第2章 ひねくれ魔皇様と腹黒お姫様

第1話 彼らの日常


――長かった。ずいぶんこの日を待ちわびたことか……


 気がつくと、本家の御曹司として崇められた。

 気がつくと、勝手に失望し、蔑まれた。

 

 何度となく人に騙され、傷つけられ……結局良いことはなかった。

 それでも俺は笑っていた。

 いつか、誰かが救ってくれるだろうと、愛想を振りまいて……


 ――でも、誰も助けてはくれなかった。


 やがて、俺にも慕う者が出来た。

 俺にも油断が出来た――だから彼女らに裏切られた。


 その結果――気がつくと、俺は異世界に追いやられた。


 昔、母に叱られた事がある。

 「優しさだけではダメだ」と。

 だから、こうなったのかも知れない。


 ――そうだ。そうなんだ。優しくするからつけあがるんだ。騙されるんだ。


 もう誰も信じるな。自分以外を信じるな――そのためには俺は感情を捨てた。


 異世界では――


 気がつくと、俺は何万もの敵を殺戮し。

 気がつくと、味方であろうが敵になりうる幹部を殺害し。

 気がつくと、敵の大統領の首級を踏みつけていた。

 そして――気がつくと、血まみれになって自分がそこにいて、罪悪感すら感じなくなっていた。


 ある占領下の市民が俺を見て叫んだ。

 「お、お前は法皇なんかじゃない……魔皇だ」と。

 その市民はどこかに連れ去られ断末魔をあげることになるのだが、それにすら何も感じなくなっていた。


 ――ただ、魔皇という言葉だけは気に掛かった。


 そう言えば、俺は何でこの世界に追いやられたんだっけ?

 ババアの話では『魔王を倒すための修行してこい』って話だよな。

 今じゃ、この世界の『魔皇』かよ。

 ずいぶん、的外れの結果になっちまったなぁ……まぁ、結局は魔王を倒しに行こうとしたら魔王なんていない上に、追いやられた俺が魔皇になってしまったって。

 だったら、俺が元の世界を攻め込んでやろうかな――そんな物騒な冗談を考えていたら、そんなことをしなくとも元の世界に戻る切っ掛けが出来た。


 それは前政権関係者及び残党兵と旧王朝を革命させた責任者の討伐である。


 既に最大責任者である大統領は既に自害し、その派閥の貴族、官僚、軍人は処刑にした。

 残るはその政権を作り上げた旧王朝関係者。

 そいつらを法廷に引きずり出し、断頭台送りにすることで今回の戦争はすべて決着させることにした。


 ――疑わしきは、旧王朝出身者で皇太子であった俺の父親とその関係者。


 そのために俺はあの世界に戻ることにした――



◇◇◇◇



 「法皇様、これで最後です」



 司法長官であるナナバ=クリファーが、書類を机の上にどさっと置いた。

 彼女は小柄な白人の女性で、その美しい金髪を後ろで束ねており、彼の横で凜として佇んでいる。一見すると有能秘書に見える。


 法皇である彼はカノン=エルヴァッファこと神池龍一朗である。

 その名のとおり、典型的な日本人である。

 背が低く、黒髪でサラサラしている。一件するとつり上がっている目は、非常に憂いを帯びており何かを抱えている感じの少年である。


 彼は書類をパラッと一目確認すると、決済判を押しまくった。

 それでも、何枚かは押さずにその場に投げ捨てた。

 それをナナバは黙って拾う。

 彼は黙々と判を押し続けながらナナバに叱りつけた。


 「ナナバよ――なにゆえ暗殺許可を求める書類があるのか」


 「チッ!」


 「そう言う態度は良くないぞ。それにさりげなく『他国への戦争許可』なんかも混ぜていたな」


 「チッ、チッ!」


 「舌打ち2回か……ナナバにしてはずいぶん感情的ではないか」


 彼の問いは端から見ると渋々理由を尋ねた様にも見える。

 実際の彼の考えは『俺が何かナナバの機嫌を損ねる行為をしたか?』と言うもので、『誤解を解くのが面倒くさい』というのが正解だ。

 一方で彼女は彼に対して機嫌を損ねていた訳ではなかった。その彼女の感情を逆撫でさせる『対象者』に対して苛ついていただけだった。

 でも、彼の尋ね方があまりにも渋々だったので、逆に彼女にして見れば『ナナバは面倒くさい女』と感じた様である。彼女は慌てて弁解した。


 「あっあのぉ……こ、これは失礼しました――つい、あの馬鹿女の事を考えるだけでイライラしちゃうもので……」


 ナナバは鼻息荒く身体を小刻みに震わせている。

 彼女は、龍一朗とサクラが交わした約束のことについて承服できない為である。


 「その件か――」


 彼女のいらだちが自分に向けられたものではないと理解すると、何事もなかった様に淡々と決済済みの書類を纏めて机の端に置いた。

 だが、彼女にして見れば彼のその態度が『何だその程度で騒いでいたのか』と見えたらしく、さらに彼女の感情に障った。


 「法皇様は悔しくないんですか!」


 「まぁ、今まで色々あったからな――然程の事でもない」


 「でもあれはないですよ! あんな約束なんて!」


 「何を言う……そんな約束を、しかも法的拘束力がある法務局契約書で承認したのはお前だろ……」


 彼は呆れた表情で彼女をチラリと見た。

 当然、彼女は「チッチッチッ!」と舌打ち3回して苛つきだしている。


 今の彼女の考えは――

 『対象者』の策略にはまり『自分の重大なミス』で『それを彼に強いる結果になったこと』を深く責任を感じており、結果的にそういう態度でいらだちを隠せなかっただけである。


 一方で、彼にして見れば――

 自分の煮えきれない態度で彼女がイライラしている様に見えたらしく『これ以上、挑発するとこの前みたいに発狂して大暴れされても面倒である』ことや『制止に入った兄のバーナードに甚大な被害が及んでしまう』と考えていた。


 二人のお互いの思考は微妙に食い違っている――


 「まぁ……全ての作戦ミスは俺の責任だ。俺が何とかすればいい。いくらあの馬鹿が気に入らないからといって物騒なこと考えないでくれるか?」


 龍一朗はその話を進めても良い結果はでないので、話を打ち切った。

 逆に彼女にして見ればこの話を打ち切らせる訳にはいかない。


 「そ、そんな……本当に申し訳ありません――不肖このナナバ、一命を賭してあのクソ女を!」


 ――結局的にお互いの意見が食い違ってしまった。


 「何、キチっているんだ、ナナバ」


 都合が良く現れたのはバーナード=クリファーであり、彼の兄である。

 高身長で白人金髪で彼は龍一朗が率いるバルバザック市国軍総合副幕僚長。銃の名手である。非常に面倒見の良い人に見えるが……実際には人付き合いは苦手である。それでもキユと龍一朗、ナナバとは馬が合うようで彼らと一緒に行動する事が多い。


 そして――


 「ナナバ、ギャアギャア騒いでいるんじゃねえよ」


 彼女はキユ=アドカボ。キユは正式な所属部隊こそは違うが、結果的には龍一朗の配下であるし、バーナードの非常に仲の良い同僚である。

 彼女は褐色の中東系の美女であり、姉御肌で気性も荒い。


 「だって、だって!」


 ナナバは涙をこぼしながら兄の方へ……そして彼の左頬を一発ぶん殴ると、横にいたキユにしがみつき嗚咽を上げた。


 「何故、俺を殴る?」


 「うるさい! お前が止めなかったからだ!」


 そして兄妹喧嘩へと発展――すると思いきや、キユはナナバの頭にポカリとげんこつを喰らわせた。


 「お前が騒いでどうする。あとはバルが決めることだ」


 ちなみに彼女が言う『バル』というのは龍一朗がバルバザック市国を担当していたバルバザック公を略したことから由来するもの。側近の者は龍一朗を『バル』と呼んでいる。

 キユはナナバが騒いでいる理由をちゃんと理解していた。

 もちろん、龍一朗が考えていることもなんとなくではあるが察していた。


 ――だから敢えて騒ぐなと彼女を制した。


 ナナバは彼女の絶対的な自信と凄みがあるオーラに安心したのか、落ち着きを取り戻す。


 「キユは凄いな――俺にもそういう能力が欲しいくらいだ」


 それを眺めていた龍一朗は自分が拗らせた相手を一発で宥めるキユの人柄にフムフムと感心している。


 「何言ってるんだよ。キユはヤンキーだから押し負かすことは出来ても、バルの場合はギロッと睨むだけで大抵の相手は恐怖で震えて、酷い奴なんて失禁させて命乞いをするぞ」


 バーナードは淡々と補足する。

 キユは呆れてた表情で、彼を諭す。


 「……あのなぁ。お前の発言には一々トゲがあるんだよ。だからナナバにぶん殴られるんだぞ」


 「はぁ? そこで何で俺がナナバにぶん殴られなきゃならないんだよ。この前だって、アイツのそのまどろっこしい気持ちを、この俺が丁寧かつ親切にバルに教えてあげようとしたら――」


 バーナードはそこまで言いかけた途端、「うおおおお!」と奇声を上げたナナバがバーナードに飛びかかる。そして馬乗りにされマウントを取られボコボコにされる羽目になった。


 「それは言うなって言っているだろ! この馬鹿兄貴」


 「や、やめ……ウゴッ」


 バッチンバッチンと殴られるバーナード。


 「――あぁ、バーナードお前のそう言うところ……いい加減直した方がいいぞ」


 キユはそう言いながらナナバを後ろから羽交い締めにしてバーナードから引き剥がした。


――なお、間接的にトラブルを引き起こした方はというと……面倒臭そうにナナバを見ている……っていうか明らかにドン引きしている。


 キユは龍一朗に文句の一つ言ってやろうかなと一瞬考えたが、それはやめた。

 それは彼女によってボコボコにされ顔面が腫れているバーナードを見れば嫌でもわかる。


 (言うだけ野暮だ)


 でも、ここまで無関心であれば最早『脈無し』である。

 だから言うのをやめた。

 ここでタイミング良く龍一朗の腕時計のアラームが鳴った。


 「おや、時間だな。そろそろ向こうに行かないと、またあの人に嫌みを言われる」


 龍一朗はさらに面倒臭そうに身支度を調え始める。

 ――と言っても、彼が着ていた服装は白いYシャツと黒い学ランズボンだったので、上衣を着ればそれで済む。


 「相変わらず、お前が着ている服は個性的だなぁ」


 そう言って感心しているのはバーナードである。


 「そうか? 向こうの学校ではこれが制服だからな」


 「あれ――向こうの野郎共の制服は違うものだったぞ」


 そう言って首を傾げているのはキユである。


 「これは中学校のもの。今度進学してお前らと同じブレザーの制服に変わる」


 「――どうせ、ひねくれているから同じ制服じゃないんでしょ?」


 そう白い目で彼を見るのはナナバである。

 龍一朗は「よくわかったな」と感心すると――


 「ア○マーニ製の制服に仕立てているところだ。ちょっと人とは微妙に違うことをして見たくなるのが俺の性分だからな」


――と悪びれる様子もなく淡々と答え始めた。


 「制服ごときで10万払うのであれば、有名ブランドに頼んだ方がまだマシだ。しかも一流の重鎮が態々俺らの為に仕立ててくれているんだ。1着50万円は安い買い物だろう」


 龍一朗の発言で皆、凍り付く。

 そして数秒後。


 「ちょ、ちょっと待て――それってどうなんだ、最早制服じゃなくてファッションショーってレベルになっていないか?」


 キユがツッコミを入れる。


 「結局の所、生地の違いがあり触り心地とか滑らかさは全然違うけど――見た目はノーマル制服と比較しても全く分からない。そもそも制服ってそんな感じだから意図的にそう仕上げているのかもしれない。その辺がプロの仕事なんだろうけどね」 


 今度はバーナードがツッコミを入れた。


 「それじゃあ、普通の制服でよかったじゃん!」


 「まぁ、そうだな。でも、どうせ親の金だからな」


 皆が沈黙し白い目で彼を見る。

 それから数秒後、ナナバが呆れ返ってボソリと呟いた。


 「……相変わらず、ネチっこい仕返ししているのね」


 ナナバのそれは小さなぼやきであったが、不幸にして龍一朗の耳にそれが入ってしまった。


 「――ナナバはよく俺を見ているな」


 彼はギロッとした目でナナバを睨む。

 ナナバは彼の機嫌を損ねたのではないかと慌てて「あ、あの、す、すいません」と平謝りに転じた。

 ――が、それ自体が彼の答えであった。


 「……とまぁ、このように人と違う事をすれば、キユとバーナードみたいに『面倒臭いから黙っていよう』となるか、ナナバの様に何か言ってくるもしくはそれを口実に何か仕掛けてくる事を戦略上覚えて置いた方が良い。俺はそれで案件は片付けてきたからな」


 そしてこう付け加えた。


 「――問題は、あの馬鹿姫だよな……アイツにはそれが通用しない。振り回されても困るが、だからといって殺害しても問題になるし……」

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