第13話 首脳会議

 「その『女生徒の素っ裸』の件と、『事後処理に龍一朗の婿入り』の件よーくお聞かせ願いませんか……」


 涼見は引きつった笑みを浮かべながら、身体を怒りで震わせていた。

 だが、今更正論をかざしたところで、そもそもの原因は戦闘訓練を止められなかった涼見にある。

 龍一朗とサクラは『何言ってるのこのおばさん?』という表情でスルーする。

 そうなると、再びバーナードが涼見の相手をするしかなかった。


 「校長先生、それはですね――」


 龍一朗は涼見とバーナードの会話を確認することなく、サクラと会話を進める。


 「なんだか色々と面倒なことになったな」


 「君が面倒事を起こしたからでしょ?」


 「よく言うよ。おまえの国の案件を俺に処理させやがって。それに俺らが腹の探り合いしても、まとまるものも、まとまらないぞ」


 龍一朗は白い目でサクラを睨むと、彼女は苦笑いしながら「そうだね。もう少しお互いの情報を共有したいところだね」と誤魔化した。

 もっとも、彼女が言う『もう少し』とは裏を返せば、ある程度は共有するが聖域は設ける……ということである。

 ならば、お互いに馬鹿正直に全部答える必要は無い。

 その中で、共有できる情報を提示する作業に入る。


 「なら、今回の問題点を整理しよう。先ず旧共和国軍残党に加担した嫌疑だな。その容疑者になりうる人物、今のところ『うちの母親』と『アウラー』か」


 「そうね。この場所を指定したのは校長である涼見ちゃん……なんだけど、うちらの世界、しかもこの場所については何も知らないはずだよ。アタシ個人的に彼女は嫌疑性は低いと思う――でも、それを裏付けるものもない……保険として涼見ちゃんの取り調べが必要になるかな」


 (……ほぉう、この女バカのくせにその辺は理解しているんだな)


 「それ以前に、理事長であるうちの『父親』は関与している可能性も否定出来ないぞ」


 「理事長については、今回の件で名前すら挙がっていないからなぁ――その辺は涼見ちゃんの自供次第だとおもうけど……それでも、あのバカアウラーは何か知っているハズ」


 現時点の情報では消去法でいくとアウラーが真っ先に残る。

 一応、合宿に同伴していた連中についても、聴取することにはなるだろうが、残党に関する情報は得られないだろう。

 そして、龍一朗側から見て、サクラも不審者として名前があがる。


 「では、おまえは何で危険な場所を提供したんだ?」


 彼の問いにサクラは苦み潰した表情をしている。


 「いや……君との婚約の件を涼見ちゃんに言われて」


 「それは口実だよな。そういう風に導いたのではないのか?」


 しばらくは視線が左右に泳いでいたが、『このままでは埒があかない』と諦め、ようやく重い口を開けた。


 「そりゃ……君の話が――正確に言うなら、アタシが聞いていた君の話と矛盾あったからだよ」


 「俺の伝聞に矛盾?」


 彼女がいう矛盾とは、龍一朗が『異世界から逃げ帰ってきた』というものだ。

 その割には、態度や考え方が妙に落ち着いており、また有能な友人がいるなど、その様がサクラから見て伝聞に違和感を感じていた。

 その上、彼が事件に巻き込まれた時も、何事もなかったように澄ました顔で戻ってきた点から、どう考えても『逃げてきた』とは思えなかったのである。

 それなのに、当の親である涼見はその『逃げてきた』という言葉を信じている……

 サクラは

 『涼見が彼の実力を、幼少期のイメージでしか見ておらず、完全に見誤っているのでは』

と考える様になった。


 だから、涼見から『龍一朗の訓練の為、場所の提供を受けたい』と打診された際にサクラは、


 『他国の残党がいる場所に学生を招く様なことはできない』と難色を示していたが、涼見から『婚約の件』を出されて渋々了承した


と説明しているが、これは彼女の思惑が意図的に取り除いたものであり、正しくは、


 『彼の実力を確認したいが為』に、『他国の残党がいる場所に学生を招く様なことはできない』ことをチラつかせ、涼見から『婚約の件の話』を引き出させた上に、『結果は全て涼見とアウラーが全責任を負う』条件で、場所を提供した


のが、本音である。


 「――なるほどな。俺の実力を見てみたかったと」


 「君がうちのお婿さんになってくれれば、他国からの脅威もなくなるし」


 「結局ソレかよ。それにしても、俺の情報を得たいが為に、学友を危険にさらすって、おまえどこまでぶっ壊れているんだよ……」


 「ソコはアタシも悩んでいたんだよ。でも、君ならなんとかしてくれるって信じていたから。それにどっちにしても残党は排除しなきゃならなかったからね」


 「おまえ、自分の欲望のために他人を利用するなんて、人としてどうかと思うぞ……もしおまえの親父がまともな公王なら、あとですっごく怒られるハズだぞ」


 「……そうなんだよぉ。だから良い方法考えてよぉ」


 サクラは龍一朗に泣きついた。


 「そういう『人に投げる』ところがダメなんだよ! ――とは言って投げ返しても、おまえのやり方だと、ロクな結果が出てこないだろうからなぁ」


 龍一朗は渋々考える。


 (サクラとしては俺がどこかの強者だと思って求婚、公王もその事実については知っているハズ――だが、少なくともサクラにあっては俺が法皇であることは知らない様だ。なら、俺はバーナードの悪友で、ブルースター義勇軍の元兵士である設定はまだ行けるな。とりあえず、傭兵として俺とバーナード、キユを雇ったという方向で押し通そう。一応、ブラッケンクラウス軍も動員して、死傷者も0だ。公王としても恥を掻く用件はなにもない……あとは公王を諫める人がいればいい)


 そこで龍一朗はふと、以前に京都で出会ったマッチョな爺様が脳裏に過ぎった。


 「サクラ、おまえの爺様、まだ生きているか?」


 「生きているよ! 勝手に殺さないでくれ」


 「とりあえず、おまえは傭兵として俺らを無償で雇った。もちろん自国兵も動員して誰も被害はなかった。それを公王に伝えろ。あと爺様に頼んで弁護してもらえ」


 「でも、お爺様、京都の件で怒っていたよ『孫娘を巻き込みよって』と」


 「だったら、『アタシを危険に巻き込んだから、今度はあんたがアタシらを守りなさい』って体にしろ。そして責任はアウラーとうちの母親に取らせろ。それでおまえの責任は多少なりとも回避できる」


 もちろん、涼見は責任者であるが、彼女の夫は公王の親友である神池臣仁である。

 名前を出してもこの程度の内容では責任追及はしないと踏んでの発言である。それはサクラも承知している。


 「うーん……アタシが怒られるのは不可避だけど、何とかしてみるよ」


 「あと、おまえの親父にこう伝えれば『本件にあっては、賊とアウラーに接点があると認められるが、白帝に先に旧共和国軍残党として拘束された為、事実確認取れず』って」


 「それじゃあ、涼見ちゃんが取調べ受ける事になるけど……」


 「『母親にあっては白帝で事情聴取されたものの、すぐに解放され引き渡された。向こうの指揮官の話では、この世界のことを理解しておらず内容が全くわかっておらず、賊つまり残党についても理解していない状況とのことだった』って」


 「おーっ、いいね。ソレ。でも誰から聴取したって具体性がないと……」


 「じゃあ、向こうの指揮官の『ミカ=サマンサ』が聴取したってことにしてくれ」


 龍一朗がそう話をしたところ、サクラの挙動がピクッと止まり、脂汗をかき始めた。

 そして数秒後……


 「ゲエッ……ミカ=サマンサって言えば、青いところのマッドサイエンティストじゃない!」


 「ん……散々な言われようだな。あいつのこと知っているのか?」


 「知っているも何も、青い連中の兵器を開発したのってその人ってアタシの国でも有名だぞ」


 「そうか? 俺も軍に在籍していた時には色々とサポートしてもらったぞ。好奇心旺盛なヤツだけど、けして悪い人間ではない」


 龍一朗がそう説明するが、サクラにしてはミカの悪評の方が印象が強かったのか、彼の言葉が耳に届かなかった様で、勝手に妄想が広がってしまっている。


 「それじゃあ、涼見ちゃんは……薬物とかで自白させられたか……」


 龍一朗はピクリ眉毛を動かした。

 そして何事もなかったような表情でその話に合わせる。


 「――だったら、ミカが取調べをしたって、おまえの親父に伝えるといい。おまえがミカのことをそう疑っているのであれば、信憑性は高いはずだ」


 これで情報がある程度共有でき、公王対策もできた。

 あとは実行に移すのみである――のだが、どうもまだサクラは気にしている点がある感じで、聞くか聞くまいか、「あ……あの……あっ、やっぱりいいや」と悩んでいる。

 龍一朗は、『どうせこの女はミカ同様に知りたがりである』と察した様で、掌で彼女を指し示し発言を許した。


 「まだ聞き足りないのか? 今なら答えてやるぞ」


 サクラは『えっいいの?』とばかりに口を開いた。


 「これって全く関係ないことなんだけどさぁ……先ほどから『母親』とか『父親』って言い方に戻っているけど、実際の所は君は両親を許していないんじゃないか」


 サクラの問いに龍一朗はしばらく沈黙した。

 彼女に言われて、確かにそう思った。

 

 (あれ……なんでまたあの人のこと『母親』って言っているんだ?)


 彼はちょっと考える。結局はサクラの言うとおり、まだ許し切れていないのではないかと考えが行き着く。

 何で、許し切れていないのか?

 先ほどの会話した内容では、母親としての涼見は許しているのだろう――ならば許せないのは呪術家としての『神池涼見』なのではと。

 それなら話がつく。


 そうなると、まだ『その母親』との決着が付いていないことになる。


 「そうだ――他にすることがあったよ。確かにおまえがいうとおり、肩書きとは和解が成立していない」


 龍一朗はサクラにそう答えると、サクラは彼の意図を察した様で「なるほど、母親個人的には和解が成立したんだね……なら安心したよ」と納得した。


 ようやく龍一朗とサクラの話が終わったところで、バーナードがウンザリした顔をして口を挟んだ。


 「あのよ~、首脳会談終わったか? そこにいる『でも、でも』って突っかかるおっかさん、何とかしてくれないか?」


 彼は涼見を差す。


 「デモ? そんな反対を表明する人この世界にいたんだ」


 サクラはバーナードが誰に指差しているのか確認せずにそう答える。

 だが、それは彼女の感情を逆撫でした。



 「私は、あなた達の婚約について反対です!」



 涼見が顔を赤くして両手を握り締め上下に振って力んでいる。


 「ゲッ! デモ隊って涼見ちゃんだったの?」


 龍一朗が両手を振って否定する。


 「そっちの『デモ』じゃない。どうやらバーナードの説得失敗したようだな」


 「涼見ちゃんにも言い分もあるんだろうけど……」


 「まあ良い案があれば同意したいところだけど、とりあえずは国に戻った後のことを考えようか」


 「そうね」

 

 「聞いているのですか! 私は――」


 彼らは脇で力説する涼見を完全にスルーして、次の議題に入り始めた。


 「それでこの後、どうするの?」


 「決まっているだろ。まずは部隊を解散させて、以後の処置はおまえの軍隊に任せる」


 「死体の処置は?」


 「おまえが嘔吐している時に話していたんだけど、死体の処理についてはキユが指示していると思う」


 「えっ、うちの兵士はそんなにいないよ」


 彼女は戦闘のプロである兵士が処理しているのではと思い込んでいる。

 確かに今回の合宿地に配備している兵士は見張りや警護などの任務があるため、死体の回収まで手が回らない。

 だが彼は、違う人達を充てていると言うのだ。


 「おまえのところの兵士ではない。うちの先輩らが処理しているハズだ。おまえの軍を使って処理させると、後々公王に何言われるかわからんな。それに昨日の夕食の件もあるから、その辺はしっかりやらせているだろうよ」


 サクラは道中に転がる細切れになった人だったモノの光景を思いだし、喉元に酸味が掛かった液体が逆流してきたのを感じ、必至で吐き出さない様耐えた。


 「うぅ……気持ち悪くなった……でもトラウマにならないか? ヒトミンとかシナポンの弟なんか泡吹いて倒れちゃうよ」


 「あいつらは今回の件に関わっていないから、免されていると思うぞ」


 「アタシは学生に死体処理なんて酷なことさせるのは反対なんだけど……って言ったところで、処理は始まってところだろうけど……」


 「――止めなかった責任者が何を言う。だが、先輩らには良い経験にはなっただろうよ……異世界で簡単に勇者や賢者、剣士になんてなれないってな……そうだよな母さん」


 龍一朗は脇にいた涼見を睨むように見る。

 彼女は龍一朗を魔王討伐の勇者としてこの世界に転移させた責任者の一人である。

 彼女らの思惑によって龍一朗は勇者として――いや、正確に言うとサクラの世界で言う勇者として、転移させられた。

 つまり、勇者になりたくてなった訳ではない。それは背負わされた役職である。

 

 涼見は黙って俯く。

 

 そりゃそうだ。

 魔王を討伐しようと息子を送り込んだはいいが、その息子が魔王――ではなく魔皇になってしまった。

 一族の悲願が、まさか絶望変わったのだから。

 息子に強いた結果がこれである。


 ここで、魔皇と勇者について補足する。


 涼見の世界で言う勇者とサクラの世界で言う勇者とでは、言葉は同じであれど内容が全く異なる。

 具体的に言うなら、世界を守るとされる勇者が異世界に攻め込めば、攻め込まれた側とすれば世界を滅ぼす悪敵なのである。

 つまり、サクラの世界でいう勇者は魔王である。さらに付け加えるならそれが法皇の役職についているのだから魔皇ということなのだ。

 だが、サクラは龍一朗が法皇であることは知らない。

 知っているのは龍一朗とバーナード、そして涼見である。

 

 「逃げ帰ったっていうのが、ちょっとアタシには理解出来ないところなんだけどね」


 サクラはチラリと龍一朗と涼見を見る。

 その次の言葉を待っている。


 「人には色々ありますからね――まぁ、先代が強権発動しなければ、龍一朗をサクラさんのところに留学させることもなかったんですけどね」


 涼見がさらっとサクラの追及を躱すが、これでは言葉が足りない。

 龍一朗が補足する。


 「勝手な事を言わないくれ、俺を間違えた場所に送り込んだクセに。留学とか修行とかそういうレベルの場所ではないぞ」


 彼が補足しなければ、大変な問題に発展する可能性があった。

 それは言葉のパーツが変な形で揃えば、

 『ブラッケンクラウス公国に勇者を送り込んで乗っ取りを掛けた』

とも捉えることもできる。

 龍一朗の補足により『違うところに送り込まれたから』という言葉も加わった。


 「アタシのところに来たら楽しく学べたものの、君は君なりに苦労したんだねってことだね」


 「まあ結果的に――」


 涼見は何か言いかけた。だが、龍一朗の顔をチラリと確認して話を止めた。

 彼が厭な表情をしたので言うのをやめた。

 

 (まだサクラさんには法皇であることは話して欲しくはなさそうね)


 「結果的には?」


 サクラが首を傾げている。

 涼見はこのあとの言葉でうまく誤魔化さなければいけない。咄嗟に龍一朗の顔を見て助けを求める。

 龍一朗は引きつった笑みを浮かべながら、こう誤魔化した。


 「おかげさまで、ブルースター義勇軍で鍛えられたからな」


 龍一朗はそういって、涼見との会話で疲れ切って佇んでいたバーナードの肩に手を掛けた。


 「えっ、何? あっ……そ、そうだ、そうだね!」


 バーナードは咄嗟に龍一朗の行動に合わせた。

 そして、「もうそろそろ、本陣にもどらないか。キユのヤツがイライラしているはずだろうから」と言って話を打ち切る様に促した。

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