第3話 魔皇様の災難
間もなく春だというのに、そこは蒸し暑かった。
まるで目の前でキャンプファイヤーをしているくらい肌をヒリヒリつかせた。
ある意味お祭りなのだろうが、そこはフレンドリーというよりかは、何か殺伐とした居心地の悪い場所である。
その彼の目前には地面に横たわる少女と尻餅をつきへたり込む少女。
そして周囲には真新しい建物の瓦礫と青いヘルメットを被った軍隊が彼らを取り囲む。
倒れ込んだ少女に目を向けると、彼女の周りを保護するように真珠の様な輝きの透明シールドで覆われており、彼女は頭部には金色の膜がコーティングされていた。
その彼女が横たわる地面にはおびただしい血痕がまき散らされていた。
彼、龍一朗はへたり込む少女に声を荒げた。
「人を巻きこむなこの愚か者!」
彼が一喝すると、彼女は身体をブルブルと震わせながら――
「あ、アタシの……所為なの? アタシが――殺した、ヒトミンを……」
――と青ざめ、狼狽えている。
「勝手に殺すな。それにこいつは死なせない――が……」
龍一朗はそう言うと、右手を彼女に差し出す。握手するか――いいや違う。
彼は掌から光の棒を浮き上がらせると、それを握り締めた。
彼がその光の棒を握り締めるとそれは薄い紫色の蛍光色を帯び始めた。一見するとレーザー剣様にも見える。
「き、キミも――クリスタルブレードを?!」
彼女は後ずさりして彼から離れようとする。
「――だがお前は別だ。それにお前は俺にこう言ったな『死んでも恨まないでね』って。だから覚悟は出来ている……それでいいんだよな」
「いや、もうやめよう。何か思い描いていた結果とは違う――いや違いすぎる。これはボクの負けで良いから……ねっ!」
「そうか――茶番は終了か。それは良かった――でも、お前はダメだ。後々のことを考えるとお前はここで殺しておいた方が良いのかも知れない」
龍一朗ははそう言い捨てると、容赦なく彼女にジリジリと近寄り、そのクリスタルブレードと呼ばれる剣をヘタレ込む彼女目掛けて振りかざした。
◇◇◇◇
そこで龍一朗は目を覚ました。
そこは自分のベッドの上で、見回すと自分の部屋である。
「あれ……確かにあの時、俺は勝ったんだよな……」
龍一朗は自分の掌をジッと見て、空を握り締め感触を確かめる。
時計を見るとまだ5時半。起床時刻にはまだ早い。
もう少し惰眠を貪ろうとした時、ノックもなくドアをバタンと開く音がした。
母親である涼見だった。
「いつまで寝てるんですか!」
彼女は烈火の如く怒っている。
彼は俺は何もしていないぞと言わんばかりに面倒臭そうに起き上がった。
「もう朝の7時です!」
龍一朗は予定時刻を1時間寝過ごした様だ。
「あぁ、もうそんな時間か。すまぬ寝過ごした様だ……」
「すまぬ? ずいぶん上から目線ですね……」
涼見は態々起こしてあげたのにとばかりに少しご機嫌が斜めである。
小言の一つでも言ってやろうと思っていたその時、部屋のクローゼットが目映く光り、扉からいつもの2人組がひょっこりと顔を出す。
彼らはゲートという転移法術――こちらで言う転移魔法を用いて、自分らの住まいとこの部屋のクローゼットを繋いだ様だ。
「バル――じゃなかった、龍一朗迎えに来たぜ」
「龍一朗、早くしないと遅刻するぜ。あそこの校長は『すっげーおっかない』ってサクラが言っていたぞ」
彼らはクローゼットから当たり前のように出てきた。
その二人に唖然とする涼見。
その様子を見て額に手を当てて下を向く龍一朗。
「キユ、あのな……その『おっかない』人を目の前にしてよく言い切ったな」
「えっ、マジ?……えっ、このおばちゃん――涼見ちゃん?」
キユはマジマジと涼見を見る。そして手鼓を打ち納得した。
「なるほど、化粧していなかったからわからなかったわ……」
その脇でバーナードが「お前、やめろ馬鹿!」とキユを両肩を掴み止めに入るが、時既に遅し。
涼見は額に青筋を浮き上がらせ引きつった笑みを浮かべている。
「どうして――向こうの方って、失礼な人ばかりなのかしら……サクラさんといい、養生先生といい……」
涼見は拳を握り締め、プルプルと震わせ静かに怒っている。
だが、キユは怖い物知らずだ。
「涼見ちゃん、悪いけど行き遅れとあの馬鹿と一緒にしないでくれるかい――ああそうだ、こんなつまらないことしている時間はなかった、龍一朗学校へ行くぞ」
キユは涼見との話は話半分で終了させ悪びれる事なく、龍一朗の手を引いた。
ちなみにここでいう『あの馬鹿』と『行き遅れ』というのは涼見が示した2人のことである。
「おい、俺まだパジャマなんだけど――さすがにこれでは学校行けないぞ」
「じゃあ早く着替えろよ。それと靴な」
キユが怒りでプルプル震えている涼見の代わりに母親らしい助言をする。
涼見はそれを目の当たりにして「なっ……」と軽くフリーズした。
しかも――
「靴は置き靴がある。それ以前に、俺はまだ飯も食っていないんだけど」
――といつもは辛辣な龍一朗が彼らには普通に接しているのを見せつけられ、「ななな……」と言葉を詰まらせている。そしてさらに――
「それなら大丈夫だ」
バーナードがおにぎりとサンドイッチが入ったレジ袋を彼に見せる。
「おぅ、サンキュー」
龍一朗はそう言うと代金と引き換えにそれを受け取った。
さっきから良いことナシの涼見である。
せっかく戻ってきた息子はその友人らによって――涼見は完全に母親の役目を奪われた。
「……龍一朗、ごはん出来ているんですけど――」
彼女は力なさげに彼に声を掛けた。
せっかく息子を起こしに来たのに、母親そっちのけで異世界の友人と勝手に話を進めていく息子――あまりに自然過ぎて涼見の感情が追いつかない。
もちろん、息子がこんな風に変わってしまったのは母親の責任も大である。
その息子は全く涼見を相手にしていないようで……
「何を言う。今受領したばかりだ。それに時間が惜しい」
龍一朗は速攻で制服に着替えると、カバンと軽食が入ったコンビニ袋を抱え、クローゼットに向かう。
キユが「そう言えば、おまえんちの母ちゃんって涼見ちゃんだったんだな、すっかり忘れていたよ」と龍一朗の肩をポンと叩き、バーナードは「おまえ、態度悪すぎ」と言ってキユの頭に軽めのチョップを食らわせた。
龍一朗は「おまえらいいから、さっさと行くぞ。行き先は昇降口ロッカーに切り替えたから」と言って彼らをクローゼットの中にに追いやった。
そして最後に龍一朗がクローゼットに入ろうとしたその時に涼見に対して――
「起こしてくれてありがとう。先に学校行くから」
――と言い残しクローゼットの中に入っていった。
クローゼットの扉が閉められると、再び目映い光が漏れ出す。光が消える頃には中に入った3人は既に消え去っていた。
唖然としながら3人を見送る涼見。
これは彼の幼少期に対する報いなのだろう。
――場所は変わって、学校昇降口付近。
赤色の髪の毛をなびかせて、悠々と歩く少女。
でも、その表情は曇っていた。
彼女の名前は倉橋サクラで、一条高校特殊科の新2年生である。
サクラはとある悩みを抱えていた。
それは――
「あぁ……何であんな約束しちゃったんだろう……」
昇降口にある掃除用具ロッカーに片手を付いて反省のポーズを取るサクラ。彼女自身も失敗した一人である。
彼女は悶々と考えている。
(あの時、そう言わなかったら――アタシは……)
――と自分を慰めるものの、頭から湯気を出すほど後悔していた。
「あっ、サクラ。あんたまたこんなところで悶えているんだ」
校門で出会った青髪の彼女は村泉詩菜。彼女もまた特殊科の2年生である。
唯一サクラが悶えている理由を知っている人物でもある。
ただ、その約束の内容は笑えるような、笑えないような微妙なものだったのでなんとも言えない気分である。
……それでもまあ、悶えているサクラの姿は新鮮味があるし、正直笑えるので今は笑っておこうと内心思っている。
「姉ちゃん。どうしたのこんなところで立ち止まって」
その彼女の背後で首を傾げている青髪の少年は村泉拓也。詩菜の弟で龍一朗と同級生である。
夜分、新橋のトイレの脇で壁に手をついてもたれる女性の様なサクラを見てプププッと吹き出す拓也。
「倉橋先輩、何してるんすか(笑)?」
拓也の問いかけに完全にスルーのサクラ。
詩菜は彼に手を左右に振って「酔っ払いみたいな人を構っているんじゃないわよ。目を合わせたら絡まれるわよ。ここはスルーで……」と知らんぷりして通り過ぎるよう指示した。
そして――お約束の相手がロッカーから登場する。
ロッカーが光った瞬間、豪快にバンッとロッカーの扉が開く。
――ガン!
鈍い音が彼女から聞こえた。
もし、彼女の手がロッカーの扉に寄りかかっていたのであれば、そういうこともなかったのだろうが――不幸にして、扉は彼女の額に直撃した。
そして、不幸は続く――
咄嗟に彼女が痛みで両手で顔を押さえて屈もうとした瞬間。
「なんだ……建て付け悪いぞ、この扉――」
問題の男がロッカー内部から出てくるなり、彼女の胸元に顔面を押し当てる結果となる。
いや、これは単純に事故である。
ただ、この法皇様はサクラよりも背は低い。さらに全く正面を見ていないで彼女の方に進んでしまった事からこの様な羨ましいような……後が恐ろしいような事故になってしまった。
まだまだ、彼女の不幸は続く――
「なんだ、この生暖かい柔らかいクッションは――」
龍一朗はその柔らかな部分を手で揉むように触れてしまった。
もはやこれは警察署に連れて行かれても仕方がない事由である。
一方で、いきなり額を殴られ、自分の胸元に顔を埋められた挙げ句揉まれてしまう被害者はと言うと、あまりの出来事に頭が整理できずフリーズを起こしている。
「おい、龍一朗そんなに強引に扉を開くと他の生徒にぶち当たるそ……って」
「――遅かったか……こりゃ、ナナバが見たら発狂ものだな、またバーナードが殴られるかも……」
龍一朗の後ろから、バーナードとキユがひょっこりロッカーから顔を覗かしている。
一方で、加害者の少年はというと。
「な、な、な……何でお前がここにいるぅ?……」
顔を青ざめ、彼女同様フリーズを起こしていた。
「龍一朗、そこに立ち止まっていたら邪魔だ早くどけ」
そしてキユはフリーズしている二人を突き飛ばすと、彼女の不幸は通り過ぎてカオス状態となる。
サクラと龍一朗はバランスを崩し転倒。
彼女は尻餅をついて後頭部の直撃は免れたものの、結局彼が覆い被さり押し倒されてしまう。
――チュッ……
何か羨ましい音が床上から聞こえた。
よく見ると、倒れ込んだサクラの上に被さる龍一朗。龍一朗は両手を這い蹲らせ顔面同士の直撃を避けようとしていた様であるが――結局、間に合わず、唇が彼女の唇と重なってしまった。
もやは不幸を通り過ぎて運命としか言いようがない。
でも、傍目からすると――
『掃除用具ロッカーに龍一朗が潜んでおり、サクラが来るのを待ち構えて襲った』
――状況である。
昇降口ではちょっとした騒ぎになる。
周りのひそひそ声が聞こえる。
「えっ、女の子が襲われている?」
「あの子、特殊科の2年生の子よね……」
「ちょっと待てよ。この男は今度入ってきた新入生じゃねえ?」
「そうそう、たしか理事長の子供で入試総合1位で入ってきた……」
辺りは段々、人だかりになってきた。
誰かがスマホを取り出した。
その瞬間、詩菜は『これはマズイことになる』と咄嗟に判断し――
「あんたら何してんのよ!」
――と声を荒げた。怒られたのは龍一朗……ではなく、キユとバーナードである。
「えっ、俺ら?」 「アタシら関係ねえだろ!」
「あんたらが龍一朗君突き飛ばしたからそうなったんでしょうよ!」
「えっ」 「それは……」
二人はお互いの顔を見合わせ、詩菜の顔を覗き込む。
彼女は『ここは私に合わせて』とばかりにウインクをしている。
彼女は、龍一朗達を庇っている様子である。
「わ、わりい……」 「ご、ごめん……」
キユとバーナードが意図を汲んで謝罪する。
それを見ていた周りの連中は――
「何だ。事故か――それにしてもラッキーな奴だなぁ俺もそうなりたい」
「私もこんなラノベ主人公的な出会いがあったら――マジで引くけどね」
「それにしてもラッキースケベってあるんだな」
「でも、何でアイツらロッカーの中から出てきたんだろう――」
「アイツら変人ばかりの特殊科だから」
「あっ、そうか。なら納得」
――と詩菜の思惑通り、それぞれ納得して帰って行った。
ちなみに特殊科はこの学校では変わり者とか変人の集まりとしか思われていないので、それ以上は追及されることはなかった。
さて、このラッキースケベ共はというと……二人ともそのままの体制でフリーズしており何が起きたが理解するまで時間を要する様である。
「おいおい、龍一朗……お前、ホント怖い物ないんだな」
そう言って彼を引き上げたのは拓也である。
彼と詩菜は向こうの世界の旧共和国亡命王族である。
その関係で旧皇太子である龍一朗の父、臣仁から住まいと学びの場の援助を受けている。
ただ、本来ならば全てのサポートを受けられるハズだったが、とある問題で詩菜がアルバイトをして生計を立てている。
その問題は色々あるのだが、その一つとして拓也が法術――つまり魔法が全く使えないことである。
彼は向こうの世界ではどちらかというと剣術を得意としている。
故に拓也は特殊科の生徒ではなく、龍一朗と同じ進学科の生徒であるため、援助が減額されている。
それでも拓也の学費は、詩菜の担任教師の提案により授業料だけは免除されている。
――だからこそ彼らは苦労人である。
龍一朗は彼らと――特に拓也と馬が合うので仲良く接している。
話を戻す――
「――おい、サクラ。悪かったな」
二人のうち、事態を先に理解したのは龍一朗であった
龍一朗は先に立ち上がると、倒れたままのサクラの手を握ると引き上げる。
呆然としているサクラが引き上げられるとよろけて、龍一朗にしがみつく羽目になる。
だが、身長差もある訳で――彼の顔は再び彼女の胸元に埋められる。
――それから3秒後。
今度こそ事態を理解したサクラは顔を真っ赤にして、「ウガアア」と奇声を発した。
「何でアタシが陵辱され続けなきゃ行けないのよ! これって約束違反だよね」
「知らん! お前が自分の胸を押しつけてきたんだろ、この痴女め」
「そんなことする奴いるかぁ! それに痴女認定したアタシに謝れ!」
「だったら、事故だよ事故。悪かったよっ!」
「その『悪かったよ』の一言で終わりかよ。それじゃあさっき私の胸に顔を埋めて揉みしだいたことや、キスしたことは事故で片付けるのかよ。納得いかない!」
「じゃあ、どうすればいいんだよ」
「責任とれって言っているんだよ!」
「慰謝料か?」
「馬鹿、アタシは守銭奴の詩菜ポンじゃない」
昇降口で2人で言い合いしていると、彼らを見下ろすように成人女性が――
「おまえら、何している」
――と凄んできた。
見上げると、特殊科の教師である養生あずきが睨み付けていた。
ジャージ姿で腕組みをして――とても男っ気があるとは思えない姿形相である。
「おまえら2人でこんなところで何乳繰り合っているだ」
「えっ?」 「二人?」
そう言われてみると、昇降口は静まり還っている。
サクラと龍一朗は辺りを見回すが、すでに周りには誰もおらず、学校のチャイムがキンコンカンコン……鳴っている。
青ざめる2人。
「おまえら、放課後、進路指導室――じゃなくて特殊科の教室に来い」
(あいつら~アタシ等を見捨てた!) (あとで覚えておけよ!)
二人は沸々と湧き上がる感情を抑えつつそれぞれの教室へ向かった。
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