最終話 序章の終わり



 戦争が終わり概ね半年が経とうとしていた。


 

 街は大きく破壊されたものの、住宅地には微々たるもので死傷者も殆ど出なかったというのは正に不幸中の幸いと言える。

 ――とは言え、それは一般国民に限ってのこと。

 上級国民、つまり貴族や政府関係者はそこには含まれていない。

 

 ここは敗軍の首都である――


 政府関係の建物は大きく損傷し、今や進駐軍のプレハブ小屋がその役目を果たしているが――軍の基地や貴族の屋敷に関してはその役目を終え、王都中のゴミの集積場ととして新たなる役目を担っている。


 かつての『白き聖城の共和国』は陥落し、今や進駐軍が『白き聖城の帝国』と改名した。

 

 なぜ、共和国が帝国に戻ったのか……という疑問に思うことだろう。


 ここは元々はエルヴァッファ王朝が治めていた王国である。

 ある日、家臣であったファン=イーストらによるクーデターにて王国は共和国制度にかわった。

 先代の国王はクーデターの際に自害したものの、幸い皇太子は異世界に転移中だったこともあり、災難に遭わずにすんだ。

 ファン=イースト政権は軍備拡張を進め、近隣諸国に宣戦布告を宣言。

 一時期はこの世界の大半を手中に収めたが――彼もまた首都陥落の際に自害する羽目になった。


 そして今は共和国が崩壊し、進駐軍が定めた帝国となっている。


――話は変わる。


 唯一大きな破損を免れた政府関係の建物がある――それは王宮である。

 王宮の国王執務室には前国王の肖像画が大きく掲げられ、その脇で一人のスラックス姿の少年が部下から進達された書類の山に目を通している。


 「今日は……裏切り貴族の処刑日だったっけか」


 彼の脇に立つ金髪で小柄な女史が「左様です」と頭を垂れた。


 「何人くらい処刑にした?」


 「正直覚えていませんが――300人強は死刑になっているハズです」


 「俺が命じたとは言え、ずいぶん殺したな……」


 「まぁ、戦犯ですからね。気にされるのであれば中止しますか?」


 「いや。これは法律に基づいて俺がサインしたものだ。だから止めないで良い」


 彼はサッと書類に目をとおすと「目はとおした」と言って書類を彼女に纏めて突っ返した。

 

 「もう全部読まれたのですか?」

   

 女史は驚きながら彼から書類を受け取る。

 書類を突っ返した彼は椅子から立ち上がると軽く背伸びをした。


 「――5枚目の書類5行目。『です。です。』と重複。15枚目の書類13行目、署名に押印がない――などの不備が多々あるけど、まあいいか……」


 彼からそう言われて慌てて書類を見返す女史――実際に彼が言うとおりであった。


 「も、申し訳ありません――法皇陛下」


 「ナナバ、悪いが訂正して俺の代わりに書類に判子を押しておいてくれ……それと――何だ、ブラッケンクラウス大公の娘の件なのだが……」


 彼はそう切り出すと、ナナバ女史は死んだ魚の目のように生気がなくなり、数秒硬直した。彼がもう一度、「ナナバ?」と問いかけると、ゆっくり首を傾げて反応した。

 

 「はい、殺しましょう……」


 「はぁ、今なんと?」


 「だから、あの姫を殺しましょう」


 いきなりナナバから物騒な事を言われ、さすがに法皇である彼が動揺する。


 「そうじゃなくて、もう少しうまい対応策ないの?」


 「アリマセン。だから殺しましょう!」


 さっきから二人の意見が一致しない。どうしたものかと考える若き法皇。


 「だからよぉ……その、何だ――司法長官として契約無効って出来ないのかって聞いているんだけど――」


 彼はひきつった表情でナナバを見るが、彼女はイっちゃった様な目つきで「できません。あの書類は有効です。ですからぶっ殺しちゃいましょう」と鼻息荒く、彼の両肩を掴み前後に揺らした。

 完全に変なスイッチが入ってしまった。

 これでは会話が成り立たない。

 彼の脳裏にかつて彼女との意思疎通が出来なかった失敗が過ぎる。


 「あー……まさか、ナナバが俺の本名、神池龍一朗って覚えていなかったなんて……」


 「いーや、私知りませんでしたよ! 知っていれば彼女の約束なんて私が絶対拒否しましたから!」


 ナナバは、彼――神池龍一朗の胸ぐらを掴んで上に締め上げる。


 「お、おい……俺は何度も言ったぞ。で、でも――お前ら『バルはバルでしょ……だからその名前は呼ばないわ』って俺の話を聞かなかったんだろ! すべてはお前の所為だ、このたわけ!」


 ……プツン! ナナバは頭の中で何かがキレたみたいで「ウガアアアア!」と奇声をあげて龍一朗を振り回した。


 「やっぱり、あのブッコロスの姫をその俗名のとおりぶっ殺してやるぅ!」


 「お、おい! 落ち着け」


 ナナバは完全にぶち切れている――というか、龍一朗にしてみれば完全にとばっちりである。

 当然、執務室ではどったんばったんという物音で、廊下で待機していた2人の侍従兵が飛び込んでくるが……相手がナナバだと知って尻込みする。


 「し、司法長官殿?」


 「これ――どうする? 俺らには止められない……応援要請するか?」


 侍従がオロオロしている後ろで、金髪のナナバによく似た男子が「おっ、ナナバの奴。今日もキチッているなぁー」と笑いながら執務室を覗き込む。


 「あ、あの……すいませんが――」


 侍従らが手を合わせてその男子に拝む、明らかにナナバを何とかしてくれと頼んでいる。


 「しょうがねえなぁ――いや、正直あの中に入りたくないんだけど……」


 渋々中に入る男。


 「おい、ナナバ! 八つ当たりする奴が違うぞ」


 「ウガアアア!」


 その時、『ナナバは邪魔するな!』と言っていたつもりであるが、もう奇声にしか聞こえない。バーナードは会話が成立出来る状況ではないと悟ったのか、戦法を変えることとした。

 ふと龍一朗の顔を窺うと明らかに困った表情をしている。


 (ちょっと大げさに言ってみるか――)


 「おい、バルの奴お前にドン引きしているぞ」


 龍一朗を指差した。

実際の龍一朗はそこまで引いていない。


 (ナナバのいつもの病気が始まった)


 その程度にしか思っていなかった。


 余談ではあるが、バーナードが言う『バル』とは通称名『バルバザック公』の略である。バルバザックとはバルバザック市から由来されている――話を戻す。


 バーナードの『ドン引き』という言葉で彼女は我を取り戻し、慌てて彼の胸ぐらを解放し、その場に立て膝を突いて頭を下げた。


 「あ、す、すいません!」


 やっとナナバの暴走が収まった。


 「助かったよ、バーナード……しかし、ナナバはスイッチ入っちゃうと、滅茶苦茶だな」


 龍一朗が自分の首をクルクルとほぐしながらナナバを見る。

 視線を気にして彼女は恐縮至極とばかりに小さいその身をさらに縮こませた。


 「でもよ、こうなったのはお前の所為なんだぜ」


 バーナードは原因は龍一朗にある……と言いかけたところ、今まで小さくなって控えていたナナバが顔面を真っ赤にして慌て出す。


 「ちょ、ちょっと兄さん! ストップ!」


 「えっ、何今頃慌てているの? 良いじゃん、皆知っているぜ。なんたってナナバはバルの事を――」


 「や、やめろぉ!」


 違う意味でまた暴走したナナバは、今度はバーナードに飛びかかり馬乗りになって彼の顔面を殴り始めた。


 「言うな! 兄さん、これ以上言うんじゃない!」


 マウントを取られボコボコにされるバーナード。さすがに龍一朗が彼女を制止することとなる。


――それから3分後。


 顔面がパンパンに腫れたバーナードがその場にしゃがみ込み、ナナバはどこかのアニメよろしくとばかりに水が入ったバケツを2つ持たされ壁際に立たされていた。


 「悪いな、巻きこませてしまって」


 「――だから、俺は止めに入りたくなかったんだよ」


 バーナードは恨めしそうに扉を盾代わりして覗き込む侍従を睨み付ける。


 「侍従らも災難だったな――」


 「いや、災難は俺だから!」


 龍一朗は侍従とバーナードをチラチラと見比べる。確かにバーナードの方が殴られ損である。


 「バーナード、俺に用があるみたいだが……」


 龍一朗の問いにバーナードは用件を思い出した様で、すぐに本題に入った。


 「キユから連絡があって『自分の拠点は確保した』って」


 キユとはバーナードと仲の良い褐色の女性将官である。

 彼女は、龍一朗の護衛として留学することであり、それに先立ち宿泊施設を確保することが最優先事項であった。


 「ふーん。とりあえず入寮が認められたんだな。そうなるとお前もその続きしろ」


 「わかった。手続きしてくるとするよ」


 「それとは別なんだが――」


 龍一朗は気難しそうな表情でバーナードに話を振る。



 「キユにも頼んだのだが……・お前らは俺より一つ上だから――あの馬鹿姫をなんとかしてくれないか……」



 龍一朗はブラッケンクラウスのお姫様の件について、今度はバーナードに頼み込む。

 だが――


 「まあ、例のブラッケンクラウスのお姫様は別の所に入寮しているって話しだから、俺らにはその接点はないな」


 「いや、クラスは同じになるだろ?」


 「でもよ。だからといって、俺とナナバは一般庶民だから接点は取りようがない」


 バーナードは冷静にそう言って断った。


 「えーっ、アイツの相手、俺がするの? マジであいつ頭おかしい――」


 「まあ、俺は無理でも勇者の娘のキユだったら話は出来るとは思うけど……」


 「そいつはありがたい――出来るかなぁ……」


 「さあ、どうだろうな。向こうは令嬢だけど、キユはどちらかというと盗賊の娘って感じだからな」


 「――あ、そうだった……ダメか」


 バーナードと龍一朗は二人顔を合わせてうなずく。

 ――が、さっきから会話の外に追いやられているナナバは面白くない。


 「あんたらは良いよね。私は余計な役職を押っつけられたのでここで残留よ!」


 この言動はちょっと言い過ぎである。バーナードが諫めた。


 「お前、余計な役職って……酷いな。せっかくバルが信頼して決めたのに」


 だが、もっと酷い言動が彼から告げられた。


 「いや、バーナードとキユには普通に頼めないだろ! いくら戦争だからといって間違えて法術核をぶち込んだアホに」

 

 せっかく擁護したバーナードにしてみれば寝耳に水の言葉である。これにはカチンと来た。


 「あ……おまえ、まだソレ根に持っているのかよ、勝ったんだから良いだろ! それにボタン押したのお前だろ」


 「お前らが俺を突き飛ばしたからだろ。それも、お前らが敵に対する制圧方法で喧嘩し始めて……そんな戦い方あるかぁ!」


 今度は龍一朗とバーナードが揉め出す。

 再びナナバは再び放置されるわけで――

   

 「良いもん……後でキユに言ってやろう。兄さんが山賊の娘だって言っていた事とバルがアホだって言っていた事を」


 ナナバはむくれて口をとがらせた。だが、バーナードも負けてはいない。


 「だったら、バルにさっきの話の続きしてやるよ」


 そうナナバに言い返した。

 ナナバは歯ぎしりして「後で覚えていろよ……」と顔を真っ赤にしてその場は収まった。

 これには龍一朗もさすがに気の毒に思えたのか――

 

 「でも、ナナバが頑張ってくれているから俺らも戦える。短期間でよければそちらが落ち着いたら呼ぶよ」

 

――と慰めると、ナナバは「わかったわよ」と渋々納得した。

 

 さて、本題に戻る。

 バーナードがちょっとした疑問をぶつけた。


 「ところで――何でバルは実家に入らないんだ? お前にしてみれば実家の方が探り入れるのに最も都合が良いんじゃないか?」


 「あぁ、実家か――」

 龍一朗の表情が少し引きつった。


 「向こうでは両親と折り合いが悪いんだよ――俺も思うところがあって仕返しとばかりに、受験の際にわざと学校併願で県立高を受験してやったんだ。それも実家の経営する一条高校なんて比べものにならないトップレベルの進学校」


 「えっ、でもお前、実家の高校に行くんだろ? それも術関係に特化した特殊科ではなくて、普通の進学科だっけか」


 「まあね。一条にもお前らが行く特殊科の他に特進科って有名大学受験コースがあるんだけど――俺はそこより格上の一高をあえて受験してやった」


 「その口調だと――受かったのか?」


 「当然。そうなることは分かっていたから、あえて実家の学校では一般普通コースである進学科を受けてやった。それで、オマケとして学校総合1位取ってやった。当然、親はぶち切れた」


 「うえっ……相変わらずエグいことするなぁ」


 「しかしどう思うんだろうな、特進科で1位で入学した奴は。格下の進学科の奴に総合1位を取られて。しかもその息子は呪禁師一族の跡継ぎで特殊科に入学するよう言われて育てられたどら息子と来ている」


 龍一朗はざまーみろとばかりにニタニタ笑みを浮かべている。

 ナナバは「相変わらずネチっこい性格しているわね……」若干引いた感じで呆れていた。


 「それ――お前が必要以上に反抗するから居心地悪くなっているんじぇねえか?」


 「確かにそれはあるが――元から冷たいんだよ。それに俺としては『この世界』に飛ばされた事も反発する原因なんだがな」


 「それにしても――お前の親らは魔王を討伐してこい……って無茶苦茶言って俺らの世界にお前を送り込んだ訳なんだよな」


 「――全くだ。まさか『魔王を討伐しようとしたら、実は自分がソレだった件について』親にどう説明したらいいのか……マジで考えちゃったぞ」


 「いいじゃん……とりあえずそれらしく振る舞えよ」


 「そうだな、とりあえず馬鹿姫の事もあるし――俺も一旦、実家にもどるわ」


 「んじゃ、俺も入寮手続きしてこなければな」


 彼らはそう言って、執務室を後にした。




 「――で、何? 私はいつまでバケツ持って立たされているの? それに私、お留守番いつまでしていなきゃならないわけ?」




 ナナバはバケツを持たされたまま、執務室机に残された大量の書類を見て大きくため息をついた。



◇◇◇◇


『魔王を討伐しようとしたら、実は自分がソレだった件について』

episode1.5「気がつくとそこにいた」(終)

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