第14話 責任の取り方

 薄暗い森の中を龍一朗一行は学校のテント目指し歩いていた。

 龍一朗とバーナードはテクテクと無言で歩くのに対して――


 「もう疲れたよぉ……」


 「少し休みませんこと……」


――とサクラと涼見はヘロヘロになりながら文句を垂れていた。


 「キユがいたら真っ先に気合い入れられるな」

 

 「あいつ、性別関係なく、泣き言に厳しいからな」


 先を進む男2人は面倒臭そうに後ろを振り返り、合宿だ訓練だと騒いでいた人物らの体力のなさにため息を漏らした。

 そんな中、龍一朗はサクラの行動に少し違和感を覚えた。

 それは姫様なのにお供の兵士がいないことである。

 

 「おい、サクラ。おまえの護衛はどうした?」


 「入国の許可が下りなかったんだよ。『他国の兵士は正式な書面がないと入れない』って言われて。それでもアタシだけ特別に許可もらえたんだ。」


 「それは見れば分かる。そうじゃなくて、先ほどから誰とも連絡をとっていない様だが」


 「あぁ、そっちのほうか。アタシなら帰りは君が護衛に付いてくれるから心配ないと思ってね。だから、うちの護衛兵には生存者の検索救助を命じた。ただ待たせるっていうのはもったいないし」


 「なるほどな」


 龍一朗はサクラの割り切った考え方に正直感嘆した。

 ――が、その後の処置はどうするつもりだったのだろうか。念のため尋ねてみる。

 

 「それで、おまえが戻ってきた時の合流場所とかは?」


 「……決めていない」


 「通信手段は?」


 「……ない。所持していない」


 「まさかとは思うが、護衛は自国領内におまえが戻ってきてたとしても、それを知ることなく延々と検索しつづけ、挙げ句におまえがどこかの兵士とすれ違うか、テントに戻るまでその事実を知らされないってことはないよな? それって護衛の任に付いている兵士らがもっとも恥じる事だからな」


 「うぅ……そう言われると、そうなっちゃう……かも」


 「――ほぉ……後先考えずに来たのか。おまえ、真性のバカだ」


 龍一朗はまるで何かの汚物を見るような目で彼女を見下した。そして彼女の配下の兵に同情の念を抱いた。


 「仕方がないじゃん……まさか君が白い連中のところに越境するとは思わなかったもん」


 彼女としては自国から白き聖城の帝国へ戦闘員を送り込んでしまった形になり、非常に慌てていた。今、その国と争い事を起こすのは得策ではない。

 強敵とされた『白き聖城の共和国』を悉く蹂躙し、滅ぼした法皇。その法皇率いるブルースター義勇軍。

 その軍隊が、いつブラッケンクラウスに牙を剥くのではないか――それを彼女が憂いているのだ。

 つまらぬ言いがかりで、侵略させる口実はなんとしても避けたいところだ。


 それと同時に、臣下の中にも法皇と姫であるサクラを政略結婚させ、国家の安定を願うものすらいるのである。


 (冗談じゃない。なぜ、そんな敵に私が陵辱を受けなければいけないんだ)


 サクラが恐れているのはその2点である。

 だからその牽制としての龍一朗との婚姻なのである。


 ――だが、残念な事に、龍一朗はそのサクラが恐れている相手、『法皇』その人だ。彼女はそのことをまだ知らない。


 「俺、向こうの連中に顔効くぞ」


 「君がそれでよくても、うちの国としての状況が良くないの! 」


 「面倒臭い女だな――わかったよ。心配掛けさせて悪かったよ」


 龍一朗は面倒臭そうにサクラに頭を下げると、バーナードを掌で呼びつけ「キユに連絡を取ってサクラの所の兵士に国境の検問所に向かわせる様に手配してくれ」と小声で指示した。


◇◇◇◇


 それからさらに道を進んで行くと、15分くらいで国境の検問所に至った。

 そこで待機していたサクラの護衛の兵と合流した。

 彼らは顔色が悪く、ぐったりとしており覇気が無い。

 サクラは龍一朗がバーナードを通して兵を待機させていた事を知らないため、彼らを見て大層驚いていたが、誰の手筈なのかなんとなく理解出来たので深くは追及しなかった。


 「おい、サクラ。おまえの国の兵、だいぶお疲れになっているけど、おまえのせいで心労が溜まっているのではないか?」


 龍一朗はちょっと意地悪くサクラをからかった。

 だが、どうもそうではなさそうだ。

 

 「あぁ……を見たからだろ」


 サクラは呟くように答えた。

 バーナードが龍一朗に彼女の言葉を補足する。


 「彼らは幸せなんだろうな。今までそういう経験ないようだし」


 「なるほどな。でも彼らを見た感じでは、さほど汚れていないな。を直接処理していた訳ではなさそうだ」


 龍一朗が顎でサクラに対して兵に尋ねるよう指示すると、サクラが兵に尋ねるまでもなく自ら龍一朗に答えた。


 「今、その処理をご学友が行っております。私らは本国の指示で手を出さないで確認するよう命じられました」


 当然である。

 他国から侵入してきた敗走兵を、自国ではなく余所の世界の学生に討伐させたとなると、軍や大公の面目が失われてしまう。

 そこは『彼らが勝手にやった』、『軍は最大限警戒にあたり、被害者を一人も出さなかった』としたいところだ。

 つまりは、学生らで勝手にしでかした案件であり、その責任として後処理――具体的に言うと死体の処理もよろしく……ということである。

 その点は想定済みであり、何ら問題はない。


 ――ただ、今回の責任者はそれなりに責任を取らなければならないハズだ。


 兵は説明と同時に付け加える形で「それと……えぇっと……ですね」とサクラの方を見ながら何かを言い出したくても言い出せない様子でもごもごしている。

 明らかにサクラに対して、言いにくいことを伝えようとしている。

 これは大公のメッセージなのだろう

 ならば、このあとの言葉は2通りが考えられる。

 一つは責任者としてそれ相当の処罰を与えること。

 もう一つは――


 「サクラの兵に問うが、大公はこう指示していなかったか? 『その死体の処理をサクラにもさせろ』と……」


 その問いを聞いて、兵士らはビクンと身体を震わせ、大きくため息を付いた。

 龍一朗の予想どおりであった。

 その言葉を聞いてサクラは泣きそうになる。


 「え~っ、あのグロいの触るのぉ?」


 「おまえの父親は寛大だ。今回の処罰は死体の処理で許してやると言っている」


 裏を返せば、一国の姫に死体処理をさせるということは通常ありえない。そのありえないことをさせるということはそれは処罰であるということ。

 その上で、新たな沙汰があるまで謹慎……ということも考えられるが、一国の姫にそこまで恥をかかせる必要は無い。

 だから、それで終わりということだ。


 「でもアタシは殺せと命じていない……それは君がやったんだろう……」


 「そうだ。だがその前に、そう指示した人もいるから――だからうちの母さんも手伝うことになるな」


 いきなりそう話を向けられた涼見は「えっ……ええっ?」と驚いてその場に腰を抜かした。


 「大丈夫だよ。俺もバーナードも片付けるから」


 冷たい目で彼女らをジロッと睨む龍一朗。

 バーナードも「別に彼女らにそこまで責任取らせなくてもいいだろ」と諫めるも、龍一朗には龍一朗なりの考えがあるようで、バーナードの意見をスルーして人差し指で『付いてこい』と言わんばかりにブラッケンクラウス領に立ち入った。


 「確か――次の大木の右脇あたりだったかな……」


 彼はブツブツと独り言を言いながらその場所に向かう。


 「あった――これだ。おまえらよく見て見ろ」


 龍一朗は皆を呼び寄せる。

 彼が指差した場所には――4体の死体が転がっていた。

 2人は大人で、その脇には2人の少年……大人は明らかに賊であろう。少年の方はどうやら今回の合宿に参加した者達の様だ。彼らは鋭利なもので袈裟懸けに斬られ息絶えていた。


 ――彼らは賊に拉致された被害者なのであろうか?


 当然、そういう現場になれていないサクラはその場で嘔吐し、涼見はその場で卒倒した。

 バーナードが死体の脇に屈み、ジロッと死体を見分する。


 「あぁ……そういうことか」


 彼は納得して立ち上がった。


 「何かおかしいって思っていたんだよな……そういうことだったのか」


 「――だろ? だからおまえらをこの場所に連れて来た」


 龍一朗はサクラに死体の顔を見ろと顎で指示すると、サクラはイヤイヤそうに死体の場所に向かう。


 「えぇ~っ、確認したくないなぁ……」


 「別に切り口とか死に様とかそういうのは確認しなくていい……こいつらはうちの特殊科の生徒で間違えないか」


 彼女は目を細めながら、首実検をする。


 「――うん、それで合っている。こいつら、最近転入してきた奴だ」


 「なるほどな――だが、その前に……」


 龍一朗はサクラとの話を一旦止めた。

 ふと自分に向けられる視線が気になったからである。

 その方向に目を移すと、見覚えのあるスーツ姿の長身の男が頭を垂れてその場に立っていた。


 「おぉ、宍戸か」


 「はい。龍一朗様」


 彼は宍戸昭人。旧共和国残党兵であり、神池家に仕えていた法術師である。

 だが、龍一朗らにより残党狩りで捕まった。

 捕まる際に色々やらかして、ナナバに極刑を言い渡された男である。 

 もちろん、サクラとも面識があり、その男が目の前に現れて驚いている。


 「あれ、あなたは青い連中に捕まったって聞いていたけど……」


 「おや、ブラッケンクラウスの姫君も一緒でしたか――あっ、私は正規にこの国へ出入りしていますから不法侵入ではありませんよ」


 彼は正当行為で越境してきたことを彼女に伝えた――つまり、裏を返せば何らかの業務でここにいることを意味している。簡単に言うと、もう罪人ではないということだ。

 だが、サクラは彼がどういう理由でここにいるのかわからない故に若干困惑している。

 そんなサクラを余所に話を進めていく龍一朗。


 「さて宍戸。その後アウラーのバカはなんと答えた?」


 「はい。彼は私らと同じ旧共和国残党だと自供しました。それを裏付けるように旧共和国軍の軍籍名簿にも合致していました。ただ、今回の敗走兵の所属とは全く異なります。おそらくは今回の件とは無関係かと思いますが、その点は鋭利調査中です」


 「なるほど。引き続き調べを進めよ」


 「畏まりました――っとその前に……」


 宍戸はそういうと懐からキラリと光る物を取り出した。

 サクラはその瞬間、彼は自分のことも拉致しようとした事を思いだした。今、彼女の警戒アラートが『この男は危険である』とマックスで告げている。

 しかも、懐から取り出そうとしているのは光る物……これは金属だ!

 銃もしくは刃物とも疑える……

 この状況から、サクラは宍戸が再び龍一朗に襲い掛かるものだと思い込み、咄嗟に身を挺にして彼に抱きついた。


 「危ない!」


 サクラは内心


 (何やっているんだろうアタシ……下手したら死んじゃうじゃん……)


と思いつつも、勝手に動いた自分の身体に


 (しょうがないなぁ――これもアタシの性分だしなぁ……)


と納得し、あとは運を天に任せることにした。


 (龍一朗、何かあったら……その時頼むね……)


 サクラはチラッと龍一朗を見る。

 だが、当の本人は「はぁ……」とため息を付いて緊張した表情はなかった。

 寧ろ、『何勘違いしているんだ、この女……』という様な感じで呆れている。


 (酷いなぁ……折角庇ってあげているのに……もっと驚いて欲しいよね)


 彼女はちょっと悲しくなってしまった。

 そこで、間の抜けた「へっ?」という驚いた声が彼女の耳に入った。


 (……ちょっとなさけない驚き方だけど、こんな感じでもちょっとは驚いて欲しいよね)


 声の方に目を向けると、この情けない驚きの声を挙げたのは宍戸であり、驚いた咄嗟に彼は何らかのボタンを『カチャ……』と押下した状況だった。

 さらに彼が取り出した物をよく確認すると、それはカメラみたいなものであった。

 実は宍戸が取り出した光る物とは、自国の幹部に映像を転送する装置でだったのだ。

 しかも、彼がボタンを押下したのは、サクラが龍一朗に抱きついた瞬間だった――それを映像として自国の幹部に送信してしまったのである。

 ちなみに自国の幹部とは――サイコパスの、あの人である。

 この瞬間、宍戸の顔色が真っ青に変わり……「ひゃああああ……」と情けない声を挙げた。

 事態を飲み込めていないサクラは、頭が少し混乱している。

 

 「――おい、サクラ……おまえ何してくれているの?」


 「いや……またこの人に襲われるのかなって思ってさ」


 「いや、今俺を襲っているのはおまえなんだけど……」


 サクラは当たりを見回す――すると自分の胸元に龍一朗を押しつける形で抱擁している状況であった。

 さらにバーナードが真っ青になっている宍戸を見て状況を理解した様で「うわあああ……」と叫びながら宍戸の方に向かい、レンズを覗き込む様に――


 「ナナバかぁ? 良く聞け! これは間違えだ。事故だ! 姫さんは宍戸がバルを襲うものかと勘違いしただけだから――っていうか何故宍戸を向かわせた?!」


――と悲鳴に近い声を挙げた。

 そして目的の物にレンズを向けると「目的の物はこれだろ」と言って転がる死体に指差した。

 宍戸は死体の状況をナナバ宛てにライブ映像として送りたかっただけだったのだ。

 当然、目的物以外のもの――特にナナバの感情を逆撫でするもの見せつけられては、嫉妬深い彼女が何をしでかすのか、当の被害者であるバーナードはすぐに理解出来た。

 案の定、バーナードのスマホにおどろおどろしい着メロが鳴り響き、彼が恐る恐る画面を押下し電話口にでる。


 彼のスマホからは女性の金切り声と「殺す」という言葉がひたすら連呼していたのは龍一朗らの耳にも届いた。

 

 「あっ、あれ……なんだかアタシ、お仲間の人に嫌われていない?」


 「婚約を解消すれば許してくれるんじゃない?」


 「ヤダ、無理」


 「最終的に恥掻くのはおまえだとおもうけどな。とりあえず、離れろ! 俺までとばっちりが来る」


 ――とりあえず、映像化して見分や首実検は済んだ。

 バーナードは、帰国する際の宍戸の後ろ姿から感じた『妙にドンヨリとしたもの』を、今自分が感じたものと共感した。


 「まぁ、あいつは2、3発殴られる程度で済みそうだが……俺は……うぅ、ナナバに会いたくない」

 

 バーナードは大きくため息を漏らした。

 そんな彼に『頑張れよ』と言わんばかりに龍一朗は肩を軽く叩いた。



 それは、後の問題として……今は下に転がっているものを片付けるだけである。



 ――また、こういう時に限って、運が悪い学生が丁度その場に通りがかった。

 その彼らの中には、朝に『死ぬ気で掛かってくるんだな』と挑発してきた先輩も混じっていた。

 だが、彼らの姿は今朝のような勇猛果敢……というか蛮勇の言動等はなく、服が血と土で汚れ、第八車を引いて体力的にヘロヘロになっている。

 その第八車は、荷台に血がベットリ付着しており、先ほどまで死体を搬送して、どこぞに降ろしてきたばかりと推察できた。

 でも、龍一朗とバーナード側から彼らを観察していると、何故かちょっと首を傾げるような点が見受けられた。

 

 それは数が合わないことだ。


 先ほどまで4人一組で行動していた連中が、今回何故か6人で行動しているのだ。

 態々グループを分解しなくても、4のかけ算で組み合わせればいいハズなのに。

 そこで龍一朗はある仮設が脳裏に過ぎった。

 それと同時に――


 「なるほどね。賊が暴れ出した理由を考えると、それが一番しっくりくるんだよね」


――とサクラも龍一朗と考えが同じなのか納得した表情で呟いた。

 

 「……先輩ら、丁度いいところに来た」


 龍一朗は下に転がる死体を指差す。


 「これもよろしく」


 「何言っているんだ……俺らは何体運んだと思うんだ……おまえらがやれよ」


 見覚えのある男がぐったりした表情でそう答えた。


 「いや、先ほど俺んだけど」


 「何言っているんだ、おまえ。服汚れていないだろ……」


 「だからよ。間違えなく、ね」


 龍一朗はそう言うと、下に転がる少年の死体の顔面を足で踏みつけ、それを彼らの方に向けた上で、さらにこう伝えた。



 「だから俺はこいつらを……」



 その瞬間、見覚えのある二人が小さな悲鳴を挙げた。

 見下した相手に仲間を殺されたのだから……からではない。正しくは、その見下した相手が賊を次々と虐殺していく有様を見せつけられ、それを思い出させてしまったからだ。

 ちなみにその際に、龍一朗が狙って倒していた相手は……


 これで、この二人に対する処理は決まった。


 彼らが悲鳴をあげた瞬間、サクラは護衛に対して「この2名を捉えよ」と指差して命じた。

 慌てて逃げようとする2人、だが護衛らによってすぐに捕縛された。

 呆然とする残り4人は何が何だか分からずその様子を見守っている。


 「それとおまえら――あとで話を聞かせろ」


  バーナードが残る4人に対して念のために凄むが――びっくりしているだけで、特に怯えている表情等はない……こいつらに対して尋問しても大して情報は得られないだろうと彼は内心思った。

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