エピローグ

△▽△▽△▽△▽△▽△


 地球には美しい砂浜がいくつもある。


 かつては無数の海水浴客で溢れ返っていたのだろう、地球のとある澄んだ海面を間近にする砂浜に、点々と足跡が二人分、続いている。

 その先に視線を向ければ、一組の若い男女―――少年と少女の姿を見ることができただろう。少女の方は白と青のワンピースを身につけ、少年の方はくすんだ色のシグアノン星議員服を身にまとっている。


 少女―――ユアルの方は踊るように、波が寄せて湿った浜の上を歩んでいくのに対し、少年、ラペダは乾いた砂に足を取られて靴を砂まみれにしながら、その後に続いていく。

 二人がどのような会話をしているのか、少し離れた岩場の上に立つ侍従アンドロイドのレアニカには分からなかったが、それでも二人の表情から、明るい言葉が交わされていることは見て取れた。



 そして海の向こう――――砂浜から数キロ離れた先には巨大な構造物が。

それは「蒼」の移民たちのために築かれた海上都市。再び地球へと戻ってきた子孫たちは自分たちの移住によって地上の環境を損なうことを良しとせず、重力制御によって水面からやや浮かんだ形で安定している巨大な海上都市を建設するに至った。ここは「蒼」の移民たちにとって第二の故郷となるだけでなく、「人類の秘密」に関するテクノロジーを解析・成熟させるための研究拠点となることが決まっている。


 地球に到着して以降、ユアルとラペダは多忙な日々を送っていた。ユアルは父を継いで「蒼」を実質的に治める族長として、ラペダは外交議員としてドータイナ内閣から慰留され、地球とシグアノン星を繋ぐ外交的な窓口となっていた。



 この砂浜での一時は、二人にとってささやかな休息に――――



『もっと近くで二人を見守らなくて良いのかね?』


 男、ルーオ博士のホログラム映像がレアニカの側に現れた。レアニカはかぶりを振って、


『今は、互いを意識し合うお二人にとって大事な時間ですから。侍従アンドロイドの出る幕はありません。それは、あなたも同じですよ?』

『なるほど。ジェズネター共々自重することにしよう』


 1体のアンドロイドと1体の人工知能ホログラムは、遠くの二人を暫く黙って見守っていた。

 が、ルーオの方から早速沈黙は破られる。


『―――情勢は、これから厄介なものになるかもしれんな。とりあえずはユアル君の提言の通りに各勢力は意見の一致を見た訳だが』

『姫様も各勢力との折衝には心を砕いておいでです。「人類の秘密」―――人間はどんな特性も獲得できるという新たなる可能性は、ともすればこれまでの人類社会そのものも混乱に陥れる要素となり得ますから』


『うむ。―――ジェズネター、最新の情勢を概説せよ』


 ルーオの要求に『はい、ルーオ博士』とジェズネターは直ちに回答した。


『表面上はシグアノンを含めて各勢力共に融和姿勢へと政策を変換しつつありますが、水面下では軍備の再建・増強が急ピッチで進められています。特に「紅」は損失した艦隊を再建する動きを見せています』

『シグアノンもかね?』

『セキュリティ上正確な回答はできかねますが、壊滅したシグアノン宇宙艦隊の再建は政策上の優先事項の一つです』


『なかなか、一朝一夕で世界は変わらないか。人類の歴史は戦争の歴史でもあったが、それは地球でも宇宙でも変わらないようだな。困ったものだ。万一にも私の研究成果が水泡に帰することがあれば………』


『私たちにできるのは、人間を信じ、支えることです。姫様はそれに値するお方であると確信しています。そして姫様とラペダ様、それに大勢の方々が力を合わせれば、今までにない未来が開けることでしょう。―――かつて人類が、旧来の国家社会の枠組みを超えて、互いの精神的特性に応じて自分たちの社会を再構築したように』


『………君は、なかなかアンドロイドらしくないな』


 ルーオの言葉に『そうでしょうか?』とレアニカは首を傾げた。


『私は侍従アンドロイドとして製造され、今、姫様にお仕えしています。その機能に最大限忠実であることは私にとって当然のことです。ジェズネターもそうでしょう?』

『自らの機能に最大限忠実であるという点において同意します。私ジェズネターはシグアノン社会および全インフラの管理運用のために作られた人工超知性です。私が管理運用する社会は維持・発展されなければなりません。それが私ジェズネターが作られた意義であり使命であります』



 1体のアンドロイドと1体の人工知能ホログラム、それに実体の無い人工超知性が砂浜の人間二人を見守っている。

 と、



『ちょうどいい。これから人類がどう変化していくのか、この面子で議論しようじゃないか』

『恐れ入りますが、情報要素が不確定であり私ジェズネターの推論機能では正確な回答ができかねる場合があります』

『構わんよ。君の全情報を整理して、可能な限り正確な未来図を描いてみたまえ』


 ルーオの問いかけに、ジェズネターは数秒間沈黙した。

 そして、


『―――情勢は楽観視できません。「紅」を筆頭に各勢力は領域の拡大とそれに伴う軍備の増強を進めており、社会の不安や矛盾が肥大化する可能性があります。「人類の秘密」に基づく人類社会の発展のためには社会情勢が強固に安定していることが望ましいと考えられます。それが達成されない条件下で「人類の秘密」に関する研究成果が公表された場合、各勢力内において大規模な混乱が生じ、無秩序な武力衝突が発生する可能性があります』


『破滅を回避する方法は?』


『「人類の秘密」に関する研究成果を全面公開するのは、各勢力の交流が活発化しその多様性が互いに高いレベルで容認されて一定期間経過した後が望ましいと考えられます。現在、人類各勢力の人的・物的交流は十分でなく、特にシグアノンは超長期に渡る隔絶状態にあります。誰もが互いの精神的特性・信条を容認し尊重できる安定した環境下でなければ、研究成果の全面公開は人類社会の発展に資することなく、むしろ混乱を助長して社会・文明の衰退に帰結する恐れがあります。私のような人工超知性にとっては高度な情報管理が、人類にとっては強い忍耐と相互理解に向けた努力が要求されるでしょう』



 ルーオとジェズネターはその後も議論し合っていたが、レアニカはそれに加わらず、ただ砂浜にいる二人を見守っていた。

 科学的にある程度推測可能とはいえ、未来は常に未確定だ。人間の被造物であるレアニカも、それは十分に理解していた。その揺動する未来の中で、主であるユアルは「紅」の猛追を振り切って「人類の秘密」を手にすることができたのだから。


 この先人類の前に待つのは果たして、繁栄か破滅か。それとも誰もが想定もしない別の現象か。

 ただレアニカは、ユアルとラペダが互いを幸福で満たすことを、願った。



 光ある未来はきっと、人間一人一人の幸福によって構成されるものだろうから。







(終)

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灰色の惑星 琴猫 @kotoneko112

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