第10話 戦闘訓練(夕べの集い)

 ブラッケンクラウスと白き聖城の帝国の国境にある森、ゴードン。

 そこは両国で語り継がれる黒い魔女伝説の舞台でもある。


 話を一言で説明する。

 ――かつて、この場所で戦争があった様だ。

 ただそれだけだ。


 この話は、あくまでも伝承レベルのものである。

 以前、両国の学者が共同で調査したものの、話の内容がその時代とその地区で姿を変えてしまっており、結局のところどの話も史実を裏付けるものはなかった。

 それでも共通して言えることは『白き勇者』と『黒き魔女』の戦いであり、最後は『相打ち』で終わっている。


 いずれにしても、両国にしてみても伝承――つまり、おとぎ話をこれ以上論議をしても不毛であるので、あとは童話作家に委ねる形で話は纏められた。


 そのおとぎ話の土地で、黒い亡霊がブラッケンクラウス領土から白き聖城の帝国領土に進行してきたのだから、白帝の兵士らはざわめき出す。

 ざわめいたのは一般兵士であり、彼らは戦後バルバザック市国軍で雇用された旧共和国軍出身の兵士らである。

 いくら末端兵士とは言え、この世界最強のバルバザック市国軍の兵士が動揺するのはよろしくはない。

 そのため問題の来訪者3名を広場に連れて行き、その伝説とは無関係であると証明することとなった。

 宿営地警戒にあたる兵士を除き、一同が広場に集められた。



 「皆のもの静粛に!」



 作戦本部の次官からこれから重要な話をする旨告げられた。

 黒い作業着を着た龍一朗と涼見、アウラーは指揮官らがいる脇に立たされている。

 龍一朗はヘルメットは外され顔が露わになっている。

 涼見等はボーッとした状況で立っており、今何が起きているのか理解していない。

 

 (あれ? こいつらまだ術が解かれていない様だな)


 龍一朗がチラリ指揮官側に立っているバーナードに顔を向けると、彼はコクリと頷きパチンと指を鳴らした。

 その音で彼らは催眠術が解け、素の彼らに戻った。


 「あれ……私は何でここに……?」


 「お、俺は……」


 「よお、ようやくお目覚めの様だな」


 龍一朗がそう言うと、先ほどまで静かにする様にといった次官がズカズカと龍一朗の方に詰め寄り「貴様、大人しく黙っていろ!」と言って彼だけを一発ぶん殴った。

 涼見が「何するのよ!」と直ぐさま悲鳴を挙げたが、彼女らはその場に拘束されているのか顔以外全く身動きが取れなかった。

 そう――彼らを大人しくさせるため拘束していたのである。

 そもそも彼らが何物なのか兵に知らせ安心させるために部隊をここに集めたのだから。

 そして、この次官が不幸だったのは彼は旧共和国出身の者で、殴った相手が誰なのか分かっていないことだった。


 「ば、バカ!」


 バーナードが次官の胸ぐらを締め上げ止めに入る。


 「この者達はブッコロスから来た不法侵入したものですぞ!」


 次官は抗議するが、すでに時既に遅しである。


 

 「バーナード、よい。このものは余が後で手打ちにする……」



 ぶん殴られ倒された龍一朗が立ち上がる。

 

 「あなた、大丈夫……?」


 涼見が身動き出来ないながらも顔だけをそちらに向けて心配している。


 「心配いらぬ」

 

 龍一朗は立ち上がり服をパンパンと服の汚れを払った。

 彼は術は掛かっていない――って言うか仮に掛けられたとしてもソレを解除するのは容易い。

 このトラブルで周りの兵士等が騒ぎ出す。


 「皆、鎮まって鎮まれ!」


 ミカが慌てて慣れない部隊指揮を執るが、声が小さくて兵士等は聞こえていない。

 バーナードが「おまえ等静かにしろ!」と怒声を挙げた時――


 ザッザ、ザッザ


――とこの広場を取り囲むように何かを踏みしめる音が聞こえた。


 「――取り囲まれた? この俺が気がつかなかっただと?!」


 バーナードが若干慌てた。だが取り囲んだ相手はすぐに分かった。


 (この気配を消した動き――これって……うちの本隊)


 彼らを取り囲んだのはバルバザック市国軍の本隊である。

 彼らは静かにミカの指揮する部隊の後ろに整列していた。

 

 「お帰りなさい法皇様!」


 大声をあげて本隊から飛び出てきたのは、ナナバである。

 

 「ナナバはん、何でアンタまでここに来るの、私が来る必要なかったやろ!」


 ミカがすかさず文句を言う。


 「バルが来るっていうから、話は別よ――音楽隊、指揮を!」


 ナナバが同行させた音楽隊に指示をすると、音楽隊は直ぐさまファンファーレを演奏した。

 このファンファーレは法皇謁見の際に流されるものである。

 これが盛大にならされると兵士は一斉に背筋を伸ばして整列し直した。


 ナナバ直近の部隊は事細かに手早く事を済ませていく。彼らは場慣れしているので臨機応変に対応できる。

 例えば、バーナードが締め上げていた次官――彼が何をしでかしたのかまでは判明しなくとも、直ち身柄を拘束して部隊を引き締めていった。


 「さぁさぁ。装着、装着♪」


 ナナバは法皇専用のマントと王冠を持参した部下から奪う様に取り上げると龍一朗に差し出した。

 

 「相変わらず、手際が良いな……」


 龍一朗はちょっと引き気味にそれらの物を受け取った。

 バルバザック市国軍出身の兵士等がうおおおおお……という歓声を上げるが、旧共和国出身の兵士等の一部にはこれがどういう意味かわかっていない様である。

 兵士でさえ分からないのに、一般人且つ異世界に来た異邦人には尚更わからないだろう。


 「龍一朗、これはどういう事です? 説明しなさい」


 涼見は息子の異様な光景に、驚きを隠せなかった。

 この一言でピクリと反応したのはナナバである。


 「何だ、このおばさんは――クチの聞き方気をつけろ」


 ナナバはギンとした鋭い目を涼見に向け詰め寄る。


 「お、おい! ナナバ、このバカと同じことするなよ――こいつバルの正体知らずにバルのこと殴りやがったからな」


 「はぁん? 殴られた……だと」


 瞬時に頭から湯気を出すナナバ。

 涼見どころではなくなり、不機嫌そうにバーナードを見た。彼が指し示した取り押さえられている次官を確認した上で、詰め寄る方向を変えた。


 「……おまえ、事もあろうことか陛下を殴ったのか?」


 ナナバは鋭い眼光で取り押さえられた次官を睨み付ける。


 「ち、違う――俺はただそこにいる不法入国者を!」


 彼がそう言いながら龍一朗を指差すが――彼はその時、面倒臭そうにマントと王冠を装着している最中であった。


 「はぁっ……どういうこと……ですか?」


 次官は震えながらナナバを見る。


 「おまえ、誰のおかげでご飯食べさせてもらっているのか分かっていない様だな――とりあえず事情聴取だな……」


 そこでバーナードがさりげなく告げ口をする。


 「でも、バルの奴直接手打ちにするって言っていたよ」


 「んじゃあ。兄さん、こいつ射殺しちゃってくれる」


 バーナード、ナナバ兄妹はここぞとばかりに仲良く物騒な話をし始めている。

 

 「そいつの処遇は俺が考える。それよりも、俺が彼らに演説の一つでもくれてやらないと……」


 「あっ、そうだった!」


 ナナバは慌てて広場中央に走り出し、次官の代わりに彼女が号令を掛けた。



 「我が精強な英雄兵士諸君、任務ご苦労! 私は法務長官ナナバ=クリファーである。本日はカノン=エルヴァッファ法皇が行幸されている。どこかのバカが……っていうかここの次官が無礼を働いたが、貴君等は粗相のないよう忠義を尽くせ! ――では陛下」



 末端の兵士等は何が起こったのかこの時点まで知らなかっただろう。

 いきなりここの次官が黒い軍服の男を殴って取り押さえられ、バルバザック市国軍本隊が駆けつけ、殴られた男にマントと王冠を手渡したのだから。

 これで事態がある程度飲み込めたはずである。


 ただ、一部を除いては――


 「法皇? 龍一朗が? どういうことですの……」


 彼女はこの世界の法皇という意味は知らなかった。

 でも、父親の臣仁が異世界の皇太子であることは知っていたので、その関係かなと思っていた。

 だが、横に立たされた男は違っていた。


 「ま、魔王……いや、魔皇帝……う、嘘だろ――校長の息子が? 逃げ出した息子が?」


 アウラーはブルブル震えだした。


 「ま、魔王? あのボケババアが言っていたあの『魔王』ですの?」


 涼見は慌てて龍一朗の方を見て何か声を掛けようとするが――それは彼の掌で遮られた……というか沈黙の法術を掛けられ、アウラー共々発声が出来なくなった。



 「諸君、残党狩りの任務大義である。ちょっとしたハプニングがあったが――それはさておき……諸君の任務は、この余が全て代行した。よって今後は我が領土内の落ち武者狩りと彼らに連れ去られた者の救出を任としてあたれ。終了後1人を除き、本来の任に復帰されたい。余は諸君のこれまでの忠義を感謝する。大義であった」



 彼はそう言うと、控えにいた兵士らに王冠とマントを預け広場からバーナードらが居る場所に移動する。

 兵はなんのことだかわからず困惑している。

 そこで、バーナードが状況を補足した。



 「俺からも補足しておく。俺はバルバザック市国軍総合副幕僚長、バーナード=クリファーである。先、不法入国者という情報があったが、それは誤りである。正しくは法皇陛下御身が直接ブラッケンクラウスに赴き同国と共闘して賊を殲滅した。それにより賊が我が領土に逃げ帰ったものであり、それを追撃した法皇陛下もお戻りなっただけのことである――なお、その他として法皇陛下の名を受け2名、我が国に連れてきたもので、いずれも不法侵入事案ではない!」


 

 これで誰もが、事の顛末を知った。

 旧共和国出身の兵は早とちりした次官を気の毒に思いつつ、その言葉を聞いて安堵した。

 なぜならばかつての味方を自分らで殺害しないで済んだ訳である。

 だから素直にほっとしたのだ。

 だが、バルバザック市国軍の元々の正規軍の連中はかなりガッカリしている。

 それは――



 「……あのぉ。陛下が御身でたった御一人で軍隊であるおまえ等の仕事を殆ど片付けてくれたなんて――正直、笑えないんですけど」



 ナナバは呆れた表情で彼らを見下した。

 旧共和国出身者もなぜ正規兵がガッカリしているのかこれで理解出来ただろう。

 ただ事じゃない雰囲気が気まずさを生み出す。

 龍一朗とバーナードが嫌な空気になったのを察して彼らが『ここらで止めろ』と手を振って合図を送った。


 「あぁ、もう――言いたい事も山ほどあるけど、もういいわ。解散、解散……」


 ナナバは面倒くさそうに部隊を解散させた。

 だが、ナナバにはまだ下さなければならない事がある。

 それは次官の処罰である。


 「それで……法皇陛下……このバカ、どうします?」


 ナナバが恐る恐る尋ねる。

 ナナバとしても、彼をどう処罰するか気になっていた。

 龍一朗はたまに意見をガラリと変えることもあり、法務長官として早めにケリをつけたかったからである。


 「こいつは――そうだな。ここでこいつみたいにぶん殴ってもいいのだろうけど……この馬鹿の落ち度は俺の顔を知らなかった事だけだからなぁ……」


 「でも、知らないからと言って殴って良いわけじゃないわよ。もし殴った相手が他の国家元首だった場合国際問題になりかねないし」


 「なるほどな。要は『簡単に許すな』ってことか。なら、この男に罰を与える――おい、おまえ」


 「はっ、ハイ」


 次官……だった男はブルブル震えながら答える。


 「おまえは、法務長官ナナバ付のブラッケンクラウスとの交渉役の任に付ける」


 「――えっ?」


 男は絶句し、ナナバを見上げた。

 ナナバは不機嫌そうな顔で爪を噛んでいる。

 ナナバはバルバザック市国軍では比較的穏健派――とはいえど、癇癪持ちで有名である。

 この女の部下と言うことは如何に大変なのか想像できた。

 今後の仕事は、彼女の直属部下の様にかなり神経を使うことになるだろう。

 一方のナナバは交渉役を外された事で若干イラつきだした。


 「私じゃなくてこの男に交渉させろと……」


 「まあ、そういうことだな。ナナバは白帝で仕事をしてもらわないと困るし、どうも姫とは折り合いが悪そうだ――だからこの男に大使みたいな仕事をさせろと言う訳だ。この男の活躍次第では向こうの姫との関係に平和的に話が進むだろう――」


 龍一朗はナナバがこれからも必要である旨告げたことで、いくらか気分が落ち着いた。


 「チッ……バルがそういうなら私はそれに従うわ」


 ナナバは面倒臭そうに前次官で次期ブラッケンクラウス大使の男を睨む。

 ナナバの圧力がどこか殺意に似ている。


 「おい、おまえ分かっているんだろうな……」


 明らかに脅しである。『絶対に破談にしろ』という無言の圧である。

 ただ残念な事は、この男が事情を知らないと言うこと、そして彼らの言葉から判断するに……


 「わ、わかりました。お姫様と法皇様の婚儀がスムーズに進む様尽力します」


……と勘違いされてしまう訳である。

 ナナバはすかさず、その男の胸ぐらを締め上げながらその場で「歯を食いしばれ!」といってグウで男の顔面を殴り付けた。


 「どこをどう取れば婚儀を成功させよとなるのかしら! その逆、逆よ。破断させろといっているの!」


 これはご無体である。

 龍一朗は彼らから背を向けプッと吹き出した。


 「おまえ……ナナバの怒りの矛先をあの次官に向けさせただろ?」

  

 「当たり前だ、俺はおまえと違ってマゾっ気はないぞ」


 「おまえ、俺はナナバに好きで殴られているわけじゃなねえぞ! ……てか、だったらおまえが直々に手打ちにするって言ったアレは何なんだ! 結局奴を手打ちにしているのはうちのナナバじゃねえか」


 「おいおい、勘違いするな。だから俺は『交渉してこい』って命じた。ただそれだけのこと。それも『ナナバの指揮下』でだ。それとも何かい? 俺が直接奴のことぶん殴るとでも思ったのか?」


 「普通はそう思うだろ?」


 「法皇陛下が見せしめに手を下したらみっともないだろ……それにうちには喧嘩っ早い娘がいるんだから。俺はただ手打ちという『辞令』を与えただけ。彼の処遇は彼女の仕事――俺は知らん」

 

 「うわっ……相変わらず陰険だな……ホラ見ろ、あの男ポカポカ殴られているぞ」


 「うむ。暴力はよくないな、これでおまえが殴られる回数も減ったかな」


 龍一朗は北叟笑むと残る2人の元に向かっていった。

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