守り人
「それじゃあ、行ってくるから。仲良くするのよ」
「うるへぇ」
お母さんは、よそ行きの格好でドアの外に消えていきました。
「あ~あ せっかくの土曜だっつーのになぁ」
健太のため息をよそに、妹の芽衣はお人形さんで無邪気に遊んでいます。
「……ったく。そんなもんで遊んでどこが面白いんだよ」
大きなお世話です。芽衣からすれば、逆にお兄ちゃんの遊びだってどこが面白いの? ってなものでしょう。
健太は、小学校4年生。
妹の芽衣は、4歳。幼稚園の年中さんです。
先週から、お父さんは出張中。
お母さんは、昔の学生仲間と久しぶりに会う約束ができたのです。
幼稚園は今休みなので、夕方まで芽衣の世話をなさい、と母は健太に言いつけました。もちろん、健太は近所の友達と遊びに出かけたかったのですが……
彼には、ちょっと弱みがありました。
こないだ、学校の先生から——
『健太君は忘れ物が多いので、ご家庭でも気をつけてご指導なさってくださいますでしょうか』
……という趣旨のことを、手紙で母親に伝えられたのです。そういう経緯がありますので、健太もここ最近は、母親の言いつけに対してはなかなか強く出ることができないでいる、というわけです。
「ちっ。夕方まで子守かよ」
自分だって、子どもなのですけどね。
でも、芽衣はどちらかというと手のかからない、扱いやすい子でした。
大してかまわなくても、お人形さんか絵本さえあれば、静かに一人で遊んでいます。ですから、健太は仮面ライダーのDVDを見たり、ポータブルゲームをしたりして、好きなようにして過ごすことができます。
ですからこの子守も、本当は『楽勝』で終えるはずだったのです。
「お兄タン。おなかすいたぁ」
ちょこちょこと歩いてきた芽衣は、兄を見上げました。
舌足らずの芽衣は、どうしてもお兄ちゃんとは言えず、お兄タンになってしまいます。でも、またそこに何とも言えないかわいらしさがあります。
そして、身内のひいき目を抜きにしても、芽衣は目鼻立ちの整った将来美人になりそうなかわいい妹です。
健太は、芽衣とよく兄弟げんかをします。たいがい、ちょっかいを出すのは健太のほうです。
一見妹嫌いにも見えますが、実は妹が好きなことへ裏返しであり、照れであるのかもしれません。
「そっか。もうそんな時間かぁ」
健太はお母さんからお昼ご飯代に、1500円を渡されていました。
芽衣を連れて外食してきてもいいし、何か買って食べてもいいよとお母さんから言われていました。
もちろん、そうするつもりです。
……誰も見てないだろうな!?
健太は始終、キョロキョロと街中を見渡します。
というのも、芽衣が
「お兄タン、お手手」
というので、仕方なく手をつないで歩いていたからです。
まぁ、今は物騒な世の中ですから、4歳の子を連れて歩くのに、手をつなぐのはある意味当然ではありますが、健太にしたらやっぱり恥ずかしいのです。友達にでも見られて冷やかされたら、たまったものではありません。
でも、手をつないで歩いていると、得も言われない不思議な気持ちになります。
認めたくありませんが、やっぱり妹はかわいいのです。
マクドナルドかな、それともどっかのホカ弁当買うかなぁ?
昼食のお金の使い道を、健太があれこれ考えていたその時——
「お兄タン、あれ見るぅ」
急に芽衣は健太の手を振りほどき、テクテクと走っていきます。
「お、おいっ どこへ?」
焦った健太は、芽衣の背中を追います。
芽衣は、一軒の花屋さんの前で止まりました。
看板には、『フラワーショップ・KIBOU』とあります。
しゃがんみ込んだ芽衣は、真剣にお花を見ています。
「あらいらっしゃい。小さいお客様ねぇ。大歓迎ですよ!」
若い店員のお姉さんが、奥から出てきました。
髪の毛は茶髪で、ちょっと派手な感じです。
健太は、正直驚きました。芽衣は普段とってもおとなしい子で、母親と買い物に行っても何かをねだったりしたことはありません。ましてや、自分から興味を持ってどこかへ行ってしまう、ということもありません。
親の引っ張っていくところに、おとなしくついていく子だったのです。
「お兄タン。これ、カワイイね」
ウットリとして芽衣が眺めているのはー。
キレイな白百合の鉢植えでした。
「芽衣、これ欲しいなぁ」
健太は、芽衣が何かを欲しがるのを初めて見ました。
親でさえ、『この子もっと自分を主張すればいいのに。健太ほどだと困るけど、そこそこそういうのもないと心配ねぇ』 と普段から心配しているのです。
健太にすれば、その時は『うるへぇ』と思うだけだったのですが、今初めて子どもらしい欲求を口にした妹を見て、健太は雷に打たれたような感覚を覚えました。
まさにその時、健太の中で何かが熱く弾けました。
健太は、店員のお姉さんに尋ねました。
「店員さん、これいくらですか?」
「ああ、値札があるはずだけど? 裏に隠れてるわね、これこれ」
見ると、鉢に付けられているタグが裏返しになっていました。
向きを変えて値段を読み取ると——
¥3.200-
「……高いなぁ」
健太はがっかりしました。
「これでも、安くしてるんだけどね。そうね、子どもの買い物には高いかもね」
店員のお姉さんは、ちょっと考え込むような表情になりました。
「よっしゃ。大まけにまけて2000円ポッキリでどう? それ以上まけちゃうと、うちの店も儲けがなくなっちゃうからね」
その言葉に、健太の顔がパッと輝きました。
「ホントに? でもお姉さん、勝手にまけちゃっていいの? 店長さんとかに言わなくちゃいけないとかさ」
健太はなかなか大人びた心配をします。
「あのねぇ。私が店長なんだけど……」
お姉さんの胸のネームプレートを見ると確かに!
『店長 村島メグミ』
「ありゃ、ごめんなさい。お見それいたしましたっ。……行くぞ、芽衣」
何を思ったのか、健太は急に芽衣の手を引くと、足早に店の外に出てしまいました。若い店長の姉さんに、そう言い残して。
再び健太が芽衣を連れてお店に戻ってきた時、彼は片手にピカチュウの貯金箱を抱えていました。
それをデン、とカウンターの上に置きました。きっと、健太の貯金なのでしょう。
健太は、お昼代として持っていた1500円をまず出しました。
「あと、この中のお金を足せば、きっと足りると思うんだけど」
さて。健太が貯金箱をひっくり返して中身を出し、メグミ店長が数えます。
「100円、200円、300円……」
小銭をかき集めた結果——
「1948円、だね」
健太は、がっくりと肩を落としました。
「足りない、のかぁ。おかしいなぁ。あると思ったんだけどなぁ……」
その時、芽衣とメグミ店長は驚きました。
というよりも、本人が多分一番びっくりしていることでしょう。
健太が、その場で泣き出したからです。
「わあぁぁ~~~ん! えええぇ~ん」
顔を真っ赤にして、ボロボロと涙を流して。
きっと、彼は彼なりに、妹の願いをかなえてあげたかったのでしょう。
そしてそれをかなえてすらやれなかった自分の無力さが、悔しかったのでしょう。
「お兄タアアアン!」
芽衣も兄にすがりついて、火がついたように泣き出しました。
メグミ店長は、その値段でも売ってあげる気ではいました。
でも、しばらく言わないでおこうと思いました。
だって、その兄妹の泣く姿があまりにも美しかったんですもの——。
「ただいま」
お母さんは帰ってきて、ビックリしました。
芽衣が、高そうな鉢植えをウットリと眺めていたからです。
「まぁ。それどうしたの?」
花からは視線を外さないで、芽衣は答えます。
「お兄タンが買ってくれたの」
「…ええっ」
母は、不自然に背中を向けてゲームをしている健太に聞きました。
「あれ、高かったんじゃない? よく買えたわねぇ」
「み、店の人がまけてくれたから……」
焦りのせいか、声が上ずっています。
「これ、まけるったってかなりのものよ。あんた、お昼ご飯代全部これに使ったんでしょ! 正直に言いなさい。あんたたち、今日のお昼は何食べたの?」
「お兄タンが家でほっとけえき焼いてくれた。焦げたりブツブツ多かったりしたケド、何とかオイシカッタよ」
それを聞いた母は、腹を抱えて大笑いしました。
「……そんなに笑うなぁ!」
健太は真っ赤です。
そしてさらに——
「お兄タン。こっち来て」
芽衣は、兄を手招きします。
「何だよ」
面倒くさそうに、妹の前に立ちます。
「しゃがんで」
母親もそばにいますので、あまり邪険にもできません。
「こうかよ?」
健太は、しぶしぶ床に膝をつきます。
これで、芽衣と健太の顔の高さが同じになりました。
「お兄タン、好き」
芽衣はお兄ちゃんのほっぺに、チュッとかわいい唇をひっつけました。
ボカン!
沸騰したヤカンか爆発した火山のようになった健太は——
一目散に、自分の部屋に逃げていきました。
喧嘩も沢山するけれど
本当は妹想いの兄
お兄タンの大好きな妹
長い人生、色々な事があると思うけど
これからもずっと仲良くね
お二人さん——
あさっての向こうに 賢者テラ @eyeofgod
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