宇宙戦争
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『―――首相、報告します。ラペダ議員、ユアル様、レアニカ様を乗せたスターヨットは無事シグアノンを脱出しました。攪乱も問題なく、追撃が行われた形跡はありません』
ドータイナ首相以下閣僚たちがホロモニター越しに見守る中行われた作戦…レシグア級戦艦〈エルデスティ〉を囮とした「蒼」のスターヨット脱出作戦は、レシグア級1隻と敵戦艦1隻、ウォーラプター3隻を犠牲に、おおよそ無事に成功する運びとなった。
「よろしい。では諸君、次の二つの問題に取りかかろう。ユアル様がお持ちになられていたペンダントに収められていたデータの解析と………彼らをどうするかについて」
円形テーブルの中央に表示されたホロモニターの内容は映り変わり、1万隻もの「紅」の大艦隊がシグアノン星系を包囲しているという絶望的な戦略図と、大艦隊の実際の威容がドータイナ首相と、困惑と恐慌が入り混じった面持ちの閣僚たちの前に現れた。
「………ジェズネター、防衛プロトコルについて報告を」
エルシダー防衛大臣が控えめな口調で人工超知性に指示を飛ばす。『はい、防衛大臣』とジェズネターはシグアノン無人艦隊の配置と防衛プロトコルについて説明した。
『首相の承認あるいは敵側からの攻撃によって防衛プロトコルに基づく戦闘行動を開始します。シグアノン星系防衛システムを第一次攻撃とし、その後に艦隊を各宙域に展開します』
「こ、これで「紅」の艦隊を防げるのか?」
ニミザ外交大臣の問いかけの答えは、すでに明らかにされているものだが、ジェズネターは再度回答した。
『敵艦隊の練度が想定内の場合、撃退可能率は71%です』
「ジェズネターの言う通り、撃退できる確率は高くない。さらには追加の戦力投入もありうる。知っての通り「紅」はこの星系にある戦力の何倍もの艦隊を有しているのだからな。………だからこそ、私も「秘密」に頼りたい」
明らかになれば人類の存亡にも関わるという「蒼」に伝わる「人類の秘密」。
一見すると無価値な与太話にしかきこえないものだが、ユアルに託された太古のペンダントとその中に収められていたデータが、奇妙な真実味を以てドータイナらの前に姿を見せているのだ。
ジェズネターはドータイナの潜在的要求の通り、ペンダントから読み取ったデータ―――古代英単語と数字、記号の羅列の数々を別のホロモニターで映し出す。
『これは21世紀に使用されたデータ言語の一種であり、解読には専用読取装置もしくは類似のソフトウェア規格を持つ端末が必要です』
「類似のソフトウェア規格を持つ端末、と言うが例えば?」
『このデータ言語が使用されていた時代のコンピュータ端末があれば、ソフトウェアデータを基にデータ言語を解読できます。ですが想定される時代のコンピュータ端末については保管記録がありません』
あります………と、その時発せられた弱々しい声音にドータイナは振り返った。ドータイナはノルア宇宙開発技術大臣の声を始めて聞いたような気がした。それほどに無口で、他の大臣や議員らと同じく俯いて閣議の時間が経過するのを待っているような人物だったからだ。
「お、覚えていらっしゃいますでしょうか? し、首相専用オフィスに飾られてあります物品の中に、古い折り畳み式の端末があります。あれは21世紀に製造された〝ノートパソコン〟と呼ばれる持ち運び可能なコンピュータです」
ドータイナは自分のオフィスについての記憶を掘り起こした。確かに、そのようなものが置かれていた記憶がある、前任者の持ち物か別の者から贈られたものなのかは覚えていないが………
「だが、あれは外装だけがナノマシン保護された状態で内部の精密構造はおそらく腐食している。到底使用に堪えれるとは思えないよ」
「ナノマシンを注入して痕跡を基に仮設回路を構築することは可能です。その中で復元されたソフトウェアの、ほんの一部でも残っていればそれを基に全体のオペレーティングシステムを復元することは、現代の技術では不可能ではありません」
いつになく、というよりも初めて聞いたノルア大臣からの力強い言葉に、ドータイナも頷き再び円形テーブルの中央へと向き直った。
「ジェズネター。私の専用オフィスから当該の物品をここにテレポートしてくれ。それと、必要なナノマシンと注入装置も」
直ちにジェズネターは命令を実行し、円形テーブルのドータイナ寄り手前に〝ノートパソコン〟なる端末とナノマシン入りのシリンダーが挿入された有針注射器がテレポートされた。
すぐにノルアがナノマシン注射器を手に取り、端末の外部機器差込口らしき部分に針の先端を近づける。まずジェル状のものが差込口を埋め、次いで微細な何かが注入されたように見えた。
『―――ナノマシンによる修復が完了した場合、古典的電波による通信とシステム相互接続が可能となります。ユアル様がお持ちになられていたデータとの照合と検証に………失礼ですが報告を一時中断し、「紅」の艦隊が戦闘行動に入ったことをお伝えいたします』
それまで誰もの注意から逸れていたホロモニター上で、「紅」の大艦隊の前進が始まっていた。
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「〈グリルム〉からの通信途絶! 所属艦より、被害甚大の報告!」
「複数の脱出艇がワープし、展開中の部隊だけでは追跡できません!」
「―――ウォーラプター10個部隊を追撃に充てろ。残りは………前方敵艦隊に攻撃開始ッ!「紅」をコケにしたことを後悔させてやれ!!」
その瞬間、総旗艦〈バセルム〉を筆頭に「紅」の主力たるベルス打撃艦隊が前進を開始した。
射程内に敵艦を捉えた戦艦、ウォーラプターが整然と艦列を組む「灰色」の艦隊目がけてディスラプタービームの一斉射を開始。最前列の敵戦艦は次々と沈み、反撃する間もなく爆散していく。
遅れて「灰色」艦隊からも反撃が開始されたが、十分な統制が取れているとはいえず、ベルス打撃艦隊の突撃の前に甚大な被害を受けながらジリジリと後退していく。
所詮「灰色」の軍事力などこの程度。
ベルスは「蒼」の母星同様に、「灰色」のささやかな星をも焼き尽くす光景を用意に脳裏に………
その時、〈バセルム〉に随伴していたアーデシア級戦艦1隻が、上方からのビームとミサイルの驟雨を浴びて轟沈した。
「な………何ッ!?」
それだけではない。艦隊陣形奥深くにいるはずの〈バセルム〉周囲に展開する戦艦、ウォーラプター艦も次々と―――全方位からのビームやミサイルを浴び、破壊されていく。
ベルスが統制する間もなく―――ベルス自身が混乱する中―――艦隊陣形は瞬く間に崩壊していった。
「どういうことだ!?」
「ポイントD443、E377、A338―――本艦隊内部の50ヶ所から構造物が出現! これは………拠点防衛用の重武装プラットフォームですっ!」
それは〈バセルム〉ブリッジのメインスクリーンからもはっきり捉えることができた。
逆ピラミッド状の大型構造物が………まるで水面から顔を出すように宇宙空間に波紋を残しながら出現。次の瞬間、極太のディスラプタービームと数十の誘導ショックミサイルを一斉発射し、アーデシア級戦艦を易々と撃沈。ウォーラプター隊に至っては小艦隊ごと焼き払われるように沈む有様だった。
それが1基ではない。数十もの重武装プラットフォームが突如として「紅」の艦隊の只中に出現し、全方位へと壮絶な火力を振りまいていた。
「〈ドクゲルム〉〈アーファリアム〉〈ロシュアム〉轟沈っ! ウォーラプター隊も被害甚大!」
「閣下っ! 立て直さなければ艦隊は総崩れです―――ッ!」
想定外の事態だった。まさか軍事に疎いはずの「灰色」がこれだけの兵器を備えているのは………
だがベルスには敗北は許されない。直ちに態勢を立て直すべく、ベルスは憤然と指揮官席から立ち上がった。
「狼狽えるなッ! 1個戦闘群単位で連携し、敵武装プラットフォームに対処しろ! 第1から第2戦艦群は本艦と共に………」
「て、敵艦隊急速接近!! 前衛艦隊は壊乱状態にあり―――と、突破されます!」
しまった………! ベルスはここにきてようやく敵の意図を理解した。何らかの方法で艦隊内部に重武装プラットフォームを潜行させ、混乱し統制が取れない所に襲撃をかける。
事実、混乱状態にある前衛艦隊は、4000隻以上の敵艦隊の群れに飲み込まれるように次々と撃破されていく。敵艦隊は「紅」艦隊全体へと食い込み、今や乱戦の様相を呈していた。
「か、閣下! このままでは………!」
「狼狽えるなと言ったッ! 数では我々が圧倒している! 散開し各個に敵を撃破しろ! 後方の第98から第250戦闘群は後退して態勢を立て直せ! 本艦は直属戦闘群と共に敵艦及びプラットフォームを撃破する!!」
〈バセルム〉以下戦闘群は真っ先に、「灰色」の重武装プラットフォームへ敢然と一斉砲火を浴びせた。
がディスラプタービームによって防御シールドが崩壊する寸前、プラットフォームは―――まるで海に潜るように通常宇宙を波立たせながら、沈むように消えていく。
「何だあれは………!?」
「超空間です! 敵プラットフォームには超空間への潜行能力があります!」
通常空間で放たれたビームやミサイルは、当然超空間には届かない。
あの重武装プラットフォームには、構造が危険に晒された際には超空間へと潜行・退避する能力が備わっているのだ。そして、超空間でじっと息をひそめる能力も。
生半可な火力で攻撃を仕掛けるだけでは無意味。超空間へと退避され、シールドを再構築した後戻ってくるだけだ。
「全艦に重武装プラットフォームの破壊を優先するよう命令しろッ! 火力を集中させて1基ずつ………」
その時、眼前に「灰色」の戦艦が迫る。
敵艦からの激しいディスラプター砲の猛火に〈バセルム〉は激しく揺さぶられるが、歴戦たる〈バセルム〉もまた敢然と反撃する。
さらに周辺に展開していた僚艦からの援護砲撃も相まって、数秒後、敵戦艦は真っ二つになって爆散した。
が、その間にも重武装プラットフォームは猛威を振るい続け、被害は拡大の一途を辿る。
もはや勝敗の模様すら明らかではないが、「紅」にとって過酷な戦いとなることは間違いなかった。
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