蒼からの訪問者

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 シグアノンにおいて、首相の権限は強大だ。

 議会招集権の他、一定の要件の下での議決・動議の拒否権を持ち、場合によっては裁判所に対する指揮命令権も認められる。

 それだけ強大な権力を有するが故に、シグアノン首相となる人物は選挙で慎重に選ばれる。シグアノンがこれまで築き上げてきた価値観を重視・配慮できる人物が。


 だが、現首相ドータイナは歴代首相の中でも特筆して異例の存在だった。

 まず彼は軌道上防衛ステーションにて、〈エルデスティ〉のエアロックから現れたユアルとレアニカを出迎えた。宇宙港まで連れてこられたことにすっかり青ざめた閣僚たちと共に。ユアルに続いてエアロックから出たラペダには、彼らが半強制的に連れてこられたことが容易に想像できた。


ドータイナはシグアノン人とは思えない、能天気なほどの笑顔で、



「ようこそ惑星シグアノンへ。私は首相のドータイナと申します」

『お出迎えありがとうございます、首相。こちらにおわすお方は「蒼」が族長ノディス・ゼア・ユトメニア3世が第1公女、ユアル・ゼア・ユトメニア様であらせられます』


 アンドロイドのレアニカの紹介に、ドータイナは一層、満足そうな笑みを浮かべた。


「なるほど。今日は我々にとって喜ばしい日だ。「翡翠」のみならず「蒼」からもお客人が訪れるとは、ご存知の通り我々の領域は銀河系の最外縁にあり………」


「………ここに来たのは物見遊山だからではありません! 「蒼」と「灰色」二つの人類にとっての危機をお伝えするためにここに来たのです」


 ドータイナは話がよく分かっていないのか、呑気に首を傾げ、その後ろにいる防衛大臣は今にも卒倒しそうなほどすっかり顔から血の気が消え失せていた。

 ラペダはユアルの前に出て、



「詳しいお話は首相専用オフィスでお聞きするべきかと。ここは会談の場としては不適当です」



 十数分後、軌道上防衛ステーションから惑星往還用のシャトルが地表に向かって発進した。







 首相専用オフィスは、ラペダも暮らす議員専用高層住宅の最上階にある。おそらくシグアノンにおいてもっとも高い位置にあるオフィスだ。「翡翠」から贈られた物品や過去の歴史的遺物などがゴチャゴチャと溜め込まれており、広々とした執務デスクや応接用ソファの類が無ければ、まるで博物館か物置だ。


 外出に慣れていない閣僚たちやラペダをゾロゾロ引き連れたドータイナは、ゆったりとしたソファに腰を下ろし、ユアルとレアニカにその反対側にあるソファを勧めた。


「その前にお人払いを」


 きっぱりとしたユアルの物言いに、真っ先に動揺したのは閣僚たちだった。ドータイナは呑気な様子で、


「彼らは私の信頼する最高の………」

「これからお話することを後ほど皆さんで共有するのはご勝手ですが、まずは首相、あなたとの会談を希望します」


 鷹揚に頷いたドータイナは、一刻も早く引き下がりたくてたまらない様子の閣僚たちに目配せした、ラペダを先頭に、彼らは首相専用オフィスから………


「ラペダ議員は残ってください。外交に関わる大切なお話ですから」


 ユアルの要望に、ラペダは出ていく他の閣僚に道を開けて、首相専用オフィスに居残った。

 広さの割にはモノの多さで手狭さを感じるオフィスは、ユアルとレアニカ、ドータイナとラペダの4人だけになる。



「では落ち着いた所で、お話を伺いましょう」

「はい。ですがまず………首相閣下は、現在銀河系に分布している人類勢力について、どこまでご存じでいらっしゃいますか?」


「えー、確か「あか」「あお」「琥珀こはく」「翡翠ひすい」の4つに分かれているのでしたな? 我々シグアノンを含めれば5つですが」


「はい。太古、人類が地球を離れ銀河系の各地を新たなる住処とした時、人類は大きく、個人の特性に合わせて5つの勢力に分かれました。


非常に情熱的な性格の者が多く、高いコミュニケーション能力に裏打ちされた強固な結束力が特徴の【紅の人類】。


論理と倫理、学術と芸術を重んじ、平穏であることを好む、私たち【蒼の人類】。


情熱さと冷静さを併せ持つ中庸的で柔軟な民族と言われる【琥珀の人類】。


平和を何よりも重んじる【翡翠の人類】。


そしてあなた方【灰色の人類】です。


 大きく5つに分かれる人類は、多少の紛争や対立はありましたがこれまで破滅的な争いを経験することなく、今日まで互いに共存繁栄してきました。

 ですが………その安定は数週間前、「紅」の軍勢が「蒼」の領域を侵したことにより終わりを迎えたのです」



 コトリ、とユアルは応接テーブルの上に円盤状の端末機械らしき何かを置く。

 それを指先で叩いた瞬間、ホログラム映像がドータイナとユアルの間で大きく映し出された。


「これは………」


 それは―――宇宙空間を整然と進軍する宇宙戦艦やウォーラプターの大艦隊だった。数百、いや数千をも優に超える。

 ホロ映像は映り変わり、今度は途方も無く大規模な艦隊戦の光景が現れる。だが、一方はあまりにも数が少なく、奮戦あえなく次々に沈められていく。

 そして次の場面へ。青々とした生命居住可能惑星が大艦隊によって包囲され、次の瞬間、ディスラプター砲による激しい軌道爆撃に晒された。自然豊かな惑星は瞬く間に、鉄灰色の醜いまだら模様の死の星へと変わっていく………



「………何の前触れもない「紅」からの宣戦布告。私たち「蒼」の防衛力は極めて貧弱であり、5000隻以上の「紅」の軍勢を抑えることはできませんでした。植民星はもとより、首都星であるアルフィリアをも、破壊・占領されてしまったのです。父は、民を守る族長としての使命を全うするためにアルフィリアに残りました。私は、他国からの支援を得るため、レアニカと共に脱出を………」



 映像内で幾度も繰り返される破壊に目を奪われていた様子のドータイナだったが、ハッとユアルに向き直って、


「お話はよく分かりました。此度の件、まずはお悔やみ申し上げます。ですが………」


 そこでドータイナは、少し離れた所で事の次第を見守っていたラペダへと目配せした。いくらドータイナでも無謀な決断を下す気にはなれなかったようだ。

 ラペダは、少し離れた場所から一歩、二人の前へと進み出た。



「申し訳ないのですが、我々シグアノン政府が軍事面でお力になることはできません」

「それは当然承知しています。お願いは別にあるのです」


 ユアルはそう言うと、提げられていたペンダントを外し、テーブルの上に置いた。白銀に輝く、病的なまでに緻密な意匠が施されたペンダントだ。

 ユアルの唐突な行動にドータイナでさえ怪訝な表情を見せ、


「あの………これは?」

「我が「蒼」の族長に代々伝わるものです。遥か古…私たちの祖先が地球を離れる以前に作られたもので―――〝地球〟への道を指し示す鍵である、と教えられています。そしてそこに、人類存亡をも握る「秘密」が眠っていると。

 私が「灰色」たるシグアノン政府にお願いしたいことは一つ、この〝鍵〟を解き明かし、私を地球へ………「紅」に対抗するに足る「秘密」へと連れていっていただきたいのです」











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地球――――。

 かつての全人類の揺り籠。その星で人類は文明を育て、やがて宇宙へと旅立った。

 そしてシグアノン人………かつて「灰色の人類」と呼ばれた者たちにとっては、息苦しいて苦々しい、居場所の無い星。


 地球の位置に関するデータは、祖先が惑星シグアノンに到達すると同時に全て消去されており、1000年後の末裔たるラペダたちの記憶からもほとんど拭い去られていた。位置が不明な以上、数百億もの星がひしめくこの銀河系から特定一つの恒星系、一つの惑星を見つけ出すことは不可能に近い。



「………明日以降、お二人の処遇について閣議が開かれます。暫くはこちらの客室でご滞在を。我々には観光業という業種が無いので、大臣専用住宅に手を入れたものとなりますが」

「構いません。ご厚意ありがとうございます」


『私からもお礼申し上げます』


 ユアルとレアニカの一礼に小さく頷き、「では」とラペダは踵を返そうと、


「………あの。よければお話していきませんか? 少しでいいので」


 ユアルからの唐突な申し出。ラペダは少々驚きながら振り返ったが、


「………少しでよろしければ」


 と、慎重に、二人が先に入った客室へと足を踏み入れた。

 大臣専用住宅は、議員専用住宅とさほど変わらない。精々が応接室が広くなった程度だ。生活に必要な最低限のものだけが揃えられており、シグアノンにおける一般的な住居同様に機能性が最重視されている。

 以前、同様の部屋を訪れたことのある「翡翠」の外交官は、殺風景だのビジネスホテルみたいだ、だの散々に文句を垂れたが、他民族の美意識など知ったことではない。


 ユアルは居間のソファに腰かけた。ラペダも反対側のソファチェアに腰かける。


「………何か、飲み物が欲しいわ」

「ジェズネター。シグア・グレイティーセット、ホットでカップは2つ」


『了解しました』


 一瞬後、二人の間にあるテーブルの上に、シグアノンにおいて一般的な飲料、シグア・グレイティーが入ったポット、砂糖入れ、ティーカップがテレポートした。ラペダは二つのカップにそれぞれ注ぎ、一つをユアルの方へと置く。


「砂糖はお好きな分量で。少し苦めですので砂糖多めをお勧めします」

「ありがとう。いただくわ」


 上品な所作でユアルはカップを手に取り、砂糖を入れてシグア・グレイティーを嗜んだ。

 これも「翡翠」の外交官は、自販機で一番安いペットボトルティーみたいだ、と文句垂れていたが、


「………何だか、落ち着く」

『長旅で、加えて危険もありましたからね。シグアノンに辿り着けたのが奇跡みたいなものです』


 二人が乗ってきたスターヨットは、〈エルデスティ〉に牽引されて軌道上防衛ステーションのスペースドックで修理作業に入っていた。明らかに短距離用の小型スターヨットで、しかも「紅」のウォーラプターに追われながら命懸けで銀河の片隅までやってきたのだ。ラペダには………到底真似できない。


 ユアルは、再びティーカップを口に運んだ後、リラックスした様子でラペダへと微笑んだ。


「ラペダさん、お若いのに外交議員をしているのね? 私と同年代ぐらい? 首相も、他の方もお若そうに見えたけど………」

「私は、年齢は17です。ドータイナ首相は今年で24歳、閣僚や議員の中で最年少は15歳、最年長は28歳です。シグアノン人は39歳で生命機能を停止するよう遺伝子に設定されていますから」


「え………?」


 思えば、「翡翠」の外交官も似たような反応を示していた記憶がある。確か、他の人類はその気になれば医療技術を駆使して数百年生きることもあるとか。「蒼」でもきっとそうなのだろう。


「………生きる時間が、限られているの?」

「少子高齢化やモラルの低い中年層・高齢者が政治的有力化することを防止するためです。シグアノン移住初期時代に定められたものと聞いています」

「で、でも、そんなに短かったら子供の成長が見られないんじゃ………」


「シグアノン人に婚姻や自然出産・家族制度の慣習はありません。人口はジェズネターが領域内のリソース量やシステムのキャパシティ、政治的事情に応じて決定し、必要数だけバイオ合成施設で人工受精卵を用いて新規生産されます」


 他の人類にとっては不快極まりないことらしいが、特に虚偽を伝える必要性も感じず、ラペダは事実を率直そのままに答えた。

 ユアルは、動揺を隠せない様子で、


「じゃ、じゃああなた達には………〝自由〟はないの?」

「?」

「だ、だって生きる時間も制限されて、どこにも行けなくて、友達だって………そんなの、人間の生き方じゃ………っ!」


「俺は生まれた時から自由です。中途半端に年を食って他人に迷惑かけたくありませんし、自分の部屋から出たくありませんし、誰ともコミュニケーションを取りたくありません。俺の望んだ生き方を許してくれるこの星において、俺はおおむね自由に生きています」


「でも………!」


 なおも言い募ろうとしたユアルを、そっと肩に手を置いて押しとどめたのは、レアニカだった。


『おやめください、ユアル様。そもそも人類毎に特性があるのですから、社会通念上極端に合理性・人道性を欠いていない他民族の生き方は、尊重されて然るべきかと』


 そう言い含められ、ユアルは釈然としない表情を残しながらも、沈黙せざるを得ないようだった。

 だがその目………何かを哀れむようなその視線は、ラペダを大いに苛立たせた。それに、人と話す時間が長いと、それだけラペダのストレスは高まる。「灰色の人類」の特性を引き継ぐシグアノン人は、ストレスに対する耐性が低かった。



「恐れ入りますが、ここで失礼いたします。ティーセットの片付けは、ジェズネターに命令すれば直ちに実行されますので」



 それだけ言うと、ラペダは立ち上がり、早足に客室から立ち去った。

 これ以上残ると、ストレスが爆発して自分でも何を言うか分からなかったからだ。とにかく一刻も早く自分の部屋に戻り、ストレス・不安抑制剤を打って寝てしまいたかった。



 ここでラペダの、ストレスに満ちた騒々しい一日は終了した。



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