第4話 トラブル

 朝一番でトラブルに巻きこまれてた龍一朗であるが、その後は何事もなかったかの様に授業をこなす。

 その姿は普通の……って言うか陰キャそのものである。

 クラスでは既にやんちゃなグループやアニオタグループ等派閥が出来つつある。

 普通、グループに属さないは個人はちょっかいを掛けられる対象になりうる……のだが、龍一朗が理事長と校長のご子息であり、神池次期当主である背景もある。

 でも、一番の原因は――


 「龍一朗、焼きそばパン買ってきたぜ!」


 「バーカ、そんなものよりサンドイッチ食えよ」


 このおかしな異邦人だろう。

 何せ、キユとバーナードはここのやんちゃグループのリーダー格を登校初日に沈黙させた強者である。

 その強者が、龍一朗のパシリをしている訳であるから、誰も何も言えない状況なのである。

 それでも唯一、声を掛けてくるのは拓也であった。


 「すごいなぁ……これ人気があるパンだよね」


 「そうか? あたしらが行くと皆、道を譲ってくれるんだよね」


 キユは悪びれる事なくケラケラ笑って答える。

 龍一朗はだまってお金を差し出し、彼らはそのお釣りを返す。

 これらのパンは彼がリクエストしたものではないが、素直に受け取りその代金を差し出す。

 一方で、誰も頼んでいない物――特に人気がある物を彼のために買ってきて、差し出された代金の釣りをちゃんと返す彼ら。

 この関係に拓也は若干違和感を覚えた。


 「何かこの関係……なんとも言えないなぁ」


 「えっ? 普通、買ってきてもらったらお金出すの当然だぞ」


 拓也の問いに龍一朗も当たり前の様に答える。


 「いや、普通は自分で購買部に行って自分で選んで買ってくるだろ?」


 「それはそうなんだけど――購買部のおばちゃんらがうちの親に言っちゃうんだよ『あら、校長の息子さんてお弁当じゃあないんですかぁ?』って。この前、チクられて母親がぶち切れ、挙げ句に俺にお重のお弁当を持たせようとしたんだ……何で手軽に食べられるものがこの世界に数多あまたとあるのに、無駄に時間掛けて重い物弁当持って時間掛けて食べなきゃならないんだ。面倒だろ」


 「そうそう。行動中は手っ取り早く食べられるものがいいな」


 「ホントその点はこの世界は手早く食べられる食事があっていいよね」


 龍一朗の答えにキユとバーナードがそう同意する。

 つまり、彼らには日中ゆっくり食事する習慣がないのである。


 「ところで、今日は放課後どうする?」


 バーナードが龍一朗に尋ねると、龍一朗は引きつった笑みを浮かべながら「おまえ等の教室に出頭命令を喰らった」と青筋をこめかみに浮かべた。


 「あぁ、あの馬鹿姫の件か」


 突き飛ばした本人が悪びれる事もなくキユがケラケラ笑う。


 「俺は悪くないのに何故、アイツらのところに行かなきゃならないんだ?」


 「悪い。あたしもまさかラッキースケベになるとは思わなかったから――ホント、堪忍な。アハハハハ……」


 キユは謝罪はしたものの、思い出し笑いをしている。

 バーナードは怒りでワナワナと身体を震わせている龍一朗を見て、あわててキユの頭を平手でペシッと叩いた。

 そして彼女の弁解に回る。


 「その件については俺からも謝る。あの後、キユは担任のあずき先生とお嬢ちゃんに説明している――許してくれたかどうかまでは……」


 彼がそう言うと龍一朗は怒りを静め。頭を抱えながら大きなため息をついた。

 そして片手で『分かった』と振る。


 「その様子だと相手は納得はしていないだろ? 特にあの馬鹿ザクラは」


 「……まぁーな。お前の事、ブツブツ文句言っていたよ」


 「しょうがない。謝罪しに出向くか――」


 龍一朗は再び大きなため息をついて、天を仰いだ。

 すると、拓也がその話に割って入ってきた。


 「でも、呼ばれたのって、そういう事ではないと思うよ。実は俺も呼ばれている」


 「タク、何か知っているのか?」


 キユが叩かれた自分の頭を撫でながら拓也に尋ねる。

 ちなみに『タク』と言うのは『拓也』渾名である。

 龍一朗を始めキユ、バーナードのみそう言っている。


 「姉ちゃんから聞いた話によると特殊科で合宿があるみたいなんだよ。何でも新入生恒例行事なんだって――ご丁寧に俺も呼ばれてしまった……」


 キユはバーナードと顔を見合わせる――その様子ではどうやら彼らにも話が伝わっていない様だ。


 「あぁ、多分キユさんとバーナードさんは編入生だから俺らと一緒で強化される側じゃないのか」


 キユとバーナードはあからさまに嫌そうな顔をして龍一朗を見る。

 当然、龍一朗もその対象に自分が含まれているということは、なんとなく察していたが――


 「……あぁ、頑張って来いよ」


 ――と無表情且つ棒読みで軽く手を振り彼らを激励した。

 あえて素知らぬ振りしてそれを押し通そうとしている。

 当然、バレるわけで――


 「…………いやいやいや、多分おまえも参加させられるクチだぞ」


 「あたしもそう思う。おまえは――その……何だ。色々と目を付けられているから特に念入りにしごかれるんじゃないか」


 「――おまえ等もそう思うか?」


 龍一朗は「やっぱりかぁ……」と深いため息しながらガッカリと下を向いた。



――放課後。



 予感は的中。

 教室にはサクラとあずき。その他に詩菜と3年生の人見仁美が彼らを待ち構えていた。

 仁美は特殊科の総代であり、やや緑がかった束ねた髪の女子学生だ。

 目はあまり良くないようで眼鏡を掛けている。

 中肉中背で背丈は龍一朗と同じくらいで小柄である。

 でも、クラスの中心に居るのは総代の彼女じゃなく、サクラとあずき。

 総代の彼女と詩菜は遠巻きで面倒臭そうに彼女らのやり取りを終わるのを待っている様だ。


 「キミは何であのような辱めをアタシにしたんだ!」


 「あんた、キユさんとバーナード君が謝ってくれたから事故ということになったけど、一歩間違えれば警察沙汰だからね」


 サクラとあずきは一斉に龍一朗に噛みついた。


 「知るかよ――ゲート開けたらそこの馬鹿が意味不明のポーズをしていたんだよ。今時栃木の猿だってもっとまともな反省をするだろうよ」


 「何ですって!」


 サクラは顔を真っ赤にして龍一朗の頭を羽交い締めにした。

 ただ、羽交い締めにした際に、彼女の身体の一部が当たっていたようで……


 「…………お、おい、今度は俺の頭に当たっているぞ」


 「あっ……キミ、さらにボクにセクハラするつもりなんだな」


 サクラは彼を突き飛ばし胸部を隠すように身をかがめた。


 「おまえ、そもそも俺に気がないに――よくもまああんな約束を押しつけてくれたじゃないか」


 それに対してサクラは無言で答えない。

 そもそも彼女との約束とは何の事なのだろうか。

 それについて、唯一の目撃者の詩菜が気むずかしそうにその話に触れてきた。



 「『ボクが負けたらキミと結婚してやるよ』ってあれでしょ? でもそもそもそれって勝った人に拒否権ないの?」



 サクラは身体をビクンと反応させ、一瞬詩菜の方を見る彼女から身体を背けた。


 「…………ない。あれはちゃんとした契約で行われたものだから。それに統括法務局の長官が直々に認めた正式なものだから」


 「いや。あれは――」


 龍一朗が言葉を詰まらせる。

 それは、本来成立されない契約であった。

 それが法皇及び法務長官のお互いの連携に齟齬が生じ、それがコンボ技の様に填まってしまい成立してしまったものである。

 要は連携ミスである。

 無論、こんなことを言い訳にできるハズもない。


 「だったら――触られて大騒ぎするくらいだったら、さっさと契約無効の手続き取ろうじゃないか」


 「いやダメだね。アタシが一度口にしたことを、あっさりひっくり返す訳にはいかない」


 彼女は意志は固い。

 それというのも、サクラは単なるお嬢様留学生ではない。


 彼女は白き聖城の帝国の隣国であるブラッケンクラウス公国の正統皇女であった。


 ナナバが後日調査した結果、それは事実であることを確認している。

 余談ではあるが、彼女が龍一朗に報告する際に発狂してしまい、止めに入ったバーナードが半殺しにされる事件は侍従兵の語り草となっている。

 つまり、ナナバが発狂するほどこの婚約は正式なものになってしまった訳である。

 その問題の皇女がそう決断したのだから、この案件はそう簡単に曲げるハズもない。


 そこで、疑問が生じる。

 『何故、法皇たる最高責任者がなんでこんな大ポカを許したのか』……である。


 それを一言で説明するなら、『彼は部下の心情を考慮せずに、普段の能力だけで判断してしまった』という点であろう。



◇◇◇◇



 もちろん、龍一朗もその時は色々考えていた。

 彼が契約を結ぶ際に間違いを犯す経緯はこんな感じだ――


 契約内容については『ボクが負けたらキミと結婚してやるよ』という単純なものだ。

 当初、サクラが挑発する意味で言ったものと龍一朗は考えていた。

 ――だが考えれば考えるほど、どうも腑に落ちない。

 例えば『何故自分が勝った時の話をしないのか』という点である。

 つまり彼女が勝利しても、その契約記述がどこにもない。

 普通に考えれば、『何も利益にならない』不利な条件だ。

 それなのに、何故彼女が自分が負けた時の話をしたのだろうか?

 彼女が慢心して油断したのか?

 わざと負けたのか? ――それについては彼女の実力から、容易に否定できた。

 では、何で法務局契約を結ぶ必要があったのか?


 そう考えた時、一つの疑惑が浮上する――

 それって『勝っても負けも彼女の思惑どおり』……だったのではないだろうか? 

 彼女は何を企んでいるのだろうか?


 何か探る手がかりがないかさらに契約者を確認する。

 契約にあった『ブラッケンクラウス公国正統皇女サクラ=クラハッシュ=ブラッケンクラウス』と『神池龍一朗』という名前が目にとまる。


 これはサクラが一方的に作成したものであるが、彼女の身分が明かされているのに対して、龍一朗の身分は記されていなかった。

 つまり彼女は龍一朗が法皇であることを知らないことが推測出来た。


 また普通なら契約事項は法務局職員が時間を掛けて処理する案件なのだが、これは一国の皇女が統括法務局所在地の『白き聖城の帝国』に申請した訳で、この案件は長官であるナナバが判断すべき事項である。

 このことから彼は油断を許してしまった。


 ――ナナバなら、サクラが龍一朗が法皇であることを知らない事実を利用して『この契約は異世界住民とのものであり無効である』と判断するだろう――


 これが彼の判断ミスであった。

 実際の彼女の心情では……


 ――ブラッケンクラウスの臣下の一部には『姫君を法皇に嫁がせ、国自体をうちの国と合併させる』という考えがある。冗談じゃない……バルを結婚させるわけにはいかない、彼は私のだ。幸い姫君は異世界の住民と結婚したがっているのでこの際だから結婚を認めさせよう――


 ……だったのである。


 龍一朗はナナバが自分に好意を寄せていたという事実を知らず、その点考慮していなかった結果、この様な大ポカに至ってしまったのである。


 そして勝負に勝ったことで契約条件がクリアされ婚約が成立。

 百戦錬磨の法皇様も万事休す――これが大ポカを導いた顛末である。



◇◇◇◇



 こうなったら仕方がない。約束は約束である。

 ならば、契約を穏便に反故にさせれば良いだけの話である……ただ、この件で問題になっているのはサクラが意地張っている点だ。


 「勝った俺が良いって言っているのだから問題ないでしょ」


 「それじゃあ困るんだよ!」


 「――困る理由とは何だ? ちなみに俺は今の状況の方が困る」


 「いや――その……つまり……何だ――」


 サクラは言葉を詰まらせながら何かを必死に考えている。

 当然、恥じらってモゾモゾしている訳でもなく、何か巧いこと言い訳したい感じである。


 「――おまえ、何か企んでいるだろ?」


 「うっ……そんなことはない……けど、こうなったら仕方がないよね」


 サクラは半ば諦めている感じである。


 「渋々、結婚相手に俺を選んでどうするつもりなんだよ!」


 「それは――まだ言えない……」


 彼女のその答えはあからさまに彼を巻き込もうとしている。

 このままでは、龍一朗も引かないだろうし、サクラは意固地になっている。

 埒があかない。それを察したあずきが「この話、一旦終わり」と止めに入った。


 「あんたらの問題は親御さん同士で決めなさい――で、龍一朗君と拓也君、キユさんとバーナード君を呼んだ理由は、なんとなく察しが付いていると思うけど……」


 あずきは龍一朗とサクラの痴話喧嘩を打ち切り、本題を話始めた。


 「うちの特殊科が、向こうの世界で魔法合宿するんだけど――キユさんもバーナード君もあまり魔法が得意じゃないだろうから、剣や弓で身を守る訓練をしてもらいたいの」


 あずきは大きな勘違いをしている。

 キユは剣、バーナードは銃の達人で魔法こそ使えないが、向こうの世界の法術であればそれなりに出来る。少なくともあずき以上にこなせるだろう。

 それは、特殊科故の授業だからまだ分かる。

 それなのに何故、一般クラスである進学科である龍一朗や拓也を動員する必要があったのか……である。

 これについて彼女は――


 「喜びなさい。龍一朗君と拓也君は特殊科の招待枠に入ったわよ。だから旅費や経費は一切学校で持つわ。もちろん合宿先で進学科の勉強をするわよ」


――と恩着せがましくのたまっている。



 「……あのーっ、あずき先生は一般授業できるんですか?」



 龍一朗は面倒臭そうに確認する。

 だが、それは質問する必要はなかった。

 その理由は――


 「私が教えます」


 ――そう言って教室内に現れたのは、学校長の涼見である。

 龍一朗はあからさまに嫌そうな表情で沈黙した。


 「龍一朗、『校長先生は、向こうの世界に行って大丈夫なのですか? 危険だと思うんですけどね』っていう表情していますね? 大丈夫です。あずき先生もいるし、彼女たちもいます。それにうちのエース、香奈子さんも間もなく本校に合流しますので問題ありません」


 涼見は自信満々に答えた。

 つまり、それだけ彼女たちを信頼していることを意味しており、彼女自身の能力は未知数であることを示していた。

 そして涼見は――


 「それに――あなたが逃げ出したという世界を私も是非確認してみたいと思っていますし……」


と付け加えた。

 これは龍一朗に対する嫌みになのだろうか?

 彼もその認識でいる。

 でも実際は――


 (龍一朗が逃げ出したという世界に何があったのかしら……)


――と考えていたようで別に悪意で言った訳ではなかった。  

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