何事にも終わりはある。特に戦争は。

△▽△▽△▽△▽△▽△


 ホロモニターの中で、最前線を守っていた最後のレシグア級戦艦のシールドが砕け散り、艦は爆散した。

 開戦時には500基以上が展開していた防衛プラットフォーム群も、100時間を超える戦闘によって「紅」艦隊の猛攻によって破壊され、既にシグアノン星系防衛システムとしての機能を失っていた。



『―――防衛線に展開していた艦隊が全滅しました。防衛プラットフォームも全基戦闘不能。我々は敵艦隊に対する防衛能力の殆どを失いました』



 ジェズネターが淡々と事実を報告する。

 議会室からは細々とした会話も失われ、ただ誰もが沈黙してホロモニター上で破壊された自艦隊、そして尚も4000隻以上を有して進軍する「紅」艦隊の威容を凝視していた。

 残る敵艦隊に対抗できる手段は、もう無い。


「………この星系において我々に残る戦闘艦数は?」

『この第5惑星にレシグア級戦艦5隻のみです。展開しますか?』


 深々と首相席に座すドータイナはすぐには答えなかった。周りの閣僚や議員らは狼狽えるばかりで有効な対策を提案できない。

 最終手段以外に残された道はない。それを認め、適切な指示を下すのにドータイナには十数秒の時間が必要だった。



「………諸君。我々は持てる戦力を投入してシグアノン星系の防衛に尽くしたが、「紅」はそれに遥かに優越していた。未だ4000隻近い敵艦隊が残っており、彼らはこの恒星系を蹂躙するだけの十分な力を有している。もはや取るべき対抗策も無い。

 ジェズネター。我々全シグアノン人は、シグアノン星系から退避する。防衛プロトコルに従い行動せよ」


『了解しました。全集合住宅のシグアノン星からの脱出を開始します』


 もう一つのホロモニターが投影され、画一的な高層建築物群がゆっくりと浮かび上がっていく。宇宙航行能力及びワープドライブを有する集合住宅群は、瞬く間にシグアノン第5惑星の軌道を離れ、次々と新天地―――メルデッタン星系へとワープしていく。

 そして、ドータイナたちがいるこのシグアノン最高評議会議事堂もまた、恒星間宇宙船としての能力を備えて建造されていた。周辺の建造物群と併せて、それらを率いるように議事堂艦―――シグアノン艦隊旗艦も発進する。



『防衛プロトコルに従い、恒星シグアノン・プライムの自爆シークエンス及び無差別恒星系破壊計画を開始します』



 宇宙空間へと飛び出した旗艦を横目に、シグアノン国民を乗せた集合住宅船は1隻また1隻と順調にワープを開始していく。

 だが一方で、第6惑星方向から敵艦隊が迫りつつあった。


『第6惑星の防衛システムも全て破壊された模様です。現在、我々は第5惑星までの有効な防衛手段を有していません』

「第5惑星軌道上に残存艦を配置しろ。惑星表面の対宙砲群と連携できるように。………この議事堂艦の戦闘能力は?」

『レシグア級戦艦2隻分に相当します』

「残存艦と合わせて戦闘配置。………諸君は他の脱出船に移れ。この船は残存艦と共にギリギリまで抵抗を試みる」


 閣僚らの反応はシグアノン人らしく鈍重そのものだった。

 エルシダー防衛大臣がおずおずと、


「あの………首相は我々と脱出されるのですよ、ね?」

「残念だが私にはシグアノン星系失陥の責任がある。首相に任命された者として、その使命と責任を全うしたい」

「お、恐れながらこの度の「紅」の侵攻は政治的失策によるものではなく、シグアノン星系失陥は「紅」との国力・戦力差による不可抗力であります。そのような………」


 ドータイナはかぶりを振って、涙ぐましい抗弁を遮った。


「これは、私の個人的な主張に過ぎず、他の者がそれに影響される必要はない。正式に任命されるまで、ロダナ副首相を暫定首相として指名し、その政権下でメルデッタン星系での市民生活及び艦隊の再建を主導してもらいたい」


 これ以上言葉を重ねてドータイナを翻意させることは不可能で無意味。

 だが、能動的な決断力に欠ける典型的なシグアノン人である閣僚らは、困惑し狼狽えるばかりで次の行動を移そうとしない。

 時間を無駄に消費すればそれだけ脱出できる可能性は低下する。ドータイナは命令として閣僚らに指示を飛ばそうと―――――。

 その時、



『最新の情報を報告します、首相。警戒センサー網が星系外縁部に新たな艦船の反応を捉えました。これは「紅」の艦隊ではありません』



 ドータイナは怪訝な表情を隠せず、新たなホロモニターの画像に目をやった。











△▽△▽△▽△▽△▽△


「進め! 進めェっ!! 奴らは最早丸腰だ。全艦で第5惑星を攻撃し破壊しろッ!!」


「紅」の旗艦〈バセルム〉を先頭に、戦力の過半を失いながらも尚4000隻以上の数を残すベルス打撃艦隊は、猛然と第5惑星へと殺到せんとしていた。

 途中、第6惑星からの対宙砲群により少なくない犠牲が出たものの、軌道爆撃によって惑星表面ごと焼き払い、後顧の憂いなく今や「灰色」の住人が暮らす第5惑星を射程に収めようとしている。


 ベルスはようやく確固たる勝利を手中に収めんとしている事実に、興奮を抑えずブリッジで喚きたてた。


「射程に入った艦から順次惑星を攻撃しろッ! 最大射程からで構わん! あの目障りな「灰色」共を今すぐ私の視界から………」


 が、センサーが異常を知らせる警告音が〈バセルム〉のブリッジに響き渡る。

 担当のオペレーターが直ちにその内容を精査し………息を呑んだ。


「か、閣下! 星系外縁部に1000隻規模の艦隊が集結中です! これは―――「翡翠」の宇宙艦隊ですっ!」


 何!? ベルスはその報告を疑わずにはいられなかった。

「翡翠」。人類勢力の一つである彼らは、徹底した平和主義で知られる。これまで一度たりとも戦争を引き起こすことなく、崇高な思想と巧みな外交力、そして幾ばくかの幸運によって彼らは自らの平和と安全を守り続けてきた。


 それが何故。無関係であるはずの「灰色」の恒星系に―――?


 ベルスにとっての不運はそれだけに留まらなかった。

 今度は別の通信オペレーターが、おずおずとした体で席から立ち上がり、


「閣下。大統領閣下より最優先通信が入っております」


 今、一番相手にしたくない男からの通信。

 ベルスが応える間もなく、大統領府からの一方的な通信回線開通によって、メインスクリーンにハビング大統領の硬い表所が映し出された。



『―――やあ、ベルス総司令官。シグアノン星系はしばらく君の好きにさせようと考えていたのだがね。残念ながら状況が変わったよ。直ちに艦隊をまとめて「紅」の領域に引き上げてくれたまえ』



 無防備な獲物を目の前に退散しろ。大統領の理解しがたい命令にベルスは辛うじて激甚に蓋をすることができた。


「………お言葉ですが、大統領閣下。既にシグアノン星系は我々の制圧下にあります。また「蒼」族長の娘にも追撃のウォーラプター隊を放ってあり、あと5、6時間もいただければシグアノン星系の制圧完了と族長の娘捕捉の報告を――――」


『まだシグアノン星系には「翡翠」の艦隊は到達してないのかね? それとも意図的に報告を怠っているのか!? 奴らは一方的に我々の行動を非難し、シグアノン星系防衛のためにあらゆる手段を取ると通告してきたのだ!』

「奴らは1000隻規模であり現状の我が戦力で十分に撃破可能です! 平和ボケした練度の低い艦隊など………」


『それだけなら君に任せるつもりだったのだがね。―――こちらの国境宙域沿いに「琥珀」の艦隊が集結しつつある』



 大統領の言葉に、ブリッジ全体が驚愕にどよめいた。

 長年「紅」にとって国力・戦力を同程度とする人類勢力「琥珀」は、「紅」の安全保障そして拡張政策における最大の障害であり続けた。これまで小艦隊の小競り合い程度で本格的に衝突することなど無かったが………


『現在、こちらも投入可能な戦力を集結させているが、予想される総戦力において「琥珀」の方がやや優勢となっている。速やかに作戦を中断し、国境防衛群と合流するんだ。いいな?』

「な、何故………そのようなことが………まさか!」


「翡翠」の参戦。

 そして示し合わせたかのような「琥珀」の動き。

 だがそれは―――ただ一つの回答を前に結実する。


『そうだ、ベルス君。「蒼」の姫君が「人類の秘密」を手にした。君の放った部隊の追撃を振り切って、な。今や彼女は「秘密」の公表を盾に政治的優位な位置に立っている。「翡翠」「琥珀」もその動きを無視できないのだろう』

「ならばなおのこと………!」


『これ以上君の無能に将兵を付き合わせる訳にもいかん。そして1個恒星系を制圧するのに艦隊の8割を失った君の責任は大きいと言わざるを得んな。そして、「蒼」の姫君が「秘密」を持ち出すのも阻止でき―――――』


 大統領の言葉は最後まで続かなかった。ベルスが怒りに任せて通信オペレーターのコンソールを拳で破壊し、その接続を物理的に断ち切ってしまったからだ。


「………何をしている貴様らッ!! 何故艦隊は止まっている!? 前進を再開しろッ!」

「で、ですが大統領閣下からの命令により撤退命令が………」

「上官に口答えするか貴様ッ! 艦隊の最高司令官はこの私だぞ!?」


 ベルスは怒りに任せて抗弁した通信オペレーターに掴みかかろうとして―――ディスラプター銃の発射音の後、ノロノロとその動きを止める。

そして最終的には目を剥いた表情で仰向けに倒れた。

 オペレーターの手に握られていたのは1丁のディスラプター銃。彼は自分が上官からの理不尽な暴行に晒されようとしていたことと、自分がしでかしたことへの恐怖に震え、銃口は小刻みに震えていた。


 暫しの間、艦隊司令官が〝戦死〟した事実に、ブリッジにいた誰もが沈黙する。

 ベルスの行動は指揮官としてあまりにも適切さを欠いており、オペレーターの行動には自衛の観点からある程度の正当さが認められてしかるべきだった。だが、この状況下において………


 最初に行動を起こしたのはベルスの次席たる副官だった。



「ぜ、全艦に通達! 直ちに本星系を離れ、補給拠点であるアルドア星系に集合せよ! また本作戦においてベルス総司令官は――――無念の戦死を遂げられた。これは「紅」の将として望むべき堂々としたものであるッ! 本件については公式発表が行われる故、各員には不正確な事実の拡散防止のため緘口を命じる! 全軍撤退ッ! 直ちに行動に移せ!!」



 副官の命令は直ちに残存する全艦に通達された。

 シグアノン星系第5惑星が「紅」艦隊先頭の射程内に収まる寸前。艦隊は一斉に反転。星系外縁部から「翡翠」の艦隊が第5惑星に到達した時には、残存する約4000隻全てが反転を完了し戦線離脱の準備を整えていた。


「翡翠」の艦隊は追撃してこない。1000隻程度であれば「紅」の残存艦隊でも十分対処できる上、思想的な都合から彼らが積極的な攻勢に打って出ることもないだろう。


 およそ1時間後、シグアノン星系を蹂躙せんとした「紅」の艦隊は投入した戦力の約8割を喪失し、総司令官ベルスをも失ってシグアノン星系から姿を消した。残ったのは無数の戦闘艦の残骸と破片ばかり。





 そして以降の「戦場」は宇宙空間から、政治家が集う会議場へと移り変わることとなる。



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