第2話 意地の張り合い
――結局、俺は梅小路公園七条広場で捕捉されてしまった。
広い京都市内で何故俺の居場所が特定できたのかすぐに理解出来た。
あのクソ女、サクラのせいだ。
あいつは俺の掌に罠を仕掛けていたのだ。
彼女から仕掛けられた罠はわずかな香水であった。これ自体には術式を利用していなかったので俺は『女の子の嗜み』位しか考えていなかった。これが非常にまずかった。
この匂いに反応した鳥を通じて俺の居場所を特定されてしまったのだ。
俺を見つけ出した功労者は一見すると概ね20センチメートルのカラスである。
しかしながら、カラスが掌のわずかながらの匂いに反応するだろうか?
俺は記憶こそ失われているが、幸いにも知識は残されている。そこから引き出された答えは余所の世界に生息している『不死鳥』と呼ばれている鳥類だった。
不死鳥と大層な名前がついているが、実際には向こうの世界そこら中にいる鳥だ。もちろん寿命だってある。
その名前の由来は、その昔に詐欺師がたまたま目の前にいた鳥を不死鳥と言い張って売っていた伝説から来ており、特徴として鳥が好む花蜜を匂い頼りに10キロ範囲内で探し出せる能力があるという。
ご丁寧にその鳥の右足には「ピーちゃん」と記された金属のタグが付けられており、そのタグから飼い主に居場所を知らせる術式が施されていた。
要は完全に裏を掻かれてしまったのである。
――まあ不幸中の幸い、途中で気がついたのから対策する事ができた。あまり人家等が密集しない梅小路公園に誘導した上で捕まってみた訳である。
「さて、このご子息様にはどう説明してもらおうかしら――」
栗髪の養生あずき先生が仁王立ちし、俺を睨み付けている。
それも成長期だとはいえ身長が150センチメートルという残念な背丈で非常に気にしている俺に対して、術式で両手が背面で拘束した上でその場に座らされ、身動きが取れないこの俺を上からのぞき込むように睨め付けるとは実に不愉快である。
その様な見下された態度を取られると『この後どうしてくれようか』というリベンジ心がフツフツと湧いてくる。
そしてあずきと同調して肩まで伸ばした黒髪のを振り回しながら腕組みしているのは真成寺香奈子である。
「――相変わらず、逃げるのはお得意なようで、龍一朗さん」
彼女は何故俺に対して、俺の事を見下ろすのだ? 言い方も辛辣でしかも俺より身長が高い170センチメートルくらいだと?! 不愉快を通り越して嫌いである。
その遠巻きに気まずそうに後ろにいる、ヒトミン、シナポン、サクラが苦笑いをしている。
ヒトミンは165センチ、シナポンとサクラは共に160センチメートルくらいだろうか。まぁ許せる。
しかし言い草がちょっと気に障る。
「い、いやぁ――やっぱりキミと出逢う運命だったんだよ……」
サクラが脂汗掻きながらケタケタと笑っている。そしてボソリと「保険かけておいて良かったぁ……」と呟き胸をなで下ろしている。
――聞こえたぞ。おまえ、ふざけるな。あれだけ俺を追い詰めておいて、本心はそこになかったのかよ。俺がただの間抜けじゃねえか!
「何言っているのよ、あんた龍太郎君の名前すら忘れていたくせに」
「はいはい
シナポンはどうやら詩菜というのが正式名らしいが、このヒトミン先輩までロクに俺の名前を聞いてはいなかったか……まあこんな調子だから今更、名前を間違えられても驚かないが――少しムカツク。
「おい、そこの異世界人、俺は龍一朗。捕まえた人物名くらい間違えないでくれるか?」
俺はあえてカマを掛けてみた。あんな探索法をとる人間はこの世界にはいないだろう。もちろん他の者から習得した可能性もあるが、どうもこの姉ちゃんらは香奈子みたいにエリート面することなく極自然体の女子高生である事が引っかかる。
するとこちらの思惑どおりこの3人は一斉に顔を見合わす。
「よくわかったね。ボク、大して術はつかっていなかったのに」
アハハと笑うサクラ。ちょっとばかしイラッときた。
「おかげさまでね。あっそうそう――この後、不死鳥の唐揚げ食べに行くんだけど、一緒にどう?」
「あっ、そこまでわかっちゃった?仁美先輩、この子ただ者じゃないわね」
「いやぁ、お見事。さすが理事長ところのご子息。いいわよ、うちら3人と食事しましょう。ただし、あのカラスの唐揚げは遠慮するわ。私は人見仁美、ちょっといい加減な名前。そこにいるのは村泉詩菜。あとそこのおバカは既に自己紹介したからいいわよね」
おやおやヒトミン先輩は仁美先輩だったわけか。そうするとあのお馬鹿さんが『シナポン』『ヒトミン』とかいい加減に名前をつけていたのだろう。
まあ完全に和解したわけではないのだが、異世界人なら俺の失った記憶について参考になる話も聞けるかもしれない。
どこか高校生が満足できる食堂でも探してみるとするか。
すると――
「あっ、いや・・・だめ!!ボクのピーちゃん食べないでくれよ!」
――とクソサクラが若干泡を喰らったように俺の両肩を掴んで揺らした。
「ふん、そんなカラスみたいなもん俺が喰うかよ。あとで考えておくよ」
その様子を見て詩菜や仁美がケラケラ笑う。よし、食事会は唐揚げ店でもするか?と腹黒いことを考えつつ、和やかに話が過ぎていく――訳でもなく、京都なのに奈良東大寺の金剛力士像化した2人が阿吽とばかりに俺を睨め付けていたのをすっかり失念していた。
「ずっ、ずいぶん余裕ですねぇ……龍一朗さん。あずき先生、ぶっ飛ばしていいですか?」
「女の子相手に尻尾向けて退散するようなバカボンは魔術の実験体として、いざというときは盾として使いましょう。」
こいつらは対照的に好戦的である。
香奈子は今にも泣き出しそうな表情で歯ぎしりしながら俺を睨め付けているし、あずきはどこか冷めた目で俺を見下しつつも、手がワナワナと震え感情を押し殺している。
なるほど。俺に対して何かご立腹している様であるが、俺自体記憶がないから何のこっちゃかわからない。しかも全く罪悪感すらないので、もはや嫌がらせにしか思えない。
だからといって、失った記憶の中で怒らせている理由を尋ねようものなら、何も情報を得ることなく逆効果である。
なんだか訳の分からないことで詫びるのも馬鹿らしいので、俺はあえて強攻策で出ることにした。
「さて、何故怒られているかわからんが、新しく駅が新設されたこんな広場に見せしめのように拘束されなきゃならないんだ」
「安心して良いわよ。人払いの結界はしているつもりだから」
あずきが顔を引きつらせながら答える。確かに周りには人はいないけど、この人の術式で本当に大丈夫なのか?
「そうすると俺に酷い事するつもりなのか?」
「それはどうでしょうね。あなた次第よ」
香奈子が体を震わせながら語気を荒げている。
「そうか。これでも話し合いのつもりだったのか。だったらこういう仕打ちはないよな――」
俺はスッと立ち上がると両手を拘束している術式を判断する。
術を受けたときになんとなく感じていたのだが、これは符などに記された命令系統ではない。ではこちらの世界の呪術系ではない。向こうの世界の法術系に似せた亜種の術式なのであろう。
この手の術式を解術するのであれば、それ以上の術式で完全破壊するか、打ち消しによる無効化が妥当だ。まあ力尽くでやってあげてもいいのだが、それでは気が済まない――ならば、こいつらが言う専門官として、実に大人げないやり方で対応させてもらおう。
「この術式、拘束系の術式の様だが――」
「それはわかるんだ」
あずきが食い付いてきた。
「でもこんなもの使わないし、それに知らない術式かな……」
「あら、魔王迎撃の専門官様がこんなもの知らないんですか?」
「――正直、知らないね」
そういうと俺は右側頭部をポリポリと人差し指で書きながら左手であずきの右手をパンとはじいた。
あずきは俺の手を見て『えっ』という表情で言葉を失う。自信満々の術式が、術式知らない情けない男に簡単に解除されたのだから。
そして俺にはじかれた彼女の右手は、彼女の左手の手根部あたりをゴツンと鈍い音を立てぶつかった。その瞬間、それ以上の反動をつけ彼女の両手は、先ほどの俺同様後ろに回って手首が縛られたように拘束された。
彼女は腕を捻られ痛みに顔を歪ませながら、自分に何が起こったのか理解出来なかった――その脇にいた香奈子はボーッと立ち尽くしている。他の3人も何が起きたのか大凡理解していない。
「ありがとう。手心加えてくれたおかげで外れましたよ。でも一瞬、術式を間違えたのかと思っちゃいましたよ。あっ、でも俺はこの術式本当に知らないから」
俺は皮肉を込めて小馬鹿にしてやる。
基本的に法術とは人間が保有する法力を用いて行うのだが、それを意図した結果を実行させるのに細かく命令を与えなければ正常に作用しない。具体的に例えるとしたら『術式がコンピューターのプログラム』、『法力は電源』である。
ここでいう俺が知らないというのは、その実行中プログラム言語であり、これ以外の言語なら理解出来るということである。
ならば『もし、俺がこの拘束術を使おうとするなら――』と仮定した上で、導き出された結果から俺なりに術式を解釈してみると、これは単純な拘束法術である事がわかった。
それを俺の知るプログラム言語と比較分析してみると、単純なプログラムで済むのに、実に回りくどいプログラムが用いられていることがわかる。要は類似する言語の誤用、作用不可を示すエラーとそれを回避する為の迂回ルートが存在するのだ。
――この言い回しと同じで、実にスマートではない。
ならば相手の術を俺が知る術式に再構築した上で、正しい命令に直した上で相手の法力を再利用して相手にお返しすればいいのである。
「ああ、痛いですか? 一応腕はちぎれないように調整をかけておきました。解いてもらっても構いませんよ、先生」
――いや、実は無理矢理解こうとすると腕の締め上げが厳しくなる仕組みも施してある。
彼女は何か言いたげな表情で俺を見る。先ほどみたいな見下した表情ではなく逆に驚いているようだ。
だが、これだけでは終わらせない。
何故、俺が梅小路公園七条広場みたいな何もない場所に誘導したのか?
その理由の一つとして梅小路にある京都鉄道博物館もあるから。
京都鉄道博物館には実際に人を乗せて走行できる蒸気機関車がそこにある。
蒸気機関車はモクモクと黒煙を上げ、俺の位置からでもその煙を視認することができた――もうそろそろだな。
俺は逆に冷めた目で彼女を見上げる。
「ところで――」
自分のポケットから小型のオモチャを取り出す。
誰が見ても幼稚園児以下が遊ぶ黒いプラスチックでできたピストル。
この世界で言う銀玉鉄砲といわれる古き時代からある玩具である。
オマケにハンドガンなくせにスコープなんてついていて、ガングリップには茶色のプラスチック製滑り止めまで装着されている。うん、実に安っぽい。
「これ殺傷能力あると思う?誰が見てもオモチャだよね、こんなの誰が見ても。でもね――」
俺はそう言いながらピストル上部についたスコープに付けられたスイッチを押す。
スコープからレーザーポインターが照射され、銃口先の地面が赤く照らされた。
俺は銃口をゆっくりと彼女の胸に向けると、それを追うようにポインターも一緒に移動する。
「――さて、これはどう思います?」
彼女は無言で俺を睨んでいる。だがそれも間もなく表情を変えることとなる。
まあ、違う方面から照射されているレーザーポンターが香奈子の脳天を狙っているっといった脅しまで見せつけられては下手な抵抗はできないだろう。
この場所に誘導した二つ目の理由。それは何もないから狙撃ポイントが確保しやすいという点である。
「俺は射撃下手なんでこれくらい近距離じゃないと当たらないんですが、俺の知り合いに長距離から狙って確実に仕留めるバケモノがいましてね――」
「なっ――何が目的なの」
当然、俺がこいつらに警告する理由なんて簡単なもの。
「喧嘩売ってきたのはそっちだろ? いちいち絡まれても迷惑なんでね。それに人を犬か犯罪者みたいに拘束するのはいかがですかね」
「あなたは平然と逃げるじゃないの!」
彼女はまるで非は俺にあるとでも言わんばかりに噛みつき始めた。そんな理由は――今の俺は知らん。
「ならば面白いもの、ごらんにいれましょう」
俺は空いている左手でズボンのポケットから1枚の符を取り出すと携帯電話みたいに口を押し当てた。
「ポイント照射やめ。ターゲット変更。標的は俺以外の術式展開中のモノ。それはあらゆる世界のモノを問わない。タイミングは指示のとおり――」
俺がそう指示すると香奈子に照射のポインターが消える。
「ちょ、ちょっと何するつもりなの」
「そうだね。自分の立場というものを理解していない様ですから。まぁ場合によっては後ろにいるお嬢様が悲しむ結果になるかもしれませんねぇ……」
「や、やめなさい、龍一朗!」
「この場合、『待って下さい』と言うべきではないか」
この時、大音量で博物館から鳴り響く。蒸気機関車の汽笛吹鳴だ。
皆一斉に博物館に視線を移すが――この汽笛の中にかすかに何か違う音が混じっている。その音は大音量の汽笛にかき消され、よほど集中していないと分からないだろう。
それはあずきには聞こえたようで、慌てて視線を彼女らに戻した。
――はっ、そこをみても変わるはずはなかろう。
俺は眼前にキラキラ光る落下物をつかみ取るとあずきの眼前に見せつけた。
「なっ? 良い腕しているだろ。意味もなく俺に刃向かうのはやめろ。さもなければ――これ以上は言わせるなよな」
「……わかったわ」
俺は彼女に見せつけたものを「これを後でつかわせてもらうか」といいつつポケットにしまい、手にした玩具鉄砲を撫でるように本体を消失させた。
「これって、お前らが言う魔法って奴か? まあ正体は手品なんだろうけど」
さて他の連中はどうしているだろうか。
まず、後ろの異世界人は何もせず傍観している。
そりゃそうだ。自身の身分が留学生である以上、よほど自分自身に危害が及ばない限り手を出さない
一方、こちらの住人である香奈子がある程度の反撃をしかけてくるだろうとは予め想定していたものの、結果的に狙撃しないで済んだ。きっと、奴は俺が本気でこいつらを殺そうとしていない事を悟って静観していたのかもしれない。
それを証拠に――
「ちょっと龍一朗さん、さっきからなにしているのよ!あずき先生とばっかり話していて!!」
――と惚けてこちらに噛みついてきた。
「一々、噛みついていないであずき先生の拘束術をといてあげろよ。原因を作ったのはお前らなんだから」
「えっ、それは龍一朗さんが逃げたから――」
「そんなことよりも早く解かないと大変なことになるぞ。八つ当たりされるぞ、香奈子大導師様!」
俺はそう言うと彼女の背中をバンと叩いて、彼女に後始末を丸投げした。
「痛っ! ちょ、ちょっとこれなんとかしなさいよ! 私無理だからね」
香奈子がブチ切れている。そんなことはないハズだ。ただそれをやろうとしないだけだろ?
――だが、
「「「「香奈子になんとか出来るわけないでしょ」」」」
――と他の4人がハモった様につぶやいたのには予想外であった。
あいつも何らかの理由があって正体を隠していると俺は考えている。
――その日の夜。
俺は敵2人と異世界の留学生3人と料亭で共に食すはめになった。
当初は神池本家に乗り込む予定であったが、急遽父親から今日の合流は明日に変更。よって俺は彼女らと親睦会を兼ねて食事をするようにと指示があった。
父親と母親は現地で合流。
今後の事で話し合うとのことで、本家に行ってしまった。
まぁ、俺が本家で泊まることを嫌がる事を考えていたのか、彼女らが泊まる烏丸五条付近のホテルを手配していたようだ。なお、宿泊費や食事代は既に俺名義口座に50万円くらい振り込まれていたので、四条大宮付近にある鍋料理店で済ませることにした。
なお、敵2人には色々尋ねたいことがあったことから、若干高くなるが2階の個室を手配した。
「キミ、洒落たところ知っているじゃん」
「俺じゃなく理事長がな」
俺はほどよく煮込まれた鳥鍋をサクラや詩菜、仁美に取り分けてもてなす。
「これ、お出しをトマトに変えるとあの鍋に似ているわよね。サクラのところの風土料理――なんだっけ……」
「あれですよ、あれ!」
詩菜はそういうとサクラの方を指差す。しばらく考える仁美。
――言いたいことは分かる。
「ペケ鍋だろ?」
俺がうっかり答えてしまった。
「「そうそう」」
詩菜と仁美がハモるようにサクラをまた指差した。
「それボクの国に対して文句あるのかな。それとも――」
指差されたサクラは明らか不機嫌である。
サクラの静かな怒りにハッとした表情で慌てて口を塞ぐ2人。
「あっ、そうか。サクラんちって『ブラッケンクラウス』か。あそこの国民はペケの元である×って言うと怒るからなぁ」
「……キミ、やけにボクらの世界の事知っているみたいだね」
彼女が警戒しているのか真顔で俺を見る。
確かにかつての俺は何らかの出来事を見聞きして経験して知識を得たのだろうが、今の俺はその得た過程がすべて抜け落ちている。つまりは何かのイベントが起きない限りその知識は頭の片隅に追いやられたままとなる。
実際のところ不死鳥や術式、ペケ鍋を含めたブラッケンクラウスの事は言われるまで忘却していた。
――残念ながら父親がいうとおり、記憶を戻すにはイベントを起こす方が手っ取り早いと理解せざるおえない。
「話は聞いているとは思うが、記憶がないんだよ。特に人に関するものがな」
「ふーん……そのとおりなら記憶封印されたみたいだね」
サクラがジト目で明らかに俺を疑っている。
とりあえず何らかの話をしていれば彼女からの情報も得られる上、自分で何かの事を思い出せるだろうから余計な話を進めることにしよう。
「ただ、どういうわけか知識はあるぞ。たとえば、『ブラッケン』は『ブラック』、『クラウス』は『クロス』の事で自国民は通称『プラス』なんて称しているんだよな。だからプラス鍋っていえばサクラ的には正解なんだろ」
「そうだね。そう言うとボクの国ではこんな風な美味しい鍋が出てくるよ」
「特に×ってクロスの意味である十字架に対してそれを引き倒した差別的な意味からきているみたいだな。だけど大国に対して×なんて言おうモノなら大問題になるからペケとかわいく言い直したものだっけか?」
「うんうん、ホントにいらん知識はあるみたいだね。よくキミボクの国のことを勉強していた様だね。でも、ちょっと付け加えさせてもらうなら、うちの国のこともっと酷く『ブッコロス』って略した馬鹿者がいたみたいだけどそれ国内で言ったらマジでぶっ殺されるからね」
サクラが箸を俺に向け睨め付けるように警告を発す――やはりちょっと野蛮な国のようだ。
「わかった、肝に銘ずるよ。やっぱり向こうの人から直接話を聞くのは教養になるな。ではサクラの国のことを『クロタス』と呼ぶことにするか」
「くろたす?なんだか単純直訳だね。まるでクルマかコーヒーみたいな名前だなぁ……まぁ、そう言う通称名はうちの国でも流行るとは思うけど」
一応機嫌が戻るサクラ。意外とそういう面ではプライドがあるんだなと思いつつも『それとも――』の方に本当の意味があったのか。突っ込み所はあるがそこはあえて触れないでおくことにしよう。
そう思っていた矢先、尋ねてもいない人物が直箸で鍋を突っつきながら、口を挟んできた。
「ふん、聞いたわよ。この前のテストがペケだらけだったから『ペケ姫』ってあだ名付けられたんですってね。だから『ペケ』ってあなたの方を指差されてムカついたんでしょ」
香奈子である。サクラがポロリと箸を落とし『テメエ、ナメているとぶっ殺すぞ』と言わんばかりのヤンキー顔でガン見している。
うわっ……香奈子の奴、地雷を踏みやがった!
せっかく和んだ空気で色々話を聞こうとした計画が一気にぶち壊しである。
「はぁ、何言っているのよ香奈子だって『土御門のアナとペケの女王』って聞いているわよ」
先ほどまで拘束術で縛られたあずきである。結局、あずきや香奈子には解術することができず、仕方なく俺が強制的に破壊した。まあその影響もあってしばらく手首の痺れはあるだろう。その簡単な術も解けないあずきが直箸で鍋を突きながら問題発言投下。
そうか、アナ(空欄)とペケ(間違え)か――仮に某ネズミの国から映画化承諾されたとしても、絶対にヒットすらしないだろうな。そう思いつつ、バカ女2人とバカ大人が場の空気をぶち壊す様子にこのあとどうなるかちょっと心配になった。
「ちょ、ちょっと! 龍一朗さんの前でそんなこと言わないでくださいよ!」
香奈子が真っ赤顔であずきに抗議した。
ああ、そうか香奈子の奴、やたら喰って掛かるからなぁ……俺にバカだと悟られてしまうと優位に立てなくなるからな――とでも考えているのだろうか。まあこの辺間違えて解釈してもさほど影響はない。
「それであずき先生はそこの姉ちゃん達煽って何が楽しいのですか? 場の雰囲気を和ませるのが仕事だと思うんですがね」
「あたしだって休みなのに何でこの子らのお守りをしなきゃならないわけ」
あずきは若干むくれながら黄色い飲み物をグイッと飲み干し、『プハァ!』と爽快に堪能している。
「おい! 誰がビールなんて頼んで良いと言った? これ飲み放題のプランじゃねえぞ」
「うるちゃい! あたしはお酒! おちゃけ呑まなければやってられないのよ」
目が既に据わっており、たったビール大ジョッキ1杯でできあがってしまった。
「あぁ、龍一朗君気にしないで良いわよ。その人どうせ男いないし、やけになっているんでしょ」
詩菜が俺に取り分けた皿を差し出すと、冷めた目であずきを見下ろした。
「いやぁ……このグループ、一体何なの?」
「向こうの世界の留学生とここらの術者のグループ」
この姉ちゃんもトンチンカンな回答である。
「――まとまりないよね。」
「そりゃ寄せ集めですもの。だから君がリーダーなんでしょ?」
「リーダーやれって言われても何にも情報がないんだよな……」
「でも、痛快だったよ。あのあずきを脅すなんて。しかもうちのお嬢様相手にあそこまで対等にやりあえるんだから。君も実に腹黒いわよね」
「そうかい? まだ仕掛けはあるぞ。あとで誰かが悲鳴を挙げるくらいは余興は残してあるよ」
「いや、どうも」
「ぎやああああああああ!」
「ほら、面白いこと起きたみたいだよ」
俺が悲鳴を挙げたサクラの方に指差す。サクラは口から取り出した見慣れた金属板をつまみ上げプルプルと震わせ顔色が真っ青になっていた。
「この勢いだと彼女にマジでぶっ殺されるかもしれないな……」
「あんた、本当にピーちゃんを鍋にしたの? 私、食べちゃったんだけど」
詩菜が口を押さえ嫌な顔をしている――まさか。
「さすがにカラス鍋なんて聞いたことない。安心しろ。天から落ちてきたプレートを綺麗に洗ってサクラの小皿に入れただけだ」
「うわっ、えげつない事するわね! この子サクラ向きの性格しているわ……」
そう話しているとタイミングよく従業員の人が現れ、大きな箱を差し出した。
「外国から見えられたお客様から差し入れだそうで――」
「ご苦労様。彼らはまだ向こうにいるよね。これ奴らの食事分支払いお願いしたい。これだけあれば足りるよな?」
俺は3万を即金で差し出す。余りが出るとのことだが、その分彼らにうまいもの食わせて欲しい旨伝えると従業員はそれを受け取り下に降りていった。
そして案の定、俺は泣きはらしたサクラによって首を絞められる。
「本当にピーちゃんを、よくもピーちゃんを!」
「落ち着け、冗談だ。本体はここにいる」
そう言ってサクラにその箱をわずかに開け差し向けると、彼女はホッとしたようで首を絞めた手を緩めた。
「大事なモノを変なことに利用しないことだ」
「――キミ、本当にしつこいぞ」
サクラはジト目で俺を睨むとその箱を大事そうに抱えて自分の席に戻っていった。
さて余興はとりあえず置くとして、本来の目的に戻すとしよう。
「ところで香奈子さん――ちょっと昔のことで聞きたいことがあるんだけど」
「あぁん?」
俺が香奈子に声を掛けると、香奈子は顔を真っ赤にして瞼がトロンとしている。
よく見ると彼女の脇には、けして高校生が飲んではいけない物が置かれており、その向かいでは、あずきが既に酔い潰れて寝ている。
何だ、このポンコツパーティは!
そして、留学生組はというと――
「お姉さん、こっちにもジュース頂戴!」
「えっ、頼んで良いの。ボクはもう少し何か食べたいんだけど」
「じゃんじゃん頼もう!」
――と都合が良いこと言っている。しかも煽っているのは詩菜である。
きっと先ほどの従業員とのやりとりを見ていたのだろう。俺が奢ってくれると思ったのだろうな。
――まぁ、当初の目的は達成できなかったが、最後の余興はまだとってある。それまで楽しんでくれ。
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