第2話 日は落ち、再び昇る

ナナバは就寝前、ちょっと昔の事を思い出していた。



――それは今から1ヶ月くらい前のことである。



 それは今、まさに「白き聖城の共和国」が終わろうとしていた時である。

 街中至る所から黒煙が立ち上がり、何かが焦げている臭いが辺りを覆う。

 それは建物の臭いでもあり、食料の臭いでもあり、そして人や家畜が焼ける臭いでもあった。

 彼らを焼き尽くした業火は、一晩でようやく小康状態となり、明け行く夜と共に消えていった。

 静音が戻る中、一睡もできなかった生き残った人々は街の変わり果てた姿に呆然と立ち尽くす。やがて彼らは、焼け落ちた王城を背を向け、その元凶となった新たなる支配者の存在に怯え正門を凝視することになるだろう。


 「――王城、陥落を確認」


 双眼鏡を睨みながら、軍将官姿のキユが3キロ先の王城の状況を見分した。

 携行式玉座に座り、純白の法皇法衣に身に纏う龍一朗が無言のまま人差し指で何かを差す。彼が指し示した方向には今にも崩れそうに立ちはだかる正門があった。


 「あれだったら奴さんらに圧をかければすぐに空くじゃねえか」


 龍一朗の脇に立ち、これ以上の戦いを避けたい同じく将官姿のバーナードが諫めようとすると、彼は沈黙を保ったまま指先をゆっくり上下させる。

 あれを破壊せよということなのか?

 バーナードは一瞬考えたが、彼と比較的付き合いが長いこともあり、嫌な予感がした。


 「おい……まさか……」


 「俺が何したいかわかっている様だな――じゃあ、お前がすることは何だ」


 龍一朗がようやく言葉を口にした。

 彼の予感は正しいと――


 「総員、門から離れろ!」


 バーナードが無線機片手に緊急指令――いや、避難命令を発した。

 声を荒げる彼を余所に、龍一朗は悪意ある笑みを浮かべている。

 彼は差し出した指先から小さな光の核を出現させた。

 その光は飴玉くらいの大きさだったが画鋲のピンほどに圧縮されると、輝きと共にシューという音を伴って不定期に且つ激しく踊り出した。

 音は徐々に高音になっていきジェット音のように甲高くなったころ、激しく揺り動く光の点がピタリと狙いを定め静止する。

 ジェット音は更に高音になっていくが、やがて人が聞こえる領域を超えて無音になった。

 そのタイミングで龍一朗が人差し指を「ばぁん」というかけ声をかけ斜め上方を弾かせると、その光の弾は速度をあげながら正門目掛けて消えていく……


 ――そして、それから数秒後、正門は閃光と爆音とともに吹き飛ばされた。


 「あぁ…………やっちまったよ、この男」


 苦み潰した表情で頭を抑えるバーナード。

 一方、キユは――


 「むしろ、門の上空や裏に敵が隠れていた事を考えると壊しておいた方が無難なのかもしれないぞ」


――と肯定的である。

 その話をしている最中、龍一朗がようやく立ち上がった。


 「これで皆は『誰がこの国の支配者なのか』、理解してくれたと思う――それでは諸君、彼らに我が精鋭部隊のお披露目と行こうではないか」


 そう言うと、ヘリコプター部隊、戦車部隊に対して進行するよう手を前に下ろして命じた。


 「――後は、被害市民の確認と援助、壊した王城の復旧、そして残党狩りというところか」


 「その最中に隣国のブラッケンクラウスが介入したらやっかいだな……」


 キユとバーナードは今後のプランを次々と立案していく。


 「問題は山ほどある――が、ブラッケンクラウスが介入してきたら法皇である俺が直接出向こう。『旧共和国の連中は反撃の結果、壊滅』したと『旧共和国の助力をするのであれば同じく反撃相手としてお相手いたす』とな」


 続々と進行していく軍を後方から眺める彼ら。今、この瞬間から侵攻軍が統治軍と変わった瞬間でもある。時折小機関銃の音が城内から響くものの極局所的なものであり、その音も夜が明けたあとではその音もすっかりと消えてなくなった。



――次の日、旧王宮前広場にて。


 旧共和国軍関係者の公開処刑が行われた。

 まずは軍関係者から執行された。

 執行に関しては旧共和国下級指揮官が中級指揮官を断頭台送りにする事から始まる。それを上級指揮官と旧政府関係者、それに協力した貴族が特等席で座らせその光景をずっと見させられていく。

 これが終わったら、彼らへの尋問が始まる。


 次の処刑者と非処刑者を決めるために生き地獄が続く。

 もはやそこには人権など存在しなかった……



――その日の同時刻。



 バルバザック市国軍総合副幕僚長であるバーナードは旧王宮の政府庁舎を視察して回る。

 血塗られた旧王宮の間には、最後まで抵抗を続けたファン=イースト大統領の頭部と胴体が転がり、その従者が彼を囲む様に亡骸を晒していた。


 「酷い有様だな――」


 彼は金髪の髪を手ぐしで整えると右手を左胸にあて一礼し骸を弔う。


 「何言っているんだ。こいつらが仕掛けてきたんだろ?」


 褐色の指揮官が、ズカズカと死体を踏みわけ、転がる頭部をまるでサッカーボールの様に足で踏みつけた。

 彼女はキユ。彼女はブルースター義勇軍の総司令である。


 「こいつのおかげで何人死んだことやら」


 「まぁ、そうだけどね。だからといって骸にあたってもどうしようもないじゃん」


 バーナードはそう言うと、同行させた敗残兵に骸を片付けるよう指示した。


 「ところで、バルの奴はどうしたの?」


 「奴さんは少し仮眠するって。制圧した帝都をうちのナナバと夜の巡回に行くって言っていたな」


 「残党狩りなのか?」


 「いや、そっちよりも不心得者の処理だとよ。そんなの部下にやらせればいいのに――っていうか、この死体の山も片付けさせないとな……大変だな」


 バーナードは、自害させられた総責任者の骸を涙を流しながら片付ける元兵士らの姿を目で追いながら、大きなため息をついた。


 「でも、あの骸は一歩間違えれば、あたしらやうちの親父、またはバルだったかもしれない――たまたまうちらがこっち側だったにしか過ぎない。だから結果を気にしていては仕方がないよ」


 キユはバーナードの肩をパーンと叩くとその先を進んでいった。


 「何いっているんだよ。バルがいたからこっち側だったんだよ」



――その日の夜、龍一朗はナナバと共に夜の街を歩く。



 本来ならば夜道を少年少女が歩くものではないと思われるが、彼らはそんなことお構いなしで私服で闊歩していた。

 そうすると、暗闇の影に男らがこちらに気づき、「へへへっ……」と大きなナイフとけん銃のようなものを突きつけ現れた。

 現れた人数は3人。


 「……ほらな。いわんこっちゃない」


 龍一朗はナナバに暴漢共がいるではないかと顎で示した。


 「も、申し訳ありません!」


 彼女はぺこりと頭を下げて詫びたが、暴漢共は自分らに対して言われたと思い込んでいるようで、さらに大きな態度に出る。


 「んじゃあ、有り金すべてとそこの姉ちゃんを寄越すんだな」


 「さもないとどうなるかわかっているんだろな」


 「――ん? 何だ追い剥ぎアンド人さらいか」


 龍一朗はまるで汚物を見るかの様な表情で顔を顰める。

 さらに話は続く。


 「見た感じだと、旧共和国軍風の追い剥ぎに見えるが、ナナバはどう見るか?」


 ナナバは気まずそうに――


 「いや、それはありません! 彼らが所持している武器はブルースター義勇軍の貸与品です」


――と彼から目を背けた。

 男らの顔色が変わる。


 「では――この連中は何だ?」


 「残念ながら、我が軍の不心得者であります」


 「なんとする?」


 その瞬間ナナバが姿勢を低くし、腰に隠し持っていた短刀を構えると、素早く左右に体を動かし、サッカーするかのように男らの脇を通り過ぎた。

 彼女が通り過ぎると、男らの太ももが深さ1センチくらいの切り傷がつけられ。その場に倒れ太ももを押さえうずくまってしまった。


 「相変わらず、すばやいな」


 「ありがとうございます」


 ナナバは短刀を素早く振り血を払うと腰を落とし頭を垂れた。

 だが、少年はイマイチの表情で彼らを見ている。


 「――でも……確か、俺は制圧した都市での略奪行為を禁じていたはずだよな」


 「そのとおりでありますが、彼らはもう身動き取れません。彼らを軍裁判に掛けるべきだと――」


 彼女は彼をなだめようとする――が。


 「緊急事態で、旧共和国軍関係者を即決裁判で処刑にしている。ならば、この軍紀違反の盗賊共はなんとする?」


 「それは……」


 彼女が言葉に詰まった瞬間、男らの首が宙を舞い――要件は済んでしまった。

 彼は無慈悲に差し出した手を下ろす。

 ナナバは目を大きく見開き、今まで共に戦ってきた兵士の骸を見て『一体私は彼と一緒に何してきたのだろう』と自答する。

 怒りに近い感情も生まれたのも事実だが、もし逆らえば自分もこうなるのでは――と思い体を震わせながら傅き顔を下に背けた。

 彼はそんな彼女の考えを察したようで――


 「ナナバ、これからこの国を治めなきゃならないんだ。俺ら彼らの財産を奪いに来た盗賊じゃない」


――と彼女に諭すと、携帯無線で軍本部に連絡して死体の後片付けを命じた。


 「いるんだよ、実際に。官軍だからなにしてもいいと考える輩。まるで自分の手柄だと言わんばかりに興奮して――占領されたヤツらの気持ちも考えてみろ」


 彼はナナバに顎で『ついてこい』と指示すると、さらなる軍紀違反などの盗賊らの討伐に向かった。



――それから数日が経ち、敗残兵の処理が大方終了した。



 指揮官クラスはほぼ処刑――と思われたのだが、実際に処刑されたのは強硬派のみであり、穏健派や中道派についてはそれぞれの諸事情を考慮し処遇を決めた。


 「あえて恐怖を煽って小さく纏めたか――それで残る兵士と市民を懐柔させたか」


 バーナードは仮修繕が終わった旧大統領執務室(現統治軍総司令官室)で書類を貪る様に読みふける龍一朗に対して尋ねた。


 「――別に皆殺しにするためにここに来た訳ではないぞ」


 彼はすべての書類に目を通し終えると、目を瞑り指でマッサージをした。


 「それでも、まだすることはある。向こうに行った旧王族の件だ。何名か向こうの世界に転移しているからな。手引きした奴もいる――と報告受けている」


 「――そう言えばバル、お前は……向こうから転移してきたんだよな」


 バーナードが彼に尋ねるが、それを遮る様にキユが話に割り込んだ。


 「……何言っているんだよ。こいつはこの国の皇太子の息子だぞ。生まれた世界は向こうでも、そもそもはこちら側の人間だ」


 それに対して龍一朗はそう言うのには興味がない様子。


 「生まれた世界なんてどうでもいい……問題はその皇太子やらがあちら側に転移した直後にクーデターが起きているということだ。皇太子やらが何らかの情報を掴んで亡命したと考えるか――それとも、当時の体制を弱体化させるためにその皇太子やらを拉致または追放するため手引きをしたものがいる――とかな」


 「そうなると……バルの親父殿の側近がクーデターの首謀者と考えているのか?」


 「少なくとも俺はそう考えている」


 その話に懐疑的な面もある。それをキユが尋ねる。


 「その説もあるだろうけど――普通に考えれば、何らかの情報を掴んだ側近がお前の親父の身を案じて逃がしたんじゃねえか?」


 「それだと――困るんだよな」


 龍一朗は頭を抱える。


 「……いっそのこと、旧皇太子をクーデター首謀者として担ぎ上げるか」


 彼はボソリと呟いた。

 悪びれる様子もないその一言にバーナードやキユが慌てだした。


 「ちょっと待て! お前、自分の親父を犯罪者にでっち上げるつもりなのか!」


 「それはあたしも同意できねえ! 別に取り急ぎ結論ださなくともいいだろ!」


 どこの世界も親を悪者に仕立てる子供はいない。

 彼曰く、選択肢の一つとしながらも躊躇いもなく候補に挙げる――そんな彼の冷酷さにキユとバーナードは違和感を覚えた。

 さらに彼の恐ろしく冷酷な考えが示される。


 「分かっているとは思うが――『攻められたから反撃した』だけじゃダメだ。そもそもこういう体制になったのは誰の所為だということを追及しなければならない。だからどこの世界の官軍も賊の首魁を戦犯として処刑している。裏を返せば、理由があればなんでもいいということだ」


 要は今回の戦争の責任者を吊り仕上げる人間を探し出しているのだ――しかもその犯人は誰でも良いという。


 「そんなことしても意味ないぞ」


 「そうだ。それはだいぶ前の話だから詮議するだけ無駄よ」


 バーナードとキユは強い口調で止めに入るが、こんどは違う者によって遮られた。


 「黙りなさい! バルになんて口の利き方をするよ」


 ナナバである。

 彼女は新たな書類を持参して入口で彼らを睨む付けた。


 「あのね、一応は主要人物の自害及び殺害で直接的なものは解決できるだろうけど。でもこの国のクーデターの切っ掛けを作った人物まで判明していないの……裏を返せばそういう危険分子があるって問題が残っているの」


 確かに、彼らの案件は戦犯について捜査終了してる。

 本当の事を知っている者は帝都陥落の際に徹底抗戦して戦死したり自決してしまったりしている。

 敗残兵の強硬派はあくまでも戦犯として責任を取らされているに過ぎない。

 ――問題はそのクーデターの切っ掛けを作った人物が分かっていない。


 「だからクーデターの首魁が必要なのか……確かに戦争犯罪人ではくクーデター関係者を引っ張り出すとしたら、向こうにいった人物が考えられる」


 彼らは額を抱える龍一朗をジッと見つめていた。

 それに気がつき彼は更に付け加えた


 「ナナバの話は大方合っている――だがそれだけでは若干不足だ。それを補うとしたら『俺がここに送り込まれた』という事実だろうな」


 ナナバが尋ねる「それは一体どういうことですか」と。

 彼の言葉が続く。


 「俺は何故、戦争で混乱している場所に転移させたのだろうか。そもそも彼らが俺に語っていた『留学』というのは、ブラッケンクラウスみたいな安定した国に対して行われるもの――その俺を送り込んだ奴の考えや理由がわからない以上、意図的に俺を戦地送り込んで俺を始末しようと考えるべきだと思う」


 バーナードが意見する。


 「それじゃあ、この地に使わされた英雄――と考えることはできないのか?」


 だが、それはすぐに否定された。


 「それはないな。第一、俺は『使い物にならない』って言われ続けてきたんだぞ。『根性直しだ、行ってこい』にしては難易度がかなり高い場所に送り込まれて、何とかしろって言うのがおかしい」


 「確かにそうなると、残るはお前の説だけということか」


 キユが確認する。

 龍一朗は静かにコクリと頷いた。

 すると、バーナードの頭の中で、ある人物が浮上した。

 彼をこの世界に送り込んだ人物の存在である――

 バーナードが以前、彼から聞いた話によると、それは自分の知り合いによって施術されたものであるということ。

 その知り合いは彼よりも一つ年上であり、彼は『大魔導士真成寺香奈子』と呼んでいた。


 「それじゃあ、お前が言う大魔導士様が犯人じゃないのか。そいつのクビを跳ねればすむんじゃないのか?」


 「俺も最初はそう思った――」


 龍一朗は難しい顔をしながらナナバから書類を受け取り書類を精査する。

 その作業をしながらバーナードの案を否定した理由を述べた。


 「――だが彼女はほぼ同年代だ。クーデター発生時は俺はまだ生まれていないし、彼女も同じだろう。そう考えれば首魁は彼女じゃない。彼女を唆した……もしくは彼女を味方にした人物、つまり彼女の近くにいると考えた方が良い」


 龍一朗は書類を一気に目を通すとナナバにその書類を返した。


 「要点はわかった。この国内に残る残党狩りはナナバに任せる。この対策をするのにナナバを司法長官に任命する――」


 「えっ……私がですか?」


 「ナナバの情報が一番正確だ。信用に値する。そこでだ――」


 龍一朗は一旦話を区切り、辺りを見回した。


 「向こうの潜入捜査を許可する。潜入捜査の面子は――」


 黙ってキユとバーナードをそれぞれ指差した。


 「お、俺?」「あ、あたし?」


 「お前らは向こうの世界でアメリカ人かインド人とでも言えば通用するだろう」


 「はぁ……」


 「なんだかどこの人種っていわれてもぱっとしないけどね」


 「それで、一番その任務に向いているのは――」


 彼は黙って自分の事を指す。


 「そういう事だろ?」



◇◇◇◇



 ナナバが目を覚ますと、すでに夜は明けていた。

 彼らは既にこの世界には居ない……


 ふと、ちょっと昔の龍一朗と昨日の龍一朗が頭を過ぎる。

 厳しかった彼が、丸くなったものだ。


 「頼みますから、あの馬鹿姫の約束は取り消して下さいね」


 彼女は窓を開け、登り行く太陽にそう願った。


 「さて、残った仕事を片付けますか」

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