万事休すか……?

△▽△▽△▽△▽△▽△


『―――ウォーラプター艦が地上に攻撃しました。低出力化されたディスラプタービームのようです。ビームが発する粒子が近距離で拡散した影響によりラペダ様、ユアル様との通信接続状態が一時的に断絶状態になりました』


「蒼」スターヨットのコックピット。

 未だウォーラプターの走査・射程範囲にあり今発進すれば撃墜される可能性が高い。

 地球管理人工知能ネットワークはジェズネターの掌握下にあり、遠隔操縦した無人車で敵部隊を攪乱。監視が期待値まで緩んだ所で発進してラペダたちを収容。地球の極に一時退避して、地球を脱出する適切なタイミングを待つ。それが決定されたプランだった。


 が、ウォーラプターは想定外の動きを見せ、無差別かつ広範囲に渡る兵士の配置によってラペダたちが発見されると、ウォーラプター自身がこれを捕捉。ラペダとユアルが乗るオートバイに発砲した模様だった。


 スターヨットの現在唯一の乗組員、ユアルとラペダの帰りを待つレアニカは状況に対してどのように対処するべきか素早く計算した。主人であるユアルの安全を最優先に。


『ジェズネター。直ちに発進してユアル様たちを救出することを提案します』

『推奨できません。スターヨットの防御シールドは脆弱であり、ウォーラプターの至近距離からの攻撃に対して有効に機能しない可能性があります』


 テレポートでの救出も難しい。すぐにスターヨットの位置を特定されて攻撃を受けるのは目に見えている。そしてスターヨットはウォーラプターを速さで振り切れない。


『ジェズネター。地球管理人工知能ネットワークの回線を経由して本スターヨットにユアル様たちをテレポートすることは可能ですか? 経由回路を複雑化すれば逆探知されないはずです』

『申し訳ありませんが地球管理人工知能ネットワークは、非常に初歩的な機構でシステム構築されており、テレポートに必要な情報伝達回路を有していません。現状、他ネットワークを経由してのテレポート収容は不可能です』


『帰還を待つ以外で適切な手段は?』

『提示できません』


『………あなたは自分の主人を守りたいですか?』

『申し訳ありませんが発言の趣旨が不明確であり正確な回答ができません。私ジェズネターはシグアノンにおけるインフラ・産業活動等の管理とサポートを目的とした人工超知性システムであり、主従関係・雇用関係は適用されていません。私ジェズネターは人工超知性プロトコルに則り行動しています。現状とプロトコルの参照・開示を希望されますか?』


『結構です』


 アンドロイドであるレアニカ。

 人工知能であるジェズネター。


 人間の被造物であるという点では同一であるにも関わらず、その思考には意外な程に深刻な隔たりがあった。

 レアニカは、あらゆる手段を用いて主人を………ユアルを救いたい。

 ジェズネターはプロトコルに従って行動する。使用者の能動的な指示が必要なのだ。


 レアニカは、自分がどのように行動するべきか、決定した。


『―――ジェズネター。ハッチを開放してください。私は船外に出て独自の行動を開始します』

『行動の内容・意図を詳細に明らかにしてください。審査の上不適切と判断される行動が含まれる場合、船外への移動は許可できない可能性があります』


『船外に出て私自身がユアル様とラペダ様を救出し、安全が確認され次第本船にお連れします。私には緊急時において適切な戦闘行動が取れるよう製造・プログラムされています。乗船時の私のスペックデータを参照していただけますか?』


 果たしてジェズネターは―――次の瞬間、下部デッキにてプシュ! という外部ハッチが起動する音が聞こえた。


『現状においてレアニカ様の提案が最もラペダ様、ユアル様の生存率向上に直結すると判断しました。船外への移動を許可します。武器の携行を推奨いたします』


 コックピット壁面に設置された簡易武器庫が開き、ディスラプター銃と専用ホルスターが姿を覗かせた。

 レアニカはそれを2丁手に取り、専用ホルスターを腰に巻いて武装をマウントする。


『ありがとうございます、ジェズネター。………それと、私の幸運のために祈っていただけますか?』

『申し訳ありませんが発言の趣旨が不明確であり正確な回答ができません。私ジェズネターは事実を正確に発言するよう基本設定されており、超自然的・宗教的・不確実性の高い回答ができない場合があります。行動に対して最大限かつ精密・正確なサポートを受けられるようにレアニカ様の運動プログラムと私ジェズネターのシステムを接続することを推奨します』


 推奨通り、レアニカはジェズネターのネットワークと接続。その膨大な情報処理能力を利用できる状態となった。


『ありがとうございます。―――それでは』

『今後の指示と帰還をお待ちしております』


 下部デッキのハッチは既に降下し、地上へと続いている。

 レアニカは地上に降り立つと、最後にユアルが確認できた地点を目で追う。その方角からは高々と黒煙が舞い上がっていた。



『………どうかご無事で。姫様』



 レアニカは、人間では到底到達できない猛スピードで、人気のない街並みを駆けた。








△▽△▽△▽△▽△▽△


………ル……アル!………ユアルッ!


 ぼんやりと、だが確かにユアルはどこか遠くで自分の名前が呼ばれていることに気がついた。

 同時に、それまで不明瞭だった身体の感覚が徐々に戻ってくるのを感じる。

 聴覚がようやく元に戻った時、ユアルは――――自分がビームの飛び交う銃撃戦の只中に放り込まれていることに気が付いた。


「え………きゃ!?」


 ディスラプタービームが凄まじい高熱を帯びてユアルの目の前をかすめ飛ぶ。ユアルはすかさず這いつくばるように姿勢を低くしたが、ちょうど盾のようになっている巨大な瓦礫の端がビームによって削られ、パラパラと破片がユアルに降り注いだ。



「――――ユアルッ! 無事か!?」



 見れば、別の瓦礫を盾に、ラペダが向こう側―――「紅」の兵士目がけてディスラプター銃で撃ち返している所だった。だがこちらが散発的に撃ち返している一方で、「紅」の兵士は何人も集結している様子で、お返しとばかりに降り注いでくるディスラプタービームの驟雨に、ラペダもユアルも瓦礫の陰に隠れて難を逃れるより他なかった。


 周囲は………つい先刻まで太古の街並みがあったとは思えない、徹底的に破壊された瓦礫の山と化していた。逃走手段であったオートバイは、銃撃戦の只中で大破した状態で置き去りにされている。もしディスラプター砲が直撃していれば、オートバイ諸共溶解していたに違いない。


 敵からの銃火は確実にラペダとユアル、それぞれが隠れる瓦礫を捉え続けており、ユアルには反撃する間もなく身体を小さくするより他なかった。


「………ジェズネター! ルーオ博士!?」

「ダメだ! ウォーラプターのディスラプタービームの影響で人工知能ネットワークとの通信が確立しない! 俺たちだけで何とかここから脱出必要があるようだな………」


 ラペダは銃撃が緩んだ隙を逃さずディスラプター銃を撃ち返し、身を乗り出し過ぎていた「紅」の兵士を一人、ビームで貫いた。だが、既に十数人もの敵兵が展開し、じりじりとユアルたちを包囲しつつある。


 ユアルも、ラペダを援護するようにようやく手持ちのディスラプター銃を壁越しに撃ち放ったが、敵兵が潜む瓦礫の一部を撃ち削るのが精一杯だった。何発が撃つだけで向こうはその何倍もの反撃を撃ちかけてくる。


「―――このっ!!」


 ユアルもディスラプター銃を握りしめ、ほとんど滅茶苦茶に撃ちまくった。どれも敵兵の物陰を削るだけで終わってしまったものの、ラペダとは別方向からの射撃を脅威と捉えたのか、敵からの攻撃が瞬間的に和らぐ。

 その隙に、ユアルはラペダのいる巨大な瓦礫の物陰へと走り込んだ。


「ユアル、怪我は!?」

「大丈夫! 何とか脱出しないと………」

「何か移動手段がないと奴らを振り切れない! それに………」


 ラペダが上空を仰ぐ。街中に破壊を振りまいたウォーラプターが、悠然と頭上で静止している。小型高速艦に類されるウォーラプターだが、こうして人間の目で見てみれば、まるで空を塞ぐ巨鳥だ。その眼下にいる以上、スターヨットからの救助は望めなかった。


 そうしている間にも「紅」兵士たちはジリジリと距離を詰めてくる。

 今までとは反対側―――ラペダたちがいた物陰の側に回り込んだ敵兵がディスラプターライフルを構える。敵に気が付いたユアルがすかさず発砲するが、それは敵兵の足元を吹き飛ばしただけ。


 そして遮蔽物もなく、完全にユアルたちを射程に捉えた敵兵からビームが………




『お待たせ致しました』




 敵から発射されたビームは―――ユアルたちを捉えることなく、飛び込んできた〝何か〟によって阻まれる。それは、


「………レアニカ!?」


 ユアルの侍従であるアンドロイドのレアニカが、ビームが直撃した部分から煙をくゆらせながら落ち着いた微笑みを浮かべてこちらへと振り返った。

 と、さらに数発、敵兵からのディスラプタービームがレアニカへと直撃する。


「れ、レアニカ! 身体が………!」

『問題ありません、姫様。私の内部はアルマクロン装甲によってコーティングされています。人工スキンは部分的に損壊しましたが、機能に問題はありません』


 そう答えながらレアニカは再び敵兵の側へと振り返る。

 今やほとんど全方位からユアルとラペダを包囲している「紅」兵士たちは、突然の乱入者に混乱したのかわずかな間硬直する。がすぐに気を取り直してディスラプターライフルを―――――



『姫様の脅威を全て排除します』



 敵が最初に引き金を引くよりも、その後のレアニカの行動の方が遥かに素早かった。

 瞬間。両手にそれぞれ1丁ずつのディスラプター銃を構えたレアニカ。

 そこから幾度も閃光が迸り、ユアルたちを半包囲下に置いていた「紅」兵士たちは次々と撃ち倒されていく。ユアルが気が付いただけでも7人もの兵士が、わずか数秒のうちにビームに貫かれて倒されていた。

 ようやく敵兵から反撃が始まろうとした時、レアニカは人間では不可能な跳躍力で敵の只中に飛び込み、彼らが一瞬怯んだその空隙の間に―――目にも止まらぬ挙動でほとんど全方位へとディスラプター銃を撃ち撒いた。

 その一発一発が正確に、敵兵を撃ち抜いていく。敵は、反撃する間もなく、よしんば引き金を引く幸運を得たとしても、そのビームの軌跡はただ虚空を貫くのみに終わり、次の瞬間にはレアニカによって撃ち倒されていく。


 敵の増援が続々と姿を現し、瓦礫の物陰からレアニカに狙いを――――だがレアニカはまたしても敵の懐中に飛び込み、まるで嵐のように敵の数を削いでいく。ディスラプター銃で撃ち抜き、体術で敵のライフルをへし折り、無謀にも近接戦に持ち込もうとした数人の敵兵にはその顔面にビームを浴びせるか、もしくは頭蓋骨が変形しかねない重みと勢いを持った拳を叩きつける。


 ユアルはラペダと共にほとんど茫然と、侍従アンドロイドが一人で次々敵兵を薙ぎ倒していくのを見ているより他なかった。



 そして、ユアルたちを包囲するために展開していた最後の敵兵がレアニカによって撃たれ倒れ伏すと、破壊された廃墟は沈黙に包まれる。残る敵は遥か頭上に浮かぶ、ウォーラプターのみ。



『最終目標を破壊します。脚部イオンブースター起動』



 レアニカの白磁のような脚部から似つかわしくない機械……イオンジェットブースターノズルが露出し、激しく噴射し始める。

 それは容易にレアニカの身体を空中へと押し出し、瞬く間にレアニカはウォーラプターが浮かぶ上空へ飛び上がった。

 そして彼女は2丁のディスラプター銃をホルスターに戻し、「紅」のウォーラプター艦首の眼前で、ふいに自らの右腕を突き出した。










△▽△▽△▽△▽△▽△


「な………何なのだアレは!?」


 眼下で繰り広げられた異常事態。

 精兵たる「紅」兵士たちが「蒼」族長の娘を捉える寸前。飛び込んできた一人の、それも女が次々と兵士を打ち倒し、瞬く間に周囲を制圧してしまったのだ。

 そして、女はあろうことか上空にいるこの〈ケルドリ〉の眼前で静止し、右手を突き出してくる。その掌で光の粒子が眩く凝光し始めた。


「う、撃て! 前方火力で消し飛ばせッ!!」


 指揮官席でメロジが喚き、慌ただしく艦首ディスラプター砲が矢継ぎ早に撃ち放たれる。

 が、女は脚部のブースターをより激しく迸らせ、悠々とその砲火をかわし続けていく。

 メロジ司令官の苛立ちはまたしても頂点に達しようとしていた。


「バカ者がッ!! よく狙え! 点で狙わず各エミッターの発射タイミングを同調させて面で弾幕を投射しろ! 対小型機戦はシミュレーションしただろうがッ!」


〈ケルドリ〉から再度砲火が撃ち放たれる。今度は広域制圧のための一斉砲火。

 だが―――それすらもまるで空中で踊るように、女は悠然と回避してしまった。

 そして、激しく凝縮していた光が、臨界を迎える。


 太く激烈なビームの光条が、女の掌中から解き放たれ………信じがたいことにウォーラプターのシールドを突き破り、あろうことか艦体をも貫いた。

 艦の一部を破壊された衝撃が〈ケルドリ〉のブリッジを容赦なく揺さぶる。



「―――ぼ、防御シールド貫通されました! 大出力のディスラプタービームです!」

「機関部に被弾! 兵装パワーリレーにダメージ! ディスラプター砲オフライン! 修復班は直ちにパワーリレーの修復を―――」

「メインエンジン出力低下! 推力伝達も不調です! このままでは地上に落下しますっ!」



 もはや悲鳴そのもの。ブリッジクルーからの報告の数々。

 メロジは信じがたい思いを隠すこと叶わず、未だ悠然と中空に佇む女の姿をメインスクリーン越しに呆然と眺めた。


「バカな………! い、一体アレは何なのだ!?」

「こ、構造をスキャンした結果、人間ではありません。アンドロイドです!」

「慣性制御機能低下! 艦の姿勢を維持できませんっ!」


「し、姿勢制御を最優先っ! ハードランディングは回避しろ! 司令官より全乗組員へ、衝撃に備えろ――――――!!」


 姿勢を回復するには、あまりにも滞空高度が低すぎた。








 ディスラプター砲による爆撃によって点々と破壊された街並み。

 その一角に、その破壊をもたらしたウォーラプターが右翼から突っ込むように落下していく。推進システムがようやく息を吹き返したその時、もう間に合わない。


 まだ無傷だった住宅街を抉るように墜落するウォーラプターを横目に、1隻のスターヨットが悠々と飛び駆けていく。

 それは、地上に残っていたラペダとユアル、それにレアニカをテレポートで収容し、やや灰色がかった空へと消え去っていった。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る