第8話 戦闘訓練(キャンプファイヤー)



 薄暗い山林を何かが足早に駆け抜けていく。

 それは何かに囚われた怨念の塊なのか、ある一点を目指し縦横無尽に木々の隙間をすり抜けていった。

 途中、大きな岩を身体を揺すって躱し、ゴツゴツした岩場も足下をふらつかせる事なく、速度を保ちつつ突き進む。

 それは、まさしく亡霊の如くであった。



――ソレが山林を駆け抜ける10分前。



 「通信手段、どうする?」


 そう確認したのはサクラである。だが、サクラの提案に臣下達が慌て出す。

 

 「姫様ダメですからね! さすがに他国の者に通信共通化するのは――ましては青い連中に!」


 彼らの主張は最もなことである。

 ブラッケンクラウスが最大の警戒しなければならない隣国である白き聖城の帝国――それを守護しているバルバザック市国軍も形上ではブルースター義勇軍。そう彼らが言う青い連中のことだ。

 今、彼らに通信手段を明かせば万が一、ブラッケンクラウスと帝国とが敵対した場合にそれを悪用される可能性だって否定できない。

 だから臣下等が反対しているのだ。

 もちろん、キユとしても彼らが渋る気持ちを十分に理解しているし、正直キユ自身も自国の通信手段を他国と共有することについては、賛同しかねる。

 

 「確かに、それは軍としては嫌だわな。ならば、あたしが指示することはサクラが改めて指揮してくれれば良い。その結果をあたしに伝えてくれればそれで用は足りる」


 「貴殿が言うことは最もですが、それでも……」


 サクラの臣下はどのような形で通信されるのかさえ悟られたくない様子である。

 だが、彼らが通信指示してくれないと部隊運用は出来ない。

 ――そうかと言って、キユ等が通信手段の提供をしたとしても、すべての作戦部隊に通信手段を行き渡らすことは、時間的に困難だ。

 ここは国家的責任者が判断するしかない。

 視線がサクラに集まる……が――


 「……ん? だったらうちの通信手段を使うかい?」


――即決だった……


 「軽っ! 決断が軽過ぎ」


 「姫様! よく考えた上で決断して下さい!」


 あまりのあっさりした決断にキユと臣下らが驚いた。

 サクラはアハハっと笑いながら余計な一言を付け加えた。


 「そんな些細なことはどうでもいいよ。どうせ龍一朗はアタシのところに婿入りするんだから」

 

 「……ちょっと待て。俺は一言もおまえの婿入りするって言ってないぞ」


 サクラの妄言に龍一朗があわてて口を挟んだが、彼女はケタケタ笑いながら「まぁ落ち着け……とりあえず言ってみただけだ。冗談だ」と龍一朗の肩をポンポンと叩いた。

 彼女にしてみればその場の空気を崩したかったのだろう。「さて、本当の事を話すよ――」とさらに重い現状を語った。

 

 「正直言うと――うちの今の部隊では押しとどめるので精一杯。本国にも既に増援要請をしてあるけど……時間が掛かるって……」


 サクラはジッと龍一朗を見る。


 「今度は何だよ」


 「ヒトミンを助けてくれた君なら、何か良い方法はないのかなって」


 龍一朗とサクラが対決したあの時。

 サクラの法術暴走に仁美は巻き込まれてしまい、脳に大ダメージを与えてしまう。

 その即死状態だった彼女が今、この場所に立っている。

 それを助けたのは龍一朗であった。

 彼のおかげでとりあえずは日常生活を送れるほど回復している。

 

 ――とは言えそれは彼女はその後遺症を患っていた。脳については完璧に再現したのにも関わらずである。

 龍一朗が唯一回復出来なかったところは『彼女が体験したもの』、すなわち記憶である。 壊された脳細胞に記憶されていたものを完全再現することはできなかったのである。

 だが不幸中の幸い、それはごく一部の記憶であり、日常生活を送る分には特に影響はない。


 ――ただ、何らかの必要があって欠けた分野について強く思い出そうとすると、脳に負荷がかかり偏頭痛を起こす様である。


 今、その彼女は何かを思い出そうとして頭を抱えていた。

 

 サクラは彼女が思い出そうとしている内容を理解している様で、「ヒトミン、無理しないで。少し休んだら」と彼女が思い出そうとしている行為をやめさせた。


 (事故以前の彼女だったら『青いの』って言葉に異常に反応したけど……それが思い出せない様子だ。龍一朗の話ではその記憶が壊れている可能性があるって言っていった)


 仁美は申し訳なさそうに「ゴメン、皆が大変な事になっているのに」とサクラの意見に従い詩菜に付き添われその場を後にした。


 「さて、これで作戦に移る訳だけど――何か問題はあるかな?」


 キユは周りにいるものに確認する。

 すると、今まで黙っていたあずきが挙手して質問した。


 「私も何かする?」


 「あぁ、あずきちゃんか……ここで護衛をしてくれないか? 正直、この作戦はバルにしか出来ないから」


 あずきは自分が足手まといであると暗に言われていたのを悟った。


 「わかった――龍一朗君に任せるわ」


 それで話が終わる……ハズだった。


 「ちょ、ちょっと――うちの子に何をやらせるつもりなのですか?」


 キユの言動に涼見がヒステリックな声で口を出してきた。


 「私が言ったのは訓練ですよ。魔法の訓練」


 「だから訓練するんだろ? もっとも訓練内容は若干変わってしまったけど」


 龍一朗が面倒くさそうに答えた。


 「相手は軍隊ですよ! そんなのに勝てるわけないでしょ!」


 彼女は声を荒げた。

 だが、当の本人は首を傾げている。

 いきなり反対する涼見の言動にキユも困惑する。


 「えっ、言い出しっぺは涼見ちゃんらでしょ? ここで戦闘訓練させるって。彼なら問題なく熟せると思うけど」


 「うちの子1人で行かせるんですか」


 彼女は必死で龍一朗を行かせまいと食い下がる。


 「――殺し合い……させるん……ですか? 私は認めません、ええっ認めませんか

ら!」


 逆に龍一朗とすれば今頃母親面する彼女の態度に苛立ち始めた。


 「あんた、今頃になって何言っているんだ……」


 龍一朗がチッと舌打ちして涼見の元へ詰め寄ろうとした時、バーナードによって制止された。

 彼が止めた理由は、『この作戦』よりも『この親子間トラブル』の方が深刻であったからである。

 代わりにキユが涼見に彼の内心を告げる。


 「何を今更。それにそう彼を仕向けたのは涼見ちゃんだよね?」


 「な、何を言っているの……」


 「こいつはな、あたしらを守って何万、何十万の敵兵を殺し続けた、ぶっ壊れちまった奴になっちまったんだよ!」


 キユは力説の余り机をバンと叩いた。

 静まり返る作戦室――これだけだったらまだ良かった

 バーナードはウンウンとうなずき、キユも拳を握り締めさらに話を続けた。


 「あんたが、こんなキチガイにさせちまったんだよ!」


 ――ピキッ! 


 『キチガイ』という言葉にその当事者が反応した。


 「おい、どさくさ紛れにすべて俺の所為にしてんじゃねえぞ。……」


 龍一朗がキレた。


 「おまえ等だって敵軍と交戦中、勝手に殴り合いの喧嘩して、敵軍に間違って法術核ぶっ放した前科あるじゃねえか! あれ無駄に人が死んだからな」


 龍一朗はキユとバーナードを指差した。


 「いや、それあたしじゃない。だってあたしはバーナード殴っただけだから! バーナードが勝手に倒れて、たまたまそこにいたバルにぶつかって……そっ、そう! 結果的に発射ボタンを押したのバルだったよねっ」


 キユが必死に弁解するが、最早弁解ではなく責任のなすりつけであった。

 話が全然違う方向に進む。 


 「あぁ? おまえ、ふざけんなよ。たまたまいた訳じゃねえだろ! 俺は指令台に座って指揮していただけだろうがっ! 剰え司令官2人が指令台で喧嘩する事態、マジありえないんですけどっ。おまえ等その歪んだ根性叩き直してやろうか?」


 「お、おい……キユ、バル! なぜそこで俺を巻き込むんだよ! ……ていうかおまえ等が喧嘩すると俺が酷い目に遭うからやめてくれ」


 バーナードも巻き込まれキユと龍一朗を止めに入る。

 ……・つまり、この3人の話は事実である。


 涼見は龍一朗を留学のために異世界に送った責任者の1人である。

 確かに神池家先代当主みふねは『魔王を倒すため修行してこい』と送り出したわけであるが、それは方便であり、彼女の本音は『精神修行をしてこい』と言うものだった。

 ――まさかその子供は、彼らが魔皇と恐怖する軍隊や国家を作り上げてきたわけである。


 涼見はそう言う意味じゃないとばかりに「違う――違う」と言ってガクガクと身体を震わせた。


 「私は……私達はそういう風に彼を育てようとは思わなかった。違うのっ、違うの!」

 

 涼見はその場で泣き出し龍一朗の前へとゆっくり向かう。

 龍一朗がギロリと睨み付けるが――それについてキユが割って入った。


 「何、今頃親らしいこと言っているのよ。あんたがしていたバルへの冷たい対応――あたしは彼を同情するわ……でも、おかげであなたが彼をそう育ててくれたおかげで、あたしらが今あるのも事実――冷酷な彼を作ってくれてありがとう」


 キユは悪意ある謝辞――というか強烈な嫌みを彼女に浴びせた。


 「私は龍一朗に『人殺ししろ』なんて一言も言っていません!」


 涼見は声を荒げた。

 確かに彼女は本家の息子として一流の人物になる様言い聞かせてきたのであるが――それは息子の重荷となり――やがて良好な親子間の構築の妨げとなった。

 

 「俺はね、母親から『情けは無用だ』と教えられてきたんだ――昔の俺は皆に情を持って接していたからなんだろうけどね……でも、その言葉は間違ってはいなかった。だから見ていて欲しい――あなたが望んだ息子の成長の姿を……ね」


 今までの仕打ちを『お礼』という皮肉で返した。

 涼見は精神的ショックを受けた様で「あぁ……」と嗚咽を挙げながらその場に座り込んでしまった。



――時間を戻す。



 涼見がショックで寝込んでしまい、彼女も仁美同様休ませることになった。

 作戦司令室ではサクラとキユが中心となって対策に追われていた。


 『こちら右方小隊。現在、対象と膠着状態を維持しています』

 

 「それでは間もなく独立機動歩兵がそちらに向かいます。それまで待機」


 サクラは無線機様な通信機器を用いて自国の兵を指揮していた。

 通信機器は我々の世界のものを流用してこの世界に合うものに改良されていると思われた。

 

 「何だよ。渋っている割にはあっちの世界のバッタモンもんかよ……」


 キユは白い目でサクラの臣下らを見る。

 サクラの臣下は「うぅっ、うちの国の最新鋭の無線機なのにぃ」と金切り声が上がる。


 「だが、うちのは違うからなっ!――バル、聞こえるか」


 キユは自分のコメカミに人差し指を軽く押し当て呟いた。

 これは法術を用いた通信手段であり、脳波を法術暗号信号に置き換えるものである。

 言わばシステム事態は無線機と同じである。

 サクラは何も言わずただそれをジッと窺っている。

 これが、ブルースター義勇軍――ではなくバルバザック市国軍の通信方法である。

 これはある意味反則とも言える。なぜなら会話は通信した本人しか聞こえない仕様になっているからだ。


 「……・わかった。正面から突破するでいいんだな――サクラ、バルは正面から向かうってさ」


 「えっ、……あっ、そうなの?」


 サクラがいきなり声を掛けられ若干慌てるが、すぐに冷静に送受機を取り上げた。

 サクラの通信機は個別に通信する訳ではなく全体向けのものである。

 当然、ある程度通信要領が決められている。


 「作戦本部から各小隊、現場の状況送れ。左方小隊からどうぞ」


 『左方小隊から作戦本部、こちらは対象を確認していますが、人質と思われる人影確認できず』

 

 「作戦本部了解、それでは――」


 サクラが的確に指示していく。

 キユは『こいつ場慣れしているな』と感心していた。裏を返せば戦闘準備が出来ているもしくは出来つつあるということ――それは、帝国との戦闘も視野に入っているということである。


 (ナナバには悪いが、この女とバルを結婚させちまった方が――国難は避けられそうだな)


 そんな中、一報の割り込み通信が入る。


 『中央小隊割り込みます。現在後方より高速で接近する人影あり。確認、コード亡霊ファントムでよろしいか?』


 通信を聞いたサクラがチラリとキユを見る。キユはコクリと頷く。


 「そのとおり、亡霊である。道を空けよ」


 『了解です――ていうか、既に中央小隊を通過! 亡霊、そのまま敵小隊に進入します』


 「了解した。なお、現時点をもって中央小隊は亡霊から距離をとりつつ、敵陣営に進入せよ。なお、その際には逐次情報を通信にて報告せよ」


 『中央小隊了解――っていうか、亡霊戦闘開始!……ちょ、ちょっとあいつ大丈夫なのか単体で敵に正面突破しているぞ……敵、小隊は弓矢で応戦――いや、亡霊は障壁法術で防御しつつ――ってありえないだろ、おい!』


 中央小隊の通信兵は若干パニックを起こしている。

 その状況下でダイジェストで送り続ける。


 『亡霊、障壁法術を敵兵目掛け投げつけ……敵、負傷者多数発生』


 「障壁法術……絶対防御法術『神の御手』の事か? まさかそれを攻撃法術に転用したというの?」


 サクラが眉を顰めた。


 『亡霊、そのまま敵中央に進行。現在、宙を舞い……』


 「宙を舞っている? それじゃあ、格好の標的じゃないか!」


 『……いや、違います! く、クリスタルブレードを展開――そ、それも多数! それを敵兵目掛け投げつけました。敵兵続々と貫かれ倒れていきます』

 

 「う……嘘でしょ?」


 サクラはその無線を聞いて顔色が青ざめた。

 それもそのはず。クリスタルブレードとはサクラの世界でも最上位クラスの能力者だけが使いこなせる法術剣であり、一般の法術使いはもちろんのこと戦闘系法術師ですら体現させるどころかそれを使いこなせることも困難なものである。

 そもそも法術師が法術剣を使うことはまずない。彼らは剣士ではないのである。

 それに1本出力させられただけでも超一流なのに、それを複数同時に出力させることはほぼ不可能とされていた。

 それを彼があっさりと体現させてしまったのである。

 しかもそれを使いこなせている。

 彼女も体現させることぐらいまでは出来るのだが――制御を誤り、負傷者を出している。

 サクラは彼とのあまりの実力の差にショックを受けている様子で、完全に意気消沈してしまった。

 キユが舌打ちをする。


 「おまえの旦那になる奴なんだろ? 実力の差なんか気にするな! どうせあいつはあたしらが束になったとしても勝てる相手じゃないんだから……そんなことより早く実況を続けさせろ!」


 キユはサクラの背中をバンと叩いた。

 臣下らが「無礼だぞ」と抗議するが、その衝撃で我に返ったサクラが、自分の頬を両手でパンパンと叩くと再び指揮につく。


 「……現在、戦闘状況はどうなっているか、情報送れ!」


 『了解、敵兵ほぼ沈黙。なお亡霊は我々に対して――何か指示している……』


 「わかった。確認する」


 サクラはキユに龍一朗が何を指示しているのか問う。

 キユは自分の人差し指をコメカミあたりでポンポンと突くと「バル、何を指している?」と呟いた。そして、情報の交換が出来た彼女は「わかった」と言って指をコメカミから放した。

 

 「この先に洞窟ないか? その辺りにうちの学校の生徒が拘束されているのではないかって言っている。その旨おまえの兵に連絡して検索にあたらせてくれ」


 サクラは「わかった」とうなずくと、早速自国の兵らに通信を開始した。


 「――本作戦に従事している我が兵士らに次ぐ。戦闘状況は現在沈黙状態であるが、終わったと油断することなく、警戒を維持しながら拉致された生徒らの検索にあたれ。また、敵兵は洞窟等をアジトにしている可能性が高いことから潜伏が予想される箇所を徹底的に検索せよ。なお、敵アジトに捕虜が幽閉されていることも考慮、安易に攻撃をすることなく、敵の反撃に備えよ。以上!」


 彼女がそう指示をだした時だった。

 左方小隊から割り込み無線が入った。


 『緊急、緊急! 現在亡霊、残党を追って帝国領内に向かっています! このままでは帝国領内に進入してします!』


 「えっ? ちょっと待ってよ――それってヤバいんじゃない……」


 サクラは帝国との紛議になるのではないかと苦み潰した表情で頭を抱えた。

 だが横にいたキユは「一応、ブルースターの伍長なんだから問題ないんじゃないの?」と特に問題視はしていない。

 寧ろあっけらかんとしていた。

 

 「いや、それでもうちの国から歩兵が飛び出してきたとなると国際問題になる。ねえ、バナドさんもそう思うでしょ……」


 サクラは先ほどまでバーナードが立っていた場所に視線を向けるも、そこには彼はいなかった。


 「あれバナドさんとあのアホがいないんだけど……」


 あのアホとはアウラーの事である。


 「そのうち返ってくるでしょ? ――あのアホは戻ってこないと思うけどね」


 キユは用件が終わったとばかりに、その場にあぐらを掻いてくつろぎ始めた。


 「そうも言ってられない。アタシも国境に向かう、とりあえず向こうの将官と話を付けなければ大変な事になる」


 サクラはあわててテントから飛び出した。

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