしてやってもよかったのだが――そうするとブラッケンクラウスの姫が騒ぐ」


 「だからと言って実力行使って穏やかではないなぁ……っていうかいつまでそんなガラクタ着込んで遊んでいるん? 法皇さん」

 

 彼女がパチンと指を弾くと、今まで動いていた戦闘服とヘルメットがごろりとその場に落ちた。

 つまり、この中には人が入っていなかったのである。

 

 「あれっ、法皇さん?……どこ」


 彼女が辺りを見回す。

 するとすぐ後ろにジャージ姿の龍一朗がその場に佇んでいた。

 しかも、さきほどまで彼女が読んでいた書類を手にしてパラパラマンガの様にページを捲った。

 

 「なるほど――今回も外れか」


 「あっ、法皇さん。ずいぶんラフな格好やね」


 「おっミカ。久しぶり」

 

 彼女はミカ=サマンサ。白き聖城の帝国兼バルバザック市国軍の技術研究長官である。

 今回は彼女が残党狩りの指揮をしている。

 その理由は――


 「久しぶりって簡単に言わんといて。あの女がギャアギャア騒いで五月蠅くてかなわん」


 あの女とはナナバのことである。

 そのナナバが彼女に「残党狩りやっといて」と面倒事を押っつけたのである。


 「あのキチガイ、ホント迷惑――」


 実はナナバとミカはあまり仲が良くない。

 そうかといって喧嘩するほど啀み合ってもいない。

 お互いに無関心なのである。


 それなのに面倒事を押っつけられた理由は――ただ単に振る駒がなかったからである。

 本来ならばゴードンの森の直近を管轄する法王フェルナンデス=メローがその任にあたるのが筋であったのだが彼が残党狩りに難色を示し、仕方なく彼女に役が回ってきたのである。

 当然、今回の件は予定外であり、彼女の本来の仕事もお預けになってしまった。だから怒っているのである。


 「今、研究開発しているのがあったのにぃ~」


 彼女は金切り声をあげて悔しさをにじませた。


 「研究開発って何?」


 「ああ、それは戦闘中に敵に幻を見せて誤認させる術で――ちょっと困っていて……」


 「ほぉう……で、何を困っているんだ」


 「いや、幻でどう誤魔化そうかなって――フォログラムでやろうとするとどうもうまく行かないんで」


 ミカは「うーん」と頭を抱えていた。


 「あぁ、それなら『空間転移』と『物体の疑似再生』で何とか出来るんじゃないか」


 「ん? それはどんな感じ」


 「さっき、俺試してみたんだけど――」


 彼が言っているのは、先ほど悪党と上級生の女子の首を切り飛ばした辺りのことである。

 

 ――実際にはそう見せかけているだけである。

 

 実際に本物の首を跳ねたのは悪党のみ。

 彼女は転移させると同時に彼女に似せた肉の塊を再現して首を跳ねたのだ。

 

 そして素っ裸にしたのも理由がある。

 素っ裸にすれば彼女が複製されたものだと周りに思わせる為である。

 

 「――ってな事があったんだ」


 「なるほどぉ。幻影を見せるよりかはリアルに出来た物を再現させてそれに対応させる方がええわなぁ。いやぁ……これはホンマに気がつかなかったわ」


 ミカは龍一朗の肩をバシバシ叩きながら「ホンマにこのお兄ちゃんは巧いこと考えてくれるわ」と歓喜の声を挙げた。

 

 「いやぁ~、ナナバの馬鹿たれのおかげで良い収穫ができた。それにたまには外に出てみるべきやな。おおきにな」


 ミカは龍一朗の右頬に軽くキスをした。

 さすがの龍一朗も不意を突かれて動揺する。

 

 「お……おい!」


 「アハハハっ、リップサービスやで。でも身体まではやらんよ」

 

 「いらねえよ!」


 ミカは龍一朗に対してはある程度好意こそはあったものの、どちらかというと兄妹もしくは姉弟に近いものだった。

 当然、それは恋愛感情ではない。


 「いやぁ~。このお兄ちゃんがあの姫様とズコバコしているって想像つかないわなぁ。こりゃ私も犯されちゃうかなぁ」


 ――そして下ネタ好きで、そういう感じでからかってくるのである。


 「するかボケ! そんなこと他で言いふらすなよなっ、俺が疑われちゃうから!」 

 

 「あれぇえっ? だったらナナバのあほんだらにもっとイチャついている画像データでも送りつけてやろうかしら」


 ミカはケタケタ笑いながら龍一朗の頭をポンポンと掌で叩く。

 そんな馬鹿話をしていると、仮設指令所の幕をから馴染みの男が顔を覗かせた。 


 「――いや、それは最終的に俺が酷い目に遭うからマジでやめて欲しいんだけど」

 

 バーナードである。彼が苦み潰した表情で入ってきた。


 「一応、うちのナナバはおまえ等の関係は知っているから刃傷沙汰にはならないけど……そんな画像を送られた日には止めに入った俺が大けがする羽目になるから」


 彼は幕の外にいる縄で縛られた何かを引っ張りながら、話題を変えた。


 「ところで、言われたとおりに関係者2名を連行してきたのだが……」


 バーナードが縄を引っ張ると、パオの中に両手を数珠繋ぎで縛られた涼見とアウラーが引きずり込まれた。

 彼女らは睡眠法術を掛けられており、些かボーッとしている。


 「お疲れ。それでは準備が整い次第、いっちょ演説ぶちかましますか……」


 龍一朗は悪意ある笑みを浮かべながら司令官であるミカに対して、兵士の大半を広場に集合させるよう命じた。

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