戦いの果て

△▽△▽△▽△▽△▽△


【敵艦隊接近】

【所属:「蒼」】

【艦種:戦艦級1。星系内小型艦艇級7】


 敵艦接近の警報が「紅」のアーデシア級戦艦〈バセルム〉のブリッジに響き渡る。

 だが、鋭い声でそれを報告するオペレーターはいない。コンソールにはオペレーター………であった者の死体が覆いかぶさっていた。


 血走った眼でメインスクリーンを睨みつける男、ギディア・ベルス〝元〟総司令官は射殺したオペレーターの死体を押しのけると、艦の戦闘システムに全兵装のオンラインを命じる。

 ブリッジにはベルス以外生きている人間は残っていない。残りは逃げ出すか、無謀にもディスラプターライフルを乱射して押し入ってきたベルスに立ち向かおうとして撃ち倒されてしまっていた。

そしてブリッジ以外の生命維持装置を停止。今や狂乱し宇宙戦艦を乗っ取ったベルスを止められる者は、もう艦内には残っていない。



「………おのれ……おのれェ! 「蒼」の小娘がよくも俺の地位と名誉を………ッ!」



「蒼」を蹂躙し、その功績を以てベルスには艦隊総司令官以上の栄達が約束されているはずであった。が、その結果は―――狩りの獲物同然であったはずの「蒼」族長の娘は「人類の秘密」を手にして政治的優位に立ち、「蒼」の領域から「紅」艦隊を撤退させることを大統領に容認させた。そして、その責任は全て総司令官であったベルスに………


「許さん………許されんぞ……貴様を殺し………「秘密」のデータを私の手に……!」


 ブツブツと目の焦点も合っていないままにベルスはコンソール上に表示されたコマンドを叩き、最後に出てきた兵装発射コマンドを叩く。

〈バセルム〉のディスラプター主砲が放たれ、眩く太い光条は一瞬にして「蒼」の戦艦に随伴していた小型艦2隻を蒸発させた。

 敵艦隊からもディスラプタービームが撃ち放たれ〈バセルム〉は集中砲火に晒される。が、敵艦と比較し遥かに堅牢なシールドを誇るアーデシア級戦艦は小揺るぎする程度でその砲火を防ぎ切った。

「紅」の戦艦は「蒼」のそれに比べて遥かに重武装かつ強力なシールドで守られており、あらゆる面で追随を許さない。そもそも学術や芸術などにうつつを抜かす「蒼」の軍事技術などたかが知れているのだ。


「次は………貴様だッ!」


 艦の照準システムをただ一隻…「蒼」の戦艦に合わせる。

 再び兵装発射コマンドを押し込むベルスを止める者は誰もいなかった。










△▽△▽△▽△▽△▽△


〈タルアナーク〉のブリッジは、眼前の敵戦艦から閃光が迸った瞬間、凄まじい衝撃に襲われた。

 さらにパワーリレーのショートによって壁面やコンソールから火花が飛び散り、火災が発生。瞬く間にブリッジは自動消火装置の消化ガスで満たされた。


「―――し、シールド消失っ! 兵装パワーリレーに異常発生! ディスラプターキャノン、オフラインです!」

「機関出力低下! 補助動力に切り替えます!」

「星系巡航艦〈イダス〉〈ログア〉撃沈っ! 星系巡航艦のシールドでは戦艦のディスラプターを防げません!」


 1隻の「紅」戦艦を相手に、〈タルアナーク〉ら「蒼」艦隊は全く歯が立たなかった。〈タルアナーク〉らから放たれるディスラプタービームは「紅」戦艦の強力なシールドに阻まれ、一方敵戦艦から発射されたビームは易々と、星系巡航艦を焼き尽くし、戦艦〈タルアナーク〉さえシールドや艦体を切り刻まれる。


 必死に応戦を指示していたリンダスだったが、ふとユアルの方へと振り返る。


「姫様。恐れ入りますが艦載のスターヨットで脱出を。………本艦が盾として最後まで姫様をお守りいたします!」

「! そのようなこと………」


 現実はユアルにも理解できていた。

 移民船団の護衛艦隊だけでは、あの「紅」戦艦を撃破することは不可能。この〈タルアナーク〉は星系巡航艦諸共に撃沈する。

 そしてユアルは―――今死ぬわけにはいかなかった。死線を乗り越えて手にした「人類の秘密」を他の者に渡す訳にも………


 誘導ショックミサイル直撃による凄まじい衝撃が艦全体を揺さぶる。


「きゃ………!」

『姫様!』


 床に崩れ落ちそうになるユアルをレアニカがすかさず支える。ユアルはその手を借りて立ち上がろうとしたが、メインスクリーンには「紅」戦艦の威容が大写しとなっている。

 このままでは………!



「―――て、敵艦がショックミサイルを発射しました!」

「シールドは消失しており、これ以上のダメージは………っ!」

「ミサイルで迎撃を………」

「発射機構に被害があり発射不可能です!」

「メインエンジン出力低下! 本艦は航行不能に――――」



 無慈悲に発射された敵艦からのミサイル。

 これを防ぐ術はもう無い。ユアルは自身に迫った死をメインスクリーン越しに凝視するしか………



 だが直撃する寸前、別方向から飛び込んできたミサイルが「紅」戦艦からのミサイルに食らいつき、激しく爆散させた。


「何だ!?」


 状況を把握できないリンダスがオペレーターへ目を向ける。

 センサー担当のオペレーター士官はせわしなくコンソールを叩き、


「別方向からのミサイルによって「紅」のミサイル攻撃が迎撃されました。艦型照合! ―――こ、これは「灰色」のレシグア級戦艦ですっ!」


 その瞬間、傷ついた〈タルアナーク〉を庇うように1隻のレシグア級戦艦が敵艦との間に割り込んできた。

 そしてディスラプター砲やショックミサイルを乱射。したたかに打ち据えられた「紅」戦艦はノロノロと回避行動を開始した。


「艦長! 「灰色」艦から通信が入りました!」

「メインスクリーンへ!」


 その瞬間、レシグア級戦艦とアーデシア級戦艦の激闘を映し出していたメインスクリーン映像は変わり、レシグア級ブリッジの背景と―――シグアノンの議員服を身にまとう男の姿が映し出された。

 その男―――少年のことをユアルは誰よりも知っている。




『―――こちらはシグアノン艦隊レシグア級戦艦〈エルデスティ〉のラペダだ。貴艦を援護する』










△▽△▽△▽△▽△▽△


『―――ラペダ議員。救援に感謝する! 我々は現在「紅」戦艦の攻撃を受けており………』


 その時、〈エルデスティ〉ブリッジのメインスクリーンに映されていたリンダス艦長とブリッジの光景が激しく震動し、彼女自身も指揮官席にしがみついて衝撃を堪える。

 ジェズネターが『敵艦、体勢を立て直し戻ってきました』と報告。さらに〈エルデスティ〉自身もディスラプタービームの直撃により大きく揺さぶられた。


「状況は把握している。―――ジェズネター、反撃だッ!」


〈エルデスティ〉からディスラプター砲が矢継ぎ早に発射され、何度もアーデシア級戦艦のシールドを撃ち叩く。

 だが最大出力で発射されたはずのビームは敵艦の艦首で分厚いシールドに阻まれて霧散。微々たるダメージしか与えられていないのは明白だった。


 そして反撃とばかりに敵艦からディスラプター砲が発射。〈エルデスティ〉のシールドに大きなダメージを与えた。



『艦首シールド強度、60%まで低下しました』

「敵艦をスキャンして弱点を見つけろ!」

『スキャン開始―――残念ですがアーデシア級戦艦のシールド強度は80%以上を維持しており、本艦単独での攻撃で敵艦を撃破できる確率は21%です』

「後続のシグアノン艦隊はいつ到着する!?」

『ワープジャマーに妨害されており、通常推進で戦闘域に到着するのは32分後です。これまでのダメージから、それまで本艦及び〈タルアナーク〉が存続する可能性は………』



 再びディスラプター砲が着弾。ブリッジ後部で過負荷がかかったパネルから火花が散らされる。思わず身をすくめながらラペダはメインスクリーン越しの敵を睨みつけた。



「こちらが優位になりうる要素を見つけろ! そうでなければこちらは全滅だ!」

『スキャン結果を分析中。―――分析結果から、あのアーデシア級戦艦は本来の性能を発揮していない可能性があります』

「何故だ!?」

『この状況下における可能性を分析した所、艦のシステムの大半が高度複雑な自律戦闘を想定していない自動システムによって制御されており、本来必要な操艦要員が欠如ないし不足している可能性があります。「紅」の艦船はシグアノンにおける一般的な艦船と異なり完全自動化されておらず、システムを制御し最大限の性能を発揮するためには数十~数百人程度の要員を配置する必要が………』


 ジェズネターの推論は敵艦からの攻撃によって中断を余儀なくされた。よろめきながらも何とか踏みとどまったラペダは目まぐるしく思考を巡らせる。

 敵艦が本来の性能、戦闘能力を発揮できていない点は確かにこちらにとって優位だ。がそれでもレシグア級戦艦とアーデシア級戦艦では能力差は歴然であり、通常戦闘では間違いなくこちらの方が先に力尽きる。そして背後で庇っている〈タルアナーク〉には、もう戦闘力はほとんど残されていないだろう。


 要員が不足した敵艦―――システムが十分に自動化されていない―――イレギュラーへの対応は―――



「―――ワープドライブ・コアだ」

『恐れ入りますが敵艦はワープジャマーを発動中でありワープは不可能です』

「そうじゃない。ジェズネター! ワープドライブ・コアを本艦から分離し、敵艦の目の前にテレポートしろ!」

『了解しました。ワープドライブ・コア分離。コアの再安定化・超空間エネルギーの封印完了。予備動力に切り替え。―――テレポート開始します』



〈エルデスティ〉と敵艦の間に球状の大型構造物―――ワープドライブ・コア―――がテレポートによって出現する。

 唐突に現れた邪魔な構造物を、敵艦は当然のようにディスラプタービームで焼き払った。


 その瞬間、ワープドライブ・コアに封入されていた、超光速航法を可能とするエネルギー〝超空間エネルギー〟が宇宙空間へと放出される。

 その莫大なエネルギーは凄まじい衝撃波として全方位に解き放たれ、〈エルデスティ〉とアーデシア級戦艦、それに〈タルアナーク〉の艦体を激しく揺さぶる。


「く………っ!」


 ラペダは指揮官席に掴まり、数秒間続いた震動に耐えた。

 メインスクリーンに映る敵艦もまた、瞬間的な衝撃波に揺らいだが、健在だ。

 それでも―――


『衝撃波によって防御シールドが一時的に崩壊しました。再構築を開始します』

「シールドより攻撃だッ! 敵艦動力部に集中攻撃を浴びせろ!」


 ラペダの命令に従い、〈エルデスティ〉からディスラプタービームが矢継ぎ早に放たれる。照準は敵アーデシア級戦艦の中央にある動力コア部分。

 本来であれば敵艦の分厚いシールドがこちらのディスラプタービームを難なく霧散させる………はずなのだが、敵艦の防御シールドは展開されず、〈エルデスティ〉から発射されたビームは敵艦の重要部分に直撃した。



『敵艦の防御シールドが不安定な状態で停滞しています。シールドの再構築化が開始された形跡がありません』

「一時的に不安定になった空間で防御シールドを再構築するには高度な制御システムか、専門の要員が必要だからな。―――敵は無防備だ! ディスラプター及び誘導ショックミサイルを全砲門開いて発射しろッ!!」



 その瞬間、レシグア級戦艦の最大限の火力………最大出力で連射されるディスラプター砲や全発射管から放たれる誘導ショックミサイルの驟雨が敵艦に殺到する。

 太いビームが敵艦の構造物を貫き、切り刻んで破壊する。それに続いてミサイルが雨のように降り注いだ結果、アーデシア級は炎上に等しい状態へと陥った。艦体各所から連鎖的に小爆発が発生し、細かい破片が瞬間的な炎と一緒に宇宙空間にばら撒かれていく。


『敵艦体の複数のデッキに壊滅的な打撃を与えました。動力部分への被害も深刻でこれ以上の戦闘続行は不可能と考えられます』


ジェズネターの言う通り、もはや敵艦は戦闘に堪えることはできないだろう。常人の指揮官であれば艦を捨てるか、短距離でもワープしてこの場を離脱しようと試みるはずだ。


だが、敵はそのどちらも採らなかった。


「ジェズネター。敵艦に連絡。5分以内に降伏の通信をこちらに送らない場合、降伏の意思無しと見なして撃沈すると………」

『警告します。敵艦のメイン通常エンジン出力上昇中。―――本艦に向かって急速前進してきます』


 爆発・炎上しながらもなお、艦体と推進機構を維持している敵艦。

 各所から吐き出す炎や引き剥がされた破片をたなびかせながら、この〈エルデスティ〉へと突っ込んでくる。

 壮絶な断末魔が耳に飛び込んでくるような錯覚に、ラペダはよろめかけたが、すぐに気を取り直し、


『回避行動を―――』

「ダメだ! 背後の〈タルアナーク〉に直撃する。最大火力で撃沈しろ!」

『エミッターの損耗やパワーバンクのエネルギー貯蔵率低下によりディスラプターは本来の性能を――――』

「撃て!!」


〈エルデスティ〉があらん限りのディスラプタービーム、それにミサイルを敵艦目がけて叩き込む。ビームは確かに弱々しく見え、誘導ショックミサイルの残弾も尽きかけている。

 だが背後には〈タルアナーク〉が漂流状態にあり、ラペダが回避行動を指示すれば「蒼」の戦艦を守るものはいない。


 ユアルは絶対に――――









△▽△▽△▽△▽△▽△


 壮絶な爆発の閃光が、瞬間的に〈タルアナーク〉ブリッジのメインスクリーンを覆い尽くした。

 そして衝撃波。艦全体が激しく揺さぶられて、ユアルは咄嗟にレアニカへとしがみついた。その眼前ではリンダスが指揮官席に腰を押し付けながらやや裏返った声で、


「ほ、報告を!」

「ぜ、前方で大質量が爆発しました! スクリーン映像修正中………」


 負荷に耐えかねたメインスクリーンはノイズで埋まり、ユアル達は一時的に艦外の情報が受け取れない状態となる。

 だが数秒もしないうちに、ノイズは修正され、大画面は元の機能を取り戻した。そしてその時点で、ユアルや〈タルアナーク〉のブリッジクルーたちは自分たちが塵雲や残骸の只中に漂っていることに気が付く。


「………〈エルデスティ〉はどこだ? センサーに反応は?」

「じ、塵雲や残骸が周囲を埋め尽くしており、正確な走査ができません」


 まさかあの大爆発で「紅」の戦艦諸共に爆散したのでは………。

 ユアルの胸中に暗い予感がよぎり、やがて心臓が冷えるような感覚に苛まれていく。


 と、周囲を埋め尽くしていた〝雲〟の一角が黒みを帯び始めた。それは広がる染みのように大きくなっていく。

 それが巨大な構造物の〝影〟であることに、ブリッジにいた誰もが気が付いていた。

 そして〝影〟は徐々に明確な姿を現していく――――。



〝影〟の正体が明確化した瞬間、ユアルの胸中から不安の類はすっかり取り払われてしまった。

 酷く損傷しつつも、十分に航行状態にあるシグアノン戦艦〈エルデスティ〉が姿を現したのだから。



「ラペダ………!」

「〈エルデスティ〉です! 甚大な被害を被っていますが航行可能状態を維持しています!」



 次の瞬間、メインスクリーンに〈エルデスティ〉のブリッジが映った。ノイズが走り、各所が破壊され傷ついた痛ましい光景の中、ラペダも頬に傷を負った様子だったが毅然とした表情でこちらを見返してきていた。


『―――〈エルデスティ〉より〈タルアナーク〉へ。敵艦は完全に撃破した。現状においてこれ以上の脅威は存在しないと思われる』

「こちら、〈タルアナーク〉のユアルです。無事で良かった………!」


 進み出たユアルに、メインスクリーン越しのラペダは一時、戸惑ったように視線を泳がせたが、


『も、もう大丈夫だ。これ以上「紅」の連中に好き勝手はさせない。以降の船団護衛は、我々シグアノン艦隊が責任を持って全うする』


 シグアノン艦隊―――?

 その時、センサーを担当するブリッジオペレーターがユアルやリンダスへ振り返った。


「か、艦長! 後方より複数の反応が接近中!―――レシグア級戦艦からなるシグアノン艦隊です!」


 映し出されたのは、数十隻もの宇宙戦艦からなるシグアノン艦隊。

 そしてその後方には無傷の移民船団の姿も。

 シグアノン艦隊の主力は、先の「紅」との戦闘によって全滅したと聞く。残っているのは周辺星系を守っていた小艦隊のみで、一隻たりとも他国のために割くことなどできないはずだ。少なくとも「翡翠」や「琥珀」が同じような状況に立たされれば。


 それだけでも、「蒼」の移民船団護衛のためにどれだけラペダが奔走したか、ユアルには十分想像することができた。




 やがて、隊伍を整え直した「蒼」の移民船団は、シグアノン無人戦艦群と応急処置が完了した〈タルアナーク〉ら「蒼」の残存艦隊に守られながら、再び超空間へと突入した。


 その先に待つのは、全人類の故郷にして、彼らの帰りを待つかのようにかつての美しい姿を保ち続ける惑星―――地球。






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