第3話 撹乱

 結局、昨日は聴取すべき相手が酔っ払ってしまい何も聞けず。

 挙げ句、調子に乗った留学生共が好き勝手に料理を注文し出す有様であった。

 俺はその中で唯一真面そうな仁美さんに、お金を渡し席を中座した。



――そして次の日。



 何故か仁美さんと2人で神池本家に呼び出される事になった。


 「なんで?」


 移動中のバスの中で仁美さんに尋ねると、苦み潰した顔をして――


 「まず、先生は生徒ほったらかしてお酒で酔い潰れてしまったので、理事長命令で始末書を書かされているわ。そして勝手に飲酒した香奈子は1日謹慎よ」


――と答えた。


 「ずいぶん甘い処分だな。俺がトップならあずき先生は処分が決まるまで自宅に戻して沙汰があるまで謹慎処分にするけどな。それと香奈子も同様に自宅に戻して一週間停学処分というところだが」


 「そうもできないみたいよ。大人の都合って奴かしら」


 大体そういう事を言う奴に限って、説明ができないとか面倒くさいとか分からないとかである。

 実際のところは――


 「それを言うなら、本来一緒について回らなければならない校長や理事長が離れた際の教員や学生にあるまじき行為だからね。まさか目を離した隙に『引率教師による職務放棄』と『未成年による飲酒摂取行為』だもん。これを正式に処分するとなると自分らも処分しなければPTAとか教育委員会に説明がつかないからね」


――というところだろうか。


 「あなたって嫌な子ね」


 「まぁ、奴らが連中を動員したんだから、最終的に責任取るのも奴らということだよ」


 「うわっ、冷酷――そんな性格だから詩菜に大騒ぎされて泣かれるのよ」


 余興の第2弾のことか。

 あの子は俺のおごりだと勘違いした様で調子に乗って注文しまくっていたからな。


 「詩菜さんて守銭奴でしょ?」


 「うん、ものすごーく。だから食べた分だけ支払いだと聞かされたときには半狂乱になっていたわよ。まあ校長と理事長のお子さんとはいえ、後輩に奢って貰おうと考える方がおかしいんだけどね」


 「えっ、生活困っている――という訳じゃないでしょ?」


 「あぁ、そうだった。ご両親亡くされていたんだっけ……ご家族は年子の弟さんと行方不明のお兄さんがいて、彼女の場合うちの学校は学校に掛かる全ての代金が免除されているんだけど、弟さんはよその中学校に行っているからそれは対象外だったんだ」


 「……生活大変じゃん」


 「うん。2人分の生活費は奨学金とアルバイトで何とか凌いでいるみたい。でもだからといって、毎回人の好意に甘えて集ろうとするのはいけないわ。あの子の場合、時には突き放さないと」



 あっ……毎回、人に集っていたんだ。特に仁美さん、先輩だからその被害額も大きいだろうな。


 「んじゃ、サクラと仁美さんは奨学金は貰っていないんだ」


 「うちらは自分の国から支給されているわ。まぁ、サクラに関してはお金の話はしないからそんなに困っていないみたいだし、私も返済義務がないから大した苦労はないわね」


 「詩菜さんだけは優遇措置受けられず、返済義務がある奨学金だったんだ」


 「彼女の場合は、気の毒よ。本当は王位継承権がある王族みたいなんだけど、国が内乱で荒廃したからね。最近になってようやく正常化したみたいだけど、それでも国に頼れないみたい」


 「ふ~ん――そうなると彼女は『白き聖城の帝国』の旧王族か。一部は王族として名誉回復した者もいるみたいだが、前回の内乱で亡命した場合はそう簡単に戻れないからなぁ……」


 「まぁ、弟さんがうちの学校に進学すれば彼もオール免除みたいだから、それまでアルバイト掛け持ちしなきゃならないわね」


 あわわ……何か気の毒な事をしてしまった。やり過ぎたか。


 「い、今からでも彼女に差額返金しようかな……」


 「甘やかしちゃだめ! そう思うなら、後で家に帰ったらスーパーカズミで何か買ってあげなさい。あの子食品コーナーで試食係のアルバイトしているから」


 「――わかった、そうする」


 「あっ、でもサクラみたいに試食しまくったら睨まれるからね」


 あははは……仕事の邪魔ばかりしているサクラの姿が容易に思い浮かぶ。


 「ところで、あずきさんと香奈子は謹慎中なんだろうけど、何でサクラと詩菜さんは召集かかんなかったの?」


 「サクラは追試。要はあずき先生の巻き添え。詩菜は言うまでもないわよ。昨日のショックで寝込んでる」


 そこで、ようやく俺の『なんで?』という質問に繋がった。


 「なるほど。問題児がいないわけか。なら早く片付きそうだね」


 「そうだといいんだけど――」


 実際、そうは問屋が卸さないだろうな――そう思いつつ、ここで話が尽き二人の沈黙が続いた。



――だが、予想に反して早く片付いた。



 俺の母親の一言で、すべてがひっくり返った。


 「当主は本日をもって私になりました。その当主が皆さんにお話します。今回の火災は事件ではありません失火です。ですからとりあえず待機してください」


 池上本家に到着するなり、新当主を名乗る母親に門前払いを喰らう。

 あたりは門扉こそは残るが敷地内部は酷いもので、建物という建物はすべて焼燬され焦げ付いた柱とそこらに転がる墨、辺りに漂う焦げた臭いで、火事があって間もない事だけがわかる。

 すでに警察と消防は帰ったあとであるが、それまで母親が着物姿で新当主であると宣言して対応していたと思われる。

 まあ、ここで火事があったんだということは認めたとしても、『召集要件終了』イコール『帰れ』ではちょっと納得がいかない。


 「ちょっと、待ってくださいよ。私達に急に『来い』と命じておいて今更『不要』ってないと思います。何故そうなったのか理由をお聞かせ願いますか?」


 「そうですね。簡単に説明しますと、残念ながら前当主は老いにより勤めを果たすことができなくなりました。これでよろしいですか?」


 うん。思ったよりゴテゴテした説明である。これじゃ彼女も納得しないだろう。


 「龍一朗、意味分かりますよね。私の代わりに説明しなさい」


 そして、この人ずるい。俺を試すかのように話を振る。


 「――つまり、当主が『魔王』を語り、弟子が一斉に火災の記憶がないと申し立てている。仁美さんならどう思う?」


 「何らかの襲撃を受けたとか――ではないのかしら?」


 「では、その状況で現場検証をしたが放火の形跡が確認できない。その上、出火元が当主の居室あたりと推定されるという結果になれば?」


 「そう偽装された……とか?」


 「あなたの世界ではそこまで想定できますが、その偽装や襲撃はこの世界の人間にできますか?」


 「――それはちょっと困難よね。」


 「では、この世界の人はどの様に解釈します? なんなら設問をこの様に置き換えます。『強権を有する老当主様が空想の魔王を語り、弟子達が当主を守るかのように火災の記憶がないと口裏揃えて申し立てている』としたら?」


 「うわっ、悪意のある言い方……」


 「その上で、放火等の痕跡がなく出火元がその当主の居間だった。それはつまり――」


 「えっ、それって――」


 仁美さんはチラリと母親を見る。そうだ、彼女の前ではこんなことは言えない。


 「そう――この世界では『痴呆が入ったババアが失火して、弟子がババアを庇った』て見なすだろうね。だから、ババアが当主として職務が困難と判断した母親が当主宣言することで収束させた」


 「それも気の毒に――でも、その仮説本当なの?」


 「こういう考えもあるよ。『前当主があまりにも強権を有していたため、弟子達が共謀したクーデター説』――とか、『当主の座を奪うため』とか」


 俺はチラリ母親を嫌みったらしく見る。

 母親は眉毛をピクリと動かすも表情は変えずこちらの様子をジッと窺っている。


 「実際、この国では証拠がないとダメなんだ。これでは放火を含めた不審火として疑うのは無理がある。つまりは失火という形で終わる――これでいいんだよね」


 沈黙を続ける母親に話を振った。


 「そうです。非常にトゲがある言い方ですが、表向きはそれで合っています」


 母親はコクリと頷き、次の言葉を述べようとした瞬間に俺はそれを遮る様に本題に入った。


 「それで――だ。向こうの世界ならいくらでも工作できるからな。待機していろってことだけど、まだ疑わしき案件でも残っているのか」


 あえて踏み込んだ質問をしたが、俺の問いに言葉を詰まらせ母親は何を話そうかと考え込んでいる様である。何か俺らに隠したい事があるのだろうか。


 「それは今ここで判断することはできませんが、京都市近郊で居場所が明らかにしてもらえれば観光していても構いません」


 母親はそれ以上語らなかった。俺らに隠したい事があるのか? 有力な情報を得ていないのか? いずれにしても、静観していた方が良いのかもしれない。


 「不要であることはわかった。とりあえず他の連中はあずき先生に任せるとして、俺自体は3日は京都にいる、あとは帰らせてもらう」


 本来なら、そこで話がつくハズだった。


 「龍一朗君、ちょっと待ってよ。他に私達でもできる事は思うんだけど――」


 仁美さんはどうやらこの件を調査したいらしい。魔王なんとか部隊なんて肩書き付で派遣されたからには何らかの手伝いしなければ立場もないのだろう。


 ――ただ俺自体このメンバーで動きたくはない。面倒を被るのは御免である。


 彼女らはその実力不明な上、本当の意味での迎撃部隊ではない。大方、俺も含めて『将来的な部隊』という期待されている人材なのだろうよ。あずきの様な補助者がいること自体からしてそうだ。

 そう考えると、向こうの世界から引き抜いた、術式戦闘経験豊富な実戦部隊がいるハズ。それらが極秘裏に動いているから下手に動くなという事か。


 「仁美さん、諸先輩らお仕事だからこの件は退けと暗に当主閣下がおっしゃっている――」


 「確かにまだ私達はひよっこだけど、やっぱり何かお手伝いさせてもらいたい」


 「池上本家として密かに調べたい事もあるんだろ?」


 「でも……」


 「ここは退くところ。帰るよ――」


 そう言うと仁美さんの背中を押し、母親に背を向けたとき「――それと龍一朗」と彼女に呼び止められる。

 何言われるか何となく推測できたが、ここは何食わぬ顔で振り返ることとした。


 「皆さんの力をお借りして受験合格のアドバイスをしてもらいなさい。皆さん優秀ですから」


 ――なるほど予想どおりである。

 まあ、正直いうと中学校の試験結果は余りよろしくない。

 それにはちゃんとした理由がある。『記憶が欠如しているのによい点数を取る方がおかしい』それが理由である。

 ただ母親としてはこれでは満足いかないと思うのは当然だろう、

 だからこそ、仁美さんのやる気を利用してでも俺の学力を上げたいんだろうな。

 実際、様子見していたこともあり、テストなんて狙った点数が取れる位は頭が働くので1科目60~70点代で調整していた。今後はサクラたちの事もあるのでそれはやめた。アイツらに馬鹿にされ先輩面して指導受けると癪だし二度手間三度手間になるのは不本意だしな。

 ここはあえて啖呵を切る――


 「はぁ?俺の事そこまで馬鹿にしているんだ。それになんで俺がお前らの尻拭いさせられるために一条入らなきゃならないんだよ」


 ブチ!!


 何かの緒が切れる音が2方向からした。1人は俺が背中を押している人。もう一人は俺の背後の人。

 最初は何故キレるんだと思ったが、俺が言った一言が一条馬鹿にしているとも取れる発言キレた様だ。

 もちろん俺は『馬鹿にしている』と言っただけであり、馬鹿学校とは言ってはいない。語弊である。

 確かにあそこは進学校だったよなぁ――自称がつくけど。



――それからホテルについてからの扱いが酷かった。



 「龍一朗君、うちらみたいな馬鹿学校入りたくないんですって!」


 仁美さんがここぞとばかりにあずきとサクラ、香奈子に告げ口をする。


 「ふーん、さすがご子息様は優秀であらせられる」


 あずきが冷めた目で嫌みったらしい言い方で俺を責める。


 「そんなに怒ったってしょうがないよ。実際、馬鹿多いんだもん……」


 サクラは鉛筆回しをしながら苦笑いをしている。

 一方香奈子は「ちょっと、私はたまたま一条高と合流していますが」ととぼけているが――


 「さっきも言ったけど、テスト問題は共通で、向こうの先生と連絡を取り合っているから。だからあんたも追試してるのよ」


――とあずきに言われてしまった。

 彼女は「私はたまたま間違えただけで……あっ、この日は具合が悪く――」と明らかに見栄を張っている。


 「じゃあ、ご子息様。彼女らのテストの採点やってもらえるかしら。私は仁美と話があるから」


 あずきはムカつくことに再び上から目線で俺を見下した後、部屋から出ようとするが、何か言い残し忘れたか立ち止まる。


 「――あっ、そうそう。何だったら私の始末書も書いてくださるかしら」


 あずきはそう言うと書類を俺に放り投げた。

 明らかに俺の成績が悪いという情報が彼女まで伝わっている。あまり普通を演じるのも問題があるようだ。

 俺は書類を拾い上げ中身を確認する。書類は先ほど終了したサクラと香奈子の数学の追試答案用紙と始末書と書かれたあずきの書類である。


 「ほお――これはご丁寧に……」


 俺は書類を集めるとテーブルの上にとりあえず置く。

あずきと仁美さんは機嫌悪そうに部屋から出て行った。

 しょうがない進めるとしようか。



――それから30分経過した頃。



 わざとらしく仁美さんが部屋に戻り「これあずき先生がテストの答え渡しそびれたって」と追試の答えの用紙を持って来た。

 きっと彼女らは俺が答えが分からず採点できず困って泣いているとでも思っているようで、顔が不快なほどニヤけていた。

 だが、彼女らの野望はここで潰える事となる。


 「うそだ……」


 「ありえないわ――中学生が……」


 それは俺の目の前にいる二人のお馬鹿さんの絶望に満ちた表情を読み解けばわかるだろう。


 「仁美さん採点済みだから、その答案と見比べてみて」


 仁美は面倒くさそうに彼女らの採点済み答案用紙を受け取ると、それまで小馬鹿にしていた態度が見る見る真顔になっていく。そして彼女は正解が記された用紙を見比べて顔色が青くなった。


 「――嘘っ!」


 「おや、俺どこか間違えた?」


 彼女は顔を横に振りその場に座り込んだ。


 「これ……高校一年生の問題よ」


 「そうか。ああ、そういえばあんたら高校生だったもんな」


 「どうやって解いたの?」


 「見りゃわかるだろ。こんな簡単な問題」


 さらに小さくなる二人。

 間違えの理由もその答案に書き込んでおいた。


 「全問……正解……」


 「――ああ、それとあずきの書類」


 俺はもう一通書類を彼女に手渡した。

 その書類は始末書とはせず上申書と改めた。

 どうも俺はあずきに厳しい様だ。


 「ところで龍一朗、この『上申書』ってなんだい?」


 サクラである。こいつそう言う点では目敏い。


 「始末書や上申書っていうものは俗に言う顛末書なんだけど、始末書はその事を反省し謝罪するその場限りの書類を指すことが多いけど、上申書の場合その場だけでは済まない事もありうる書類かな」


 「えっ?」


 「そうでしょ、(1)術式による一般学生に対する不法拘束(2)飲酒による引率責任の放棄(3)答案採点の職務放棄(4)学生の学力に関する個人情報漏洩……これってもう倫理上の問題では済まないよな。だからその旨の事実を簡記した。それだけでは分からないこともあるだろうから必要があれば必ず出向き説明するとも書かざるを得ないよな。そうなると始末書では済まないので、これは処分を受ける書類として上申書としたわけ」


 そう言いながらその書類を携帯で撮影し、画像データをとある暇人にメール添付して送ってやった。


 「ちょ、龍一朗君。その画像どこに送ったの?」


 「あっ、とりあえず警察以上に怖いところに送っておいたから」


 それからすぐ、あずきは泣きながら部屋に乗り込んできた。


 「あんたそこまでやり返さなくてもぉ!」


 彼女は俺を睨みつけると仁美さんから書類をひったくるようにして、嗚咽をあげながら出ていった。

 それからすぐに父親から携帯にメールが入る。


 『おまっ、やり過ぎ!!これ、収拾つけるの一苦労なんだけど!』


 なるほどね。ならば『人を呪わば穴二つ』って再びメールしてあげるとするか。

 メール送信後、父親からすぐに『ちっくしょう!!』と返事が送られてきたのは言うまでもない。もちろんあずきもそうだが、俺の事を嵌めた最初に人は父親なのだから、仲良くドツボでも嵌まって貰いましょう。


 「うわぁ鬼が泣きながら逃げていった……」


 サクラがドン引きしている。


 「も、もしかして、私も仕返しの対象になっている?でも狙うならここにもう一人いるわよね」


 仁美さんが俺に怯えながら香奈子を人身御供に仕立てた。


 「え? えっ? ええっ!」


 『人身御供』にするのであれば名前からして仁美さんにすべきだと思うだが、御指名で動揺している香奈子に対してちゃんと伝えなければならない。


 「大丈夫だよ。どうせ香奈子は土御門高校の生徒だから」


 その後、小声で「あとで向こうで処分されるのでしょうから」と呟いたのは内緒である。



――それから小1時間が経った頃、俺は京都の清水寺付近にいた。



 ここは長い坂が続くなるべくなら行きたくない場所の一つである。その分見晴らしもよいが今回の目的は観光ではない。

 何故俺がここで術者の確認をしているのには理由がある。

 一つは、俺の行動確認している者の把握。

 ちなみに俺の貼っていた符は特殊なもので――


 「きゃぁ!」


 五条坂と茶碗坂のあたりの土産屋あたりから観光客と思われる悲鳴が聞こえる。


 「面倒くさいところって、術式を使って登ってくる奴がいる訳だ。ほらあらかじめ貼っていた符に早速反応があった」


 二つの坂で水柱が屋根上まで立ち上がる。

 俺が仕掛けたトラップは術式展開中の者がいればその者が通り過ぎ、そこからいくらか離れると水道管に貼った符が破裂するというもの。これなら相手が術を辿って俺の居場所を特定することができず、俺も視覚により術者襲撃が把握できる。

 それが今頃になって反応したということは、こいつは俺を監視していた術者ではないこと。つまり裏を返せば、すでに行動確認部隊が俺の周りにいて、何らかのトラブルがあっって後方支援部隊が大急ぎで、こっちに向かっている事を意味していている。

 トラブル内容としては俺を見失ったか、それとも――

 すると仁王門あたりで数人の大人相手に大立ち回りしている東南アジア系の女の姿が確認できた。


 「あっ、キユの奴何しでかしたんだ?」


 この荒くれ女はキユといい、俺の仲間の一人でよくモスドナルドでハンバーガーを食べている。そしてその連れの男はどこだ?そこにはいないようだが……


 「ハーイ、ユーは仏陀、信じますか?」  


 背後から、アングロサクソン系の兄ちゃんが胡散臭い日本語で声を掛けてきた。この男こそバーナードである。こいつは狙撃の達人である。

 そう、俺の本来の目的とは、こいつらとの接触である。

 一応、周りを見渡す。どうやら周りに術者らしき者はいないようだ。


 「お前、日本語ペラペラだろ」


 「おう。とりあえずこの周囲で術者は俺とお前ぐらいだ。キユが『そこの売店で買った木刀の威力を試すんだ』って言ってお前を監視していた連中を殴っている」


 「なんだそれ。ただ暴れたいだけじゃんか。それに俺らが逃げられたとしても、このままじゃキユの奴捕まるぞ」


 「大丈夫」


 バーナードは再びキユの辺りを指さす。キユの周りには全くの部外者のヤンキー兄ちゃんや姉ちゃんが暴れ出しているではないか。


 「――役者か何かか?」


 「違う違う、雇った訳じゃないぞ。あんな狭いところで立ち回りすればヤンキー共にぶつかるだろ?」


 「なるほど。撹乱に生じて逃げるって事か」


 俺はバーナードと共にあえて混乱場所である仁王門に向かい、乱闘現場を迂回してすでに後方支援部隊が通り過ぎた後と考えられる茶碗坂方面から逃走することとした。

 途中、タクシーに乗ったキユと合流後、清水寺を脱とした。


 「いや――本当にあんなところで暴れる馬鹿がいるから困っちゃうよなぁ。あたしまで巻き添え食っちゃったよ。これ以上の面倒毎は御免だわ」


 よくいうこの女、自分が喧嘩ふっかけておいて。それにしても巻き添えと称した殴られ箇所は右頬だけであり他は無傷である。多分、自分も被害者だってアピールするのにわざと殴られたのだろう。被害者だけど面倒は御免と言っている以上、タクシーの運転手も余計な詮索はしないハズだ。

 それに彼女の事だから大立ち回りすると決めたら予め清水寺周囲の防犯カメラや観光客の撮影機材、携帯電話等の記録媒体は術式処理で記録が載らない様にしているだろう。

 そんな事を巡らせている間にタクシーは東山五条の交差点に差し掛かった。その時、京都府警のパトカー数台が通り過ぎる。

 彼らは乱闘現場に向かっているのだろう。大変申し訳ない。


 「ハイ、お祭り終わり。サイレン聞いて皆、三々五々だな」


 お祭り女がケタケタと笑うともう一人のお気楽男が「それでどうする?この後ご飯でも食うか?」と俺を食事に誘う。つまりは本来の目的の『話がしたい』ということ――


 「オーケー。んじゃあ……運転士さん、北野天満宮方面に向かってください」


 「わかりました。そうすると、アレを食べるんですね?」


 「そう。アレ」


 バーナードとキユは首を傾げているが、ここなら知っている顔と合わせる事もないだろう。だからあえてそこにした。

 タクシーを降りてすぐ店に入る。お昼時の割にはあまりお客さんがいないようだ。


 「なんだ。うどん食べるのかよ」


 「あたし体動かしたんだから――何か、肉とか何か考えろよな」


 「話したいんだろ。だったらここが一番だ」


 「確かに……周囲を索敵してもこの辺は術者などはいなそうだな。」

 

 「でも何かあったら困るよな……」


 キユが警察署の方面を指示しため息をつく。安心しろ。お前が面倒毎を恐れるように敵も面倒毎を避けたいと思っているだろう。


 「まあ、無粋な事はさておき、ここのお店は200年前あたりからあるみたいだぞ。とりあえず名物の1本うどんでいいな」


 一番の理由は、あの馬鹿女らが集まるような場所ではない事。あいつらだったらどこかでお洒落に抹茶パフェ食ってるか、お財布に優しいホテルの近くの牛丼店か定食屋に行くだろう。


 「それで、何か用か」


 「あっ、そうそうバルよ――って言っても、お前記憶がないんだっけか?」


 「お前らが俺の記憶消したんじゃねえだろうな」


 「違うよ、それはあたし何度も話したと思うが、それはあたしらではない」


 「とにかく、今はまだ言えないが、そのうち解けるだろし、解けたら理由もすぐ分かると思う」


 「んじゃあ、要件は何?」


 「うーん。こう言えば分かるのかな。『ターゲット』確認。」

 

――何だそれ? 俺がバーナードに突っ込みを入れようと口を開くと、俺が考えている事とは違う言葉が弾き出た。


 「了解。その旨ナナバにも連絡し承諾書をとってくれ」


 何?ナナバって誰??承諾書って???


 でも、言葉を発した瞬間と終えた瞬間では頭の回転が明らかに違う。今の俺が知らない俺に乗り移っている感じがする。


 「おや、バルは違和感を感じているようだな」


 「そりゃ無理もないさ。今のお前は記憶が欠落している。それでいてお前は無意識的に自分の意志で行動しているから混乱している」


 「うわぁ、一番面倒くさいタイプの封印かよ。まあ実力行使で強引に解けないわけでもないが、何かの目的を遂げると封印が自動的に解除されていく奴だな」


 「――まあそういうこと」


 「記憶がない割には、相変わらず理解が早い奴だわぁ」


 二人はウンウンとうなずく。

 そうなるとこの封印は自分が納得した上で施されているケースであり、強引に解くのはやめて置いた方が良いのかもしれない。

 そうこう思案に暮れていると注文していたうどんが配膳された。

 かなり太い1本のうどん。

 これ結構ずっしりしていて腹に溜まる。

 彼らも一応に驚き、首を傾げながら箸でうどんを持ち上げて眺めている。

 

 「ところで、分かっていると思うけど調べて貰いたい奴がいるんだ」


 「ああ、わかっている。ブッコロスのお嬢様と白帝の旧王族、それと人見仁美って人物だろ? それは俺らに任せておけ」


 「それと――養生あずきはとりあえず要注意人物から経過観察にランク落とすよ。あれはどちらかというとお前タイプじゃなくて、あたしタイプの人間だからな」


 ここでいうタイプとは好みという意味ではなく種別という意味のことである。

 それにしてもこいつら俺の考えている事がズバズバと当てるということは、かなり俺に近い人間だったのだろうか?


 「わかった。だが――」


 俺はここで一つの注文を付けることとした。


 「あの国のことをブッコロスって言わないようにしたほうがいい。とりあえず俺はクロタスって言うようにした」


 何となくあの国とのいざこざは抑えておいた方がいいと、直感的に思った。

 あの女も平気で裏をかいて来るから、あの国も色々と面倒になりそう。


 「バルがそう言うなら俺らもそうするわ。」


 「まあ、倒せない国でもないんだけどね。あたしはどうも魔女伝説がちょっと怖いけど」


 「魔女伝説?」


 「バル知らないんだっけ?あそこの国は世界を滅ぼしかけた伝説の魔女の子孫の国だからな」


 「何でも遠い昔に古代の術を使う魔女がいて、それを討伐するため白帝の王子が捨て身の攻撃で倒したって話さ。あたしらは何度も昔話を聞かされて育ったから」


 まあ、そういう伝説は尾鰭腹鰭が付いた上で足までついたケースがほとんどだが、拡散した話の元には必ず何らかの出来事があったわけなのだから、あとで古文書でも探してみるとするか。

 それにしても、やはり恐ろしい国から来た姉ちゃんだけあって、無意識的に頭が回るようだ。罠に掛からないよう気をつけるとするか。

 さて、そうなるとこのまま遊んでいては話がややこしくなる。こいつらもうどん食べ終えたようだしぼちぼち神池のテリトリーに戻った方が良さそうだ。


 「とりあえず。俺戻るわ。お前らから色々と話を聞かれたって事にするがそれで

いいか?」


 「――なるほど。俺らに拉致られたってことにするのか?」


 「いや――それだと俺に付いていたハズの狙撃兵と矛盾が生じる。ならば俺が雇っていた奴らが実は向こうの人間で俺は何も知らないで情報流していたって事なら、何も矛盾はない」


 「……そのまんまじゃねえか」


 「俺は賛成だぜ。その方が筋が通るわな。それじゃあ、どこで解散するか?」


 解散するならあそこに決まっている。

 俺らは再びタクシーを手配しある場所に赴いた。

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