第8話 気がつくと俺がここにいた

 ここは白き聖城の帝国の元王宮の間――広々とした空間にぽつんと鉄格子の檻が1つ……

 以前の俺の視線で伝えるなら『檻にぶち込まれた失禁した守銭奴姉ちゃんと、檻の外で失神しているポンコツ教師』と言うべきであろうが――ここではそう言う表現はすべきではないと思う。

 俺のために迷惑被った被害者に対して、大変失礼だ。

 改めて言い換えるのであれば『檻の中に囚われの元姫君が呆然と佇み、その鉄格子の外には守護する女騎士が倒れていた』としたい。


 迷惑掛けて非常に申し訳ない。


 「詩菜さん大丈夫か?嫌な思いさせて悪かった」


 俺が鉄格子を掌でコンコンと叩くと、檻は音もなく煙のように消えていった。


 「あなたは、龍一朗君――で良いんだよね」


 「そこの人型護符とは物理的には違うが、論理的には同一人物だ」


 「その君が何で?」


 ――詩菜の『何で』の問いには二つの質問ある。


 「一つ目の理由、俺らが追っていた旧白帝共和国軍関係者である。その落ち武者の討伐・捕捉・殺害が主な目的だったんだ」


 「そう……なんだ」


 「捜査した結果、ヤツらの潜伏先が――恥ずかしいことで、寄りにもよって俺の実家だったという事だ。あの馬鹿親共には大恥掻かせられた。だから、ムカついたので俺自ら片付けることにした」


 「じゃあ、記憶がないというのは?」


 「二つ目の記憶を消した理由については、相手を油断させる必要があったから。能力や記憶などの制限を掛ける意味で人型護符を利用し内定を進めた。万が一失敗した時を想定し、護符が破かれるとこの広間に連行する法術を施していた」


 「あなたも大変なのね……」


 これで、俺の目的について一応は説明した。

 だが、ちょっと納得できない人もいた。あずきである。


 「な……な、何故――」


 横になっていたあずきが上半身を起こし会話に参加する。

 言葉少なめであるが、彼女が聞きたい事はハッキリしている。何故『キユ、バーナードが裏切った』かである。


 「ヤツらのことだろ? アイツらは裏切ったわけではなく、他の残党の逃走先を供述させるため俺を利用したのだろうよ。まあ、そういう訳で、アイツらは『紙の俺』を守っているわけではなく、『本体の俺』のため自分が為べき仕事をこなしていただけ――短気だが悪意があったわけではない」


 「じゃ、じゃあ、う、裏切られたんじゃない……のね。よかった――あなたの人生……少し、心配していたんだ――ホント、よかった」


 あずきが頷き感涙している。

 おい、やめてくれ! そうされると色々つらくなる……


 「俺らの我が儘で振り回して散々迷惑を掛けすまなかった。許してくれ」


 俺は彼女らに対して宝冠を外し、深々と頭を下げた。


 ――そして、もう一つしなければならない事がある。


 「あずき姉、悪いけど今の記憶消すぞ」


 「えっ?」


 「お前の周りにはまだまだ残党がいそうだ。俺の正体がバレるとやっかいなんで記憶は消させてもらう。大丈夫、消すのはここの王宮から先の出来事な」


 俺はそう言うと腰を落とし、あずきの額方向に手をかざした。

 彼女はそのままゆっくり俺の方に倒れ込み、支える俺の肩の上でそのまま意識を失った。


 「いつもだったら、わざと避けて顔面を床にぶつけるんだけどなぁ……」


 俺はふと、先ほどの優しいあずきと、いつも俺に突っかかってくるあずきを比較していた。

 意地悪に思えたあずきは、実際のところ負けん気あふれる優しい女性であった。


 今だから思えるのだが、俺の幼少期のあずきは、弱いくせに挑んできて負けて泣きながら向かってくるそんな人だった。それが同学年なら諦めもついたのだろうが、かなりの年下に負け続けたとなれば、彼女のプライドはズタボロだろう。

 だが、彼女は諦めずしつこく鬱陶しく挑み続け、ついに根負けした俺が彼女から離れたいが為『ごめんごめん、俺の負け』と避ける様になった。

 当初はそれでケリがついたのだが、それを続けた結果、彼女の癇に障って余計喰って掛かる様になったという顛末だ。


 そう思うと、ちょっとばっかり意地悪過ぎたかなぁと反省している。

 彼女との関係は、なんとも言えない寂しさものだった。


 「あれ、龍一朗君は優しい表情も出来るんだ」


詩菜が俺の顔見てクスクスと笑っている。


 「俺、そんなに変な顔していたか?」


 「いやいや、あなたも内心色々大変なのねって思って」


 「あまり人の事を探らないで欲しいな。親戚としてお願いしたいよ。あのストーカーサクラじゃないんだから」


 「そうね。あのお馬鹿さんサクラみたいにはなりたくなわね。でも驚いたわ、理事長のお子さんだから親戚だと言うことは知っていたけど。まさか伝説の役職になっていたのは知らなかったわ」


 詩菜と俺はお互い顔を見合わせ、フフフと笑みを浮かべてサクラをデスった。

 ちなみに彼女が言う伝説の役職、法皇とは向こうの世界でいう法王とは違い100年に一度あるかないかの上位職だ。詩菜が驚くのは無理はない。


 「私はシーナ=エイルバッハっていうのは本名よ。でも詩菜うたなの方がかわいいでしょ? ここではそう名乗っている」


 そうかと詩菜の話に耳を傾けていたが、話が段々おかしな方向に曲がっていく。


 「その私がなんで貧乏学生をして、あなたが王族本流であるエルヴァッファ家と神池本家の世継ぎで、法皇っていうのはチート過ぎない? これっておかしいよね?」


 う、うん……と相槌を打つも、話が段々エスカレートしていく。


 「これって、あなたのお父さん経由でエルヴァッファ家の補助を受けられるってありかな。ありだよね! それにあなたから集るたかる……じゃなかった、援助受けるのも可能よね。あなたの愛人になって恩恵を受けるのも嫌だけど、奥さんだったらギリ、本当にギリギリなんだけど甘んじて受けてもいいわ。なってあげる!」


 「えっ?――な、なんで?」


 「とりあえず、結納金頂戴。当面の資金に1000万円で良いわ。」


 おい、それって愛のない結婚を意味しているのか? 金寄こせって何?!

 段々、詩菜の目が血走ってきた。そして俺の両肩を掴み前後に振って強引に確認してくる。


 「んじゃこうしましょう。私の初めてをあげるから、1億寄こしなさい!」


 やだ、この人――怖い。こういう時はちょっとばっかし自分の今の状況を冷静に納得してもらうしかないわな。俺は横でモップがけしているバーナードの背中をポンポンと叩く。


 「あいよ。これお前さんの。ちゃんと撮れているハズだよ」


 バーナードは自分のズボンの右前ポケットを俺に向ける。

 実際こいつは裏切る奴ではない。

 気配り上手で、俺がみなまで言わなくともやってくれる。


 「男のズボンのポケットをまさぐるのはイヤなんだが……」


 俺は彼のズボンのポケットから自分のスマホを取り出す。

 王宮の間に転移した際に回収してくれていたものだ。そして彼の気配りぶりを確認する。


 「うん、ちゃんと撮れている」


 詩菜が話の途中に何しているのよと言わんばかり、不満げにスマホ画面に映し出されたものをのぞき込むと、彼女は一瞬真っ青になり、やがて我を取り戻したのか顔を真っ赤にして怒り出した。


 「なんで、私がお漏ら……いや水たまりのところにしゃがんでいるところ撮っているのよ!」


 「うん。取引材料にと。一応、これは消すけど――俺の正体は内密にしてくれないか? もちろん金を無心するのも禁止! 特にサクラあたりしつこく聞いてくると思うけど、約束破ったら――」


 俺は悲鳴を挙げながら連行されていった男の方を指さし、暗に『あの男みたいになっちゃうからね』と脅しをかけ、必死に頭を縦に振る彼女の表情を確認してからその画面を消去した。

 彼女はその画面を確認するといくらか落ち着いた様で、ほっと胸をなで下ろししばらく安堵していた様だったが、何か思いついたで――


 「でも、脅す材料を簡単に消去してよかったのかしら? 私が約束を守る保証はないでしょ。だったら私の記憶も消しておいた方がよかったんじゃないの?」


――と質問してきた。

 確かにそれは素朴な疑問だ。俺の答えは簡単、単に正直それはしたくなかった。

 自分が言うのもなんだが、あまり人の記憶をいじるのは良くない。すっごく大変だった。経験者が語るから間違いない。

 ……こんなこと言ってもわかんないだろうけどね。

 だけど、詩菜さんは強かな女、こちらでお願いする以上、何か吹っ掛けてきそうな気がする。

 今後のこともあるので、ここはあえて本心を語らない方がいいだろう。

 あえてひねくれ龍一朗に戻るとしよう。


 「何言っているの? あずきが素直過ぎると色々意地悪できなくなるでしょ? だからお互い良い関係に戻った記憶を消した後で、挑発して喧嘩ふっかけようと思ってさ。それに詩菜さんは守銭奴だから無心しないようにお願いしようと思ってね、わざと記憶を残しておいた」


 改めて言うのもなんだが――そこまで悪態つかなくてもよかったのだが、素直な俺はやっぱりダメだ! 良いようにされてしまう。だからひねくれている方が良い。

 そんな気持ちで照れ隠しも込めて発したものだ。

 だが、そんな気持ちは伝わる訳でもなく――

 相手も俺の歪んだ性根にイラッときたのか、わざと人の感情を逆撫でする言葉を選んできた。


 「誰が守銭奴ですって、頭に来た! 改めてわかったわ。あなたは『どS』で『どケチ』ね! やっぱりあなたの元に嫁がないわ。せいぜい相性のいいサクラとブチ合いでもズコバコでもよろしくしているといいわ」


 ――ブチ


 自分で喧嘩ふっかけておいて何だが、ここで何故サクラの名前が出る? ふざけるな! なんでアイツとよろしく色々としていなきゃならないんだ!

 この一言で俺の優しい気持ちが音を立てて崩れた気がする。

 なるほど、この女にはもう少し脅しは必要か?


 「おい、バーナード」


 「あいよ。携帯画像の復元とそこの水たまりの成分を……DNAだっけ?それをミカに解析させれば――」


 「うそ、嘘! 約束守るから!」


 ――この様に慌てるハメになるわけです、ハイ俺の勝ち!


 でも、彼女は初めっから俺の事を口外するつもりはなかった様である。


 「まあ、悪態をついたからやりかえしてだけですけどね。はいはい、あなたがひねくれているってことにしておきます。大丈夫よ、法皇の件については黙ってる。私だって面倒事にまきこまれるのは嫌よ。それに――」


 「それに?」


 「私の建前としても黙っている方が利益がありそうだし――そういう事にしてくれるかしら」

 なるほど、彼女も彼女なりに『守銭奴』って建前があるんだな。

 本当は、彼女もお金に苦労しているけどとてもいい人なんだろう。

 それでは、その流儀にしたがって、俺なりの茶々を入れて返すとしよう。


 「分かったよ。あとでカズミの食料品コーナーだったっけ? 買い物してやるから」


 詩菜がこの言葉で一番慌てる。


 「なんで私のアルバイト先知っているのよ!」


 「――で、約束破ったら、さっきのおっさんの刑よりも、もっと極悪な刑にしてやるよ。例えばどこかのお嬢様を連れて行くとか……『食べ放題』と称して」


 「ちょ、ちょっと! そこマジにしゃれにならないから!」


 もちろん、これは言葉遊びである。余りに面白くて2人揃って思わず吹き出してしまう。

 そして詩菜が剣先に串刺しになっている人型を見つけそれをそっと回収する。


 「……これもらっていいかしら?」


 「構わないけど何に使うんだ?」


 「お守り代わりになりそうだなって。」


 彼女はそういうと人型護符を小さく折りたたんで、どこかの神社で買ってきたであろうお守り袋の中に入れた。

 本来であれば、その護符に法王(法皇)の特権である加護の法術を施してから渡すべきなのだろうが、日本の神様のお守りの中にあるのであれば、それも不要であろう。



◇◇◇◇



 ――再び4月。特殊科2年の教室。



 「で、お爺様が来たときには既にアイツらは青い奴らに連れて行かれて、あずきが必死にキミらを守って倒れていたと――」


 サクラがジト目で俺と詩菜を見ている。

 まあ、この後詩菜の粗相の件とか痕跡などを消して色々辻褄合わせしたのに、そんなに睨まれたらつい本当の事を言いたくなっちゃうだろ。


 「んじゃあ、俺が倒したことにしてもいいぞ」

 「……そうそう――って、えっ?」


 詩菜が慌ててこっちを見る。大丈夫です、あのことは言いません。


 「アタシもそっちの方がしっくりくるんだけど――お爺様が言うとおり倒した痕跡がないから分かんないんだよ」


 そのとおり。法術が衝突すれば、衝突波動を感じる事も出来るだろうし、格闘があればあの工場だって破壊された痕跡があってもおかしくはない。疑問に思うのは当然だ。


 「でも、キミは別人の様に法力が満ちあふれていたけど?」


 再び白い目で俺を睨む。


 「それはお前がポンコツだから。俺の法力を正しく測れなかったんだろ?」


 「ぽ、ポンコツ?」


 まあ、確かに向こうの世界から人型護符経由で送られる法力と媒介物なしとではエライ違いがあるわな。


 「それでさ……いつまで拘束されていなければならないんだ?いい加減にしないとまた巻き添え食らう人出てくるぞ」


 「何エラそうに言ってんだ? あずきの奴は会議で遅くなるからまだ心配ない。誰も助けてくれないよ。さてキミならどう逃げるんだい?」


 ――ハン、そんなことだと思ったよ。


 でも、お前の頭の後ろにもう一つ目玉があったら良かったのになぁ。

 さらに煽ってみる。


 「お前は目上の人に対する配慮がないなぁ……あずき姉はお前の先輩だぞ」


 さて、ワンコにフリスビーを見せつけてみる。


 「そりゃ、キミに言われたくないわ。一応、アタシらは上級生なんですけど」


 確かにそうだが、俺にしてみれば目の前のすべての者全員、民草である。

 しまったなぁ、そういうところだけ反応するか。フリスビーより俺に対して『うぅー』と威嚇する状況か。


 「でも、あずき姉は大先輩だろ?」


 俺は知っている、あずきの実力を。こいつらからすればカスの低レベルな法術使い『幻法師』にしか見えないだろう。


 「アレはただ歳食っているだけ」


 おや、ワンコがフリスビーに興味を示したぞ。

 周りの連中は、俺が何を仕掛けようか気がついた様で、止めに入ろうとするが……ここで身体及び発声拘束の術を掛けてみる――フリーズ。

 サクラと俺を除いて皆硬直状態。俺くらいになると無詠唱で法術を展開できる。


 ――さて、フリスビーを振ってみる。


 「それは酷いな。あの人『一般的に』年頃の娘さんだぞ。年食っているなんて酷い事言うもんじゃない」


 「年頃? ただのババアだよ。ババア。あんなの嫁のもらい手もないぞ」


 「そうか?」


 ――とりあえず、フリスビーをある方向に投げてみる。


 「おまえ、あの人に何か言われたのか?」


 「そうなんだよ! あのババア『あなたは悪知恵は働くけど、その他はまるで馬鹿』だって!? アタシが馬鹿、このアタシが?」


 うん、お前は馬鹿だよ。

 他を見ないで視線がフリスビーにロックオンって感じ位に。


 「そして『あんた、あんまり私を困らせないで頂戴』って余計な心配するから最近、小じわが増えて、『あんた少し弛んでいるわよ』なんてほざいて! 自分なんか胸弛んで来たくせに!」


 そんな心配を掛けさせる方が悪いんじゃん。小じわ弛み云々は俺は知らんけど。


 ――さて、フリスビーは目的地に……いや目的池に着水間近のタイミングである。飛び上がったワンコ! よしかかった!


 「あんまり『後ろにいる』あずき姉を心配させるなよ」


 俺が指をパチンと叩くと、止まっていたものが動き出し、ワンコが湖面上でフリスビーをキャッチして――


 「はっ? 『後ろにいる』……もしや……!」


 サクラが恐る恐る振り返ると、真っ赤な顔した鬼が腕組みしながらサクラを睨んでいる。


 ――ドボン! 慌てて犬かきするハメになる。


 「あっ、龍一朗ハメたな!」


 「残念ながらエロい事していません。お前が周りを見ないで勝手に池に落ちたんだろ? 血統書付き……じゃなかった、折り紙付きの馬鹿じゃん」


 さすがに『犬』扱いしたらマジで怒るだろうし。


 「――で、これどう収拾つけるのよ」


 顔色が青くなるサクラ。

 知るかボケ。


 「暴力振るわれたときには、ちゃんと言うんだぞ。でもお前が恩師に暴言吐いた事は親元に報告されるし、あずき姉もクビになるだろうけど、サクラお前も退学処分になるから」


 「何よそれ! 黙ってぶっ飛ばされろって言うの!」


 「ふふふっ……そうじゃないわサクラ。龍一朗君が感謝しろって言ってるのよ」


 「なんだ……つまり、あれ……えっと――」


 あずきの腕がサクラの首元に絡みつく。


 「ぶっ飛ばさないけど、『1、2発』は覚悟しろって」


 「何だよそれぇ!」


 「さて、『誰も助けてくれないよ。キミならどう逃げるんだい?』」


 サクラが言ったまんま返してやった。

 サクラは羽交い締めされたまま教室の外へ連れ出されていったが、その際に――


 「アタシが悪かった~ぁ……」


――と叫んでいた。ちょっと気の毒なことをしたかな。

 他の連中のドン引きした顔色見れば、ちょっとどころじゃ済まないけどね。


 「龍一朗君、ちょっとやりすぎじゃないの?」


 詩菜が苦笑いしながら俺の縄をほどく。


 「あいつはあれぐらいやんなきゃダメだから。また暴走するし……」


 「あぁ、入学前のことか――」


 俺と詩菜は仁美を見る。仁美は何のことだか分からず首を傾げいている。


 「――まぁ、いずれにしてもあずきのことだからぶっ飛ばしたりはしないだろうから」


 「宿題はたんまり増えますけどね」


 香奈子がウンウンと頷いている。こいつも以前何かやらかしたのかな?


 「詩菜さん、今日は彼女来ないけど、明日は覚悟した方が良いよ」


 俺が詩菜に老婆心で申し向けると、詩菜は何の事かすぐに理解した様で――


 「明日、バイト休もうかなぁ……」


――と苦笑いしている。


 「んじゃあ、明日はここでペケ鍋でもします?」


仁美さんの一言で明日の予定は決まった。さてそれでは用意するのは――


 「龍一朗君、あのプレート用意しなくていいからね!」



  完




◇◇◇◇




 蛇足 第8.5話 気がつくとそこに俺がいない



 さて、これは俺が父親から後で聞かされた話なんだが――


 「家を放火したのは、誰だと思います?」


 涼見の執務場所である校長室で机上で腕組みし、涼見が前のめりに自分に意見を求めている。


 「とりあえず魔王なんだろ?」


 自分は校長室のソファーに腰を掛け涼見と相対する形で足組しながらふんぞり返ってくつろいでいる。


 「先代の話ではそうなりますが――実際のところどうなんですか?」


 彼女は自分が何者であるか当然知っている。

 その彼女が魔王って言っているのは多分法王のことだろう。


 「一応、フェルナンデスの奴にも聞いてみたんだけど『私ではない』ってさ。ちなみにクラハッシュの奴と親父さんは『子供が世話になっている』と言うことだ、そんな奴らが余計な事はしないと思うが」


 「青い人達はどうですか?」


 「否定は出来ないけど――龍一朗の友達がしでかしたわけではなさそうだ。放火される前日にはすでに京都入りしてたけどあの家には行かず、京都市内の下見していた様だ」


 「そうなると、青いのに連れて行かれた宍戸あたりですか?」


 「宍戸を疑うと旧共和国関係者すべて疑うことになるが――ただ、あの男は小心者だから余程煽らない限り大した事はしてないと思う。処刑になるような大罪はしないだろう」


 自分はそう高を括っていた。しかしこの話を龍一朗にした時に逆に聞かされたのだが、宍戸らは法皇の前に引きずり出され、司法長官からその場で処刑宣告されたそうだ。一応は裁判は受けられる様だが、余程の事がない限り減刑は望めないとのこと――


 一体、彼は何をしたのだろうか?龍一朗はその理由については語らなかった。


 「放火の可能性は低いけど、アレはアレで実力はないわけではない。ああ見えても法術師だから、今回みたいに自暴自棄になって龍一朗や詩菜さんを人質にして亡命を企てようとすると、それを鎮圧するのにこの世界では相当の手練れが必要になる」


 「それにしてもずいぶんあっさり、青いのに捕まってしまいましたね」


 「そのとおりだ。この世界での最上位クラスでも、向こうの世界ではまだまだ中クラスだね。その上には導師、大導師、枢機卿……あとは法王。そんなのが青サイドにいたらいくら宍戸でも勝てないだろう。だから宍戸は連れて行かれた」


 「そちらの世界で思い出しました。留学生のサクラさんの事ですが、ここだけの話彼女は導師のクラスでしたっけ?」


 「レベル的には詩菜さんは同様の法術師クラスだと思う。ただクラハッシュの奴も枢機卿だし――もしかしたら『クリスタルブレード』を叩き込んでいると思われる。そうなると大導師クラスだな。あの子は龍一朗同様すっとぼけているところがあるからな、だからその事も連絡してこないのだろう。だが大導師を超える階級には至っていないハズだ。手続きが面倒だし時間を要する。究極階級『法皇』も存在するが、彼女ではない」


 「じゃあ、彼女らが放火する可能性は?」


 「ゼロだね。京都の実家知らないし、彼女があなたの実家を燃やす意味がない」


 「そうですね。では誰が――ってまさか!」


 涼見の顔色が青くなる。

 自分も違う可能性を色々考えていたのだが、どう考えてもその答えにたどり着く。


 「――そうだね。消去法でいうと、あいつも候補者の一人だろうな」


 「でもあの子、うちに家にいましたよ」


 「いや、家にいたのは『護符』で、本体は違うところにいたハズだ」


 「――それは困った事になりましたね」


 あの大人しかった息子がグレたか?いやそんなレベルではない。『すべてぶっ壊してやる』と言わんばかりに火を放ちすべてを無に還してくれたわけである。彼女にしてみれば名門たる実家の歴史が消失した事よりも母として息子に与えた強大なストレスによる心の悪影響の方がショックだった様に感じた。


 だけど、その結論はあくまでも推定であり、我々が知らない事実や人物がいるのかも知れない。その事から裏を返せば龍一朗であると肯定できるものも何もないという事だ。


 「――でも証拠があるわけではない」


 しばらく考える涼見。そして彼女らしい回答が導き出された。


 「うん、やっぱり、ボケお婆ちゃんが燃やしちゃったんですよ! ここにはいる訳がない『魔王』のせいにして騒いでいる訳ですし。そもそも向こうの世界に龍一朗を送り込むを指示したのお婆ちゃんだったし」


 実は素の涼見は先代の事を快く思っておらず、頃合いをみてクーデターを敢行するつもりであった。龍一朗を向こうの世界に送り込む事が決まった時点でクーデターを起こすハズだったのだが、それは先代の用意した人物によりそのタイミングを失った。


 「ただなぁ……あの子には悪いことさせたな。泥をかぶらせてしまった」


 先代はとある女の子に『龍一朗を向こうの世界に送り込む事が出来た場合、龍一朗への婚約を認める』――といった旧家特有の強権発動させ、練習試合だと騙して戦わせた。


 そうとも知らない龍一朗は最初からやる気のなく、負けるつもりで手加減してボロボロになるのだが、彼女が当初の予定と異なる動きを見せた。それはトドメとして放たれた術式が実は転移法術を改悪した転移魔法であり、付け焼き刃的に習得した彼女が十分使えるものではなかった。


 その結果、龍一朗は本来はクラハッシュの元へ行くはずだったのが、全然場所がずれて結果ロストしてしまった訳である。

 彼女はそうだとはつゆ知らず、龍一朗の帰りを待ちわびていたわけであるが、逆にしてみればあいつは彼女に酷い仕打ちをされ相当傷つき恨んでいるハズである。


 「そうね。龍一朗さんにも気の毒なことをしました。かなり向こうの世界に行くの嫌がっていましたから。きっと私達も憎んでいるでしょうね」


 「未だに『父親』『母親』だもんな。きっといい加減親父と名門気取っている母親ぐらいしか思っていないだろな」


 「そこを突かれると痛いわ。一応先代はボケ婆さんと烙印の押させて報復したけど、考えてみても私らはそのサイドにいたわけですから、今更どう接して良いかわからないわ」


 本家の仮面をつけているとはいえ、内面の涼見は親馬鹿である。

 彼女が言うとおり、今更『龍一朗ちゃん大好き!』とやった日には、奴のことだからドン引きして余計警戒するだろう。ここは徐々に仮面を外すしかほかにないだろう。


 「――やっぱり、しばらくはこのままで行くしかないのかしら……」


 「仮面を外したかったら辛辣な言葉はやめておけ」


 ――とりあえず、話はここで一旦終わりにして、ティータイムとする。


 でも、話題は彼の事になる。


 「そういえば龍一朗の奴、この学校の試験渋々受けたって言っていたなぁ」


 「そうそう、『一般コース』だったそうですよ。まあ、本音としては『特待進学コース』は無理だとしても『特殊コース』なら合格間違いなしでしたのに。龍一朗さんの実力だったら、勉強次第では合格するとは思いますけど」


 涼見は龍一朗の実力を中学3年生の平均程度とみている。

 実はこれ大きな誤りであり、正しくは中学偏差値70は超えている。何気なく去年の入試問題を解かせてみたところ5教科すべて満点であった。

 自分自体、初めからそうだろうと思っていたので、結果を見ても驚くことなく、最終的に涼見へ伝えるのを完全に忘れてしまった。


 「でもあいつ頭良いぞ。真面目な話、一高レベルの頭だぞ。もし一高受かっちゃったらどうする?」


 「まさかぁ~」


 涼見は手を左右に振りながらケラケラと笑う。


 「まあ向こうの世界にいた訳ですから……」


 「一応、言っておくけど。受かったときはその時は自分ら対する仕返しと思うしかないないな。だがあいつのことだ。うちの受験結果、特待進学コース込みでも総合1位の可能性あるぞ」


 「そうなったら私ら完全に赤っ恥ですわ。他の理事や教員らから『何やってくれてるんですか!』と叱責されますわね。その時は黙って特待進学コースに入れちゃいますか?」


 涼見は冗談話だと思っている、

 こいつは都合がいい。龍一朗みたいにトラップ仕掛けてみますか。


 「ダメダメ! あいつのことだから高校行かず『大検』っていうぞ。まあ、仕方あるまい。その時はまた憎まれ役頼みますよ。辛辣に怒らず文句ぐらいでよろしく」


 「ハイハイ……わかりました。そんな実力があればの話ですがね」



 ――間もなく、涼見は特待進学コースの教員に受験結果を見せつけられる。


 

 引きつった笑みを浮かべ今後の対応に頭を悩ませていた。

 もちろん、一高の合格結果はさらに彼女を追い詰める結果となり、遂には龍一朗に逆ギレしたのは言うまでもない。




  完

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