魔王を討伐しようとしたら、実はソレだった件について

田布施 月雄

第1.5章 気がつくとそこにいた ひねくれご子息様と腹黒お嬢様

第1話 気がつくと俺はそこにいた

 ――気がつくと俺はそこにいた。


 もちろん急にフッと湧いた訳ではない。

 記憶喪失といえばそういう事なのだろうが、その話を周りに振ると決まって冷たい態度であしらわれる。

 記憶のない俺がみんなの態度を伺っていた結果、記憶があったであろう俺は望まれてここにいたわけではないのでは――と疑っている。



 俺は神池龍一朗。来年度、親が経営する高校に進学予定のご子息様だ。

 本来なら公平競争での受験なんだろうが、父親の話ではそこの特殊科であればなんとか入学させることができるとのこと。

 どうせなら違う高校を受験して進路を変えてやりたいところであるが、親の意見に従いつつ、赤っ恥を掻かせてやろうと画策中である。

 ……とまあこのように俺はよくよく性格が捻くれちゃっている。


 俺が捻くれた原因のその1つに記憶の欠如があげられる。

 俺の記憶は小学校全般と中学校2年まですっぽり抜け落ちている。ただ勉強などの知識の類は何故か残っているがそれ以外はほとんどない。

 一言でまとめるなら――


 幼稚園生が気がついたら中学校3年生になっていた


――というわけだ。それだから非常に困っているのは


 「本家の世継ぎであるお前が……」


と周りから愚痴をこぼされること。

 俺だって記憶があれば苦労はしない。あんまり言うので『このギスギスした生活環境が嫌で拒絶して記憶喪失になっているのでは』と言い返している。

 もっともその筆頭であるババアからしてみれば、うちは先祖から呪禁師という家業を生業としているわけで、肝心な跡継ぎがこんなポンコツだったらそりゃ嘆きたくもなるだろう。


 ちなみに呪禁というのは呪術類で何かをする職業で、テレビ映画等で活躍している――いわば陰陽師みたいな職業だ。

 科学万能の世に胡散臭い仕事だと思うが、これが何百年何十代にわたって続くと神様のように崇め奉られるわけで、その弟子は家の中をチョロチョロと当たり前のように出入りする。それくらいならまだいい。

 アイツらは他人の家にあがって、そこの子供を冷めた目で見下すから腹が立つ。


 『能力もないくせに……』


と言ったかどうかは知らんが、明らかに上から目線で小馬鹿にしている。


 ――これが俺の捻くれた原因のその2である。


 その他の原因として、会ったことすらない許嫁がいたり……能力のないダメ人間になぜ許嫁がいる? 

 裏を返せば、俺が役立たずだからどこかの名家を俺の名代にさせようと説得中っていうことだろ。俺を馬鹿にするのもいい加減にしろ。


 ――そういう事だから俺はこの家が嫌いである。


 だからご子息というだけでうわべっつら頭を垂れるお付きの存在、無意味に支給される豪勢な食事や小遣いは有り難みを感じることはなかった。

 俺はこの家くたばれよろしくばかりに、まずは気の合う外国人に不必要の小遣いを貢がせて貰うことにした。

 まあ単に家に帰りたくないから、飯を奢って喋って時間を消費しているのが正解かもしれない。

 奴らも俺をカモだとおもっているのかもしれないが――今はこれでいい。


 最後に俺が捻くれた最大の理由である大っ嫌いな家族を紹介するとしよう。

 父親、母親、妹、ババア……以上。

 何、これではわからない?しかたがない――


 父親は神池臣仁。地元茨城の私立「一条高等学校」の理事長。なお父親は継承者ではなく婿養子。いくらかいろんな術は使えるみたいだが、少なくとも俺の前では見せたことはない。

 家族の中では比較的話しやすい存在だが、問題はババアと母親のイエスマンであること。その上何を考えているのかわからんところがあり、心置きなく話せる相手ではない。だから薄い話をして盛り上がる相手として認識している。


 次に母親涼見。同私立校の校長で現在神池流22代目次期当主。この人、色々凄い人らしいのだが俺からしてみればこの人が一番冷たい人だと思う。もちろん普段からほとんど会話もない。仮に何か話してもどこか遠くを見ているようで俺の事なんか見ていない。父親やババアとは笑顔で話すくせに――

 だから無難な挨拶だけしてほとんど会話などしていない。そこまで嫌うなら妹を跡継指名してくれればよかったのにと思う。


 そして妹。継承者争いに巻きこまれないよう全寮制の中学校に通わせている様で記憶にない。もっとも記憶を失う前はよく会っていた様であるが、あまり仲良くなかったらしい。だから名前すら思い出せないし聞く気もない。


 最後にババアの みふね である。

 元々本家は京都の郊外にあるのでそこに隠居している。

 俺はここが一番嫌いな場所だ。

 だから用があって京都行くときには、俺だけ観光用ホテルに宿泊してなるべく本家敷地に近づかないようにしている。

 もちろんこのババアがうちでの一番の権力者であり、俺の記憶が欠けているのもあのババアがらみだと睨んでいる。ババアは俺にいつも冷たく当たる。

 ババアが冷たく当たるから弟子も同様。だからこの場所は大っ嫌い。



自己説明終了、ここから本編に入る――



 「――おい龍一朗」


 人が朝の微睡みを楽しんでいるとそれを妨害するかの如く父親が俺を揺すった。


 「・・・はい?」


 俺はまだ頭に血が回ってない状況から体を起こし彼を見た。

 彼は紺のスーツ姿で旅行バックを携えている。


 「バアさんのところに出かけるぞ」


 「あぁそう。行ってらっしゃい」


 「おう――じゃなくて」


 再び布団に潜ろうとする俺を彼はノリ突っ込みしながら再び体を起こしあげた。


 「……ね、眠い――」


 「俺、1人でバアさんのところに行くの嫌なんですけど……というか、呼ばれたのお前だし。まぁ、呼んだのは母さんなんだけど」


 「ん――そうなんだ。じゃあ俺はあの人に用はないから。おやすみなさい……」


 「いやいやいや。事は重大なんだ。実はバアさんの家が丸焼けになったんで、火災見舞いに行くんだよ」


 「へえ……じゃあババア死んじゃったのかぁ。荼毘に付す手間が省けて良かったじゃん。意地が悪い人だから最後はそんな形でおわったのね……」


 まだ頭がボーッとする。父親は俺を揺すりながら話を続ける。


 「死んでない、死んでない!」


 「――どっちにしてもそれが原因で近いうちに死んじゃうな。最後の最後まで迷惑掛けるとは、ホント困ったお人だ」


 「いやいやいや。困らん、困らん。いいから話を聞いてくれ」


 賑やかな父親のおかげでだいぶ頭に血が巡ってきた。


 「いいか。母さんはすでに京都に到着していて、バアさんの無事は確認している。ただお弟子さんが――」


 「あぁ、アイツら死んだのか?そいつはご愁傷様」


 「おいおいおい、何でも殺そうとするなよ……」


 彼らの無事を聞き、俺は本能的にチッと舌打ちをする。本心からあの人らのことは好きじゃないようだ。


 「お弟子さんなんだが、10人いたお弟子さんのすべて記憶がなくなっているんだ、お前みたいに――」


 「ほぉ、これで仲間だね。ざまあみろ。それでどれくらい記憶がなくなった?人生分か?」


 俺は珍しく父親の話に身を乗り出し人の不幸を喜ぶ。


 「火事当日分だけだ――て、そこ『なんだそれっ』て顔しない!それで10名一斉にということ自体がまずありえない。記憶が意図的に消されているんではないかと思うんだ」


 「そいつは舌打ちものの不幸中の幸福だね。それじゃ俺も記憶消されているクチなのかな?」


 「――まあそうかもしれないが……なぁ――」


 いつもどおり歯切れが悪い。裏を返せば父親らは何らかの事情を知っている。この話を引き続き振ったところでうやむやにされるのは容易に想像できる。父親が何か誤魔化す前に話を変えよう。


 「それじゃあ、火事の真相を知るのはババアだと。ババアはなんて言っている?」


 「うーんそれが――」


 父親が言葉を詰まらせる。そして出てきた言葉がこうだ。


 「『――魔王が来た』だと」


 うん、父親の言葉が詰まる訳だ。きっとババアの脳みその血管も詰まっているのではないか?


 魔王だと?馬鹿も休み休み言え。


 「んじゃ、もうろくババアによる失火。お弟子さんはあえて記憶がない振りしてババアを養護している、と。じゃあ事件じゃないじゃん。父さん1人で京都行ってきて。俺はもう少し惰眠を貪るから……」


 「そりゃないぜ。これからうちの学校の特殊コース科、通称魔王迎撃部隊を投入するって話なんだからさ」


 「えっ、高校生が魔王討伐?」


 俺はそのぶっ飛んだ話を父親から真顔で聞かされて、一瞬頭がショートした。さらに混乱させる話が続き――


 「今回お前も特別にそのメンバーに編入を許されたんだから」


――と言われた日には3秒ほど俺の思考と呼吸が止まった。

 呼吸より先に復旧したのは言葉である。


 「――――はあ?何それ」


 父親は真顔で話を続ける。


 「一条高校のエースを投入したって話」


 何のこっちゃか分からない。なぜババアの妄言で高校生が導入されるんだ?

 それも魔王迎撃部隊って?舞台の間違えじゃないか。

 それに何故冷遇されている俺が引っ張り出されるんだ?

 第一、魔王なんてどこの世界を探したっていねえつうの!まあ、自分が魔王だって言い張って恐怖政治を敷くってやり方は知っているが。


 「どうせ行かせるなら、そいつらの補助を得て初陣を飾ってこいという事か?」


 俺は経験を積んでこいという意味合いで理解したのだが、どうやら話はそこではなさそうだ。


 「いや、お前はそれ専門に教育を受けさせた専門官なのだから、お前が陣頭指揮を執るという意味だ」


 「はいはい、どうせ俺は専門官なんでしょ……ってはあぁぁぁ?」


 父親が今、あっさりととんでもない事を言いやがった。

 俺、初耳なんだけど……ていうか、過去の俺はそうだったのか?


 「今、さらっととんでもない事告げなかったか? 今まで失った記憶のことで俺、散々聞いたよね? 質問したよね? 記憶がない人間にどうやってその魔王とやらを対処させるわけ? それに一緒に行くのが高校生だと? 一体俺はどうすればいいんだよ! 魔王って何なんだよ。普通に考えれば高校生と一緒に踊りを踊って舞おうっていう意味じゃないのか?」


 「いやいや、多くは望まないさ。とりあえず追い返してくれればいいんだよ」


 父親の広大な話が続く。

 

 「まあ、その辺は婆さんに話したんだがな。聞き耳持たない人だから俺の意見は否定された。どっちにしても、ちょこっとでもやってればそのうち記憶が戻るかもって思ってたからさ。まあ、追い払う程度でいいからさ。それくらいなら記憶がなくとも何とかなるだろ?」


 彼は悪びれる事なくウンウンと勝手に納得した。

 あまりにも訳分からない事案をお気楽に丸投げした父親に対して沸々と煮えたぎるものを感じた。


 「ふざけるな! 対処マニュアルすらないのに。みんな術者なんだろ? あいつらがいけばいいじゃん。どうしても俺を出したいならば、せめて俺の記憶を治してからもう一度言ってくれるか?」


 「別にふざけてはいないさ。お前の記憶の件なんだが――多分、お前の記憶は喪失しているのではなく、何かの術を掛けられ封印されているんじゃないかと俺はみている。要は向こうの世界の人間が関与しているんじゃないか?」


 「なんだ分かっていたんじゃねえか。んじゃ、ほら、記憶戻してくれよ」


 「いや――正直よくわからんのだよ。それに何かの意図を持って施したものだから、下手げに解術すると何かとヤバいそうだ。お前は向こうで何か知ってはならないものを見聞きしたとかあるんじゃないか? どっちにしてもそっち方面で動けば何らかのアクションが起きるんじゃない? そういうことだ」


 「えっ?!」


 「だから母さんも口惜しそうにお前に施されている術を睨んでいたよ。まああの人は記憶が――特に自分との記憶がなくなったこと自体かなりショックだったんじゃないか」


 「へいへい。だからあんなに冷たい態度をとれるわけだね。要は原因が分かるまで解術しないのね」


 「もっとも、うちの高校生もいるわけだから何とか大丈夫だと思うよ。あいつら高校生とは言ってもかなり腕が立つよ。この俺が保証する。怪我なく終わるさ。それじゃあ――」


 俺は父親が京都に行こうという言葉を遮る様に――


 「それでも以前の俺は記憶を封じられる様な事態に陥ったんだろ?だったら京都に行かねえ。命惜しいし」


――とあえて意地悪を付け加えた。


 「また、そういうわがままいう」


 「みんなしてふざけているんだから、俺もそれ相当にふざけさせてもらう」


 「うんじゃあ、これでどうだ――」


 父親は俺の耳元に囁くかのようにボソリとある事を告げる。

 別に囁かなくても良いような内容なのだが、こう言う時の父親の茶目っ気が俺の興味を一層誘った。

 なるほど。そいつは面白い。



――そしてその日の午後3時。



 俺らは京都御苑にたどり着く。しばらく御苑内を散策すると宮内庁事務所付近にある京都御所清所門前で、父親は「ちょっと所用を思い出した。その辺適当に散策してくれ」と告げ、どこかに出かけてしまった。

 まあこんなことだろうと想像はしていたが、いざ置き去りにされるとイヤイヤ連れて来られた分心穏やかではない。


 ――さて。

 ここは京都御所や仙洞御所、京都大宮御所など取り囲んだ大きな公家屋敷跡であり、観光に疲れた客が一休みするには丁度良い木々が生い茂る緑の公園である。

 当然観光の目玉は京都御所。以前は事前予約しないと観光させてもらえなかったが、今は予約なく観光できるようになった。


 俺が来た季節は1月。ひょっとしたら雪が降るかもしれないって言う時期。

 非常にクソ寒い。その場にいると骨身にしみるほど冷気が痛い。

 俺は風通しが良くクソ寒い路地を避け、最寄りの休憩所の自動販売機で缶コーヒーを買うとそれを懐炉代わりに休憩所内をのぞき込んだ。


 もちろん休憩所で暖を取るのが一番だが、こういうクソ寒い時は『目的対象』がそこにいる可能性が高いわけで。

 ――ほら、いた。詳細な風袋は窓ガラスの露に遮られ、中を窺い知ることはできないが女子高校生ぐらいのが4名と引率者であろう女性が1名くらいはわかった。

 もちろん彼女らは制服を着ていないので修学旅行生ではなく、父親の関係者の可能性は高い。

 窓ガラス越しで確認すると、引率者は概ね20代半ば。まぁ露で霞んでいるとはいえ綺麗な人っぽいだが何分歳が離れすぎている。これは――対象外だろう。残る女子高生は普通の女の子っぽい感じがする。


 もし『魔王……なんとか隊』ならばこのまま隠れ見ていても、簡単に見つかる可能性があるだろう。


 捻くれている俺は彼女らの中で必ず動き出す者が出るまで、気配を完全に消してもう1本コーヒーを買って建物外周からざっくりと窺う事とした。

 すると、案の定2人の女性が動き出した。

 1人は引率者、もう1人は長い黒髪の古風な女生徒である。


 「ちょっと龍一朗君呼んでくる。香奈子、念のため南休憩所に行って確認してくれないかしら?」


 「分かりました」


 彼女らは休憩所を出て気配を消した俺のすぐ脇を通り過ぎ、引率者は先ほど俺がいた御門辺りを、香奈子と呼ばれる女性はすぐ近くにある南休憩所方面に行ってしまった。

 俺を探しに行った彼女らは俺を知っている訳であり――というか、あの女子高生は幼少時にうちによく来ていた真成寺香奈子か。

 残る引率者は年齢からすると養生あずきであろう。彼女は父親のお弟子さんである。ならば彼女らは間違いなく『魔王なんとか隊』だ。

 そうか、初めて会ったあの時中学生だったあずきさんは学校の先生か。香奈子はなぁ……イマイチ記憶にないんだが、どうも近くに寄りたくない気がする。

 いずれにしても、こいつらが対象だったら相当ガッカリする。


 残る3人はどうなんだろう。

 ぱっと見た感じは緑がかった髪といくらか赤毛の子、そしてもう一人は青髪である。ずいぶんカラフルな頭髪だこと。俺の記憶にない人達である。 

 俺はあえて潜伏の術式をゆっくりと解き、何食わぬ顔して休憩所に入った。


 中は暖房のおかげで外の寒さを忘れることができた。


 「あぁ、暖かい」


 俺はストーブの近くに近づき手を差しのばし暖を取る。


 「あれ、あの子――そうじゃないの?」


 赤毛の子が俺の存在に気がついた。


 「まさか」


 青髪の女の子がすぐに否定する。そりゃ、俺を知っているであろう2人が行ってすぐ俺が入ってきたんだからそう思うだろう。


 「彼なのかしら?」


 緑髪の女の子がちょっと困惑した表情で二人に確認する。


 「そうねぇ、じゃあヒトミンよろしく」


 赤毛が緑髪に振った。


 「えっ、なんで後輩の一年生に部長の私が指示されなければいけないのよ! そう言うサクラ、あなたが聞いて来なさい」


 「えぇっ、面倒くさい。じゃあシナポンよろぴく」


 「ちょっと、それくらいは自分でやりなさいよね」


 少し揉めだしてきた。そうか、とりあえず緑髪の『ヒトミン』、赤毛の『サクラ』、青髪の『シナポン』ということがわかった。


 このまま素直に答えてやっても良いが、もう少し情報が欲しいところ。

 俺は彼女らの声が聞こえなかった振りをしながら、一枚の地図を取り出した。

 京都観光案内の地図である。


 「さて次はどこ行こうかなぁ……」


 京都の観光案内の地図には大体はバスの路線地図が記されており、地図と路線を駆使していけば目的の場所へ行くことができる。ついでにバスの時刻表なんてものをスマホ等で見ていれば、観光客だと思うだろう。


 「――なんだ観光客だったじゃん、声かけなくてよかったよ」


 サクラが苦笑いしていると、ヒトミンとシナポンが白い目で彼女を睨んでいる。

 さすがに気まずさを感じたのか腕時計に視線を移し「お、遅いなぁ・・・中坊を拉致ってくるのにそんな時間かかるかな。」と困った笑みを浮かべながら誤魔化した。時間が合っていれば午後3時10分くらいだろうか。

 ところで『中坊』っていうのは俺の事か?他人を見下すあたりといい、何となくこの女は香奈子と同様わがまま令嬢である気がした。

 ……きっと天然で何を考えているのか分からないタイプだろう。


 「あんた言い方悪いわよ。『校長のお子様のお守り』位に言い方改めなさいよ」


 このシナポンという女もうちのお弟子さんタイプで、立場に挨拶して裏で舌を出す感じの人間だ。そのため自分の立場を守るために泥水を啜ったりのも躊躇わない苦労人かもしれない。ここまで性格が顕著であれば生活現状は資金難と思われる。


 「このまま合流できなかったら神池邸に遅れてしまうわね。そもそも合流場所ってこの付近でよかったのかしら。もしかして御所の反対側だったのかしら」


 ヒトミンはブツブツと心配事を口にする。おいおい、現場責任者が不安を漏らすと真面目な部下は困惑するぞ――というか彼女は真面目ないわゆる決めることができない困った責任者なんだろう。それ故部下に『ああでもない、こうでもない』と言われると逆ギレして部下に丸投げするクチだな。

 もっとも部下2人はいい加減な性格でヒトミンの心配なんか余所に、買い食いなんてしている。


 ――つまり彼女らから『使命感』を感じる事は出来ず、とりあえず言われたから来ただけの『ごく普通の高校生』という気がした。


 そいつは好都合。だが時にこの普通の高校生が、予想外の行動をする事がある。


 「ねえ、キミ。観光しているみたいだけど、どこから来たんだい」


 サクラがペットボトルのお茶を飲みながら俺に声かけてきた。

 ……参ったな。よりにもよって声を掛けるのを渋っていた彼女が、気まぐれ的に声を掛けてきた訳である。

 まあ、無難に話を合わせて答えることとしよう。


 「お姉さんも関東圏の人でしょ? それに標準語に近いけどどこか千葉、茨城もしくは栃木風の訛りがあるからすぐにわかった」


 彼女の眉毛がピクリと動いた。


 「んじゃ、それじゃキミもボクと一緒の関東郊外の田舎もんか」


 おや、軽く突いたつもりだったが無表情に素早く切り返ししてきたか。こいつ見た目ほどバカではなさそうだ。


 「そう。ちょっと――いやぁ、つまん用件でぇ…………まあ、ちょっとねえ」


 あえてどこから来たかは濁す。話を切らずに気になるワードを置いてみた。

 当然そっちの方が気になる様で「なにかあったの? 家出?」と彼女は赤い瞳をキラキラさせながら食い付いてきた。


 「いやまさか。ただ、親の仕事の合間に1人で観光しているわけ」


 「あらま。ご愁傷様。でもボクらと逢えたんだから良いことあると思うよ。こんな綺麗なお姉さん、そういないと思うから」


 あらまぁ~。この人自分のこと『綺麗』って平然と言っちゃったよ。でも過大広告でもなく残る2人もそうだと思う。


 「そうなら京都の神社仏閣よりご加護があるってことなのか。そいつはありがたいな」


 「またキミも人を持ち上げるねぇ!うん。でもボクの方も困ってるんだ。ボクらも学校の用事で急遽京都に来たんだけど……うん、最初は喜んで来たんだけど――」


 逆に彼女から自分の話を切り返してきた。正直これで話が終わると思ったが、これはこれでさらに情報が得られる。


 「へえ。お姉さんも人の用件で来たのかい?」


 「う~ん。当たらなくとも遠からず。最初は遊びのつもりだったんだけど、面倒事に巻きこまれそうで」


 なるほど。ボクっ子さんも核心をそらして無難に話をまとめたか。もっとも赤の他人に『魔王』の話をしたとしても到底理解してもらえないと判断したのだろう。


 「へえ。それなら真面目にやってる振りして遊んでいればいいじゃん」


 「それもどうなんだろう。ちょっとそういう生きた方、ちょっと違う気がする」


 意外と素直に答えた。俺もつられて素直にアドバイスをする。


 「なるほどね。そういう素直な生き方素敵だと思うよ。計算づくしの人生は味気ないし」


 「ふぅん――確かにそうだよね! なんだかキミと話をしてよかったよ。変な大人の話より妙に自信ついたよ」


 「そいつはどうも……」


 でもこう言う奴って意外と鋭い事を尋ねてくるもんだ。


 「でもそれは自分自身を投影しているんじゃないのかな。キミも計算している――ハズだよね。人の相談を的確に聞いて答えてくるくせに、自分の事は話さないもん」


 ――ほぉ。こいつは香奈子タイプじゃない。俺の性格に似ている非常に面倒くさい奴だ――やはり俺の出方を窺っていたことになる。


 「さぁな。とりあえず親を含みで人を信用していないから相手の出方を見たいということにしておいてくれ」


 「――そうかい。他にもありそうだけど……キミがそう言うならそう言う事にしておくよ」


 彼女は意味深に笑みを浮かべた。


 「気に入った! キミとなら気が合いそうだ」


 そういうと彼女は手にしたペットボトルをテーブルに置くと手を差し伸べた。

 彼女に応えるように俺はあえて不用心に右手を差し出した。

 彼女は俺に術式などを施すことなくこっちの様子をジッと見ている。

 明らかに俺の様子を窺っているようであった。


 「ボクは茨城一条高校一年、倉橋サクラ。キミは?」


 当然そういう流れになるが、急に彼女は何かを察したのか、差し出した手を振って打ち消し――


 「……あっいいや。名前は言わなくて良いよ。どうせキミに縁があればまた会うことになるし、なければ旅の思い出にしてくれ」


――と再びその手を出しだした。


 「……そう。面白いお姉さんとお話しできてよかったよ」


 俺はそう答えると、握手を交わした。

 彼女は顔の表情を変えることなく微笑みながら掌を左右に振った。

 俺にしてみれば、彼女は探している相手を知っていたのか否か疑問が湧くところであるが、とりあえず彼女のおかげでここから離脱することができた。

 俺は直ぐさま京都御苑から離れることにした。


 ――冗談じゃない。


 俺は父親が耳打ちした『お前の許嫁、そのチームにいるんだぜ!』との言葉で京都くんだりまできたが、それは面白半分で婚約をぶち壊すためである。

 ところが予想に反して俺タイプの面倒くさい女がこの学校にいたわけ。

 多分サクラという姉ちゃんは俺と性格が似すぎて後で喧嘩になってしまうクチだろうが、こちらの考えが読まれて行動に支障を生じる恐れがある。これは前途多難もんである。

 仮にサクラが婚約者でなかったとしても、他の連中も色々クセがありそうだ。

 これにより婚約破棄する必要は確実に高まったが、彼女らの対策を講じる上時間が欲しい。とりあえず直ぐさま京都駅に向かいしばらく失踪することとした。

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