第5話 拘束

 俺は男達に目隠しをされ、クルマで移動することとなる。

 普通ならパニックになるところなのだろうが、家元の跡継ぎが騒いでいるのも変なのであえて冷静に成り行きを見守る事とする。

 黙って様子を窺っていると、男らは俺が思っている以上に焦っている様で、若干荒ぶった口調でやりとりしている。


 「だから、これからどうするんだって!」


 「知るか!」


 「とりあえず予定の人質は確保したから迂闊にはこちらに手を出さないだろう」


 「馬鹿野郎、もし青魔がこいつ見放して攻撃してきたらどうするんだ!」


 ずいぶんまとまりのない連中である。ここにはまともなリーダーはいないのか?


 「だから、ブッコロスの姫も拉致って来ればよかったんじゃないか!」


 「あれはヤバすぎるって、あれと戦って姫様かっさらうのは危険すぎる。それにあの国まで手を出したら俺らは完全に逃げ場を失う」


 やはりな。あの爺様がいなかったら彼女もご同行ってところだった。

 こいつら、やっぱりナナバが指名手配した連中に間違いないな。

 そうなると、ちょっと気の毒な状況が想像出来るわけで――


 「何の事だがよくわかんないんだけどさあ……」


――敢えてその話を振ってみる。


 「ご子息様よ! こっちはテンパっているんだぞ。何するかわかんねえぞ!」


 おいおい……大切な人質さらっておいていきなり危害予告か。完全に素人だな。


 「俺だけじゃないんだろ? あの気の毒な姉ちゃんも拉致って来てないか?」


 運転手が急ブレーキを掛けハンドルを乱暴に動かす。

 俺は左右の男らにぶつかりながら、拘束のついでに施された2点式のシートベルトの恩恵を受けることとなる。

 どうやら俺の言葉に反応した運転手が運転操作を鈍らせ危なく何かに衝突しそうになったとみる。

 座高の高さとドアのゴロゴロ感からワゴン車に乗せられているのは知っていたが、何せシートがよくない。サスペンションもガタガタだ。それにさっきの揺れでわずかに車体の歪みを感じた。オマケに後ろから金属製の物がガチャガチャ聞こえてきた。

 このクルマはどこぞの工事現場から調達したのだろうか。余程焦っていたのか工具や部材と思われる積載物片付ける時間すらなかった様だな。

 でも、逆に考えると俺が煽りを掛けてからクルマを手配するまでに要する時間が早いな。

 まずはこうなることをあらかじめ想定していたと考えるべきなのだろう。

 彼らの能力からすれば、工事現場を何カ所か把握しておけば、いざとなれば現場の人に気づかれることなく乗り出すことは可能だろう。

 それと車内は俺を挟み込むため両側に1名づつ乗車。そして運転席および助手席にそれぞれ男が言い合いしている声が聞こえる。その彼らの中間のシートからはガチャガチャとギアシフトの音がダイレクトに響いてきているので座っていない。

 だから車内には俺を除いて4人――残り何人かはもう一人の人質のところにいるはずだ。


 「おい! ガキ、なんで他に人質がいるってわかるんだ!」


 横にいた男が先ほどぶつかった件でその仕返しとばかりに俺の胸ぐらを掴み乱暴に問い詰める。


 「家元の御曹司を人質にとるって交渉もあるだろうね。でもアイツら相手にそれだけで足りるのか?俺だったら旧王族の守銭奴姉ちゃんを第一と考えるがね」


 「……お前なんかよりもよっぽど頭働くな――やっぱりお前なんかに従うんじゃなかった」


 反対側に座る男がボソリと呟く。


 「テメエ、ふざけんじゃねえぞ。ガキに言われてビビってんじゃねえぞ! 元の階級は俺の方が偉いんだ! 黙って従いやがれこの野郎!」


 男は乱暴に俺を締め上げていた手を離し、ドア付近をバンと叩いた。かなり焦っている――無能指揮官はどこの世界も困るな。


 さて話を戻すが、なぜ詩菜を第一人質と考えるべきか?

 彼らはナナバが指名手配した人物と考えた場合、その理由が戦争犯罪人だろう。簡単に言うと敗軍関係者。

 そして詩菜の場合、前政権下で王族を剥奪されたので、政権変わった今では可能性としてその地位が回復対象になりうる。


 もっとも臨時政府が、亡命していたと言われても仕方のない留学生を直ちに地位回復させる事はしないだろうが、それでも将来的には不明である以上無下にもできないだろう。

 いずれにしても緊急事態なので、ちょっとプランを変更させますか。


 「ところで、もう一人の人質は今どうしています?」


 「知るかよ! あとで本人に聞け!」


 ――あの世って付けないとこからして、同じところで拘束されるんだな。


 「とりあえず、話して置くけど……俺、『ナナバ』の知り合いですからね」


 「はぁ? 誰だ、そのナナバって奴」


 「知らないはずないでしょ? 臨時政府の司法長官なんだから」



 「「「「何ぃ~!」」」」



 再びクルマは不安定に揺れ、車内がざわめいた。

 そして案の定、先ほど胸ぐらを締め上げたダメリーダーが声を荒げて、再び俺を締め上げた。


 「ハッタリ言ってんじゃねえぞ、このガキ!!お前が記憶がないって事知っているんだぞ俺らは!」


 ――なるほどね。急なプラン変更は不具合も出てくるわけですか。

 構わない、そのまま押し通す。


 「信じるも信じないもあなた方次第だ。もう一人の人質に何かしようと考えるなら、まずは俺を殺しておく事を勧める。良い提案だろ?」


 「だからハッタリ噛ましてんじゃあねえぞ!」


 俺を締め上げる男の声がさらに荒ぶり、手前に引っ張られる。


 「念のため補足するが、ナナバのアニキの名前はバーナードっていう俺が懇意にしているブルースターの男な。まあ、俺はただ単に使いっ走りだから、使い捨てにされる可能性も否定できないけど……だからといって命乞いするつもりはないな。さて、どう転ぶかはあなたたちの決断に委ねるよ」


 「な、な……何が言いたいんだお前は!」


 「ふん、まずは警告として彼女に余計な事をしない事、あとはご自由に」


 「ああっ、もう、畜生! ホント、こいつ母親に似て狡猾でふてぶてしい」


 男は締め上げた胸ぐらを乱暴に介抱した。

 おいおい、そんなに小物と一緒にしないでくれるか?間違えなく俺の方が数段ひねくれているぞ。


 「ちっ、ルシフェル部隊の使いっ走りかよ……」


 男の一言で車内がさらにざわつく。


 「お、おまっ……ルシフェル部隊なんて俺らは聞いていないぞ――なんてこと提案してくれるんだよ!」


 「うるせーっ、ルシフェル部隊だぞ! あんなバケモノ相手にまともに戦えるかってつうの! こんな世界ですら攻めてくる奴らなんだぞ。逃げるしかねえだろ!」


 「こんな危険人物なんて構わないでさっさとずらかっていれば良かったんだよ」


 「こんな時だけ俺に責任転嫁するんじゃねえよ。さっきまでお前らだって賛同していたよな」


 ここに来て仲間割れですか? 実に醜い。仮に人質をとらなかったとしてもその想定プランもありましたよ。

 それに何となく声がそうじゃないかなって思っていたけど、この締め上げてくれたダメリーダーは宍戸昭人か? ――まあいいや。案の定、助手席の男が『何があっても人質には手を出すな。変な事考えるんじゃあねえぞ』と仲間らしい人物に電話している。とりあえず詩菜の保証は掛けられた。


 ――あと、こいつらはどう動くか?


 普通に考えれば、ブルースターと直接交渉はせずに、間接交渉を掛けるか?

 それともブルースターの内通者を通してか?


 ――ふむ、後者は否定だな。仮にいたとしても官軍を裏切り敗軍に下れないだろう。それどころか、ここぞとばかりに奴らを裏切り、身の保身に回るだろう。

 では、間接交渉する相手としてはどこが妥当か?


 1 神池本家

 2 サクラのところ

 3 俺

 4 別ルート


 当初はうちの実家だと思われるが、ここに来てサクラの爺様との線も出てきた。

 だが、サクラがどこぞの令嬢とは思われるが、本国の役人にどこまで口添えできるかが疑問に残る。

 そうなると、予想外のルートか?そいつも考えにくいかな。白帝にいられない者がブルースターやその隷属の『緑の杜人』の庇護下に入ることは絶対にあり得ない。そうなると唯一奴らが生き残るにはサクラの国に亡命するしか他にない。

 その線で言うと彼らは消去法で実家か俺に交渉役に指名するはずである。

 とりあえず後は様子見しているとしよう。

 もっとも、交渉役が出る幕がないほど、事はあっさりと解決することだろうが。



――話がガラリと変わる。



 「――んでさ、詩菜ポンが拉致られたあたり、お姉さんにもっと詳しく教えてくれないかな」


 サクラが一応笑みを浮かべながら顔を引きつらせて怒っている。

 俺は何故か2年の教室で椅子に座らせられ、縄でグルグル巻きにされ、サクラを机を挟んで見上げる構図となっている。

 そう、ちょっと話は1月から4月に飛んでいるわけで、俺は親の圧力に屈し、一条高校に入学してしまっている――

 入学初日の放課後上級生に拉致られて、なんて気の毒な俺なんだろう。


 「……サクラ、お前、かなり陰湿だな」


 「何だとぉ、ねちっこいキミに言われたくないなぁ」


 サクラは机を両手で掴んでプルプル震えている。こいつにだけはねちっこいって言われたくなかった。


 「それにしても、一高を蹴ってこっちに入ったんだから頭が良いって言うか馬鹿って言ったら良いか――」


 横で『Sクラス』と言っても良いほどの馬鹿の香奈子が首を振って呆れている。彼女は土御門高校からこっちに編入してきた。正確に言うと土御門が一条に吸収統合された結果なのだが。


 「そんで、そんな優等生が、特待進学コースに入るどころか、うちらがいる特殊科すらスルーして一般コース入学ってどういうこと?」


 俺を挟んで香奈子に対面するように、仁美が文句をいう。

 特殊科とは一般的に魔法科の事であるが、俺は魔法って言葉自体抵抗があった。それに特待進学コースもあったのだが、あえて親に対して捻くれてやろうと思って、一般コースで受験してやった。

 正直、親も俺が一高に受かるとは全く思っていなかったし、特待進学コースを薦めてこなかったので、知らんぷりして一般コース受験してやった結果、プチ混乱が発生した。

 あとで母親にもの凄く怒られる事になる。


 「――そりゃ、面白からに決まっているだろ。例えば特待進学コースで1番で入学した奴がいたとして、そいつが総合で2位だったらどんな顔するだろうか? しかも総合1位だったのが一般コースの奴。自分より下だと高を括る奴が負けるわけだからな」


 「うわぁ……嫌な奴ぅ」


 仁美が呆れて2,3歩後ろに下がった。オマケに香奈子まで――


 「なんであなたそんな子になっちゃったわけ」


――と呆れる始末。これには少々ムカついた。


 「いやぁ、どこかの幼なじみに罠に掛けられ、性格がもの凄く湾曲してしまったものでして――」


 その話はまた別の機会になるが、そう香奈子に吐き捨てると香奈子はシュンとしてしまった。


 「――で、なんで特殊科に来なかったわけ?」


 俺の真後ろで、問題の詩菜が腕組みしながら文句を言う。


 「魔法なんてねえよ。この俺が言うんだだから入る必要はない」


 そう、魔法なんて存在しない。


 「じゃあ、あなたが彼らに使った術、アレ何なのよ!」


 詩菜がさらに問い詰める。


 「あれは法術。けして『魔』なんて術を陥れる言い方するんじゃない」


 「そりゃ――向こうの世界では魔法なんて言わないけど……」


 「それに、法術は人を助ける良いところもある反面、人を大量に殺傷する大量破壊兵器に匹敵するもんだぞ。そんなものを稚拙で中途半端な知識で、俺に教えてやろうという根性が烏滸がましい」


 そう力説していたのもつかの間、真正面でさらに引きつった笑みを浮かべているお姉さんが声を震わせながら、会話に割り込んできた。


 「――ていうか、アタシの質問、答えがまだなんですけど」


 『ボク』から『アタシ』に言い方を改めたサクラ、一応は入学前の約束を守っているようだ。


 「良いじゃねえか、お前も煽っていたんだし。守銭奴様もご無事だったし」


 「はっ、誰が守銭奴様だって?」


 後ろからもの凄い黒いオーラーが漂っている。詩菜は守銭奴という言葉にもの凄く敏感に反応する。その一言でメンヘラ女と化すといっても過言ではない。


 「そりゃぁ、確かに詩菜ポンはお金にがめついけど……」


 サクラがそう言いかけたとき、般若の様は形相の後ろのお姉様に肩をつかまれ教室の外に連れて行かれてしまった。

 そして、すぐに二人は戻ってくるが、サクラは何か言われたのか香奈子の様に下を向き落ち込んでいる。


 「巻きこんで悪かったよ。まさか白帝の王族がいるって思わなかったからな」


 「私は平気だったけど――まあ、こういう事慣れているから」


 「……すいません、以後注意します」


 ――そう謝罪しつつも、自分の頭の中では、サクラに対して『自分も煽っておいて責任押しつけるあいつの神経がどうなっているのか』がかなりのパーセンテージで占めていた。

 サクラはあの時何をしていたのだろうか?ちらりとサクラに視線を移すと、俺の視線を感じてか口をアヒルのように窄め


 「だってあの時、あの人が尋常じゃないほど狼狽していた。あの慌てふためく表情、見ていてすっごく面白かったんだもん――でもあの後、キミが拉致られ詩菜ポンまで巻きこまれることになるなんて思わなかった。正直面白がって失敗したなってアタシ後悔した」



 ◇◇◇◇



 詩菜ポンが拉致られた件でふと自分の昔の事がよぎった。


 正直、私はここには来るつもりはなかった。

 自分の国で親に言われるがまま、愛想笑いをしているだけでよかった。

 それがすべてあり、それが私に求められた絶対的存在価値であった。

 ただ、隣国の『白き聖城の帝国』――通称白帝が情勢が変わってからこちらの事態も一変した。


 当初は、内乱で王政が崩壊し共和国制度変わっただけのものだった。それが1年も経たない間にゴブリンたちの集落へ侵略を開始、その友好集落『緑の杜人』を飲み込み、危機感を感じた彼らが勇者ボアガドを中心に『ブルースター義勇軍』結成し対向する事になったが、敗戦の色は濃厚だった。


 彼らが陥落すれば、次はうちの国だ。幸いうちの国にはドラグーン飛行騎士団があるため奴らは弓矢1本領土に飛ばすこともなかったが、ゴブリンらを倒せば後は心置きなく全力で攻めてくるだろう。

 危機感を感じた父上は私を『私の悪友が経営する学校にでも行っていろ』と留学を命じた。


 「何故ですか? 国が大変な時に!」

 

 「お前は頭の回転が良いが、何せ知識と常識が全く劣っている――それが理由である」


 大義名分の疎開である。


 「しかし、この一大事に!」

 

 「だからお前は馬鹿なのだ。一大事だからこそ、教養を深め、お前の頭の回転力でこの危機的状況を回避せよ――と言っている。それまで私がなんとか持ちこたえよう」


 いつも自信に満ちた父が、トーンダウンするほど、白帝の脅威は日に日に増している事が窺い知れた。

 計算して計算して、この自体を何とか回避しなければ!

 私はとりあえず、父の命に従い、留学の準備に入った。


 ――ところが。


 「も、も、も、申し上げます! ご、ゴブリン共のダーク村付近で……は、白帝の……い、い、一個兵団が壊滅――いや殲滅されました!」


 早朝、けたたましく家来の報告が私の寝室まで響き、飛び起きるハメになる。

 素早く身支度を済ませ、父の執務室へ向かうと、家来が私に構わず報告を続けている。


 「殲滅させたのはゴブリン共ではなく下級兵士だったそうです」


 「そうか概ね6万の兵が殲滅させられたのか」


 父上はそこで話を止め、しばし目を閉じる。十数秒の沈黙の後


 「あの国には自らを勇者ボアガドと名乗るドワーフがいたな。でもあいつは私以上の気分屋だ。義勇軍と名乗っても統率とれる軍隊ではない。もちろん緑云々のエルフ共みたいに計略を働く知恵者でもない――何らかの兵器でも供与を受けたのか?そうかといっても強力兵器を保有しているのは、せいぜいうちぐらいなものだ。まあ、確かにドワーフ、ゴブリン共の国は器用な連中だから、何らかの兵器を開発することぐらいは可能だが――わからん」


 この父上でさえ理解を超える出来事が起きた様で、これがもしうちの国に対して向けられたものだったら――


 「今頃、兵士らは自らのこと救世主の称号『ルシフェル』を名乗っているだろうな。その兵士らに会ってみたくなってきた」


 父上が興味示していると、その期待通り、それから彼らの反撃が始まった。

 私もそれなりには興味があったが、そこから先は留学の関係でこっちの世界に来てしまったので、よくわからない。

 ただ、時折贈られてくる父上の手紙にて『兵の指導者と一時同盟を結んだ』ことや『白帝が陥落し当面の脅威は去った』ことなどがわかった。

 つまりは白帝の脅威はなくなったものの、ブルースターの軍の存在が不安要素になるわけで、現に白帝は臨時政府の名の下に奴らが実権を握っている。

 これから彼らと同盟を強固なものにするか、逆に――

 そうなると私の存在価値は、今までのそれとはまるで変わることになる。

 特に父の手紙にも『お前が帰ってくるまでには結婚相手を考えておこう』とまで書かれることも多くなってきた。


 ――あぁ、救国の為私はゴブリンと政略結婚するのか。


 その手紙を受け取って――


 自分の人生を人任せにする事は大変愚かなこと


――だと悟った。


 学校に入った当初は『どうせ結婚するまでの付き合いだから』という気持ちから友達を作ろうとはしなかったけど、詩菜ポンやヒトミン……似た様な境遇の人らが集ったせいか、気がつくと自然とその輪の中に入っていた。

 そして、『私』はここでは身分を捨て『ボク』と名乗ることにした。

 もっとも、跡継ぎとして育てようとしたのか、幼少期にはそう名乗る様に言われていたので全く違和感なく変わる――いや、戻す事が出来た。


 それから、ここでの生活は自分の人生を別物として楽しめる様になってきた。

 1年生の二学期の終わり辺りの頃だろうか。担任教師の養生あずきから――


 「来年度にここの校長陛下と理事長閣下の馬鹿息子がこの学校に来るんだと」


――と放課後に愚痴った。


 「どうせ我が『特殊科』に来るんでしょうよ」


 なんだか面倒事を押しつけるかの言い様であった。


 「何でもサクラのところに留学していた様だけど、怖くって逃げ帰ってきたみたいよ。あの子、昔からヘタレでダメなのよ」


 あずきは昔から彼の事をよく知っていて、あまり良い印象はないとのこと。


 「そんで、いつも愛想笑いしてさ、人の言いなり。人が敷いたレールの上に黙って歩く子――ホント呆れる」


 さっきからボロクソに貶すあずき。

 なんだかその言葉は自分に投げつけられた言葉に感じられた。

 正直、段々いらだってきた。


 「どこがダメなのさ、その子。それって問題回避してるんじゃないの?」

 

 「それもあるけど、妙に一目を気にしているところがあって勘に触る。」

 

 「気配りが出来る子じゃないの?」


 ボクが反論すると、いつもの歯切れの良いあずきが妙に歯切れが悪い。


 「……弱気だから見ていてイライラするのよ」


 なるほど、要は彼女は彼にかなり期待しているのか。

 大変な期待を背負わされた少年だ。


 「ふーん、人を導く教師の言葉とは思えないな。もっと優しく、長い目で見守らないとグレるか、捻くれた子に育っちゃうよ」


 ボクは彼女にそう諭したのだが、京都で合流した彼は――まぁ、時既に遅しであった。


 その前に、ちょいと補足が必要になると思うが、香奈子は当時は別の高校の生徒で、ボクら側の人間ではない。この世界でいう『魔法』とやらのエリート候補生である。

 話は前に聞かされていたが、小学校時代に魔法で御曹司を倒したそうだ。


 でも、実際に魔法大会等で彼女の実力を拝見したが、ボクらの世界の法術と比べると、パチモンみたいなもので、それに倒された御曹司自体『大したことはない』とボクらのグループでの見解だった。


 実際に香奈子の師匠はあずきであるが、あずきは剣術系魔術師であるから、ある意味仕方がない。この世界では魔法が使えるだけで重宝されるのだから。


 香奈子の性格はというと、ボク以上にがさつで、涙もろく、お馬鹿である。

 そのくせ、どこか衣を盛っている様なところが多々あるくせに上から目線であり、ボクとは相性が悪い。

 そして、御曹司の話になると、香奈子は「いつ、どこで!」とやたら食い付く様に質問攻めになる訳で、要は『お気に入りの子』のようだ。

 まぁ、ボクっていうか後のアタシというか――とにかく気に入らない。


 そして、京都御苑から梅小路にかけて……彼はボクが思っていた以上に捻くれており翻弄させられた。

 ボクも彼を謀ってやろうとは思ったが、敵もまさかの手で斬り返してくる。


 ――ほら、見ろ。あずきがそういう風に育てるから、あの男は残念な位捻くれ者になってしまったじゃないか。


 でも例えるなら、他者が敷いたレールの上に勝手に新幹線を持ち出して、時速50キロで走行し各駅停車したかと思うと、いきなり時速320キロで主要駅を通過するみたいな、やりたい放題であり、彼を見ていると実に痛快だ。ボクやアタシ、そして私もそうなりたいと心から共感した。ただ、ちょっと――いや、かなりねちっこいところが気に掛かるが、彼からする「――サクラ、お前、かなり陰湿だな」だそうだ。ちょっと腹が立つ。


 ただ、まさかその彼と自分がじゃれ合った結果、共謀して詩菜ポンを事件に巻きこむ事になろうとは――思わなかった。

 その点はもの凄く反省している。多分、彼も内心はそうだと思っている。

 だからこそ、彼がその状況を利用してまで自己目的を果たそうとする姿勢に些か違和感を覚える。

 彼が何をしたかったのか真実が知りたい。


 ――どうしたら彼が話してくれるのだろうか?


 ずっとそう考えていた。

 そして機会を待って、まるで詩菜ポンを拉致監禁した宍戸みたいなことをして本当によかったのだろうか?

 少し気持ちが焦りだしている。

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