「紅」の襲撃
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『―――ユアル様。「灰色」の戦艦が接近してきます』
アンドロイド侍従のレアニカの報告を受けるまでもなく、メインモニターに表示される巨大な宇宙戦艦の姿はユアルの目にもはっきり映っていた。
「蒼」のタイプ・セデア855外交用スターヨットは、「蒼」の中でも族長や閣僚などの上級階級者にしか使用を許されない、最高級のデザインと装備を施された宇宙船だった。が、今では激しい攻撃によってシールドは消失。船殻も激しく損傷し、メインエンジン出力の低下から、わずかな速度でよろめくように航行するより他ない状態だった。
「通信機はまだ直らないの? レアニカ」
激しく破損したコックピットにて。
ユアルの問いかけに、黒髪の女性型アンドロイド、個体名〝レアニカ〟は恭しく一礼した後、
『申し訳ございませんが通信設備そのものが破壊されており、他船との通信は不可能です』
眼前にワープアウトしてきた「灰色」の戦艦は、その気になれば容易に、このちっぽけなスターヨットを破壊することができるだろう。
「灰色」が、同じ人類でありながらいかに排他的な民族かはユアルもよく知っている。「
そんな彼らが、傷ついた「蒼」の船を見てどのような反応を示すのか………ユアルにも予想することすらできなかった。
「………彼らは、私たちを沈めると思う?」
『可能性はあります。「灰色の人類」は「現人類」の末裔である我々に強い警戒心を抱いているとされておりますので。ですが常識に則って考えれば、スキャンにて我々の状態を把握した後、テレポート収容を行うかと。そのためにこの距離まで接近したものと考えられます。撃沈を目的とした場合、遠距離からビーム兵器等で砲撃すればよいだけですから』
ユアルは胸元で揺れるペンダントをギュッと握りしめた。
「蒼」の存亡は、今や自分の手にあると言っていいのだから。何としても「灰色」へと亡命し、激戦に飲み込まれた首都星に残った父に代わって人類の「秘密」を………
その時、【敵艦接近】の警報が鳴り響いた。
レアニカが淡々と事実を告げる。
『………ユアル様。「紅」の艦が2隻、本船の後方でワープアウトしました』
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『戦闘艦が2隻、ワープアウトしました。艦型照合―――人類勢力「紅」のウォーラプター艦です』
猛禽が翼を広げたような戦闘艦が、ジェズネターの報告通り2隻、〈エルデスティ〉のメインスクリーンに表示される。既にここはシグアノンの領域であり、この2隻が何かしらの害意あるいは敵意を持って領宙侵犯を行ったことは火を見るよりも明らかだった。
『プロトコルに従い防御態勢に移行。シールドアップ。ディスラプターオンライン。誘導ショックミサイル装填完了』
「通信を試みろ。ここはシグアノンの領域であり戦闘態勢を解除して離脱するよう伝えるんだ」
了解、とジェズネターがラペダの指示通りに通信を送る。
果たして………
『ウォーラプター艦から通信要請』
「くそ………回線を開け」
黙って帰ればいいものを。次の瞬間、メインスクリーンは2隻の艦の映像から通信用画面へと映り変わった。
一人の彫りの深い顔立ちの男が映し出される。その背後ではブリッジ士官らしき者が慌ただしく端末を操作したり行き交っていた。
『………私は「紅」宇宙艦隊、ゴダレス司令官だ。「灰色」の臆病者が一体何用か!?』
「こちらはシグアノン政府、ラペダ外交議員だ。貴艦は我々シグアノンの領宙を侵犯している。先ほどの通信の通りだ。直ちに………」
『退散するのは貴様の方だバカ者ッ! 我々は逃亡した「蒼」の船を追ってここまで来たのだ。ここがお前たち「灰色」の領域だと言うのなら、「蒼」と「灰色」は同盟関係にあると判断するがそうなのか!?』
威圧的な口調だ。シグアノン人によっては震え上がるか、思考停止に陥ってまともな判断ができなくなることだろう。
「その損傷した小型船が「蒼」の船であるという根拠は? 我々はその船に関する情報を有していない。我々は未確認船の領宙侵犯を確認し………」
『そこから説明せねばならんのか!? それは「蒼」の王族が乗る外交船だ! 今すぐ我々に引き渡せ! さもなくばお前ら諸共撃沈するッ!!』
最後まで話聞けよクソジジイが………
何で中年って生き物は勝手一方的にギャーギャー言うんだよ。外交議員になってからというもの「翡翠」の外交官といい、中途半端に年食って中途半端に高い地位にある奴は口を開くだけでも迷惑極まりない。
ジェズネターが敵艦の状態を別のホロウィンドウを表示して報告してくる。すでにディスラプター砲は発射準備完了状態にあり、いつでも戦う気満々のようだ。「紅」は好戦的な民族だと聞いているが、ここまで一方的だとは………
「ここは我々シグアノンの領宙であり未確認船の調査・乗員への事情聴取については社会通念に鑑みても我々シグアノン政府に優先権がある。引き渡し等については次回、適切な担当者との間で………」
『フン! やはり「灰色」の人間は頭が悪いようだな! こちらを見ろ! 2隻いるだろうがッ!!』
話聞けクソ死ね。
そっちの新人がお前のパワハラでメンタル逝く前に始末してやりてえ。
ゴダレス司令官の戯言を聞いている一方、ラペダはホロパネルでコマンドを操作し、コマンド入力でジェズネターに指示を送った。
【シールド拡張】
【未確認船を保護せよ】
シールドを拡張した場合、若干強度が低下するが、万一の事態に第一撃をしのげればそれでいい。
『………もう一度返答を聞こう。謝罪しその船を我々に引き渡すのかどうなんだ!?』
「ご希望に沿えなくて申し訳ないが断る」
ラペダの返答を聞いた瞬間、ゴダレスは一方的に通信を打ち切った。
『敵艦ディスラプター砲、発射臨界に達しました。回避不可能。衝撃に備えてください』
次の瞬間、2隻のウォーラプターの艦首にあるディスラプター砲が煌めき、太い光条がシグアノン艦を激しく打ち据えた。
衝撃にブリッジは容赦なく揺さぶられる。
『シールド強度91%まで低下。再構築中』
「反撃しろ!」
〈エルデスティ〉の艦首ディスラプター砲も最大出力で発射。敵艦1隻の前方シールドを弱体化させた。
そこに垂直発射ランチャーから発射された誘導ショックミサイル4発が殺到。艦首や左翼部を抉られたウォーラプターはヨロヨロと後退していく。
それを庇うようにもう1隻が前進。ディスラプタービームを激しく〈エルデスティ〉へと撃ちかけてきた。
直撃の衝撃。
だが〈エルデスティ〉のダメージは未だ許容範囲内だった。シールドの拡大化で小型船を守りつつ、再度ディスラプター砲を連射。
激しい撃ち合いに押し負けたウォーラプターは次いで襲いかかる誘導ショックミサイルの直撃によって右翼部が吹き飛ばされる。無数の破片と残骸をばら撒きながら、中破したウォーラプターは力なく漂流し始めた。
『ウォーラプター1隻の戦闘オプション及び航行システムを破壊。1隻を撃破しました。本艦のシールド強度、65%まで低下。再構築中です』
シグアノンの領域を守るレシグア級戦艦は、強力なディスラプター兵器と誘導ショックミサイルで重武装し、最新の防御シールドで守られている。火力よりも機動力や即応展開能力を重視しているはずのウォーラプター2隻では、この防御を打ち破ることは容易ではないだろう。
事実、2隻のウォーラプターは打ち破られ、シグアノン戦艦はほぼ無傷だった。
『2隻のウォーラプターから小型艇が発進しました。ワープ能力を備えた脱出用短艇と思われます。トラクタービームで鹵獲しますか?』
「いや、下手に捕虜を取って問題を大きくしたくない。………事情は〝こっち〟の方が知ってるだろうからな」
ラペダはやや弱体化した〈エルデスティ〉のシールドに未だ守られている未確認船を見やった。
と、その時。最後の小型艇がワープして逃げ出した瞬間、航行不能状態に陥っていた2隻のウォーラプターは、動力炉に点火して自爆する。超新星を思わせるような二つの激しい火球が、暫しシグアノン星系の片隅を彩った。
△▽△▽△▽△▽△▽△
戦闘の模様は、スターヨットのコックピットからもはっきり目の当たりにすることができた。
「紅」のウォーラプターの猛攻を受ける「灰色」の宇宙戦艦。ウォーラプターは強力かつ機動力に優れており、しかも2隻。1隻の、しかも「灰色」の戦艦に勝ち目があるとは到底思えない。
が、ユアルの悲観的な予想に反し、「灰色」の戦艦は想定外の頑強さを見せ、機動戦に持ち込まれる前にディスラプターと誘導ショックミサイルの集中砲火で1隻ずつ撃破して見せた。無様に脱出用短艇を吐き出し、最後には自爆したウォーラプターの火球が、照明のパワーも落ちたヨットのコックピットを照らす。
『………これは、「灰色」に我々を保護する意思があるということで………?』
レアニカが口を開いた途中、二人はテレポートビームの閃光に包まれた。
数秒後、視界からようやく光が消え去った時、ユアルとレアニカは見知らぬ空間の只中に佇んでいた。
「ここは………」
『迎えのようです』
ユアルの視界の先で3本分のテレポートビームが輝く。光が消え去った直後、そこには一人の男…少年? と両脇で彼を守る2機の戦闘用ドローン兵の姿があった。
何も無いが広大で無機質な空間にポツン、とユアルたちは立っている。
「………私はシグアノン政府外交議員ラペダ。プロトコルと人道に則りそちらを一時的に保護する。ついては身元を明らかにしてほしい」
ラペダの求めに、まずレアニカが進み出、恭しく首を垂れた。
『まず、この度のご厚情に感謝申し上げると共に、そちらの安全保障を脅かす事態となったことをお詫び申し上げます。私は「蒼」族長家侍従のレアニカと申します。そして、こちらにおわす方こそ、「蒼」が族長ノディス・ゼア・ユトメニア3世が第1公女、ユアル・ゼア・ユトメニア様であらせられます』
ユアルも一歩進み出て、品良くスカートの裾を軽くつまんで一礼した。
「お目にかかれて光栄です、ラペダ議員。早速ですが私を「灰色の惑星」までご案内いただけるかしら?」
「申し訳ないが「灰色の惑星」というものは知らない。ここはシグアノン星系であり、我々の母星は第5惑星シグアノンだ」
「でもあなた方は………!」
言い募ろうとしたユアルを、レアニカはそれとなく押し留めた。
『………ユアル様。おそらく「灰色」では、その名自体が一種の侮蔑として認識されているのかもしれません。彼らの呼称に準じるべきかと』
「でも………!」
『ここで彼の機嫌を損ねた場合、便宜を図っていただけない可能性があります』
その耳打ちを聞き、ユアルは再びラペダへと向き直った。
「………先ほどは失礼したわ。改めて、惑星シグアノンの最高指導者との面会を希望します。両国の、いえ人類そのものの存亡に関わる重要なお話があるとお伝えいただきたいわ」
ラペダは怪訝な表情を見せたが、とりあえず武器を下ろすよう2機のドローン兵に命じた。
「聞きたいことは山ほどあるが、とりあえず客室で休んでいただきたい」
『―――初めまして。私は〈ジェズネター〉。シグアノンの人工超知性です』
突然、頭上から声だけが降ってくる感覚に、ユアルは驚いて周囲を見回した。ジェズネターは続けて、
『申し訳ございませんが私はアンドロイドとは異なり、特定の実体を持つことなく皆さんに情報・インフラサービス等を提供しております』
「………そう、なの。「蒼」とは違うのね」
『データベース不足につき「蒼」の社会についての見解について申し上げることはできません。艦内客室までホログラム表示にてご案内いたしますので、どうぞこちらへ』
「………あなたが案内してくれないの?」
ユアルは未だ遠巻きにこちらを見ているラペダを見やった。ラペダは一瞬、眼前にホロウィンドウを表示させ、
「儀礼に則り私が案内します。こちらへ」
とユアルとレアニカを先導した。
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