第15話 復員
龍一朗らが合宿先に戻ると、中にいた学生はお通夜の様に下を向いていた。
それはそうだろう。
戦闘に巻き込まれた挙げ句、死体の処理をさせされるなんて、誰も想像していない事態である。
確かに、戦闘訓練だと先生に煽られて、まだ未熟な学生相手にボコボコにしてやる――という人を見下した連中もいたはずだ。
ただ、誤算だったのは相手が躊躇いもなく人を殺めていく鬼畜だったことだ。
まさか、こんな事態になろうとは誰もが想像していなかったであろう。
彼らの心に重いトラウマを植え付けられ、完全に戦意喪失状態である。
その一方で、現場指揮していたキユが「思っていたより遅かったじゃん」と一人元気に出迎えた。
彼女の出迎えにバーナードは引きつった笑みを浮かべて、彼女を労う。
「さすがは現場指揮官殿だ」
だが、彼の真意はその次の言葉である。
「――仮想敵兵を、ここまで完全降伏してきた時の表情にさせるなんて、まだまだ前線いけますなぁ」
バーナードはゲラゲラ笑いながらキユの肩をポンと掌で叩いた。
「うるせえよ。たかが戦闘訓練くらいで、調子に乗った馬鹿共に現実を突きつけてやっただけだろうが!」
キユはちょっと引きつった笑みを浮かべてバーナードの背中をバン!と叩いた。
「痛てえなぁ~……俺はおまえと違って、良識ある人間なんだから少しは加減しろよな」
「よく言うよ――なぁバーナード、その良識とやらでちょっと大事な話がある。耳を貸せよ……」
キユは大事な話なのにあえて龍一朗ではなく、バーナードにある話を振った。
「ところでよぉう……飯はどうするよ。こいつらこんな様子じゃ、それどころじゃないだろ?」
彼女が龍一朗に話を向けなかったのは、彼女なりの判断である。
でも、やる気がないやつらに料理を作らそうと思っても、それは適わないことだ。
ではどうする? まずは誰かに相談するのではないか。
ただ、相談する相手を『なんでもいい』という奴に選択すると、失敗することがある。
そう言う奴に限って、『本当はこだわりが強い』か、もしくは『食えるものなら、元のモノがろくでもないものでもかまわない』という部類だからだ。
だから、そういう類には、飯のことは聞かない方が良い。
その点、バーナードは良識的な選択をする。だから彼に相談したわけである。
だが、せめて一言断っておくべきだった。
その行為は一見すると、部下が上官に報告する前に『何かの案件』を相談し合っている様にも感じる。
当然、神経質な上官であれば、悪い話は早急に確認したいものである。
「おまえら、何の話をしているのだ」
案の定、龍一朗の問い掛けてきた。バーナードが単刀直入に答える。
「飯の話だよ。こいつら使い物にならないからどうするかって話だ。食材だって今から探すの大変だぞ」
「なるほど。確かにそれは大変だな」
龍一朗は、ちょっと考えた後に――
「なぁに。アイツらに銃を突きつけて調理させればいい。それに食材は回収した死体なんかを物質変換掛ければいいだろ」
――とキユが思っていた通りのろくでもない案を挙げてきた。
頭を抱える二人。
その話を脇でジッと耳を澄ませて聞いていたサクラが呆れた表情で龍一朗の頭をポンポンと掌で叩いて止めに入った。
「……ちょっと、何お馬鹿なこと言っているのよ。冗談も程ほどにしてくれよ」
「頭叩くな。おまえのバカが感染るだろ」
龍一朗はちょっと不機嫌そうに頭を抑えてサクラを睨む。
「君がサイコパスブラックジョーク言うから止めたんだろう――ねぇっ、バナドさん、キユさん」
サクラはバーナードとキユに同意を求めるも、二人は頭を抱えてその場に座り込んでおり、彼女の言葉なんて耳に入っていなかった。
「――ソレ、やっぱりここでもするのか?」
「や、やめろ! せっかく忘却の彼方に追いやったというにぃ!」
指揮官二人が、何かを思い出してパニックを起こしている。
この状況を目の当たりにして、『こいつ、本当にソレやったのか?』と龍一朗のことを怪訝そうな表情で見た。
だが当の龍一朗は涼しい顔で知らん顔で彼らの様子を覗っている。
彼女らの過去に一体、どんな経験があったのか――サクラは興味ありつつも、この二人の様子から絶対聞いたら後悔する話だと察して、あえて彼らに尋ねることはしなかった。
三人のドン引きした目が彼に向けられる。
「……おまえらその白い目で俺を睨むのはやめろ」
さすがの龍一朗でも、気まずさを感じた。
それを誤魔化すため、軽く咳払いをして言い直した。
「……コホン、冗談だ。今はその状況下ではない――おい、キユ。待機組がいただろ? あずき姉さんと人見さん、それに詩菜さんとタクが。彼女らに料理を作らせてくれ。なんなら、そこでひっくり返っているうちの校長先生をたたき起こして使ってもらっても構わないから」
彼が具体的に指示をすると、キユは落ち込むのをやめてすぐに反応した。
「おぉう。すっかり待機組を忘れていたぜ。これで労力は確保できた――でも食材はどうする? あたしも……カニバリズムはしたくないからな」
「それなら――おい、サクラ。おまえのところで食材は提供しろ。どうせ、賊らが放棄していた食料など押収しているんだろ?」
「あーぁ、確かにそれなら出せるかも……でも、食材を慰留する際に毒が混入されたかどうかまで調べていないぞ」
「賊にそんな余裕があったら、手配されている自国に逃げ込まないぞ。なんなら俺が毒味するが」
――――それから2時間後。
待機組の努力もあって2夜連続のカレーライスができあがった。
今回は色々考慮した結果、肉と油抜き野菜だらけのスープカレーライスになった。
言い出した本人が毒味をしたところ、味や品質には問題はないとのことだ。
当然、死体を取り扱った学生らの大半は食欲がなくて、スプーンすら手に取れない状況であったが、キユの「食え! 残したりしたら、明日の朝は回収した死体を食わせてやるからなぁっ!」という恫喝で、みな必死で食べる羽目になった。
「酷いなぁ……自分だって先ほど同じ事言われてドン引きしていたくせに。それじゃ、どこぞのサイコパスのことを悪く言えないだろ」
バーナードは目をモザイク処理されたどこかの法皇と、ついでに某司法長官の写真が脳裏に浮かぶ。またその想像していた写真が引きつった笑みを湛えているから、一層不気味である。
「でもよぉ、戦場で飯食べられるだけでも幸せだぞ。実際に『食欲がないです』って言っていた奴から真っ先に死んでいったからな」
……とキユは持論を展開した。
「しかし――どうしたものかな……こいつら、このまま向こうの世界に戻しても問題にならないだろうか」
「俺もそう考えていたんだよ……平和ボケしているあの国の住人を戦争経験に巻き込んで良かったのかね」
キユとバーナードが頭を抱える。
そこで話に加わったのはサクラである。
「その点は大丈夫だよ。基本的に特殊科はうちらの世界の人間が殆どだから……ここの世界じゃないのは涼見ちゃんだけだろうね」
「――なら、安心した」
そう話を割り込んできたのは、割烹着姿の龍一朗。
カレーライスがのった皿を片手にそれをぱくつきながら登場である。
その予想外の登場にサクラは腹を抱えて爆笑している。
「なんだよ、その格好~っ、マジ受けるんだけどwww」
「うむ、ちょっと待機組の調理を手伝ってきたからな。皆手際が良いからすることはあまりすることがなかったけど――ところで……」
龍一朗が話のサクラの横やりで中断していた話の続きを始めた。
「サクラよ。先ほど特殊科の生徒は国ごとに分けるとどれくらいになるんだ?」
「あぁ、それなら――アタシのところは数名、青い連中がそこの2人、1人だけどヒトミンの母国である『緑の杜人』。あとの残りは白い連中の亡命者かな。もちろんその亡命者の中にシナポンとその弟も含まれるけど」
「ふむ。戦争疎開が理由か――なら、もう留学させる必要はないな。第一、ここの世界に魔王っていうのは存在しないし」
「確かにそうだね、私も涼見ちゃんから『魔王迎撃部隊』の話を聞かされた時、何考えているんだろうって思ったもん」
「まあな。だからこそ魔王迎撃部隊としてこの学生らを受け入れる必要もない。こんな柔な連中じゃあ、この先役に立たないからな」
龍一朗はそういって彼らを切り捨てた。
だが、それは表向きの理屈である。
それはすぐにサクラによって見透かされた。
「ふぅ~ん……アタシはもっと別な理由があると思ったんだけど……」
サクラはニタリと不気味に笑むが「――まあ、いいけどさ」と言ってそれ以上追及はしてこなかった。
サクラの指摘のとおり、実際のところ別な理由があることには……あった。
それは、学生の中に旧共和国残党の支援者が紛れ込んでいたことにある。
龍一朗としては、現『白き聖城の帝国』は旧共和国主要メンバーにより滅ぼされた『白き聖城の王国』の再建の立場を取っている。
よって、旧共和国主要メンバーを戦犯として処罰させる必要があった。
だが、実際のところは共和国陥落寸前に首謀者であるファン=イーストは自害もしくは味方に殺害されてしまい、最終的な責任者がいない状況となってしまった。
通常は、『死人に口なし』ということで、彼に全て押しつけてしまうことも可能であるが、龍一朗としてはそれを良しとしなかった。
なぜなら、龍一朗をこの世界に送り込んだ者達の件があったからだ。
「おい、バル」
キユが小声で手招きをしている。
「今のところ、おまえの家の関係者と旧共和国関係者とを結びつける証拠は挙がっていないが――」
「……だから、戦犯と断定せず、その勢力を剥ぐ程度に留めている」
「なるほどな」
「一応、うちの父親もエルヴァッファ朝の直系王族だ。その側近も何人かいる……まずは支援者である神池本家の解体だ。その教育部門である一条高校特殊科を終わりにさせる」
「わかった、ならあたしからこういう提案をしよう。それはな――」
キユは耳元でボソリと囁いた。通常であれば『おまえのバカ話を聞いて損した!』と話を打ち切る龍一朗だるが、キユの提案にフムフムと頷きその案を採用することにした。
――それから、次の日。
合宿は本来ならまだまだ続く予定であったが、この事件の関係もあって、急遽中止にして学校に戻ることになった。
……ただ、生徒は何が起きたのか分からず首を傾げている。
このことに真っ先に疑問に思った人物がいた。サクラである。
サクラは、生徒が余りにも残念そうにしている姿を見て違和感を感じた。
そこで、サクラは近くにいた胸の大きい女子生徒に対して――
「昨日は大変だったね。あのバカに裸見られたんでしょ? あとでぶっ飛ばしてやるから」
――と敢えてトラウマの話をしたところ、サクラの思惑通り……
「えっ? 私、昨日はお風呂入っていませんよ」
……とその女子学生は首を傾げていた。
たまたま、その近くに龍一朗がいたので、サクラは微笑みながら手招きをすると、彼は面倒臭そうに彼女の元へやってきた。
「これ、どういうこと?」
サクラはその女の子の胸を指で突きながら文句を言うと、その女の子は「ちょっとやめてよ!」と不快そうに言いながらその場から離れていった。
「おまえ……ホントに失礼な奴だな。女性同士でもセクハラって成立すると思うのだが……」
「ちーがーうーだーろっ! アタシは、彼女らが昨日の事を覚えていない理由について説明しろって言っているの!」
「大声だすな。皆がびっくりする。ちょっとばっかし耳を貸せ……」
龍一朗はそう言うと逆にサクラを手招きして耳を向けさせた。
「(昨日のカレーに記憶を消す効果のある食材を混ぜた。だから昨日の記憶がないのは当然だ。寧ろ、うちらが食べたものは混ざっていないものだ。仮に混ざっているものを食べたとしても人体に害はないけどな)」
「あぁ、なるほど。記憶を消したのは正解だったかも……あれはトラウマになる」
「――でも、記憶が消えているのは一時的なものだ。今騒がれても面倒なんでな」
「どういうこと?」
「時期にわかるさ……」
――龍一朗らはそれから1時間後にはブラッケンクラウス領を出て、一条高校の敷地に戻った……
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