古代都市での逃避行

△▽△▽△▽△▽△▽△


 この通路は、一体どこまで続いているのだろうか。そしてどこに繋がっているのか。

 長い通路だ。ラペダは時折背後のユアルの様子に注意しつつ、どこまでも続くかのような狭苦しい道を小走りで進み続けた。

「紅」が何故これほど早くこちらを追尾できたのか。考えられるのはシグアノン星とスターヨットの通信が傍受されてしまい、そこから航路を推定されてしまった可能性。ウォーラプターはスターヨットよりも遥かに強力な推進システムを積む高速艦だ。一度航路を特定されれば瞬く間に距離を詰められる。


 脱出するにしてもウォーラプターの捕捉からどう逃げ切るか………


「博士、大丈夫かな………?」

「ルーオ博士は地球の人工知能システムと繋がっている。施設内でプログラムが機能できなくなれば地球管理人工知能にバックアップ化されるだろうから………」


 そう応えている間に、ラペダは足を止めざるを得なかった。

 前方には、おおよそ扉とは思えない〝壁〟が立ちはだかり、二人の行く手を阻んでいた。

 ラペダの背後からそれに気づいたユアルが「そんな………」と青ざめる。


「行き止まり………? この通路、未完成だったの?」

「いや。多分これは………」


 ラペダは腰のホルスターに収めていたディスラプター銃を取り出した。

 下がって、とユアルを何歩か後ろに退かせて、銃口を前方にある壁に向ける。


 トリガーを引き絞った瞬間、銃口から青白い破壊光線が発射され、壁に激突。

 前方の壁は、どうやらちょっとした道具があれば簡単に突き崩せるほどで、ディスラプタービームによって容易に壁はそのほとんどが吹き飛ばされた。


 ラペダたちは慎重に外へ。

 だがそこは外界ではなく、どこか別の地下空間であるようだった。ビークルらしき車輪の付いた乗り物が白線の内側に収められる形で整然と並べられている。


「ここは?」

「昔のビークル置き場だろうな。―――ジェズネター、繋がるか?」


『はい、ラペダ様。そこは21世紀に存在した民間企業事業所の地下駐車場のようです。20~21世紀までに製造・販売されていたガソリン自動車や内燃機関・電気機関ハイブリッド車、電気自動車、二輪車が駐車されています。いずれもナノマシン保護が施されており使用可能です。ネットワーク接続可能車種であればこちらから遠隔操縦可能です』


 ウォーラプターの捕捉を逃れてスターヨットに乗るには、どこか遠い場所でスターヨットに搭乗する必要がある。なおかつヨットの発進も捕捉されてはならない。


 その時、突き上げるような衝撃と揺れがまたしても二人を襲った。


「今度は何だ―――!?」

『市街上空に静止しているウォーラプター艦がディスラプター砲を発射。市街や住宅、

工場を無差別に破壊しています』

「俺たちをいぶり出す気か………」


 ここがどれだけの深さがあるかは分からないが、強力なディスラプター砲を前にシェルターでもない駐車場が持ちこたえるはずがない。長時間ここに留まる訳にはいかなかった。だが地表に出れば確実に捕捉される。どうすれば………


『―――自動車での脱出は私なら推奨しないがね。先ほどの攻撃で道路は穴だらけ瓦礫だらけだ。全く、「紅」の連中は遠慮というのを知らんな。サンヨオノダ市は21世紀の姿をほぼ完全な姿で残す数少ない都市の一つだったのに』


 ルーオ博士、その立体映像が再びラペダの前に姿を現した。


「ルーオ博士!」

『やあユアル君。データスティックはちゃんと持っているね?』

「え、えっと………はい。大丈夫です」

『よろしい。ならばすぐにでもここから脱出することにしよう』


 そう言うとルーオは、駐車場の奥に停めてあった、複雑なエンジン機構が組み込まれた1台の二輪車を指さす。


『日本製2045年式オートバイMX1200。人工知能ネットワークサポートシステム搭載。排気量1200cc。最高速度215km/h。このバイクは社外品のカスタムパーツを組み込んであるからそれ以上の速さが出るかもしれないね』


 またしても衝撃。天井にヒビが入りパラパラと破片が零れ始める。


「俺たち、こんな古いビークル操縦できませんよ」

「わ、私も」

『………君たちの世界には空飛ぶバイクは無いのかね?』


 キョトン、とした表情でラペダとユアルが顔を見合わせると、『嘆かわしい』とルーオは天を仰いだ。


『―――まあいい。とにかく乗りたまえ。人工知能ネットワークで適切に遠隔操縦しよう。ラペダ君はただハンドルを握っていてくれればいい。いいかね? ラペダ君が前の座席に乗ってハンドルを握り、ユアル君は片手で後部座席後ろのバーを、片手でラペダ君の腰の辺りを掴みたまえ。それと二人とも、掛けられているヘルメットを被るのを忘れずに。ラペダ君はグローブも』


 目の前にある〝オートバイ〟なるビークルは、駐車用のバーを外すと酷く不安定そうに見え、到底安全な乗り物には見えないが………選択の余地はないようだった。












△▽△▽△▽△▽△▽△


「紅」のウォーラプター〈ケルドリ〉のブリッジスクリーンには、ディスラプター砲によって破壊されていく街並みが映し出されていた。


 基部から破壊されて倒壊していく工場の煙突。

 ディスラプタービームの直撃によって溶け落ちる橋。

 爆発炎上して構造の大半が吹き飛ぶ工場や倉庫群。

 

 低層な工場や諸施設、住宅が立ち並ぶ21世紀の小都市は1隻の航宙艦によって無残に破壊されようとしていた。

 だが指揮官―――〈ケルドリ〉艦長のメロジ司令官は感慨に浸る余裕もなく、苛立たしげに、


「………「蒼」族長の娘はまだ見つからんのか!?」

「は………どうやら地下に潜伏しているようでして。地球の人工知能システムも妨害波を発しており正確な走査ができない状態です」

「司令官。一度艦砲射撃を中断し、再度地上部隊を投入して虱潰しに捜索してみては?」


〈ケルドリ〉の任務。それは軌道上で警戒している僚艦ウォーラプターと共にシグアノン星系から脱出した船を追跡し、船に乗っているはずの「蒼」族長の娘を捕獲、もしくは殺害することだった。


 捕獲なら尚よし。やむなく殺害する場合は、死体が必要になる。

 何にせよ小娘一人をいぶり出すためのディスラプター砲撃だったが、結果は芳しくなかった。


「………攻撃一時中止。地上部隊を再度展開しろ。先ほどの施設ももう一度探し直せ! 何か隠し通路の類があるのかもしれん」


 部下の進言を容れてメロジは指示を飛ばす。命令にブリッジにいた者たちは慌ただしく作業を開始した。

 先ほどの施設―――研究施設の類らしい―――は、自動防衛装置によって少なくない犠牲を払う羽目になったが、制圧に成功した。窓一つない施設の特徴やわずかな電波ももらさず、受け入れない隠密性、自動防衛装置などの用心深い機構からもその施設がいかに重要なものを研究し、保存していたか推察することができた。


「そもそも、施設からは何も見つからんのか!?」

「い、遺伝子や精神的特性と脳機能・身体機能の連関について研究していたようですが、遺されていたデータは断片的で………」

「地球にあるという「人類の秘密」は!?」

「も、目下調査中であります!」


 小娘も見つからん。

「人類の秘密」とやらも見つからん。

 メロジの苛立ちは既にピークに達しようとしていた。軍艦2隻で小娘一人追い回す任務も気に入らないが、その小娘一人追い回すために地球の原始的な防衛装置に引っかかって被害が出たのも気に入らない。任務に対する被害率の高さは、昇進・昇給に関わるというのに………!


 と、


「―――司令官! 区画E84にて異常事態。地上用ビークルらしき乗り物が1台、高速で移動中です!」


 ブリッジスクリーンに、確かに地上用ビークルらしき原始的構造の乗り物が1台、市街の道路を猛スピードで駆け抜けていた。

 メロジは指揮官席から腰を浮かせた。


「あれか! 追えッ! 部隊もテレポートで先回りさせろ!!」











△▽△▽△▽△▽△▽△


『―――市街上空で静止していたウォーラプターが動き出しました。自動操縦されている無人の電気自動車を追尾しています。戦闘員をテレポートで先回りさせていますが、裏道から迂回します。さらに別地点から別の自動車を自動操縦にて走行させ、敵部隊を拡散・攪乱します』


 ジェズネターの報告はホロモニター映像を伴わなかったためその光景を目の当たりにすることはなかったが、少なくとも無人車を使った囮作戦が上手くいったのは間違いなかった。

 隠し通路の先にあった地下駐車場は、先の砲撃で天井がひび割れており、あまり長居できる様子ではなかった。すぐにでも地表に出た方が良さそうだ。

 ラペダは、エンジンを低く唸らせたオートバイのシートに跨っていた。後ろにはユアルの姿も。ヘルメットは思いの他良好な視界を有しており、右端に速度などが表示される。


………だがひどく、窮屈だ。高速で走行すれば対気で容赦なく体温が奪われるに違いない。大昔の人間はこんな不安定で危険な乗り物に好んで乗り込んでいたというのだから、ラペダには到底理解できないことだった。


『ふむ。では我々も出発することにしようか』


 ルーオがそう口にした瞬間、ドドド………という重い駆動音と共に、ラペダとユアルを乗せたオートバイが動き始めた。


『操縦については私が遠隔で行うからラペダ君は、いい感じに身体を傾けてオートバイがスムーズに移動・方向転換できるようにしてくれたまえ。では、出発!』


 その瞬間、オートバイは一層激しく咆哮し、乗り手であるラペダとユアルは古びた街並みへと飛び出した。

 街は………ウォーラプターによるディスラプター攻撃で各地が破壊され、燃え盛り熱を帯びた瓦礫、それに穴ぼこが道路を塞いでいた。橋の類にいたっては直撃を食らったらしく原形を留めていない。


 それを小回りの利くオートバイで避けながら進む考え方は、ラペダとしても正しいと認めざるを得なかった。


『敵ウォーラプターはまだこちらの動きに気が付いていません。その間に我々は敵艦とは正反対の方向へ、なるべく遠くに移動します。他に期待できそうな地下施設があれば良いのですが、ディスラプターの砲撃にも耐えられる地下構造となると、到底期待ができないのが現状です』


 つまり、何とかしてスターヨットに戻り、かつ2隻のウォーラプターを出し抜く方法を考えなければならない訳だ。しかもなるべく早くに。

 今はまだウォーラプター2隻で済んでいるが、「紅」の執念深さを考えると到底増援は来ない、と楽観視などできない。いずれ増援の艦隊が地球圏に現れるだろう。そうなるとますます潜伏も脱出も難しくなる。


「………ジェズネター。最も理想的な脱出方法は?」

『敵艦を最初の静止地点から北に150キロ以上移動させた後にスターヨットを発進させ、至近距離で皆さんをテレポート収容した後に地球の極点に向かいます。そこであれば磁場等の影響から長時間、敵のセンサーを回避することが可能です。まずは指定の地点への移動をお願いします』


 ヘルメットバイザーに投影されたディスプレイに、目的地への経路と距離が示される。山中の空き地のようだ。

 それまではこの………あまりにも不安定な乗り物に乗り続けないといけないのか。こうして乗っている間にも風圧が容赦なくラペダの体温を冷やし、カーブする度にひやりと心臓が凍える感覚を覚える。人工知能によるサポートシステムが入っているとはいえ、今の速度で転倒すればまず、命はない。



「………も、もう少し速度を緩められないのか?」

『まだ時速65キロだよ? このオートバイの性能を考えれば鈍足もいいところだ』


 オートバイの人工知能システム越しにルーオ博士がそう答えるが、自動車のように周囲を守られていない状況で走行するのは酷く………心臓に悪い。


「そう? 私は平気だけど。まるで馬みたい」


 一方、後部座席のユアルはけろりとしたものだった。『素晴らしい』とルーオは彼女を絶賛した後、


『これは、一般的に男性が女性に対して自分の魅力をアピールするためのツールなのだよ? もう少し男らしい所を見せて彼女の気を引いてみてはどうかね?』

「………」


 そんな旧石器時代に生まれた覚えはない、と言いたかったが何故か言葉が出なかった。

 と、ヴォン! とオートバイのエンジンが咆え、急加速が始まる。速度計は瞬く間に100に迫ろうとしていた。


「おい! 加速するなら事前に………」

『すまない。イレギュラーな事態が発生した。こちらの欺瞞を見抜いたウォーラプターが市内全域に兵員をテレポート配置し始めた。―――3人の「紅」兵士と間もなく遭遇する』


 その瞬間、数発の光弾がラペダたちの乗るオートバイをかすめた。

 前方に兵士が3人。ディスラプターライフルを構えて待ち構えている。

 オートバイはすぐに左折し、脇にあった狭い道路へと飛び込んだ。背後でディスラプタービームが道路や建造物の構造を撃ち砕く音が聞こえる。


 そして再び広い道へ。

 だがその瞬間、数人の兵士が道路の脇にテレポートし、こちらに激しくディスラプタービームを撃ちかけてきた。


「く………ッ!」

『すまんが強行突破する! しっかり掴まっていろ!』


 次の瞬間、オートバイは猛然と加速を開始。立ちふさがろうとしていた敵兵士たちをあっという間に背後に置き去りにした。

 信じがたい猛スピードで、先のウォーラプターからの爆撃で穴だらけとなった道路を蛇行しながら、ラペダたちの乗るオートバイはさらに加速。周囲の景色が目まぐるしいほどに移り変わり、先刻まで市街地にいたはずが今ではポツポツと店舗や住宅が点在するだけの寂しい地区に差し掛かっていた。


「ふ、振り切ったか………?」

『いや。状況はさらに………悪くなったようだ』

「う、上っ!?」


 ユアルが上ずった声で顔を上げる先―――いつの間にかウォーラプターが頭上に差し掛かり、ラペダたちの周囲に暗い影を落としていた。


「………!」


 声を上げる間もない。

 刹那、遥か頭上のウォーラプターから、眩い閃光が迸った。




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