「秘密」の探索者

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『―――確か君はこう言ったはずだ。〝「灰色」の防衛力など取るに足らず、惰弱で臆病で無能な彼らは1万隻の艦隊の威容を見ただけで我先に降伏するでしょう〟と。だが結果はどうだ? 君に任せた艦隊の半数以上が失われ、私が送った増援艦隊なくば後退もままならなかっただろう。これは………極めて重大な責任問題だと思うがどうかね?』


 ベルス総司令官は旗艦〈バセルム〉のブリッジにて、ホロモニター上に映る男―――「紅」大統領ウィルゾン・ハビングの罵倒を甘んじて受け入れねばならなかった。


 シグアノン星系に隣接する恒星系。

 半数以上の艦を失い残りも傷つくベルス打撃艦隊と、増援として投入された2個艦隊は修理と補給、それに艦隊再編成に追われていた。



『〝ルザナ〟総司令官からの報告を読ませてもらったが………あの重武装プラットフォームは厄介なようだな。直接攻撃では損耗が激しすぎる。早急に別の手を講じたまえ。君にその能力があればの話だが』

「………! お言葉ですが大統領閣下。長時間に渡る戦闘で彼らの装備は消耗しています。補給の間を与えず、艦隊再編後直ちに総攻撃に移る所存です。弱体化した「灰色」に、我らを押し留める力などありはしません!」


『なるほど。君の猪武者戦術も無駄ではなかった、と言いたいのだな? 君の働きについては後ほど、公正に評価させてもらうとしよう。―――何としても「蒼」の族長の娘を捕らえ、持ち去られた「秘密」を「紅」に持ち帰るのだ。いいな?』


「ハッ! 必ず!」


『そうすれば総司令官会議での君の印象もそう悪くはならないだろう』


 最後に余計な一言を残し、ハビング大統領側から通信は断ち切られた。

 通信終了後………ブリッジ士官やオペレーターたちは戦々恐々の体で、ベルスが激甚する時を待った。

 果たして、ベルスは肩を震わせて踵を返し、背後にあった指揮官席を血管が浮き出た手で掴み―――頑丈な固定具ごとあらん限りの力で引きちぎり抜いた。


「―――――おのォれえェエエエエエェェェェェェッ!!!!!」


 獣の咆哮。もはやそれ以外に形容のしようがない絶叫をオペレーターたちは耳にしたかもしれないが、自分たちに向かって投げ飛ばされてきた指揮官席から逃れるのが誰にとっても最優先だった。

 その後、暫くはベルスの荒い息とコンソールの電子音だけがブリッジ空間を包む。


 と、ブリッジオペレーターのコンソールの一つで特異な電子音が走る。オペレーターはすぐに内容を確認。上官たるブリッジ士官に指示を求めた。

 ブリッジ士官はベルスに次ぐ階級を持つ総司令官付副官へと伺いを立て………副官は恐る恐る、ベルスへと近づいた。



「総司令官閣下。星系第5惑星より超空間通信の痕跡をキャッチしました。複雑に暗号化された通信ですが、技術的には一部の解読が可能です」


 ベルスはハッとした顔で副官を見やった。


「奴ら………脱出した「蒼」の船と交信しているのか!?」

「おそらく。臨時に編成した解読班の報告では、おそらく星図の一種ではないかと。断片的ですが星座も確認されており………」


 逃げ出した「蒼」族長の娘。

 その娘が持ち逃げしたという「秘密」に関わる「鍵」。

 娘を匿ったシグアノン第5惑星からどこかへと超空間通信で送信された「星図」。


 全てが組み合わさっていく感覚に、ベルスはまず興奮し、次いで計画の成就を確信した。


「艦隊の中で最も足の速いウォーラプター隊を3個、編成しろ。解読班には最大限、通信内容を解読するよう厳命。星図から読み取れる地点を確認後、ウォーラプター隊で当該地点に急行しろ。いいな!?」

「は、ハッ!!」


「私は少し休む。………私が戻ってくるまでに指揮官席を直しておけ」



 それだけ言うとベルスは、大股でブリッジを後にした。

 残された者たちは、引っこ抜かれた指揮官席の修理と、傍受した通信の解読に追われることとなる。









△▽△▽△▽△▽△▽△


 地球。

 全人類にとっての母なる星。

 太陽系第3惑星に到達したラペダたちの足元には、幻想性すら感じさせる水の惑星の姿がある。


『惑星の直径はおよそ12,756km。惑星表面は海洋70.1%、陸地29.9%で覆われており、大気の性質は体積比で【窒素:78.06%】【酸素:20.94%】【アルゴン:0.93%】【二酸化炭素:0.038%】【その他水蒸気等】で構成されており、呼吸可能です。大気汚染も確認できず、紫外線量も安全範囲内です』


「ここに………「人類の秘密」があるのね」


 ユアルが感慨深げに呟く。

 だがここに来て問題はもう一つあった。


「ジェズネター。この太陽系の位置は立体星図の逆算で導き出した訳だが、同じようにして星の運動系も計算に入れつつ、具体的にどこで記録されたものなのか確認できないか?」


 地球は、銀河系に散らばる一般的な生命居住惑星同様、少人数で宝探しするには手が余るほどに、広大だ。「秘密」が眠っているのは海なのか、陸なのか、それすら分からない。手がかりはただ一つの立体星図だけなのだから。


『―――天体の運動には複数の不確定要素があり、その分精密さは損なわれますが、確率73%で大まかな地点の算出に成功しました』

「どこだ?」


『地球。アジア地域。日本列島。―――【北緯33度58分46秒・東経131度10分15.3秒】を起点とした半径1キロ以内です』

「何がある所なんだ?」

『ワープ文明以前の工業地帯と住宅街、公園、商業施設が点在しています』


「街があるのか。生命反応は?」

『ありません。地球上のいかなる場所にも人間、他動物の反応は確認できません』


 どういうことだ? 理解できずにラペダは首を傾げた。ホロモニター上では映像を拡大することで街並みを俯瞰できるが………原始的であっても打ち捨てられて荒廃している様子は見えない。

 それに植物や、公園と思しき場所には草花の姿さえ見える。特に花は昆虫による受粉が必要になるはずだ。



「ジェズネター。もう一度聞くが、生命反応は?」

『ありません。地球上のいかなる場所にも人間、他動物の反応は確認できません。活動しているのは機械類とナノマシンのみです。―――初歩的な人工知能ネットワークの存在を確認しました。機械やナノマシンを管理するためのもののようです。ネットワークを掌握し、私ジェズネターが地上でもサポートできるよう調整します』


 ラペダはしばらく二の句が継げなかった。これだけ自然豊かな環境が軌道上からもありありと見えるのに、実際には生きている動物が一つもいないなんて。そんなことはありえるのだろうか………。

 いや、そもそも何故そのような非現実的な事態になったのか。おそらく、自分の意思で地球に残った人間もいるはずだ。動物に至っては1体残らず連れ去るなんてことができるはずがない。



「行きましょう」



 ユアルの言葉に、ラペダは我に返って振り向いた。眼下の地球を真っ直ぐ見据え、ユアルは決然とした面持ちで、


「ここにいるだけじゃ、多分これ以上のことは分からないわ。実際に降りて確かめてみないと」


 確かに。軌道上でグズグズしている場合じゃない。

 現に今この時も、シグアノンは滅亡の危機に晒されているのだ。そして既に滅ぼされてしまった「蒼」は、救いを求めている。

 全てを好転させるために必要な最大要素が―――この命の無い水の惑星で眠っているのだ。


「ジェズネター。降りられるだけの面積があって、船の隠匿が容易な場所に着陸してくれ」

『了解しました』


「レアニカは船に残って、船を守ってちょうだい。何かあったら私に連絡を入れて」

『分かりました。姫様も十分にお気をつけて』


 スターヨットは機首を翻し、地上―――日本列島に向かって降下を始めた。




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