第12話 反省会

 何かに狼狽える辺りを見回す兵士、明らかに上官を探している様子である。

 何か緊急事態が起こったのか?

 ナナバは不機嫌そうに「何?」と問う。


 「申し上げます。ブラッケンクラウスの姫を名乗る者が、ここの指揮官と面会したいと申し出がありました!」


 「あ゛ぁ゛ん」

 

 宿敵の肩書きを聞かされ、より一層不機嫌になるナナバ。

 兵は小さな悲鳴を挙げ、その場で尻餅を突いた。


 「……で、どこで」


 ナナバが突っ慳貪に尋ねるが、彼女の主語がハッキリしないため兵士はさらに狼狽える。


 「……・と、と申されますとぉ?」

 

 「その女はどこにいるの。そしてその女はどこで面会すると言っていたの?」


 「い、いずれも『国境』で……と」


 兵士が恐る恐る答えると、ナナバは顔を顰める兵を睨む。


 「つまりは、この私に出迎えと言うのね……」


 「ひぃ……私めには分かりかねますぅ」


 兵士が震えながら答えた。もちろん彼女は兵を責めている訳ではない。

 だが、彼女の表情は明らかに憎悪に満ちており、兵は恐怖のあまり尻餅ついたまま後ろに後ずさりした。

 彼女は今にも『その者は偽物、殺せ!』と言い出しそうである。あわててバーナードがナナバの後頭部をチョップして止めに入った。


 「あいたっ……何するのよ」


 「お前、顔が怖すぎ。兵が怯える。バルにまでドン引きされるぞ」


 バーナードはそう言いながら、腰を抜かした兵を掌であしらった。

 

 「う、うるさいな! あの女マジで殺したいんだけど! あっ、そうだ……姫の名前を騙る愚か者の仕業だ。だからその女殺そう」


 「ダメ! 手を出したら戦争になる」


 「じゃあ、どうするのよ!」


 「俺が行くから。用件は分かっている」


 不機嫌そうな表情でバーナードを睨むナナバ。


 「……いつかあの女、国の名前の通りにブッコロスしてやる」


 「少し冷静になれよ。あのバルでさえ手に余っている姫さんだぞ! 感情的になっているお前が適う相手じゃないぞ」


 彼の一言で何も言い返せなくなった。

 確かに今の彼女に勝てる相手ではない。

 今の彼女に出来ることとしては――

 「こんちきしょう!」

――と怒鳴りながらバーナードをぶん殴ることしかなかった。

 


 ――それから1時間後。



 バーナードと龍一朗、涼見の3人は国境警備隊の宿営地でサクラと対面する事になる。

 バーナードは殴られた頬を摩りながら迷惑そうに彼女を見ている。

 そのサクラであるが妙に顔色が悪い。当然、バーナードから睨まれた所為でもないのだが、彼女の表情は明らかに血の気を引いている。

 多分道中で厭な物を散々見せつけられたのだろう……例えば亡霊(ファントム)が殺害した敗残兵の死体とか。


 「とりあえず、無事で良かったよ……涼見ちゃんも」


 サクラの声のトーンが明らかに下がっている。

 いくらか、龍一朗に対して恐怖感を抱いているのか?

 不意に手に触れれば、明らかに後ろに仰け反る――そんな感じだ。

 

 「おかげさまで。バーナード様々だ」


 龍一朗はブルースター義勇軍の指揮官であるバーナードが助けてくれた旨彼女に告げる。そして、母親は敗残兵であったアウラーに人質として拉致されたという嘘情報を付け加えた。


 「ふぅーん……バナドさんの頬の腫れは名誉な負傷ってところかしら」


 「まっ、まぁ……そういう事になるかな」


 バーナードは迷惑そうに頬を摩りながら彼女に話を合わせた。

  

 「涼見ちゃんも酷い目に遭ったんだね……そんな旧共和国の連中なんか雇っているから寝首を掻かれるんだよ」


 「ご忠告どうも。そう言うサクラさんこそ顔色が悪いけど、大丈夫ですの?」


 涼見はサラリと嫌みを返す。

 だが、どうもサクラは落ち着いていない様で辺りの様子を気にしている様である。

 彼女が何に怯えているのか?


 その場に居た皆がなんとなくだが理解出来た。彼女の目の前にいるのは龍一朗と涼見である。


 彼女は何か言いたげな表情のまま沈黙し続ける。

 龍一朗が痺れを切らしたのか、「何か俺の顔についているのか?」とボソリと彼女に尋ねた。


 「い、いや……そういう訳じゃない……」


 彼女の言動が不自然な物になる。

 それを察してか、龍一朗がさらに確認する。


 「お前、本当は後悔しているんだろ? 俺と婚約したことを」


 「違う! そうじゃない!」

 

 彼女は語気を荒げてそれを否定した。

 そして涼見も「ちょ、ちょっとさっきから何勝手なこと話しているのよ!」と声を挙げて立ち上がった。


 「私は婚約なんて認めていませんからね!」


 涼見が割って入るが、二人の耳に彼女の声は通らない。二人だけの会話が続く。


 「おい、ちょっと待って。そこは『別れてくれ』というところじゃないか?」


 「えっ、何で?」


 明らかに素の驚き方である。彼女からはそういうつもりは微塵もなかった。


 「『何で?』ってこっちのセリフだよ! さっきから挙動不審な理由を教えろ」


 「ああ……そっちか」


 彼女はしばらく沈黙した後、考えがまとまったのか少しずつ語り始めた。


 「アタシは甘く考えていた……これが戦闘の結果なんだね。人がいっぱい死んだ――いくらアタシでも……あの死体は……」


 サクラは若干言葉を詰まらせながら話を続ける。


 「まぁ、それとは別に――問題がある。それはうちの国に賊軍を匿った容疑なんだよね」

 

 「――賊は俺がかたづけた。何も問題はあるまい」


 「その事後処理については問われるところはないと思う。問題はそこじゃなくて白帝のヤツらに捕まったクソッタレのアウラーのことだ。あいつが旧共和国軍関係者の場合、賊軍を匿っていた容疑が出てくる。そして片棒を担いだ涼見ちゃんにも――いずれにしても責任者として処分することになるだろう」


 サクラは苦み潰した表情で涼見を見る。

 アウラーから唆されたとは言え、涼見もこんな馬鹿な訓練に学生を参加させなければこんな容疑がかかる事はなかったのである。

 その涼見は催眠状態でバーナードに拉致されているので、どういう状況でこの訓練が終結したのか全く知らない。

 

 「どいうことですの?」


 涼見が顔を引きつらせてサクラに尋ねる。

 サクラは涼見がどういう経緯で拉致されたのか知るよしもない。

 だからサクラが逆に驚いた。


 「あーっ、知らないのか……簡単に話すと、涼見ちゃんのところで雇ったアウラーは旧共和国軍関係者――すなわち賊軍のスパイだった可能性があるんだよ。あなたはその彼に訓練と唆されて、自分の生徒を戦闘をさせてしまったということ」


 「それって、つまり……」


 「そうだね――」


 サクラがその先を述べようとした時、龍一朗が口を割って入った。


 「サクラの見解ではアウラーがここで生徒を利用して残党と合流して武装蜂起しようとしたのでは――そう言うことだ」


 「幸い、龍一朗が敵部隊を壊滅した。いや、アレはもはや惨殺だよね……まっ、まあどっちにしても大事にならないですんだけど」


 「えっ?」


 涼見は一瞬言葉を詰まらせ、混乱する頭を整理する。

 『どう考えても有り得ない』それが彼女の答えである。

 だが、異世界から逃げ出していたハズの龍一朗が、法皇つまり魔皇になっていた状況を考えると、その有り得ないという確信は完全否定出来ないものに変わった。


 「う、嘘ですよ……うちの龍一朗は虫1匹も殺せない心優しい子なのですよ」


 「涼見ちゃん――何も心優しいからって人を殺せないっていうのはないよ。第一、アタシだって涼見ちゃん等に同調した結果がこれだ。帰りにアタシが気持ち悪くなった惨状を確認するといい。でもあれは龍一朗だけの責任じゃなくて、アウラーはもちろんのこと黙認したアタシや涼見ちゃんも責任あるのだから……うっ」 


 サクラがそう告げると口元を抑えながら外へ走り出しすとすぐに、彼女がテントの外から嘔吐する声が聞こえてきた。


 「あぁ……吐いちまったか」


 バーナードは苦笑いしながら涼見を見る。涼見はにわかに信じられない様な表情で困惑している。

 

 「でも、そういう事態にはならないな」


 そう言い切ったのは惨状を生み出した本人である。バーナードは一瞬首を傾げたが、その理由をすぐに理解した。


 「キユ……か。あいつならそう指示しそうだな」


 「彼女なら救出した生徒総動員で死体の処理に当たらせているハズだ」


 「し……死体――の処理」


 絶句する涼見。それに対して淡々と答える精肉した本人が悪びれる事なく淡々と答える。


 「あぁ、正確に言うと肉片の処理だな。このままでは森が病原菌の温床にもなるし、野犬の餌になる――それに人肉食べた野犬が人を襲う様になるかもしれない。増しては他国と共同作戦だ。そう考えるとキユならその辺は丁寧に処理をするだろう」


 龍一朗はそう涼見に分かり易く説明した上で、彼女にある提案をした。それは――


 「うちの特殊科の生徒、このままだと精神的に病む奴続出するだろう。まあ、俺がいるからその辺は記憶改ざんや喪失でなんとかしよう。でも念のため姉妹校の土御門高校の生徒とシャッフルした方がいいんじゃないか?」


 「そう言えば、バルも俺らも最初の頃はヤバかったよな――慣れちまったけど」


 淡々と答える龍一朗、あっけらかんと答えるバーナード。

 絶句する涼見――

  

 「……何でそんなに――」


 「――何でそんなに冷静に話ができるんだ、キミ達は」


 涼見がそう答える前に、再び顔色が悪いサクラがテントに戻ってきた。


 「しょうがないだろ。俺が転送された世界がそういう所だったんだから。あと、お前――顔が悪い……」


 龍一朗はさりげなくサクラを小馬鹿して話をはぐらかした。


 「……おい、ちょっと待て! それは顔色の話だろ? これでも一応美人さんなんだからそこは訂正しておくれよ――あと、そんな世界にしたのは……」


 サクラはチラリ龍一朗とバーナードの顔を見て、それ以上言うのはやめた。それは白帝もしくはブルースター等が世界を悪くした――とでも言いたかったのだろうか。

 龍一朗はそれを察して黙ってサクラにハンカチを差し出す。もちろん血や汚れ一つもない真新しいハンカチである。


 「わかったわかった。口を拭け。それで、お前はどいう責任の取り方するんだ?」

 

 「ん? 簡単だよ。実質的には今回は何もしない」


 「お前、言っている事矛盾していないか?」


 「これは不法残留の武装集団はキミが主導となり殲滅した。よって当方の死傷者はない。そういうことで父上には報告しておく。そこでだ――うちの父上を納得させる保険が欲しい」


 「保険とは?」


 「簡単な事よ。アタシとキミが予定どおり結婚すればいいだけのこと――正直キミは怖い存在なんだよ、我が公国としてね。でもお婿さんになってくれれば恐怖はなくなる。そう考えると父上も事を荒立てることはしないだろう。そうじゃないと――色々残念な事になっちゃう人も出てくるかもね」


 「おい、ちょっと待て……」


 龍一朗は彼女の意図をすぐに理解した。その意図を問いただそうとした時に、涼見が癇癪を起こした。


 「サクラさん、やり方が汚い! 卑怯者!」


 涼見がサクラを罵るが、サクラは悪い笑みを浮かべながらサラリと流す。


 「涼見ちゃん――いい加減、龍一朗との婚約認めてくれないかなぁ……」


 「まだあなた、高校生でしょ!」


 「確かに、時期尚早かもしれないけど――うちの公国、いやアタシ自身も優良で面白い人材は欲しいし……」


 サクラは悪い顔をしながら新世紀の司令の様に手を組んで彼女を窺っている。


 「あなた――私に拒否権を与えないつもりで……」


 涼見は絶句し、怒りで身体を震わせた。

 それに見かねて龍一朗がその先の言葉を続ける。



 「お前、うちの母さんに処刑をチラつかせて『俺』との婚姻を進める――っていうか脅迫するのやめろ」



 「処刑? 何の事だい――まぁ、処分はあるだろうけどね」


 サクラが作り笑いで微笑む。


 「それに『母親』と言っていたキミが『母さん』って言うからにはどうやらお互い和解した……ってところでいいかな。でもね――」


 サクラは額に垂れ下がっていた髪の毛を弄りながら、こう呟いた。


 「だったら、アタシも涼見ちゃんが母さんになって欲しいかな……」


 強引に話を進めるサクラ、さすがの涼見も言葉を失う。

 バーナードは彼女のやり取りを目の当たりにしてゴクリと唾を飲んだ。


 (やっぱりナナバを置いてきて正解だった……こんな鬼畜姫相手に、ナナバが勝てる訳ねえだろっ)


 このままサクラの無双が続く……と思われた。

 だが、龍一朗の一言から事態がガラリと変わっていく。


 「――おまえ、それハッタリだろ?」


 「そう――だといいけどね……」


 サクラは眉毛をピクリと動かしただけで無表情で答えた。

 だが、龍一朗は彼女の細やかな反応を見てさらに追い込みを賭ける。


 「もし、お前の父親がまともな君主だったら、『自国民の被害もなく、白帝に貸しを作ったと思う程、大したことはしてもらっていない』と一掃されて終わりろうな。むしろ『我が公国の案件を他国と共同処理をした事について説明しろ』とお前が怒られるだけの話だ」


 「あーっ……それは」


 サクラが、意表を突かれた表情で龍一朗を見る。

 そして顔色が見る見る青くなっていく。

 どうやら図星だ。


 「そもそも、お前の国で訓練が提案された段階で、お前が真っ先に止めるよ」


 「……そ、そうだけど。涼見ちゃんに頼まれちゃ断れないじゃん」


 「じゃあ、お前が『断れないと判断した』んだろ? 結局はお前が最終責任者じゃん」


 「エーッ……」


 「それにアウラーは賊軍とかつては関係があったかもしれないが、今回の発端は生徒が調子に乗った所為で賊軍が攻撃を仕掛けられたと勘違いして行動した――っていうのが正解なんだろ? もしアウラーが生徒を使って蜂起をするなら女学生がお慰めものにはならずに済んだハズだ?」


 「えっ、そんなことあったの? それでその子らはどうなった?」


 「とりあえず助けたぞ――人質ごと人さらいを殺した風にして。あとはどうなったか知らん」


 「本当に殺すつもりで先輩等を恐怖のどん底に陥れたのかよ……どさくさに紛れて、犯したりしていないだろな」


 「するかよ! 第一、構っている暇もなければ俺にも選ぶ権利ぐらいある――ただ、アクシデントで数分だけ素っ裸にはしてしまったが……まぁ、結果『ざまあみろ見ろ』だね」


 「うわっ、ちょっとひどくない?」


 「ひどいついでに言うなら、お前がどうしても責任者を追及したいのであれば、協力してやるよ。特にお前が縛り首になる際にはいつでもお前が暴れない様に胴体を抑えてやるよ」


 「えぇっ、いくらなんでもそれは酷すぎるでしょ。それにいくらうちの父上でもアタシの事を縛り首にするほど残酷じゃないし」



 「じゃあ、お前が頭を絞って説得すれば大丈夫なんだろ? 要は父親を説得するのが面倒だったから手っ取り早い材料が欲しかったんだろ?」



 彼女の考えていた落としどころはそこだった。

 そこを龍一朗に暴かれてしまったのである。

 もう、こうなったら正直に訴えるしかない。 


 「あぁ、そうだよ! だって、キミが婿になれば問題は簡単に解決するじゃん! そうなれば涼見ちゃんだってお咎めナシじゃんか! 少しは気難しい父上に説明しなければならないアタシの気持ちも考えてくれよ」


 サクラは苦み潰した表情で頭を抱えた。

 こうなるとあらたなる新たなる父親対策を考える必要がある。


 「バル、勝ったな」


 「当然」

 

 頭を抱えるサクラを尻目にお互いの手を叩いて、勝ち誇るチームブルースター。彼らはさっさと帰り支度を始めた。

 お互いに好き勝手進めてい子供らを目の前に、1人の大人が不機嫌そうに彼らを睨んでいた。

 当然、涼見である。


 「ちょっと、あなた達さっきから私を無視して話を進めないで頂けます?」


 先ほどから放置されいくらかお冠モードで2人を睨んでいる。 


「その『女生徒の素っ裸』の件と、『事後処理に龍一朗の婿入り』の件よーくお聞かせ願いませんか……」


 涼見は引きつった笑みを浮かべながら、身体を怒りで震わせていた。

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