第5話 サクラの悩みと宿泊学習



――さて、ここらでヒロインの方からも話を進めることとする。



 彼女の名前は倉橋サクラ。

 正式の名前はサクラ=クラハッシュ=ブラッケンクラウス。

 『ブラッケンクラウス公国』の正統皇女である。

 彼女は留学という形でこの世界に来ている。

 

 実は彼女の国では『白き聖城の共和国』からの侵略に備え、密かに戦争の準備を進めていた。

 シュミレーションの結果、公国は共和国よりも国土資源や動員兵数の面では劣っいるものの、強力な兵器や屈強な兵も揃っており、戦闘状態になったとしても局部的な衝突は起きても全面戦争にはならないだろうと考えられていた。

 それでも最悪の状態に備え、彼女を疎開させることになったのである。

 無論、『姫様が逃げ出した』と自国民に思われないようにするため、彼女の『見聞を広めるための留学』という形をとっている。


――なぜこの世界と交流がない異世界の住民が留学できたのか。


 それは、龍一朗の父である神池臣仁ことオミット=エルヴァッファとサクラの父親でありエルビス=クラハッシュ=ブラッケンクラウス公が親友であったからである。



◇◇◇◇



 サクラは昼食後の食休み、机の上で頭を抱えている。


 「サクラ、どうしたのよ? ははぁん……さては龍一朗君のことね」


 詩菜の悪意ある一言で、ビクンとするサクラ。


 「はぁあ……シナポンはいいよなぁ……」


 サクラは彼女をチラリとみて大きなため息を漏らした。

 サクラが背負っているものと詩菜ものとは不公平と言えるほど違う。

 詩菜は旧王国の亡命王族であり、旧皇太子である臣仁の親戚でもある。

 このまま臣仁の保護下にいれば、それなりの援助はもらえるだろうし、龍一朗みたいな直系ではないので大きな責任を負わされることもない。


 一方で、サクラの場合は次期公である。

 その彼女はある悩みを抱えていた。

 


◇◇◇◇



 その前に、彼女の国の新たなる問題を説明する。

 その新たなる問題とは――『白き聖城の帝国』の存在である。

 前共和国の場合は、軍事的バランスも拮抗していたからまだ良かった。

 その共和国は法皇率いるバルバザック市国軍にあっさり完敗してしまう。

 ブラッケンクラウスでは新たなる脅威として、間者を戦場跡地を派遣させ戦闘状況を視察させた。

 その結果……どの戦いも数時間以内に決着していたことが判明した。

 これはシュミレーションさせる必要もない。帝国と戦争状態になれば数日以内に敗戦を迎えると結論づけられた。

 そうなると今度はその対策をしなければならないのである。


――どうするか。


 一つ目の案として『平和的解決策として姫を若き法皇に嫁がせ、同化政策を進めるべき』……という案が臣下から出された。

 二の目の案として『対抗勢力を作り出す新たなる英雄を作り出す』……と別の臣下から挙げられた。

 それについてはサクラは決断を下したのは――後者である。



 アタシが見たこともない魔皇のところなんかに嫁ぎたくない。

 どうせ嫁ぐなら自分の目で相手を決める。

 どっちにしろ素っ裸にされ大股開いて陵辱を受ける羽目になるのなら、相手くらい自分で選ぶ方が良い。



 サクラにも意地があった。

 彼女は帝国に対抗できる新たなる英雄を求めたのである。

 そこで突如現れた龍一朗に対して、その実力を計ったのである。

 だから、もし自分に負けるようならその実力はない訳で、自分に勝った場合のみ約束を法務局契約で求めるやり方にしたのである。


 彼女の目論見は的中。龍一朗の見せた一部の能力がサクラの想定を遙かに超え、彼女は彼の攻撃を受ける以前に戦意喪失しまう。

 だが、龍一朗に『危険な人物』見なされ彼女に刃を向けたため、あわてて命乞いして彼の婚約者になるという奇策に打って出たのである。


 これが彼女の約束させた経緯である。


 当然、龍一朗も彼女にお灸を据える意味で彼女の企みに乗ったのだが……

 ご承知のとおり、ナナバが龍一朗の本名を知らなかったため速攻で最終承諾されてしまい、婚約が成立してしまった……


 一見するとサクラの完全勝利である――そうにも見える。


 ……が、ここで残念なお知らせである。

 サクラは一番毛嫌いしていた帝国法皇が龍一朗であることを知らない――のである。

 それは現在進行形である。

 そして今、彼女が悩んでいるというのは――



 ちくしょう。

 なんでアタシ、命乞いみたいに結婚してくれっていっちゃんだんだぁ?

 これじゃあ、『男に飢えているみたい』じゃないか。

 アタシそこまで彼氏欲しいって思っていないんだけど!

 コレ、行かず後家のあずきのことマジで笑えないぞ!

 いや――確かに彼氏は欲しいよ。

 ……でも、龍一朗はアタシの好みって言うより、興味ある子っていう認識なのよね。


 だからといって、実力ある人が私の好みと限らない訳だし。

 それに、もっと上品なやり方あったよね?

 ……ていうか、龍一朗って理事長の息子なんだから、うちの父上と親友だったはず――あっ! これって、理由話して父上経由で頼めば良かったかぁーっ!

 しかも、父上になにも相談しないで勝手に約束しちゃったもんだから父上、カンカンだぞ――どうしよう。


 挙げ句に胸を揉まれてキスしちゃったぞ。

 これってちょっと気が早すぎるんじゃない?

 マジでありえないんだけど!

 これ――本当に責任取ってもらわないと、アタシ大損なんだけ!



――ということである。

 それでテンパってしまい肝心な魔皇対策としては……全く忘れられていたのである。



◇◇◇◇

 


 「あんた、ちょっと血迷ったことしちゃったって後悔しているんでしょ?」


 詩菜は彼女の考えている事と違う話をし始めた。

 今更、手順間違えた……とも言えないし、面倒臭そうに彼女を見る。


 「今なら私が変わってあげるわよ」


 「はぁ? 何ソレ」


 「悶えるくらい後悔しているんでしょ? 私が変わってあげるわよ」


 「おま――ふざけんなよ。それって詩菜ポンがアイツの財産狙っているんだろ!」


 「えっ、確かにそれはそうだけど――私、アンタみたいにあの子嫌っていないし」


 「いや、ちょっと待ってよ。アタシあいつのこと一言も嫌っているなんて言っていないんだけど!」

 

 「そりゃ、あの子を巻き込めばアンタ的には安泰だろうけど――」


 ここでいう安泰とは神池家のご子息という意味ではない。

 彼女は彼が法皇であることを知っているのである。

 以前、龍一朗等が残党狩りを行った際に彼女は巻き込まれてしまった被害者であり、彼女が救出される際に彼の身分を知ってしまった経緯がある。

 当然、このことは極秘事項であるため秘密厳守という誓約をさせられている。

 もし約束を破ろうものなら――


 彼女はアルバイト先の試食コーナーで目の前で机の上で突っ伏している悪役令嬢に試食をみんな食べられてしまう……悲劇が待ち構えている。


 だからこそ、周りにも自分の弟にもそのことは告げていない。

 そしてサクラは――彼が法皇であること自体知らないのである。


 「でも、あんた香奈子の自称婚約者取っちゃったことになるから……あとで泣かれるわよ」


 「はっ、それ本人の勘違いでしょ? っていうか、テメエで勝手に暴走して破談にしたお馬鹿の話はやめてくる?」


 ここで出てきた香奈子とは神池の遠縁の真成寺香奈子のことである。

 自称婚約者とのことであるが――龍一朗を異世界送りにした元凶の1人であり龍一朗の頭の中では違う候補として計上されている。

 その彼女は、一条高校の姉妹校土御門高校の特殊科のエースであるが、その学校は新設校だったのにもかかわらず、とある騒動に巻き込まれ破壊されてしまった。

 なお学校再建に相当の日数を要する関係上、彼女は一条高校に編入される形で来月から入校する予定である。

 ちなみにサクラ、詩菜ともに香奈子に対して良い印象は持っていない。

 

 「まぁ、あのアホは置いておいて――サクラがそう決断したんだったら後悔しないでどーんと構えなさいよ」


 「そうだね。それは素直にありがとう」


 サクラは詩菜と雑談したおかげで、少し心配事が薄らいだ気がした。

 ずっと悩んでいたこともあり疲れてきたので背伸びをして身体をほぐした。

 そして「なんかお腹すいちゃったなぁ……詩菜ポン、一緒にポテチ食べない?」と彼女を誘う。

 

 「えっ? 私、ご飯食べたばっかりなんだけど」


 「なんだか、悩んでいたらお腹がすいた」


 サクラはそう言ってバックからポテトチップスを取り出し封を開けた。

 この様子を廊下の入口で立ち止まり見ている2人。キユとバーナードである。

 すでに龍一朗の用件を済ませ教室に戻ってきたばかりである。


 「なんだ、あの女――バルと同じことしているぞ」


 「バルはあそこまで露骨に悩んでいる素振りは見せないけどな」 


 「――って、アイツら結構お似合いじゃね?」

 

 「そうかい? あまりにも似すぎて、うちの妹の歯が歯ぎしりしすぎてボロボロになっちゃうんじゃないかと心配してしまうよ――」


 「――歯ぎしり、スゲえもんな。おまえの妹のナナバは」


 キユの馬鹿笑いにバーナードは苦笑いして困った表情している。

 すると「おーい、そこの青いの。一緒にポテチたべないか?」というサクラからの誘いの言葉が掛かる。

 ちなみに青いのというのは暗にブルースターのことを指している。

 

 「キユさんとバナドさんだっけ? ずいぶんうちの龍一朗が世話になっているみたいだけど――」


 サクラはニコニコしながら彼らを手招きしている。

 だが、さすがに龍一朗と共にしているだけあって彼らは動じることはく、素直に彼女の元に近寄った。


 「まぁ、色々俺らもあいつに結構面倒見てもらっているからな――」


 「その割には――キミらはずいぶん尽くすじゃないか。まるで――そう、主従関係にあるみたいに」


 サクラは含みある言葉で彼らに語りかけてくる。

 でも、実際には――

 (もし、彼らが従者となるのであれば今のうちお近づきになっておく方が得策かも)

――くらいにしか考えていない。


 だが、彼らとしては――

 (この女、あたしらのこと青いのって言いやがった――バルバザック市国軍を含めたブルースター義勇軍は法皇の軍隊だからな……)

 (このお嬢ちゃん、バルが法皇ということを知っているな……)

――と警戒を高める結果となった。


 「お近づきの印にどうぞ」


 「ずいぶん脂っこい食後のデザートだこと――」


 「そういうキユだってこの世界の駄菓子って食い物に目がないじゃないか」


 キユとバーナードは渋々サクラのお招きに応じた。

 詩菜が本題に入る。

 

 「――ところで、あんたら合宿の件は聞いた?」


 そこでサクラが話に加わる。


 「キミらの実力試験を兼ねた強化訓練のこと」


 「少しはね……」


 「あたしらは今更ってかんじもするけど、何か条件でもあるのかな」


 サクラが周りを警戒しながらボソリとその内容を漏らす


 「いやぁ――実は……」


◇◇◇◇



――それから一週間後。



 彼らはブラッケンクラウス公国と白き聖城の帝国の境界付近のゴードンの森にいた。

 そこで大型のテントを設置し野営するらしい。

 基本、設営は一年生がするらしいが、一年生が拓也と龍一朗の2人だけなので、キユとバーナードも手伝いに加わることとなった。

 他の二年生と三年生は何もしないでただ、その様子を駄弁りながら見ているだけである。

 

 「いいよなぁ、姉ちゃん達は……」

 

 「ああいう連中はいても役に立たない――さっさと用件済ませよう」


 黙々と準備する拓也と龍一朗。だが、2人とも慣れていないのか準備に若干手間掛かっている。

 2年生及び3年生から「さっさとやれ」とか「あとが詰まってるぞ」等の野次の声が聞こえる。


 「何だよ、これ体のいいイジメじゃないか」


 拓也がぼやく。すると龍一朗は「今はだまって様子を見ていようじゃないか……とりあえずこちらのノルマを処理するぞ」と無表情で淡々と作業を続けている。

 一方、バーナードとキユは慣れているものでパッパとテント設営など進めている。

 

 「おまえら、手際が良いな」


 「そりゃ、あたしらはこんなことばっかりやっていたからな」


 「まぁ、おまえらの世界の工業製品は誤差が少なくて組みやすい。なんなら手伝うか?」


 「悪い。こういうのは慣れていない――」


 龍一朗がぺこりと頭を下げると、キユとバーナードは手順を説明しながら作業をこなしていく。彼らの助力もあって、あっという間に組立が終わった。

 拓也がフラフラになり座り込む。

 さすがに詩菜も普段からここまで拓也をこき使っていないとみえ、拓也は「疲れたぁ」と伸びてしまった。

 その様子を見て、詩菜は手を差し出そうとするが、他のクラスメイトに止められた。

 些かの違和感を覚える。

 彼らは何もせずにただ見ているだけである。

 確かに先ほどから2、3年生が20名ほど何もしないで遊び呆けている。

 

 「あいつら何もしないんだな――どうせ、これが終わったら『食事の準備しろ』っていうんだろうな……」


 見慣れた連中の顔を見る。

 その中で、3年生の筆頭である仁美と2年生の詩菜がジッとこちらを見ているだけで何も手を貸そうとはしない――いや、手を出さないように言われている感じもする。

 サクラに関しては何かを気にしている様で、龍一朗らを気にすることなく、書き記したメモをカラスのような鶏の足に巻き付けそれを飛ばしている。


 「特にバルの彼女、さっきメモとっているばかりじゃないか」


 「あたしちょっと文句いってこようか?」


 バーナードとキユがさすがにイラッとし始めた。

 

 「――いいよ。もう慣れている。それにおまえら以外でこの中でまともなのは、あのお馬鹿さん達なんだろう。あとは命預ける気はしない」


 龍一朗は不機嫌そうに肩や腰をグルグルと回して肩のこりをほぐす。


 「そうか。ところで食材、集めないか? タク、おまえなら何が食いたい?」


 バーナードが拓也に尋ねる。無論、本来ならば龍一朗に確認するところなのだろうが、彼のことである『なんでもいい』と答えるに決まっている。それにキユに確認したところ『肉に良いに決まっている』と答えるだろう。

 ならばまともな答えが出そうなのは拓也である。

 

 「あの――カレーなんてどうですか?」


 拓也がキャンプでド定番の一品を薦めた。

 まあ、凝りもないアイデアだが、それが一番手っ取り早い。


 「確かにこういう場所だと簡単に調理できるからな。それじゃあ、俺は肉を仕入れてくる。キユは――」

 

 「――野草でも探してこいってか? いいよ。食べられそうなもの探しておくよ」


 キユとバーナードはお互いに得意分野で効率よく動く。


 「ところで、バル――」


 キユは龍一朗に残りの仕事を頼もうと声を掛けようとしたが、もちろん得意分野で効率良く動くことは龍一朗にも言えることで、彼も既に動いていた。


 「って言う前に奴さんすでに調理準備始めているよ」


 彼はどこから仕入れた水で、どこから取り出してきたお米、どこから取り出した鍋で研ぎ始めている。


 「……うーん、水汲むの面倒だったんで思わず精製しちまったが……まぁ死にはしないだろう」


 彼はブツブツ呟きながら米研ぎを終えると、同じくどこから取り出してきた寸胴鍋にその水を注ぎ始める。

 見た目は――水である。とても澄んだ水である。

 特にこぼしても、地面の草が一瞬で枯れる様なこともない。

 そして、その容器である寸胴鍋。妙に鈍く輝いていて傷一つもない。

 

 「あれ……きっと聖水なんだろうな――それも純度が高い奴。あいつ何気なく精製しているけど、どこの世界でも聖水で料理する野郎ってあいつくらいか」


 「おいキユ、それだけじゃねえぞ。あの鍋、2つとも銅製のものだぞ。あいつ錬金して成形したみたいだぞ――おまえの親父殿が聞いたら悲鳴上げるだろうな……あれだったら聖水込みで150万ゼニスくらいするよ」


 だが、あまりにキユとバーナードが目的を果たさないままひそひそ呟いていたものだから、龍一朗が――


 「おまえら、遊んでいないで食材仕入れて来いよ。じゃあねえと、食材も作っちゃうからな――あとでまた『人造人肉食わされた』って文句いうんじゃねえぞ!」


――とジトッとした目で睨め付けた。キユとバーナードは何かを思い出した様に顔を真っ青にして無言で食材を求めて走って行ってしまった。

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