侵略者

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 ペリア・ウォニーシュ星系

 第2惑星である「蒼」の首都星アルフィリア。


「蒼」の首都星にふさわしい、表情豊かな自然や海洋を誇っていたこの惑星は………数日にも及ぶ壮絶な軌道爆撃によって大気すら消し飛び、無残な死の星となり果てていた。


 その軌道上を、5000隻もの大艦隊が整然と陣形を組んで留まっている。軍事について多少心得のある者なら、それが「紅」の艦隊であることにすぐ気が付くだろう。



「降伏勧告を無視し、徹底抗戦を選んだ結果がコレだ。民の犬死は貴様に責任があるな―――「蒼」の族長、ノディスよ」



「紅」の旗艦、アーデシア級戦艦〈バセルム〉。

 そのブリッジにて、指揮官席に腰を下ろす赤ひげの男…ギディア・ベルス総司令官は、一段下がった所で後ろ手に拘束され二人の兵士によって跪かされている「蒼」のノディス族長を見下ろしていた。


 ノディスは数日に渡る拘禁によってやつれてはいるが………その瞳からは強い意思の力を溢れんばかりに感じることができた。


「………数百年に渡る勢力の均衡。お前たち「紅」はそれを打ち崩してしまった。これから長きにわたり、破壊と死、混沌が人類を苦しめるだろう。それは「紅」も例外では………」

「黙れッ! 人類の「秘密」を独占し、銀河をわが物にしようとした男が!―――言うがいい! 貴様らが持つ「人類の秘密」とは何だ!? その鍵を持つ娘はどこに消えた!?」


「フン………娘には「翡翠」に亡命するよう言ってある。お前に捕捉の報告が無いのであれば、今頃はその領宙に到達していることだろう。こんな所で油を売ってないで、「翡翠」側の防備を固めたらどうだ?」



 もういい、連れていけ! とベルスは兵に命じて、ノディスをブリッジから引きずり出した。数日の拘禁で多少は衰弱していると思ったのだが………流石に一筋縄ではいかないようだ。「翡翠」に亡命したという言すら怪しい。


「………追撃に出した部隊からの報告は?」

「ハッ! デルタ方面に向かった第4ウォーラプター隊からの連絡が途絶しており、現在捜索隊を投入しております」

「デルタ方面だと? 確かあの辺りには………」

「シグアノン星系、「灰色」の領宙があります」


 副官はホロウィンドウのコマンドを操作し、ベルスの眼前に星図を表示させた。

「灰色」―――シグアノン星系の星系図が拡大されて映し出される。銀河系の最外縁に位置し、特に戦略的要所でもないシグアノン星系や「灰色の人類」たちは、彼らの閉鎖的な性格や政治方針も相まって、「紅」においても特に重要視されてこなかった。

 だがウォーラプターを撃破できるだけの明確な武力を持ち、なおかつ逃亡した「蒼」の族長の娘に関わっているのなら、捨て置く訳にはいかない。



「シグアノン星系に艦隊を投入しますか?………恐れながら、「琥珀」や「翡翠」の動向も気がかりな今、「灰色」と対立関係に発展するとなると、大統領閣下の判断を仰いだ方がよろしいのでは?」


「紅」「蒼」「琥珀」「翡翠」そして「灰色」のうち、「蒼」は滅亡したも同然。

 だが、残りは健在であり、平和主義で戦力に乏しい「翡翠」はともかく、「琥珀」は十分な武力を持ち、こちらの隙を虎視眈々と伺っている。それに「翡翠」「灰色」が敵側に回り、あまつさえ合流されると厄介だ。


 だが………


「本星系にはエルシラ司令官のウォーラプター隊を残す。残りはワープドライブの準備に入れ。ルザナ打撃艦隊にも出動命令。リプラ星系にて合流の後、―――シグアノン星系に進軍、これを包囲するッ!!」


 ルザナ打撃艦隊の艦船数は5100隻。ベルス打撃艦隊と併せると、1万隻もの大艦隊となる。1個恒星系を包囲するのに十分な数だ。

 だが副官は慌てふためいた様子で、



「で、ですが閣下! 5000隻以上の艦隊を動員する場合、大統領命令が………」

「そのようなものを待っていたら小娘に逃げられるだろうが! 「秘密」とやらが何かは知らんが、我ら「紅」の人類支配に不確定な要素を残す訳にはいかん。大統領閣下には後ほど私から説明する。―――私の責任において、直ちに命令を実行しろッ!」



 は、ハッ! と副官は弾かれたように各所に指示を飛ばしていく。

 そう。全ての責任は総司令官自身で取ればいい。………そもそも、宇宙に出れば小艦隊の動かし方も知らぬ、大した実権も無い大統領など、「紅」ではお飾りも同然。副官らのように「模範的」なプロセスでキャリアを重ねてきた者たちは〝シビリアンコントロール〟というものを愚直に信じ切っているようだが。



「………必ずやその「秘密」、わが物としてくれる」



 明らかになれば人類の存亡すら左右されるという「秘密」。それが何なのか、そもそも物体なのか、科学知識の類なのか、その実体は全くつかめない。だが、奇妙な引力を以て、それを耳にする者全てを引きつけてやまない。

 既に眼下の、破壊された「蒼」の惑星には興味はない。


 やがて、残留部隊を残しつつも尚5000隻以上の威容を誇るベルス艦隊は、一斉に超空間へと飛び込み、破滅した恒星系から消え去った。












△▽△▽△▽△▽△▽△


 惑星シグアノンは、多少の自然や海洋を有するものの、陸地の大半が都市や工業施設で埋め尽くされている。

 呼吸可能な大気や快適な気候を持ちつつ、さほど動植物類が栄えていない環境を持つ惑星シグアノンは、「灰色の人類」たちが独特な閉鎖社会を築き上げるのに最も理想的な星だった。事実、1000年後の末裔たちは、人工超知性〈ジェズネター〉にインフラや産業活動を任せ、大半が一生集合住宅の自室から出ずに快適に暮らせる人生を享受している。


 願わくば、ラペダもそういったありふれた一人になることを望んでいたのだが、結果は〝外交議員〟という他者、しかも思考観念が全く異なる他の人類と折衝するというシグアノン人において最悪な仕事を押し付けられるに至っている。


 そのため、自室に戻り、外の光も窓の遮光機能を使って遮り、暗くした部屋のベッドの上でただひたすらに、眠いと眠くないとに関わらず時間が許す限りベッドで横になることが、ラペダにとって最上級の娯楽だった。


 だが、朝になれば起き上がり、一日のタスクを確認・処理しなければならない。いつもより多めに打ったストレス抑制剤が体内に残っているのか、未だぼんやりとし続けている頭を強引に働かせつつ、ラペダはベッドから起き上がった。



「………ジェズネター。今日のタスクは?」

『おはようございます、ラペダ様。本日のタスク報告の前に、ユアル様が面会を希望されております』

「………すぐ行くと伝えてくれ」

『既にこちらの通路前で24分前からお待ちです』


 出現したホロモニターに、通路で所在なげに佇んでいるユアルの姿が見て取れた。

 すぐに用意された議員服の一式に着替え、ラペダは通路へと半ば飛び出すように出た。24分も客人を通路で待たせることの非礼さぐらい、シグアノン人でさえ承知している。


 だが、当のユアルは一片の不満すら見せずに「おはよ」とラペダにはにかんだ。昨日とは違う、活動的な衣服を身にまとっている。


「おはようございます。ユアル様。………ジェズネターを通じてご催促いただけたらお待たせすることもなかったのですが」

「ふふ………ジェズネターに聞いたら睡眠中って聞いちゃったから。朝は遅いのね」

「特に重要なタスクの無い日は午後に起床します」

「………え? それまでずっと寝てるの?」


 何も重要なタスクの無い日は、大抵14時間はベッドで寝るか横になり続けるかして過ごしているのだが………細かくは答えないことにした。

 と、ぐぅ、と情けない空腹の音が、ユアルから聞こえてきた。


「あはは。朝ごはん、まだなんだよね」

「………私の部屋でよろしければ、すぐにご用意しますが」

「あ。じゃあそれで!」


 昨日とは少々異なる明るい様子で、ユアルはラペダの議員専用住宅へと入った。

 部屋自体は上層階にある大臣専用住宅よりやや面積が狭い程度で間取りは変わらない。迷うことなくユアルは居間へと辿り着いていた。


「何か、おススメはあるの?」


 そう問われて「えっと………」とラペダは答えに窮する。一般的なシグアノン人の食事…1日分の栄養全てを摂取できる栄養バーと無味栄養水を出せば、どれだけユアルを失望させるか容易に想像できたからだ。

 が、ラペダはすぐに解決策を見出すことができた。



「私のお勧めは「翡翠」のスターシャザカ料理ですね」

「スターシャザカ?」

「辛みのある固形穀物料理とスープ、デザートのセットのことです。……ジェズネター、スターシャザカ料理を2人分」


 数秒後、直ちに赤みのある固形穀物〝シャザカ〟、スープ、「翡翠」の果実のセットがテーブルの上にテレポートされた。


「庶民食なのでお口に合うかどうか分かりませんが………」

「あ、すごいいい匂い! 「蒼」の料理は薄い塩味のものばかりだから」


 いただきます! とユアルは、それでも出自の高さに相応しく品のある所作で、シャザカを口に………


「あ、シャザカは一度スープに浸して辛味を薄めないと………」

「ふぐあ!?」


 激辛の作物をベースに練り込んだ固形穀物である〝シャザカ〟は、そのまま食べると信じがたいほどに、辛い。

 なので一度スープに浸して辛味を薄めてから食べないと、激辛作物を直に口に入れるに等しい所業に………もう遅いが。



「み、水! 水~っ!!」

「ジェズネター! 水だ!」

『辛みを薄める場合、合成牛乳が効果的ですが。水のご希望でよろしかったでしょうか?』

「ど、どっちでもいいから早くーッ!!」


 大騒ぎするユアルに、ジェズネターは直ちに、合成牛乳を一杯テレポートした。









 波乱に満ちた最初の一口だったが、それ以降は特に問題なく、シャザカをスープに浸したり合成牛乳を口に含むことで、ラペダもユアルもスターシャザカ料理を平らげることができた。


「………ふへ、酷い目に遭った」

「すいません………」

「あはは、それじゃあ、昨日のこととおあいこってコトで」


 そう笑いかけるユアル。昨日のこととは、きっとシグアノンの社会に対して「蒼」の主観から批判したことだろう。「蒼」ではおそらく、約1000年前の人類の古い慣習や良心が大切に保たれているのだろう。


「………ねえ、ラペダ、議員」

「呼び捨てでも構いませんよ」

「じゃあ私にも、そんなに肩の力入れて話さなくていいからね。公式の場って訳でもないし」

「………ま、まあそれでいいなら………」


 ラペダは、気づくといつも力んでいる肩を少し緩め、デザートの甘味果実を一口齧った。


「昨日は………ゴメンね。レアニカとも話したけど、あなたたちのことをよく知らないのに、あんなコト言うべきじゃなかった」

「い、いえ私………俺も、つい頭に血が昇って」


 つくづく自分でも、一つの惑星の外交を預かるにはメンタルに問題がある自覚があるが………シグアノン人57億人の中の数人の適性者の中で、ラペダだけが外交議員になることに同意したのだから仕方ない。ジェズネターは外交議員を務める上でいかにシグアノンの繁栄に貢献できるかを説き、ラペダもすっかりその気になっていたのだ。


 と、ユアルの胸元でペンダントが窓から差し込む陽の光を反射して眩く煌めいた。


「それに、人類の「秘密」が隠されてるって本当なのか?」

「私たち「蒼」では代々そう伝えられているの。でも………どうやってそれを明らかにすればいいのか、全く分からないの」


 ユアルはそう言うと、ペンダントを外し「見る?」とラペダに差し出してきた。

 ラペダは、恐る恐るそれを受け取る。サイズの割には少々重量がある。中身があるのかもしれないが、一見しただけでは開け方などは分からない。ただ、相当な手間をかけられて作られたのだろう精緻な紋様が印象的だ。



「………ジェズネター。このペンダントをスキャンして素材と構造を調べてくれ。可能であれば用途や使用方法も」

『了解。――――スキャン完了しました。外殻素材は高純度プラチナ、内部には比較的初歩的な電子機器構造があり、データが圧縮保存されています。外殻の構造から推測したところ、別途の装置に挿入することでデータを閲覧できる、古典的なメモリ装置としての用途があると考えられます』


「すごい、そこまで分かるのね………!」


『ユアル様は別途の読取装置をお持ちですか?』

「あ………確か大昔に族長家の屋敷が火事になったことがあって、昔の遺物とか結構たくさん燃えて無くなっちゃったから………」


「ジェズネター。圧縮されているデータを解凍し、ホログラム映像としてここで表示することはできるか?」


『可能ですが、数字と古代英単語の羅列のみとなっております。読取装置がそれを映像化する機構と推測され、独自の映像化は方法不明です』


 ホロウィンドウが2人の間に表示される。確かに、一定の法則性のある数字、古代英単語、それに記号がずらりと羅列されていたが、その意味はラペダには到底理解できなかった。



「………何か分かるか?」

「全然」

『専用読取装置もしくは類似のソフトウェア規格を持つ端末が必要です』



 ユアル曰く、ペンダントは「蒼の人類」が地球を離れる以前―――21世紀以降から22世紀以内―――つまり8、900年以上前に作られたことになり、それに適合する端末となると………そもそも腐食せずに現存しているのかも怪しい。噂程度に、「翡翠」の物好きな収集家が21世紀のタッチ式携帯端末を動作可能状態で保有していると聞いたことはあるが。



「ジェズネター。シグアノンの領域内で類似のソフトウェア規格を持つ端末は存在するのか?」

『記録上は存在しません』


 少なくともシグアノンでは手詰まりだ。となると………



『―――ラペダ様。首相より第一級緊急議会招集命令が発令されました』



………今度は何事だろうか。正直言って、これ以上余計な厄介事が増えた場合、それだけストレス抑制剤の摂取量が増えるのだが。


「理由は?」

『シグアノン星系外縁部に「紅」の艦隊が集結中です。展開し戦術的にシグアノン星系を包囲しつつあります。―――総数は1万1470隻です』



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