第16話 新たなる特殊科、そして……
彼が話していた『時期にわかる』という謎の言葉は、ゴールデンウイークに入った際にサクラが実感することになる。
それは、特殊科に所属する『白き聖城の帝国』出身者が、本国から一斉に帰国を命じられたというものだ。
当然、詩菜や拓也もその出身者に該当するのだが、彼女らは何故かお声が掛かることはなく、代わりに留学許可証が本国から送られてきた。
そして帰国命令を受けた彼らだけが、そのまま戻ることはなかったのである。
サクラはその話を彼女のクラスで龍一朗に尋ねた。
「……って、これどう見ても『尋ねて』いる状況じゃねえよな。尋問だよな」
その龍一朗は、椅子に座らされロープでグルグル巻きにされて身動きがとれない状況になっていた。
「いやぁ……ゴメン、状況が気になったんで――つい」
サクラはてへぺろとわざとしく謝罪すると、龍一朗はヤレヤレとばかりに無詠唱の法術でロープを焼き切り、足を組みふんぞり帰りながら答えた。
「先輩方は白帝で新設した法術学校に転校した。残された私物は全て向こうの学校に送ってある」
「ちなみに彼らには酷い事していないんだろ?」
「彼らにはね」
「それでは、他に酷い目にあった奴いるんだね」
「まあね」
サクラは龍一朗の近くにある椅子に座り込み、背もたれに顎を乗せながらさらに尋ねた。
「ところでさ……君の実家のお付きの人って、その後どうなったのかなって」
彼女は神池宗家の弟子が一斉にいなくなったことを耳にして、それが事実かどうか確認を始めた。
「あぁ、母さんの弟子か。さらなる高みを極めたそうだったので、全員白帝の教養施設に送ってやったよ」
「それじゃあ、特殊科の連中のところに――」
「とんでもない。先輩らは普通の学校だ。あいつらは――」
「あいつらは?」
サクラは立て続けに質問をする。龍一朗としてはここで話を打ち切ることも出来たのだが、納得しない彼女が時間場所を弁えず執拗に追及してくることが予想出来たので、先ほどわざと捕まった様に、とりあえず満足させるため、彼女の質問に答えてやることにした。
「おまえが質問してきた『他に酷い目にあった奴』だそれだ。そいつらは収容施設だよ。あいつら『魔王討伐ナンチャラ』って言っていただろ? 司法長官が不敬罪で全員拘束したって話だわ」
もちろんソレを命じたのは法皇である龍一朗である。
「でも、余所の国でそれやっちゃうとマズくない?」
サクラが言っている意味は、異世界から強引に連行すれば元いた世界の法律にひっかかるのではないか、いうものだ。
具体的に言うと拉致監禁にあたる。だが、その辺は彼らも抜かりない。
「……これはあくまでも仮定の話だが。会議だと称して一同を学校会議室に召集した上で、出入口を転移法術で白帝の司法長官室につなげてしまったらどうなる?」
「彼らが会議室を出る際には意図せず白領領内に入ってしまう……つまり、白帝領内に入れてしまえば何ら問題はない、か」
「まあ、そんなところだ」
龍一朗は悪意ある顔で微笑むと柏手を打ち、「話は終わりだ」と言って話を終わりにした。
彼が柏手を打った瞬間、教室内にゾロゾロと人が入ってきた。
キユ、バーナード、詩菜、拓也、仁美……そしてあずきである。
「あら、サクラってばまた龍一朗君を尋問していたの?」
詩菜はドン引きした表情でサクラを見る。
「姫さんよお、上級結界なんてもの張っていんじゃねえよ。慌てて既成事実謀ったって、こいつはぶれないぞ……もしそんなことした日には――横にいる兄貴が妹にぶっ殺されるからな」
「お、おい! それシャレになんねえよ」
「ハイハイ……あんたらイチャついている2人からかってないで、授業にはいるわよ」
あずきの合図で皆、席に着く。
実はあれから、龍一朗と拓也は普通科から特殊科へ編入した……というか、させられた。
原因は特殊科の生徒が大量転校してしまい人員不足に陥ったことである。
仮に特殊科を廃止にするにも、サクラの派遣先のブラッケンクラウス公の面目もあるので安易に出来ず、サクラが在学中は無理してでも維持しなければならないのだ。
そこで、1学年から3学年までの特殊科を一つにまとめて、次に姉妹校の土御門高校の特殊科のみを一条高校に併合させ、最後につなぎとして龍一朗らを合流させたのである。
龍一朗としてはそれは想定していたことであるが……
「あずき姉さん、俺はここの授業受けなくても――」
不満そうに文句をいう龍一朗に対して「何言っているのよ。責任の取り方ってあるじゃん」とサクラはここぞとばかりに揚げ足を取った。
「いや――龍一朗はそうだとしても、僕は関係ないですよね……」
詩菜の弟である拓也が自分がここにいることを例に挙げてサクラの意見を否定した。
「うるせっ、バカ。死ね!」
そう汚く罵るのは――サクラである。明らかに嫌悪感丸出しの表情である。
あまりの形相に拓也は「ひぃいいっ!」と小さく悲鳴を挙げて仰け反った。
「サクラ、あんまりうちの拓を攻撃しないでよ」
「へいへい……そういや、そいつも特殊科へ入ったんだっけ。確か今回の騒動で大幅現になった特殊科に編入すれば特例で授業料免除になるんだっけね――そうでしょ? あずき」
「そうなのよねぇ……なんだか学校の運営側が総入れ替えした関係もあり、だいぶ予算の割り振りが緩和化されているのよね。特に特殊科にあってはだいぶ変わるわよ。今までは特殊科だけで全ての授業を行っていたんだけど、今度から一部は余所の科と一緒に授業することになるのよね。例えば一般授業は進学科で行い、進学科で行う受験対策の部分が、特殊科の授業に置き換わるって感じに」
「えーっ、それって今以上に授業内容が厳しくなっていくってやつじゃん。アタシは厭だな」
「それでも存続できたのだから、おまえにとってはよかったじゃねえか。俺にとっては面倒事が増えそうだけどな」
サクラのぼやきに龍一朗は『俺の方が大変だ』と彼女を茶化すが、実際にそのとおりになった――それは。
「そうそう、面倒事で思い出した。香奈子の奴もこのクラスに編入するわよ。予定では今年の夏休み明けに編入だったけど、今回の件で早まったのよね。あいつはどこかのお姫様以上におバカだから、本当に大変よぉ……」
あずきの情報で、ピクンと身体を強ばらせる龍一朗。
彼女は龍一朗を異世界……しかも目的地ではない所に転移させた張本人である。
彼女によって龍一朗は異世界で散々な目に遭わされたわけであるから、もはや彼女は疫病神そのものである。
バーナード、キユが指をボキボキと鳴らして戦意をむき出しにしている。
「特殊科再編成の話が出た段階でなんとなく予想はしていたが、まさかここで大魔導士真成寺香奈子が登場か……いよいよ本気で殺らないとヤバい名前がお出ましか」
「こうなったら恥も外聞もない――二人がかりで行くよ」
殺気だった二人に仁美があわてて諫めだす。
「いやいや、そんな畏れ多い相手ではないわよ。あれはただの見習いだから」
二人は仁美の話をスルーして、どんどん話を進めていく。
「とりあえず、おまえは長剣で斬りつけてくれ。俺は香奈子にヘッドショットを試みてみる……どうせその一撃では死なないと思うけど、足止めくらいにはなるハズだから」
「その間にバルが、法術核をぶっ放せば――ってあたしら死んじゃうじゃん?!」
いつになくぶっ飛んでいる二人にサクラは驚いた。
「物騒な話はやめてくれるかな……そんな小物相手にしても仕方ないと思うけど――ねぇ龍一朗?」
サクラに声を掛けられる龍一朗であるが、当の本人は完全に香奈子のことを失念していたことで、一気に顔色を青ざめた。
「あのバカのこと、すっかり忘れていた……」
そして頭を抱えた。
「君達は何、ブツブツ言っているんだい? もう『バ香奈子』のことは放っておいてさ、ちょっとはアタシの話を聞いてくれないか?」
「――なんだよ? 今、俺はそれどころじゃ……」
龍一朗が若干困惑している最中に、サクラは爆弾発言をサラリと告げる。
「今度、うちの父上に会ってくれないか?」
サクラの要望に龍一朗は「……はぁ?」といって一瞬思考が停止した。
「いやぁ~、本国で父上がもの凄く怒っていて……君も『来い』って」
実際、龍一朗は公王に対して怒らせる言動はしていない。
それなのに怒っている……ということはサクラが正しく状況を伝えていないということだ。龍一朗は『彼女が意図的に情報を曲げて伝えている』と直感した。
「なんで俺を巻き込むんだ! 全てはおまえの妄言が原因なんだろ」
「この前の件もあってさぁ……」
サクラはそう言いながら苦笑いしながらウインクをした。
この前の件とは、ゴードンの森の一件のことである。
良い意味でも悪い意味でも公王に興味を持たれたと言うことだ。
これは無視する訳にも行かない。
「クソっ……タダでさえあのバカの事で頭痛いのに、こんどは公王かよ――」
再び頭を抱える龍一朗。
今後の彼らに何が待ち受けているか――それはまたの機会で。
――その数日前の夜、神池家
龍一朗は法皇として今後の対策のため白き聖城の帝国に戻り、今は母、涼見と父、臣仁の二人が応接室でワイン片手にまったりとしている。
「母さん、本当にこれでよかったのか?」
臣仁が渋い顔で確認する――が……
「ふぁ……もう一人子供作るんですのぉ?」
涼見は顔を真っ赤にして――ベロベロに酔っ払っていた。
しかも視点が定まっていない。
「おまえ飲み過ぎだっつうの!」
「うるしゃいっこれが飲まずにいられないっつうのぉ!」
臣仁がなだめるも、涼見はワインをドボドボと自分のグラスに注ぎそれをゴキュゴキュと一気に飲み干した。
「荒れるのもわかるけど、お弟子さんや特殊科の亡命生徒の件は君もそれに加担していたんだろ?」
臣仁は涼見が荒れている原因について確認するが、それはどうも違うらしい。
「あの~うちのバカ弟子の件でしゅかぁ? あれはぁ~私もあとで何とかしようとおもっていたので、それは目を瞑りましゅ!」
「えっ、大量失踪の件を目を瞑っちゃうの?!」
「だまらっしゃい……で、特殊科の生徒が一斉に転校してしまった件……あれは……」
「あれは……?」
「あれはお金にならないから、もういいでしゅっ!」
「えっ、いいのぉ?」
臣仁は苦み潰した表情でお酒で上機嫌の彼女を見る。
そもそも、臣仁と神池の弟子については全く関係の無い人らであり、臣仁としても関わりの無い件であるが、白き聖城から亡命してきた生徒らを強制送還されてしまったことは、痛手となった。
もちろん生徒の無事と安全は、法皇の次席である法王、フェルナンデス=エイルバッハから確認しているので、彼としてはそれは問題視していない。
問題視すべき点は、その親御にあった。
もちろん、単純な亡命者の親は子供と一緒に戻れば良い。
だが、訳ありの旧白帝の亡命者にとってはそうもいかない。
仮に訳ありの者の子供の帰国であっても、その本人には罪がないので、帰国しても処罰されることはない。しかし、親は例外なく処罰される。
それについて元皇太子である臣仁は『子供達を含めて全て拒否』する案と『その親の任意に任せる』案を検討していたのだが、その場合、白帝関係者である『龍一朗とそのゆかいな仲間達』から、何らかの実力行使を行使をされと予想できたのでそれは廃した。
また、『子供だけ帰国させ親は帰国させない』という案も検討したが、それも問題の無い親からの反発が予想出来たことから、それも選択出来なかった。
幸い、帰国命令は子供らだけだったのであり、渋々その案で受け入れた。つまり、それを理由に訳ありの親は帰国しなかった……と言うことである。
――何が正解だったのか。臣仁としては、それを実行してしまった後では悔いても仕方が無いのである。
そこで答え合わせである。龍一朗の目的は『帰国しなかった者を特定して捜査をすること』であった。
実際の所、旧共和国残党兵の特定は粗方進んでいるが、旧共和国協力者については特定が進んでいなかったのである。
そこで、因縁を付けてそれに従えば良し、そうでなければ全員旧共和国協力者として掃討作戦を組んでいたのである。
それに、召集した子供達は人質にもなる訳だ。
「参ったなぁ……クラハッシュの奴に相談するかなぁ……」
臣仁は咄嗟にぼやいた。
無論、ここ言うクラハッシュとは『エルビス=クラハッシュ=ブラッケンクラウス大公』のことである。
だが、ある人物にダメ出しを喰らった。
「ダメでしゅ! サクラさんなんかに頼んじゃぁ! 絶対メーッでしゅ!」
涼見である。ベロベロに酔っ払いながら、臣仁の両頬を両手で掴んで顔面を近付けた。
「あんなのぉ、お嫁さんに認めましぇーん、じぇーたい(絶対)でしゅ!」
前回の件がよくよく頭にきたのであろう。完全にお冠だ。
「……ところで、龍一朗には怒っていないのか?」
「なんでれしゅか? うちのかわいい龍一朗ちゃんに、謝ることはいっぱーいありましゅけど、あのくしょがき(クソガキ)はじぇーったい(絶対)ゆるちま(許しま)ちぇん!」
涼見のろれつが段々回らなくなってきた。それでもその会話内容から龍一朗にされた悪いことは記憶にないらしく、サクラにされたことは全部残っていたようだ。
「わかった、わかった。そのことを含めて親父の方のクラハッシュに文句言ってやるから!」
「はいっ、パパ。だいしゅきでしゅ!」
お酒の所為で感情が変な風に高まった涼見はそう言うと臣仁の顔を自分に近付けるが――
「うっ、やば……何か出る」
「ふおおお(話してくれ)」
……そして臣仁は顔面が大惨事となった。
(完)
魔王を討伐しようとしたら、実はソレだった件について 田布施 月雄 @tabuse-san
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます