包囲網を突破せよ!

△▽△▽△▽△▽△▽△


『―――惰弱なる「灰色」のモグラ共に告ぐッ! 私は「紅」がベルス打撃艦隊総司令官ギディア・ベルスである! 「蒼」の族長の娘が貴様らの星に逃げ込んだことは分かっておる。慈悲を賜りたくば2時間以内に彼奴を引き渡すがいい!! さもなくば惑星ごと貴様らを抹殺するッ!!』


 議会室にユアルを伴って入室した瞬間、居丈高にも程がある中年男のだみ声がラペダの耳に飛び込んできた。

 議会室の円形テーブルの真ん中にホロウィンドウが表示され、金銀の勲章で無駄に飾り立てられた軍服を纏う男の面が映し出され、ドータイナ首相と対面していた。すっかり委縮しきり半ばパニック状態にある閣僚たちに対し、ドータイナの表情は冷静そのものだ。あるいは危機意識が無いのか。


 通告用の一方向通信だったらしく、次の瞬間にはホロウィンドウは消え去っていた。

 嫌な沈黙が議会室をすっかり包み込む。

 真っ先に口を開いたのは、やはりドータイナだった。


「諸君。知っての通り「紅」の艦隊およそ1万隻がシグアノン星系を包囲せんと星系外縁宙域に展開しつつある。―――ジェズネター、状況解説を」


『はい、首相。敵艦総数は現在、1万1470隻と確認されております。アーデシア級戦艦やウォーラプター艦及び強襲揚陸機能を持った小艦隊によって構成されており250隻単位で恒星系包囲網を展開中。17時間以内に包囲網が完成すると推測されます』

「それで、我々の戦力は?」


『レシグア級戦艦及びニドリシア級多用途強襲艦、パトロール用小型艦艇を合わせ――4780隻です。防衛プロトコルに従い第7惑星外縁軌道上に展開中です』


 テーブルの中央にシグアノン星系の概略図が表示され―――赤色表示は星系を包囲しつつある「紅」の大艦隊、第7惑星に集まりつつある青色表示はシグアノン艦隊をそれぞれ示している。

 戦力差はおよそ「紅」の艦隊の3分の1………。それが現在シグアノンが持てる最大限の戦力だった。それと、


「星系防衛システムは?」

『防衛プロトコルに従いオンライン状態にあります。いつでも攻撃・反撃可能です』


「翡翠」にも密かに提供した高度自律絶対防御システム〈メネルゴン・ネット〉と同型の星系防衛システムが、このシグアノン星系には張り巡らされている。


「………首相。り、理論上は星系防衛システム単体で1万隻の敵艦隊を撃退可能です」


 意を決したように軍事技術大臣のエルーソナが震えた口を開く。ジェズネターは捕捉するように、


『無人化された艦隊と併せ、私ジェズネターが連携運用します。敵艦隊の練度が想定内の場合、撃退可能率は71%です』


 と、ドータイナはここで席から立ち上がり、議会室の入り口で議論に加わりあぐねていたラペダと、ユアルへと振り返った。何事も起こってないかのような楽天的な笑顔で、



「おはようございます、ユアル様。お騒がせして申し訳ありません。今ご存じの通り安全保障上のちょっとした問題が………」


「彼らの目的は私です。………お預けしている船をお返しいただけますでしょうか?」


 ラペダは驚いて目をみはり、閣僚たちでさえ信じがたいと言わんばかりの表情でユアルただ一人に視線を集中させた。


「脱出されると? 恐れながら、ユアル様のスターヨットでは少々荷が重いかと………」

「ですがここに留まって、シグアノン星の皆さまにこれ以上ご迷惑をおかけする訳にはいきません。包囲が完成する前に脱出できるよう………頑張ってみます」


 不可能だ。この場の誰もが―――おそらくユアルでさえ―――分かっていた。ユアルただ一人のために1万隻もの大艦隊を投入したことからも、「紅」が彼女に対して異様な程の執着を抱いているのは明らかだ。戦艦はともかく、足の速いウォーラプターは瞬く間に貧弱なスターヨットを捉えるのは明らかで、速度もシールドも、ウォーラプターを振り切ることはできない。今ここで彼女を送り出すことは即、死を意味していた。



「………申し訳ないですが、今この状況下であなたを出発させる訳にはいきません」

「! ですがこのままでは………」


 いずれにしても、「紅」とシグアノンが交戦状態に陥ることは明白だった。大艦隊を展開しておいて、一人捕えたところですんなり引き下がるような相手ではない。適当な口実をつけてシグアノン星系を占領ないし破壊するつもりなのは容易に想像できる。長期戦になれば確実に物量で押し潰される。


………「蒼」がこれまで秘匿してきたという人類の「秘密」。シグアノンもまたそれに縋らざるを得ない事態になったのは間違いなかった。

 ラペダは軽く挙手し、この状況下において瞬く間に耳目を集めた。



「首相。今回の事態について、緊急動議を提出いたします」



 ラペダは、自分が考え得る限りの「解決策」を首相や閣僚らに語って聞かせた。










△▽△▽△▽△▽△▽△


「………どうだ? 「灰色」の連中から降伏の通信は来たか?」

「い、いえ。一切の応答がありません」


 アーデシア級戦艦〈バセルム〉のブリッジにて、指揮官席にふんぞり返るベルスは2時間に渡る忍耐を試されていた。

 が、それは報われることなく、定められた時間が経過してもなお、シグアノン政府からの回答は送られてこなかった。


 ならば………とベルスは立ち上がる。「灰色」には「蒼」と同じ、いやさらに残酷な結末を迎えさせるまでだ。あと数時間で艦隊による包囲は完成し、各部隊に配置されたワープジャマー艦によって逃げることもままなるまい。



「―――全艦に告ぐ! 進撃用意ッ! 全ての障害を排除しシグアノン星系全てを破壊………」



 その時、ブリッジオペレーターの端末が警告音を発し、内容を確認したオペレーターが慌ただしく振り返った。


「閣下! 偵察部隊より緊急連絡! 第5惑星の軌道上ステーションから戦艦級が1隻発進しました。敵艦隊集合地点とは異なる方角へと移動中です!」









△▽△▽△▽△▽△▽△


 軌道上防衛ステーションから1隻のレシグア級戦艦が発進する。第5惑星の最終的な防衛のために留め置かれた戦艦数隻のうちの1隻―――〈エルデスティ〉だ。

 そのブリッジにはラペダの他、指揮官席に腰を下ろすユアル、その傍にはレアニカも控えている。それ以外の乗員はおらず、他のシグアノン艦同様人工超知性ジェズネターが全てを制御していた。微速前身でステーションを離れた後、推力を上げて惑星外縁からも離脱していく。



『全システム異常なし。「翡翠」領宙へのワープコースを計算。―――アーデシア級戦艦2隻とウォーラプター4隻の急速接近を確認。うち戦艦1隻がワープジャマーを搭載しており、星系外へのワープが不可能な状態です』



 敵艦隊に配備されたワープジャマーの存在は、最初に敵艦隊が星系外縁へと到達していた際のスキャンで明らかとなっていた。ユアルを確実に捕らえ、シグアノン星系全てを灰塵に変える気なのは間違いない。


 ラペダはメインスクリーンに映し出された敵迎撃艦隊を睨んだ。


「………ジェズネター。プロトコルに従い戦闘を開始」

『敵艦隊を撃破できる確率は12%です』

「実行しろ」

『了解。戦闘状況を開始します』


 刹那、先発して急迫してきた4隻のウォーラプター隊が一斉にディスラプター砲を撃ちかけてくる。

 直撃の衝撃がブリッジを襲う。

 ジェズネターが制御する〈エルデスティ〉は、敵4隻のうち右端の1隻目がけてディスラプターと誘導ショックミサイルを撃ち返した。〈エルデスティ〉から発射された数発の太い光条が敵ウォーラプターのシールドを引き剥がし、そこにミサイルが殺到。

 だが爆散した僚艦をものともせず、3隻のウォーラプターはなおも接近しこちらのシールドを撃破せんと激しく撃ち続けていた。


「きゃ………っ!」


 着弾のダメージは容赦なく〈エルデスティ〉のブリッジを揺さぶり、ユアルは指揮官席の手すりにしがみつく。

 ラペダもひっくり返らないように足に力を入れつつ、猛攻を仕掛ける敵艦隊を睨み見据えた。



『シールド強度54%まで低下』

「敵戦艦が接近する前にウォーラプターを撃破しろ! 合流されると厄介だぞ………!」


 それはジェズネターも当然に承知していることはずだ。再び発射された〈エルデスティ〉からのディスラプタービームが2隻目のウォーラプターの艦首を捉え―――先の被害で強度が低下していたのだろう―――、ビームで艦尾まで貫かれて真っ二つに焼き折れた。


 残り2隻………ここにきてウォーラプターのみでは形勢不利と判断したのか、残るウォーラプターは後退を始める。

 その先に、ゆっくりと進むアーデシア級戦艦2隻の姿を捉えることができた。詳細な戦闘力は不明だが、歴戦によって「紅」の戦艦が洗練されていることは間違いない。それに敵戦艦2隻に対して、こちらは1隻。しかもシールド強度も低下している。


「………ワープジャマーを持っているのはどっちだ?」

『先行している右手の戦艦です。ワープジャマー圏内につきワープドライブ展開不可能です』

「優先的に攻撃しろ!」


〈エルデスティ〉からディスラプタービームが続けざまに撃ち放たれ、敵戦艦の艦首へと直撃する。

 だが………


『―――敵戦艦のシールド強度は70%を維持しています』


 今度は敵戦艦2隻からの猛然とした反撃。激しく打ち据えられたディスラプターは弱体化したシールドを貫通、〈エルデスティ〉の一部の構造を易々と吹き飛ばした。


「きゃあっ!?」

『姫様!』


「く………っ!」

『艦上部のシールドが崩壊しました。再構築中。兵装パワーリレーにダメージ。ディスラプター砲の最大出力、維持できません。予備動力システムからのチャージを試行します』



 ブリッジ近くのパワーリレーが被害を受けたのだろう。ブリッジ後方のコンソールから火花が飛び散り、自動消火装置が作動していた。


 アーデシア級2隻+ウォーラプター2隻対レシグア級1隻の激闘は、徐々にかつ確実に「紅」側に軍配が上がりつつあった。〈エルデスティ〉はその後も、戦艦への砲撃を阻むウォーラプター1隻を沈め、ワープジャマーを有する敵戦艦を集中して攻撃。ディスラプター砲と誘導ショックミサイルを乱射するが、堅牢な敵艦のシールドを撃破する前に―――〈エルデスティ〉は遂に艦首へと深刻な直撃を受けた。



『艦首ディスラプター砲エミッターにダメージ。砲撃不能です。艦首シールド消失しました』



 シールドが完全に消失すれば次の一撃で〈エルデスティ〉は木端微塵だ。それに敵上陸部隊からのテレポートも防げない。

 これで、〈エルデスティ〉でこのシグアノン星系を脱出することは不可能となった。

 だが、これで終わりではない。ラペダはなおも気丈に指揮官席に座しているユアルへと振り返った。



「ユアル。この艦はここまでだ。―――作戦の第2段階に移る」


 ユアルは力強く頷き、立ち上がった。








△▽△▽△▽△▽△▽△


「敵艦の艦首シールド、消失しました!」

「動力炉出力も低下中。敵艦推力、ディスラプタービームの出力も下がっています」


 星系から離脱しつつあるシグアノン艦を捕獲するよう命令されたアーデシア級戦艦〈グリルム〉麾下の1個戦闘群は、ウォーラプター3隻を失うと犠牲を払いつつも、「灰色」…シグアノン艦の戦闘力・航行力を奪うことに成功した。


〈グリルム〉艦長、パーファム・ゲルド司令官は任務の成功を確信しつつ、痛ましく打ち据えられた敵艦を見やった。シグアノン艦の被害は甚大でシールドも間もなく完全消失する。未だ無事なディスラプターエミッターやミサイル発射システムからささやかな抵抗を見せているが、それはアーデシア級戦艦2隻をわずかに揺さぶるに過ぎなかった。


 それも、次の瞬間発射された〈グリルム〉からのディスラプタービームやミサイルによって一つ一つ潰されていく。



「―――敵艦のシールド完全消失! 全ての兵装オプションも破壊しました」

「よし。「灰色」艦に降伏勧告せよ」

「了解。………通信システムがシャットダウンされており、応答ありません」


 惰弱と言われる「灰色」にしてはやけに骨のあることをする……。ゲルドは目を細めた。その気になれば発光信号でも降伏を発信しそうなものだが、一向にその気配は無い。


「制圧部隊をテレポートで送り込め」


 その短い命令の後、〈グリルム〉は沈黙したシグアノン艦の真正面に接近。テレポート圏内に入った所で完全武装の制圧部隊を敵艦へと転送した。

 人類の中で最も強大な軍事力を誇る「紅」の兵士の精強さは、他の人類や、ましてや「灰色」など比ではない。

 事実、敵艦へ乗り込んだ部隊からは続々と区画制圧完了の報告が飛び込んできた。



『―――こちら第1小隊。自動戦闘ユニットの妨害を排除し敵艦ブリッジを制圧。されど端末は全てオフラインとなっており、もぬけの殻です!』

『第2小隊は機関部を制圧中! 自動戦闘ユニットが多数配置されていますが間もなく排除完了します』

『第3小隊は居住区の制圧完了! 誰もいないようです』



 ベルス総司令官の読みでは、第7惑星外縁軌道上に集結した艦隊でこちらの主力を引きつけつつ、包囲が完了していない宙域から「蒼」の族長の娘が脱出する―――とされていたが………。


 と、次の制圧部隊の通信報告に〈グリルム〉のブリッジで考え込んでいたゲルドは我に返った。



『―――こちら第7小隊! シャトル発着場のゲート開放を試みていますが、システムが厳重にロックされており解除できません! さらに自動戦闘ユニットが多数接近しており、援護を要請しますッ!』


「………それだ! 第1、第2小隊は第7小隊援護に急行しろッ! 奴らはシャトルか脱出用短艇で離脱するつもりだ! 1つたりとも逃が………!」



 その時、激しい警報が〈グリルム〉のブリッジに響き渡った。


「何事だ!?」

「て、敵艦の動力出力が急上昇しています! 敵艦推進システム再起動―――本艦との衝突コースに入りますっ!」


 鋭いフォルムのシグアノン艦尾にある推進システム。つい先刻まで沈黙していたそれは、次の瞬間息を吹き返し煌々と輝き始めた。

 そして、激しく傷ついた敵艦艦首が〈グリルム〉のブリッジに大写しになる。



「か、回避―――――!!」

「ダメですっ! テレポート圏内まで接近しており間に合いません! シールド強度も50%を割り込んでおり………!」



 オペレーターの絶叫に近い報告はそこで一旦断ち切られた。

 満身創痍のシグアノン艦は、弱っていた〈グリルム〉のシールドを力づくで打ち破り、その先にある艦首へと激突。その衝撃はゲルドを指揮官席から投げ出すに十分だった。

 混沌。

 2隻の戦艦の激突は、双方の構造を徐々にかつ確実に破壊していった。シグアノン艦は推力と艦体構造の続く限り前進を続け、その度に〈グリルム〉の艦体は引き裂かれ、潰れ、無数の破片が宇宙へと散らばる。随伴していたもう1隻の戦艦とウォーラプターは、予想外の事態に混乱状態に陥っていた。―――敵艦を沈めるべきか? だが内部にはまだ制圧部隊が残っており、それに2隻が衝突している時点で破壊したら………


 混沌の中、〈グリルム〉に搭載してあったワープジャマーが機能停止したことに気を留める者もいなければ、報告を受けられる者もいない。




「紅」の2隻の僚艦が〈グリルム〉乗員と敵艦制圧部隊の救出作業に追われる中………残骸や敵艦から射出された数十もの脱出艇に混じって小さなスターヨットが発進し、超空間へと飛び去ったことに、気が付いた者は誰もいなかった。






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