蒼い宝玉

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―――現在のシグアノン星系を遥か上方から俯瞰すれば、円環状に各所で爆発の火球を見ることができたかもしれない。

 1万隻以上の威容を以て星系を包囲した「紅」の大艦隊と、シグアノン艦隊の激闘は双方が決め手に欠く状態で一種の膠着状態を迎えていた。シグアノン戦艦が「紅」のウォーラプター十数隻の波状攻撃で沈み、「紅」の戦艦が星系防衛システムの砲火にさらされて護衛のウォーラプターごと撃ち抜かれて爆散する。だが「紅」の艦隊はどれだけ沈めても次の瞬間には、まるで生え変わるように新手の艦を繰り出し………結果、数で劣るシグアノン艦隊はジリジリと消耗しつつあった。



『艦隊の損耗率が25%を超えました。防衛プラットフォームも14基が破壊され、機能を停止しています。「紅」の艦隊の損耗率は64%を超えましたが統制は失われていません』



 遥か宇宙空間で繰り広げられる艦隊戦を、シグアノン政府首相とその閣僚たちは議会室にて、ホロモニター越しに見守るより他なかった。戦闘艦の運用と戦術は全てジェズネターが管理しており、人間の出る幕は無い。


「防衛線は辛うじて維持できそうだが………増援が来るとなると持ちこたえられないな」


 ポツリ、と口にされたドータイナの言葉に、閣僚たちは細々と互いに意見を交わし合った。

 その中で首相の耳まで届けられたのは、


「………閣下、仰る通り長期戦となるとこの恒星系の防衛は不可能です。だ、脱出の用意をされてはいかがでしょうか?」

「脱出だと? 国民を残してか?」

「国民に割り当てられた集合住宅は宇宙航行能力を有するよう建設されており、恒星間航行ユニットを取りつけることで宇宙航行及びワープ航行が可能です。―――防衛プロトコルにはシグアノン人全員の脱出についても定められており、避難先の選定と基礎インフラの建設も完了しています」


「―――メルデッタン星系か」


 資源恒星系メルデッタンは、「翡翠」からの水面下資源輸入が始まる以前はシグアノン最大の資源採掘恒星系として開発が進められており、今でも大型工業衛星や採掘施設が使用可能かつ最新設備の状態で残されている。


 シグアノンへの入植が行われる以前から、祖先たる「灰色の人類」は、いずれ後続して宇宙植民に乗り出すだろう地球人類との接触・侵略・同化を恐れていた。そのため防衛プロトコルには「灰色の人類」全員を緊急時には別恒星系に移住させる計画も明記されており、プロトコルに則ってジェズネターは適切な恒星系―――メルデッタン星系の開発と維持を続けていた。



『ワープジャマーは点在的に失われており、脱出は可能です。ですが追尾される可能性があります』


「メルデッタン星系の防衛システムは?」

『4個の惑星に惑星防衛ステーションを配置しています。またレシグア級戦艦12隻と多用途小型艦艇32隻を配備しています』


 星系防衛システムで頑強に守られたシグアノン星系と比べれば全くお話にならない。

 シグアノン星系で「紅」の戦意を失わせなければ、シグアノン星は滅びるのだ。もしくは「秘密」によって彼らから譲歩を引き出すか―――――。



『首相。最終手段として、防衛プロトコルには恒星超新星化についても無制限許可されています。防衛プラットフォームを改造したビーム投射装置の建造も全て完了しています。また、防衛プラットフォームはワープ航行可能です』



 防衛プロトコルの基礎を定めた祖先「灰色の人類」は、自分たちの安全が他人類によって脅かされ、失われる場合に備え、人類社会を壊滅させる方法についてもこと細かく規定していた。

 その一つが「恒星の人工超新星化」。強力なビームを恒星核に投射することにより恒星の核融合反応を暴走させ、超新星爆発を人為的に引き起こす計画だった。シグアノン星系が他の人類の手に落ちる前に恒星シグアノン・プライムを超新星化させ、敵対戦力もろともシグアノン星系を破壊。


 専用の防衛プラットフォームはシグアノン・プライムの超新星後にワープにて移動し、敵対する人類と他人類が暮らす恒星系へと向かい、これにも恒星にビームを投射して超新星化させる。最終的にはシグアノン人以外の人類の存在が確認できる所は無差別に超新星化し―――人類を根絶する。


 ドータイナにはこの計画について承認する権限が与えられていた。


『防衛プロトコルには、惑星シグアノンを放棄する場合、自動的に恒星の人工超新星化作戦を行う権限を私ジェズネターに付与する旨定められています。私は防衛プロトコルに従い行動します』


 つまり脱出と同時に、人類を根絶する計画が始まることになる。

 だがドータイナは特に意に介さない様子で、


「ジェズネター。我々がこの星系を放棄する際には防衛プロトコルに従い行動してくれ」

『了解しました』


「それより、将来の計画よりも目の前の問題に取りかかろう。まず「紅」と………」


 その時、戦況を映し出すホロモニターに異変が起こった。

 無人艦隊と防衛プラットフォームの奮闘によって数が減じているはずの「紅」の艦隊。だが今や最初の衝突以上の物量を以てして消耗したシグアノン艦隊を飲み込みつつある。


 ジェズネターは首相や茫然と立ちすくむ閣僚たちに報告した。



『星系最外縁部にさらなるワープアウト反応を確認。―――総数1万540隻。アーデシア級戦艦とウォーラプター艦によって構成され、これで敵艦隊の総戦力は残存艦艇と合計して1万7880隻となります』












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「灰色の人類」が地球を離れ、遠いシグアノン星系に移住した理由。

 ジェズネターのデータベース内の記録によれば、他人と関わったり、コミュニケーションを取ることを極めて苦手とするが宇宙空間に対する高い適性と知能を有する「灰色の人類」たちは、高度なコミュニケーション能力を要求される地球での生活に適応することができず、独自の隔離された社会を築くために大規模な移住計画に踏み切った、とされている。「灰色の人類」たちが地球人類や彼らの社会を忌み嫌っているのは、今日までの惑星シグアノンの社会や政治姿勢を見れば明白だった。


 だが、一つ疑問が残る。

「灰色の人類」以外、健常な精神と肉体・コミュニケーション能力を持つ他の人類は何故―――地球を捨て、どこにあるのかさえ忘れ去る形で宇宙へと漕ぎだしたのか。そして、「紅」「蒼」「琥珀」「翡翠」へと自らの精神的特性に応じた社会を築いたのか。



『―――過去、人類がまだ地球のみを生存圏としていた時代。人類は生誕した集落や都市、地域、企業、国家等に帰属していました。その中で個々に精神的特性は異なっていましたが、法律や慣習等で個々の精神的自由に強く依らない社会空間が築かれていたのです。そこから現在のように、「紅」「蒼」「琥珀」「翡翠」と精神的特性がそれぞれ異なる者たちに分かれて星間文明が築かれたのですが―――その詳細な経緯については記録されていません。お役に立てず申し訳ございません』



 レアニカはラペダの疑問に答えられるデータを有していなかった。ジェズネターにも他の人類のそのような記録については残っていない。


 太陽系とおぼしき恒星系まであと2、3時間の距離。順調に超空間航行するスターヨットのラウンジで、ラペダとユアルはレアニカ、ジェズネターと共に議論するだけの十分な時間があった。


「考えてみれば不思議よね。別に個人の特性がどうあっても、平和に力を合わせて生活したり仕事したりした方が、私たちはもっと繁栄できるかもしれないのに」

「俺は嫌だ」


「………まあ、ラペダはそうだろうけどさ」



「紅」や「翡翠」の連中と同じオフィスで仕事する時代が来たら、俺は真っ先に自殺する方を選ぶ。絶対だ。

 ラペダは旧暦22世紀以前に自分が生まれなかったことを感謝しつつ、


「だが俺たちはともかく、「蒼」や「翡翠」は分かれる必要があるとは思えないけどな。互いに問題なくコミュニケーションが取れるだろうし」

「考えてみたら不思議よねー。何で4つにも5つにも私たちって分かれてしまったのかしら、精神的特性ってそんなにも私たちを分け隔てるものなの?」


『………私のようなアンドロイドには回答する術はありません』

『申し訳ありませんが、私ジェズネターにも適切な回答はできません』


「………俺も分からない。少なくとも別々に暮らした方がマシだと思うが」


 惑星シグアノンでの生活は―――外交議員という難職を押し付けられたのはともかく―――ラペダにとって概ね満ち足りたものだ。

 ユアルの疑問はまだ続く。


「それに、「蒼」の人からは「蒼」の精神的特性を持った子しか生まれないのよね。「紅」とか、「灰色」の子供が生まれたっておかしくないのに」


『確かに、他の精神的特性を持った者が生まれたという記録は残っていませんね』

『シグアノンでは遺伝子操作により、シグアノン人としての精神的特性を持つ者しか生産されないように設定がなされています。また生産されるシグアノン人からは自然生殖能力は排除されています』


「………それって、ラペダはそれでいいの?」

「そっちの方がいいに決まってるだろ。「蒼」もそうした方がいいと思う」

「い、いやちょっとそれは………」


「蒼」にはまだ古典的で非合理的な道徳観念が残っているという。ユアルのそれとない拒絶に、ラペダは若干の同情を覚えた。


「あ、そうだ。地球ってまだ私たちと同じ人類が残ってるのかな?」


『申し訳ございませんが「蒼」のデータベースには記録はありません』

『私ジェズネターのデータベースにも記録はありません』


「そ、そう………」

「行ってみれば分かる。………俺は会いたいと思わないけど」


 祖先の「灰色の人類」は、そこから逃げ出してきたのだから。「紅」みたいなロクでもない連中の溜まり場になっている可能性は高い。

 だがユアルは別の考えを持っているようで、


「私は、会ってみたいかな。きっと考え方とか感じ方とか、今の私たちにも通じる所はあると思うの。それに、まだ住める環境にあるのなら、「蒼」の人たちの移住先として………」


 ユアルが脱出した後、「紅」の艦隊は「蒼」の母星を徹底的に破壊しただろう。

 ワープ航法が実用化した今でもこの銀河系で居住可能惑星の存在は希少だ。ラペダも、「蒼」の再建先として地球を選ぶのは悪くないと考えた。破壊されてなければの話だが。



『到着先の恒星系がセンサー有効範囲に入りました。―――恒星、各惑星、衛星の位置や推定される質量から、この恒星系が太陽系である確率は99.957%です』



 恒星系の立体図がテーブルの上に投影される。

 恒星系の中央において輝く星―――太陽。

 第1惑星はおよそ大気が存在するとは思えない。荒涼とした惑星だ。

 第2惑星は金色の明るい色を持ち、これも太陽に近すぎる。表面温度は数百度にもなるだろう。

 そして第3惑星―――――



「………地球」



 ポツリと呟くユアルの視線の先。

 青々と、まるで青い宝石のような水と大気に満ち満ちた惑星、〝地球〟の姿がそこにはあった。




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