第11話 戦闘訓練終了(校長先生のお言葉)

 龍一朗は涼見とアウラーの前に歩み寄る。

 涼見はあまりの展開に呆然とし、アウラーは龍一朗の正体を知りオロオロと狼狽えていた。


 「貴公らに問おう……」


 彼の一言で、先ほどまで次官を殴っていたナナバが慌てて駆け寄り――


 「法皇陛下の御前である。民草共控えよ!」


――と一喝した。

 さらにナナバはアウラーの頭を鷲掴みにしてその場に引き倒した。彼は「ヒィイイイ」と奇声を発し恐怖で顔が引きつっている。

 それを龍一朗は冷ややかな目で見下していた。

  

 「龍一朗、乱暴はやめて!」


 涼見は龍一朗にすがろうとするも、今度はバーナードが彼女と龍一朗の間に割って入って、涼見をジロッと睨み付けた。


 「校長先生、法皇陛下の御前です。頭を垂れて下さい」


 「し、しかし――」


 涼見はこの後に『この子の母親ですよ』と言うつもりだった。

 それを制したのはバーナードの一言であった。


 「あなたはどなたですか? 呪術の家元で私立学校の校長先生――ですよね。それでは格が釣り合いません」


 「ど、どういうことですか?」


 「わかりませんか? 彼はこの世界の法皇陛下――つまり、先ほどまで『そこのバカ』が怯えていた『魔王』……いや『王』ではなくそれ以上の存在の『皇』である『魔皇』陛下その方なのです!」


 ここで言う『そこのバカ』とはアウラーの事である。

 そしてその『バカ』はナナバによって頭を踏みつけられ、顔面を地面に押しつけられていた。


 「ま、魔皇……陛下」


 ――この一言で涼見はこう理解した。

   神池宗家の夢、『魔王討伐』は夢は潰えたのだと……


 しかも潰した人物こそ、魔王討伐の使者として送り込んだ自分の息子であり、その彼が魔王……いや魔皇になってしまった――


 この時、涼見は思った。


 (自分は敗軍の将として、官軍である彼らから『裁きを受けるためここに引きずり出された』のかもしれない)


 そして、『龍一朗が自分に対して、いままでの仕返しをしている』のだと。


 それは遡ること10余年前――


 龍一朗が一度だけ幼少期に母親に、皆の前で泣きついた事がある。

 彼が泣いた理由は些細なものであり、幼児期特有のものだったので割愛する。

 その時タイミング悪く、厳かな儀式を執り行う最中であった。

 子供とは言えど、あまりにもその姿が見苦しかったので彼女の従者が「おうちでは母上であられても、ここでは当主代行様とお呼び下さい。そして出て行って下さい」とその場から引きずり出したことがあった。

 そして彼女は遮ることなくその様子を一部始終、黙って見ていたのである。


 ――そう。彼女は当主代行であり、皆を纏める次席である。

 そして彼女は、彼を魔王討伐の勇者として厳しく育成するよう当時の当主から厳命をうけていた――


 だから彼女は皆の前では、母親である前に望んでいなかったことにしろ当主代行として振る舞わなければいけない。



 その結果がコレである……



 かつての勇者候補生が、仕返しと言わんばかりに彼女を冷ややかな目で見下している。


 「貴女は立場というものに重きを置いていると、理解していたつもりだったが……」


 彼のその一言で『何を求めているのか』彼女はこう思った。


 (私に『敗軍の将』として頭を垂れろということなのね)


 それはある意味、当主代行として礼儀称して自分が彼に強いていた行為である。

 その彼が無言でジッとこちらに冷たい視線を送っている。


 (そうよね……)


 彼女は自ら納得しその場に正座した。

 その所作は毅然としたものであり、清々堂々としたものであった。

 だが、傍目からすると屈辱を与えている様に見える。

 バーナードが若干慌てだした。


 「い、いやいや。頭を垂れるだけで何もそこまで礼儀正しくしなくてもいいですよ」


 それもそのはず。

 彼らにしてみれば、『敗軍』とは『旧共和国軍』のことを指しているのである。

 寧ろ、彼女は『敗軍の将』どころか『法術ごっこの家元』ぐらいにしか思っていない。

 つまり、母親といえど『上席者に頭を下げよ』と言いたかったに過ぎなかった。


 「いいえ。敗軍の将として官軍に頭を下げるのは当然です」


 涼見は半身を起き上がらせバーナードの目を見てきっちり答えた。

 さすがは自称とは言え『敗軍の将』の覚悟である。

 その姿に、ナナバがアウラーの頭を踏みつけながら「何のことだか分からないけど~ぉ、礼儀正しいのは良いことだわ」とうなずいて納得している。

 一方でナナバのその姿がバーナードの視野に入り、彼は「はぁ~」と深くため息をついた。


 「あの……その『敗軍の将』って一体何ですか? それに当てつけ的な土下座は止めて頂けます? まるで私らが強要しているみたいじゃないですか」


 苦々しい表情で彼女を見て、次にナナバの方に視線を移しボソリと呟いた。


 「そういう礼儀良さはナナバの奴も見習ってけどね……」


 当然、ナナバは反応し「あぁん?」と声を荒げ不快感を表した。



 ――さてこの時、当事者である法皇龍一朗の目にはどう映っていただろうか。




 彼は難しい表情で涼見を見下ろしていた。

 そして、彼は何かを決断したのかボソリと呟いた。


 「――くだらない。やっぱりやめた……大義である」


 そう言うと彼は彼女から背を向け、再び元来た方に歩み出した。

 何のことだか分からず、見上げる涼見。


 「『敗軍の将』に声を掛けることすら不要とでもいうの! でも、でもどうしてなのよ、どうしてあなたが魔皇なのよ!」


 涼見が声を荒げた。脇でアウラーを踏みつけていたナナバがギロリと涼見を睨む。


 「誰が魔皇だ! うちの法皇陛下に対して無礼者だぞ!」


 その涼見の言動でナナバは激怒した。

 彼女の信愛する『法皇龍一朗』は絶対的な存在だ。そして今まで彼が、自分たちがどれだけ汚泥を啜って試練を乗り越えてきたかを示す象徴でもある。

 母親とはいえど今までの経緯を知らない彼女が発した『魔皇』という言葉はあまりにも彼を侮辱している様にか思えなかった。

 ナナバは今にも涼見を殴り掛からんとする勢いである。


 「ゆ、許さん! やはりお前には教育的指導が必要か……」


 ナナバの手が涼見の胸ぐらに向かうと咄嗟にバーナードが間に入り立ち塞がった。


 「バ、バカ、落ち着け。元を正せば彼女に『魔皇』って言ったのはそこのバカと俺だ。彼女に法皇陛下って言ってもピンとこないだろ! それに法皇だからといっていちいち母親に土下座させていたら民草共に馬鹿にされるだろ!」


 その言葉で瞬時に我に返るナナバ。

 確かにそうだ。彼女が言った『魔皇』とは彼を侮辱するために発したものではない。

 また、バーナードが言うとおりどこの世界も自分の親に土下座させる皇帝、王はいないはず。そんな権力者がいたのなら民衆から笑われる。


 「あぁ……」

 

 ナナバはバーナードの言葉で納得し冷静を取り戻した。



 ――だが、答えはどちらも外れである。



 龍一朗は振り返ることなくその場に立ち止まった。


 「違うな、そうじゃない。正しくは俺自身がどうして接して良いのかわからん……だ」

 

 龍一朗は面倒臭そうに頭を掻いている。



 それは彼の感情が複雑に変わってしまったことが起因する。



 幼少期の龍一朗は『恐怖に似たどこか親しみにくい』感情を彼女に有していた。

 それが、異世界に送られ『憎悪』の対象と変わり、法皇として最高権力者になった現在、彼女は『取るに足らない存在』になってしまった。

 そうは言っても、彼女は実母である。この先もそうだ。

 こうした複雑な感情変化により、彼女の存在は『余り関わりたくない苦手な人』へと落ち着き、両親のことを『母親』や『父親』と言って突き放す事で距離を取っていたのである。


 それを理解したナナバ、バーナードは「あぁ……」と手鼓を打ち納得した。

 龍一朗は苦み潰した表情で彼らに命じた。

 

 「この人はおまえ等が事情聴取しろ――」


 だが、そういう理由であれば彼らが首を縦に振ることはない。


 「ダメね、そこのバカ男は私が厳しく取調べをするけど、母親の方はあなたの問題よ。それはバルがちゃんと対応して」


 ナナバはアウラーをグリグリと踵で頭を踏みつけながら、フランクな口調で断った。

 もちろん、バーナードも掌を向けて断った。


 「とりあえず、苦手克服してこい。そうじゃないとナナバの奴がそこのバカと同様に拷問するかも知れないから」


 「ひっひいいいいい、た、助けて下さい!」


 アウラーが悲鳴をあげ、さらに恐怖で顔を歪ませる。

 バーナードはそんな彼を憐れむ事なく華麗にスルーして、龍一朗に対して『行ってこい』とばかりに背中をバンと一発平手打ちにした。


 「痛いなぁ!」


 「なっ!」


 バーナードの一撃でナナバの顔が一瞬で鬼の形相に変わる。

 龍一朗も背中をさすりながらバーナードを睨み付けたが、彼は悪びれることもなくケタケタ笑いながら、視線を涼見に向けながら話を続けた。


 「何を勘違いしているのか知らないけど、これだけは言える。俺らはあんたを処罰するつもりはないよ」


 「えっ、どういう事ですか?」


 「わかりませんか? ではこう言い直します――おたくら一族が望んだ『魔王討伐』は、あいつが魔皇になった時点で切り札は失い目的は破綻したのではありませんか」


 「た、確かにそうです……正直、もう打つ手がありません」


 バーナードは彼女の言葉を確認しさらに付け加えた。


 「だったら、あんたらの集団は『敵を生み出した』だけで、もはや存在意義はない」


 「――!」


 涼見がその言葉で絶句した。

 それが事実である以上、その言葉に反論する余地はない。

 だが、バーナードは涼見を責めるつもりでそう言った訳ではなく、話には続きがあった。


 「つまり、俺が言いたいことは――もうこの人は師匠・家元ですらないということだ。そして法皇のお前が『相手に頭を垂れる必要がない』人物であるのなら、そこにいるのはただのお前のお母ちゃんだ。それ以外でもない。普通に話してこい」


 バーナードがそう言うと、先ほどまで顔を真っ赤にしていたナナバが『そうだ、そうだ』と言わんばかりに彼の話に激しく首を振って同意した。



――彼らにそこまでお膳立てされれば、逃げる訳には行かない。



 「仕方がないな――ちょっと対人訓練でもしてくるか……」


 龍一朗は苦笑いしながら再び母親の元に戻り、手を差し出すと彼女にこう告げた。


 「今までのことを話そう――そして話を聞かせてくれないか母さん」

 

 「龍一朗……」 


 二人は司令室として使っているパオの中に入っていった。これから色々と語り合うことになるだろう。

 その間ナナバは、恐怖の余り発狂しているアウラーを縄で締め上げバルバザック市国軍直属の兵士に引き継ぐ。そしてバーナードと共に彼らがパオから出るのを待つことにした。


 待っている数分――ナナバが何か脳裏を過ぎったらしく血の気が引き始めた。


 「――まさか……」


 「ナナバ、何かあったか?」


 難しい表情で彼らがいるパオの方を睨むナナバ。それをまた面倒臭そうに目をやるバーナード。呟いた一言が彼女らしいものであった。


 「親子でエッチな事していないでしょうね……」


 「するか!」

 


 ――――それから、15分位彼らはパオの中にいた。


 今まで彼が蟠っていたもの、彼女が抱えていた後悔が交わり、やがて融解していったハズである。

 それを表しているかの様にパオから出てきた二人の表情は柔らかかった。


 「それでは龍一朗ちゃん、この後私はどうすればいいの?」


 まるでどこかのお嬢様の様に微笑んでいるのは涼見。

逆に彼は、『龍一朗ちゃん』という言葉の違和感に悪寒が走り顔を引きつらせている。


 「そ、そうだな――間もなくブラッケンクラウス領に戻らんと行けないかな……」


 「そう、わかったわ。とりあえず、向こうと連絡とれるまでここで待機ているしかないわね」


 涼見は今までの様な威厳は消え失せていた。

 それだけ龍一朗に対しての人一倍の責任感が彼女をそうさせていたのだろう。

 今はどこか肩の荷が下りている様子でもある。



 ――だが、何かが変だ。



 いくら話し合いが和やかに進んでいたとしても、ここまで砕ける人はいない。

 それに妙に涼見の態度が馴れ馴れしい。

 おかしい、何かが変だ。

 異変にいち早く気がついたバーナードはジッと彼らの様子を窺っている。

 その異変にナナバ気付き辺りをジッと見回している。そして一つ気がついたことがあった。それは先ほどまでいたとある人物の姿がどこにもなかったのである。

 

 「ミカの姿がいない……」


 「ま、まさか……」


 彼らが辺り歩いて探してみる――広場にもいない。龍一朗らが出てきたテントの中にもいない。

 さらに検索すると、テント裏からごそごそと何かを片付けて立ち上がる女性を見つけた。

 ミカである。

 彼女がノートパソコン様なものを抱えてこちらに向かおうとしたところである。

 なぜ、彼女がこんな場所にいたのか? 明らかに不審者である。

 この時点で涼見の異変に何らかの関わりがあると疑うことが出来た。

 しかも彼女が手にする品物はミカが日常使っている道具の一つで、それには法術が得意ではない彼女をアシストする疑似法術プログラムが組み込まれている。

 つまり、涼見の異変は彼女が元凶である――バーナードとナナバは確信した。


 「やっぱり……」


 「おまえ疑似法術で何をした?」


 ナナバはミカの胸ぐらを掴み彼女を睨みつけた。

 ミカは顔を背けて「別に」とそれ以上を答える事はなかった。


 「いや、質問するまでもないわよ。あんた、パオの裏でから強制自白術使ったわね……あの症状ってそういうことか……」


 そこでナナバは言葉を詰まらせてしまう。その後をバーナードが話を続けた。


 「――アレは脳に負担掛けさせた後遺症……だな?」


 バーナードは不安そうに完全に別人みたいになった涼見の方を見る。

 その姿に先ほどまで『敗軍の将』を自称していた家元兼学校長の威厳は全く消え失せていた。もはや成人女性の佇まいというより小中学生の様な素直な仕草である。


 「さぁ……うちは知らんで――とだけは一応答えておく」


 ミカは明らかに何かを知っている様だ。


 「とぼけるな! じゃあ、あれはなんなのよ」


 「さぁ、アレが元々の彼女の性格とちゃいますか?」


 「アンタねぇっ!」


 ナナバがミカの胸ぐらをグイッと締め上げ怒声をあげた。


 「……うちを殴ったところで、言える訳ないわなぁ」



 ――もう、この言葉だけで十分だった。



 それ以上抗議することは彼の意思に逆らうことを意味する。

 バーナードはナナバの手を振り払うと、ナナバの手は力なく外れた。


 「バルの奴、苦手の余りに強行手段に打って出たのか……そこまで親子関係はだめだったのか?」


 バーナードが爪を噛み少し思い詰めている。だが、それをミカが否定する。


 「あんたら考えすぎやで。法皇さんらは普通に仲良く話していたで」


 「じゃあ何で!」


 ナナバがミカを睨み付けた。ミカは面倒臭そうに「それは機密事項だからここでは答えらるわけないやろ」と彼女の問いを一蹴した。

 そうなると、涼見の今後が心配になる。


 「教えてくれ。アレは精神的におかしくなっているのか? お前ならわかるだろ?」


 バーナードが尋ねた。

 ミカが渋々首を傾げてジッと涼見を見る。そしてすぐに答えた。


 「お医者じゃないから正確にはわかりまへんが……まあ、ああいう感じの親子はそこら辺にいるで」


 「……じゃあ、大丈夫なんだな」


 「バーナードはん心配し過ぎ。あのオバハンは今の方がずっとええ」


 ミカはそう言うと胸ぐらを直し、バーナードらの脇を通り過ぎた。

 その際、何かを思い出した様に振り返り、ナナバにその件を伝えた。


 「あぁ、そうそう。完全に忘れるところやった。うちはこれで任務終了、ほなさいなら。この後は『ナナバが指揮を執って帰還せよ』って法皇はんが伝えてくれって」  

  

 ミカがそう答え彼女らの前から立ち去った。

 

 それからしばらくして――


 ナナバがその意味を理解して「あぁっ!」と大声をあげた。ナナバの声の圧でバーナードが顔を顰めた。


 「今度は何だよ……」

 

 「あのクソ女、私に面倒事押しつけて帰りやがった!」


 ナナバがその場で地団駄を踏んで金切り声をあげている。


 「……何言っているんだ。そもそもお前がミカに畑違いなことをさせていたからだろ。最後くらいちゃんと指揮して帰れ! あと俺らはキユ等の元に帰るぜ。あの姫さんが大騒ぎする前にな」

 

 「うわぁ、最後はそれかっ! …くそぉっ。元を正せばあのブッコロス(ブラッケンクラウス)のバカ女が原因なのよね――ホント、殺してえ」


 ナナバは沸々と感情が高ぶってきた。バーナードがさらに面倒臭い表情で彼女の頭を平手でポンと叩く。


 「あの姫さんは今回関係ねえだろ! いいか、戦争になるから姫さんに手を出すなよ……っていうかそれ以前にバルに嫌われるからな」


 「うぎいいいいいっ!」


 ナナバはプルプルと震えながら、バーナードの手を頭から払いのけた。

 そこで、「腹いせに一発殴らせろコラァ!」と怒声をあげ握りこぶしを構えてバーナードに襲い掛かろうとした、丁度その時―― 

 

 辺りが急に慌ただしくなった。


 兵の伝令が、誰かを探している様である。きっとナナバやバーナード部を探しているのであろう。

 

 「……今度は何よ」


 ナナバが拳を平手に変えてバーナードをパシンと一発殴り、何事もなかったかの様に彼女を探す伝令の元に駆け寄った。

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