第1章 惑星シグアノン

外交議員ラペダの憂鬱

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 シグアノン暦999年。

 グレ座シグアノン星系第5惑星、シグアノン。



 画一的な超高層建築が均一的に立ち並ぶ首都イスペクの光景は、過去の人類が見れば退屈に思うのだろうか?

 尤も、人工超知性〈ジェズネター〉とそれが制御する工作機械の手を借りてこの都市を建造した我々シグアノン人は、特に都市の景観にはこだわらない。シグアノン人の多くは窓の外よりも、ホロモニター上に浮かぶ無数の情報をただ閲覧することに人生の意義を感じているからだ。画一的な部屋で、一人で。


 シグアノン外交議員ラペダも当然にその一人だった。17歳にして〈ジェズネター〉と議会に適性を判断され、シグアノン人の中でも数少ない、外界と接触する〝特権〟を押し付けられる「外交議員」という仕事を与えられたが………これはシグアノン人の仕事の中でも特に好まれない部類に入る。


 人と会話する。コミュニケーションを取る。言葉の裏にある相手の真意を見通して、予め先回りして機嫌を取る。相手と交渉して利益を引き出す。


 この仕事を押し付けられることが決定した時、ラペダは当然に自殺してやろうかと考えた。一般的なシグアノン人なら一生出ることのない集合住宅の自室から離れ………場合によっては惑星シグアノンすら離れて、ベラベラと喋り倒す「現人類」の末裔たちと〝コミュニケーション〟を取らなければならないなんて。内向的で繊細で、要領の悪いシグアノン人にとっては、拷問にも等しい。


 だが、ラペダは生きて、首都イスペクの上層にある議員専用高層住宅から眼下の街並みを見下ろしている。自律制御の貨物輸送ビークル以外飛び交うもののない街並みを。


「………〈ジェズネター〉、今日の予定は?」


 ラペダが呼びかけたのは、シグアノンの領域において一切のインフラ・産業活動を管理運用する人工超知性〝ジェズネター〟。

 その落ち着いた合成音声が、ラペダの問いかけに答えた。


『―――はいラペダ議員。午後2時より最高評議会が招集されます。首相より「翡翠の人類」との貿易交渉結果について、口頭での報告が求められております。報告資料は作成・送付済みです』



 シグアノン現首相ドータイナは、おそらく懐古主義的な人間で、外出と対面を何よりも嫌うシグアノン人において、直接対面しての会議を常に望んでいた。首相に推された瞬間にその本性が明らかとなったのだ。今年中には不信任決議が出されて退陣し、〝常識的〟なシグアノン人議員が次期首相に推挙されるだろう。


「他は?」

『首相は評議会後の会食を希望されております。「翡翠」産の根野菜と合成肉料理を用いた………』


 吐き気がする。

 よりにもよって食べ慣れない他国の料理を、十数人の議員と首相と共に食しながら、「談話」に勤しむのだ。最悪の場合、「翡翠」から誰か外交官でも来ているのかも………。


「………ジェズネター。参加者の中に他国人は?」

『「翡翠」よりトムマス・イルラペン様ご一家が参加予定です』


知っているあの騒がしい「翡翠」の外交官ではない。アイツだったら絶対に行かない。

 ドータイナ首相は、わざわざこんな辺鄙な星を訪れた物好きな外国人一家を、政治家を動員して歓待しようとしているのだ。信じがたい暴挙だ。



「翡翠」は、かつて地球に残っていた「現人類」の末裔―――「紅」「蒼」「琥珀」「翡翠」の中で、唯一シグアノン人と国交を有している。水面下、ではあるが。

 シグアノンで開発された高度自律絶対防御システム〈メネルゴン・ネット〉を供与することで、我々は破格の対価で莫大な資源の供給を受けているのだ。


 シグアノン人は、彼らからは「灰色」と呼ばれている。かつて地球から脱出したシグアノン人の祖先が「灰色の人類」と呼ばれていたからだ。祖先たちは、「現人類」が構築した、人間関係・効率・コミュニケーション最重視の社会に苦痛と生き辛さを感じ、自らを滅ぼす前に地球から脱出することに決めたのだ。その決意は、惑星シグアノンの繁栄という形で結実した。

………にも関わらず、ドータイナ首相は祖先からの努力を台無しにしようとしている。「翡翠」と国交関係を持ち、人類社会に関与、あわよくば復帰しようと考えているのだ。時が来れば必ず糾弾し、首相の座から引きずり下ろしてやる。



『会食には参加されますか?』

「参加すると伝えてくれ。外交担当が欠席したら、後でどんな事態になるか分からないからな」



 参加した所で良い状況が生み出せるとも思えないが………。「翡翠」の物好きな旅行者の言葉の奔流に振り回されるか、話題を生み出せずに不快な空気を生んでしまうか、どちらかだ。「翡翠」の外交官も話のネタにしてくるだろう。最悪だ。



『公式行事予定は以上となります。日常タスク一覧もご覧になられますか?』

「表示してくれ」


 眼前にホロモニターが現れ、処理と決済を要するタスク一覧の羅列が表示される。大抵の作業はジェズネターが処理するが、外交に関する事項で高度な判断を要するもの、形式的に上位の者の承認が必要なものについては、ラペダや大臣・首相級が一度目を通して判断や承認を下す必要がある。


 慣れた動作で、ラペダは最初の案件を………



『―――報告します。首相より第一級緊急議会招集命令が発令されました。プロトコルに従い移動の準備をお願い致します』


 ラペダは怪訝な表情でホロコマンドを操作する手を止めた。


「何があったんだ? ジェズネター?」

『首相より第一級緊急議会招集命令が発令されました。発令理由については秘匿事項となっております』


 第一級緊急議会招集命令。それは首相のみが発することができる、議員や大臣への緊急招集命令だ。これを受けた者は何事にも差し置いて議会に登庁しなければならない。会議という会議が祖先の努力によって悉く駆逐されたこの時世においてだ。

 以前にも一度、これが発令されたことがあったが………「翡翠」の民間貨物船が領宙侵犯した時だった。



「すぐに向かう」

『ビークルをすでに用意しております』



 不快なことは早く終わらせた方がいい。数分後、ラペダは議員服に身を包み、専用のビークルから議会ビルへと飛び立った。










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 シグアノン人がまだ「灰色の人類」としての名を色濃く残していた、惑星シグアノン入植時代初期。

 当時の「灰色の人類」たちは新世界を築くにあたり、現在の基礎となる人工超知性によるインフラ建設と維持、自分たちの特性に応じた「他者との関わりを最小限に抑える」社会作りに邁進した。彼らの不断の努力の甲斐あって………現在、惑星シグアノンの人々の大半は割り当てられた住宅の自室から出ることなく、必要なものは全て人工超知性ジェズネターによって供給され、他者との関わりをシャットアウトした状態で一生を終えることができる。



 惑星シグアノン、首都イスペクにおける最大規模の建造物―――シグアノン最高議会議事堂は、祖先が駆逐し損ねた「他者と関わる」ための最大級の施設だった。



「諸君、厄介な事態が発生した。一隻の小型航宙船が我々の領宙へとワープアウトしてきたのだ。国境警備システムからの通信に一切応答せず、真っ直ぐ我々の星へと向かってきている。脅威が確実な場合、首相命令でこれを撃墜するが、さしあたって諸君らの意見を問いたい」


 男…シグアノン首相ドータイナは一気にそれだけ言うと、円形テーブルに並んで座る議員や大臣らを見渡した。

 テーブルの中央にホログラム映像が表示される。漆黒の宇宙空間をゆっくりと航行している、洗練された流線形フォルムの宇宙船の姿が。だが、よく見ると一部の構造が破壊されており、内部が剥き出しになっている。



「これは………攻撃を受けた船ですか?」


 おずおず、と問いかけたネシェンド通信システム大臣に、ドータイナは頷いた。


「ジェズネターの報告によれば強力なエネルギー兵器によるものらしい。だが我々は発砲していない」


「べ、別の勢力から攻撃を受けた未確認の宇宙船が我々の領域を侵犯していると………」

「どうすれば………?」


 議論はいまいち盛り上がらない。シグアノン人の性格を鑑みれば当然なのだが、誰もが最終的にはジェズネターが処理すると分かっていた。そのための人工超知性なのだから。


「首相。この件についてはジェズネターに最大限の権限を認めるべきかと。以上、動議を提出します」


 ラペダは立ち上がり、そう主張した。他の議員や大臣にも安堵した表情が広がり、小声で賛成や支持の声も聞こえてくる。

 だが、ドータイナは首を横に振り、


「第一級緊急議会における首相権限に基づき、ラペダ議員の動議を強制却下する。活発な議論を求めたい」


 ラペダは一瞬、この男がシグアノン人を名乗るだけの「翡翠」の人間なのでは、などという非現実的な疑惑を抱いてしまった。予想通り、概ね同意されつつあったラペダの動議が却下されたことにより、誰もが困惑し、如何にしてドータイナ首相を満足させるべきか、知恵を絞る羽目になっている。



「………星系防衛システムを作動させて撃破することは可能では?」

「か、可能ですが未確認船の所属が不明です。不用意に撃破した場合、深刻な問題に発展する恐れがあります………」


 エルシダー防衛大臣の意見は、別の議員によってさっさと退けられてしまった。


「この惑星を目指している以上最終的には………」

「ですが所属が不明の状態で………」

「調査を………」

「た、担当は軍でしょうか?」

「民間船舶の調査は………」


 ラペダは再び挙手し、なけなしの勇気を振り絞って細々と繰り広げられる議論を、結果的に遮った。


「再度動議します、首相。私は外交議員としてこの場におります。未確認船について、所属が明らかでない現在、他国船と判断して支障はないと考えます。つきましては私がシグアノンを代表し、この船との接触を試みたいと考えます。ついては軍より艦船を1隻、提供していただきたい」


 今度こそ、賛成と同意、支持の声が強く起こり、ドータイナもこの流れを無視する訳にはいかなかった。


「………賛成の者は拍手を」


 ほとんど全員が手を叩き、ドータイナは控えめに嘆息しつつも「動議を可決する」と宣言した。











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「灰色の人類」が惑星シグアノンに移住した際、優先的処理事項として考えていたのが「現人類に対する防衛システムの確立」である。

 実際、現人類が築くコミュニケーションありきの社会に適応できなかったが故に地球を離れざるを得なかった「灰色の人類」にとって、現人類は自分たちの精神的安全に対する脅威以外の何物でもなかった。


 そのため、現人類が何かの間違いで自分たちの前に現れても、直ちに排除できるよう星系防衛システムの整備や無人宇宙艦隊、ドローン軍の建設が急ピッチで行われた。

 現在、シグアノン星系は「翡翠」に提供した〈メネルゴン・ネット〉と同型の星系防衛システムを完備しており、自分たちの国力が許す限りの無人宇宙艦隊、ドローン軍の建造も完了している。


 惑星シグアノンの軌道上防衛ステーションから1隻の、鋭いフォルムの戦艦が発進する。

レシグア級戦艦〈エルデスティ〉は、最新鋭のレシグア級において最も新しく建造された戦艦だ。これまでの航宙艦と同じくジェズネターや高度な自律制御システムによって無人での運用が可能となっており、事実、乗艦しているのはラペダただ一人だった。



『捕捉した未確認船は星系最外縁部を光速以下で航行しています。現在の速度より、惑星シグアノンに到達するまで24年かかります』

「ワープドライブを起動し、未確認船に接近してくれ」

『了解。ワープドライブ起動』



 ラペダは戦艦のブリッジにて、ゆったりとした艦長席に腰を下ろしていた。ラペダ以外に乗り込む者はおらず、全ての作業は人工超知性ジェズネターによって行われる。

 刹那、メインスクリーンに映されている漆黒に星々を散りばめたような宇宙空間は、いくつもの色彩が交錯する超空間へと移り変わった。


 空間跳躍型超光速航法、通称〝ワープ〟航法は、宇宙船全体を一種の通常空間との隔離フィールド……〝ワープ・フィールド〟と呼ばれる力場によって包み、通常の物理法則に縛られる通常宇宙空間から物理法則を超越した空間〝超空間〟に転移することによって光速の数十万~数百万倍もの速度で移動することができる技術だ。


 地球を脱出したばかりの「灰色の人類」も初歩的なワープドライブを有していたとされているが、現在ではさらに洗練された技術が導入されており、理論上は銀河の端から端まで、5年もあれば到達できるとされている。


 即ちシグアノン星系最外縁程度であれば―――ものの数分で到達可能だった。



『ワープドライブ停止。未確認船に対しテレポート可能範囲まで接近します』



 メインスクリーンに未確認船が映し出される。

 それは、弱々しく推進しながら航行しており、議会で確認した通りエネルギーの直撃とおぼしき損傷が散見できた。あれでは、内部の被害も深刻だろう。


「生命反応はどうなっている?」

『1個の生命体反応を確認しました。しかしもう1個、人型のエネルギー反応が存在しています』


 アンドロイドの一種か。特に人型にこだわらないシグアノンでは運用されていないが、「翡翠」や他の人類勢力ではアンドロイドはごくありふれたものだと聞く。


「通信回線を開け」

『星系防衛システムからも通信要請を発信していますが、一切応答ありません。スキャンの結果、通信システムに異常が発生している可能性があります』


 それなら、テレポートで乗員を収容し、直接聞いてみるしかない。相手の同意なくテレポートすることは礼儀に反しているが、すでに領宙侵犯を受けている以上やむを得ない。

 ラペダはジェズネターに指示を飛ばそうとした………その時だった。




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