蒼の残党
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「―――ジェズネター! 状況は!?」
『本船は地球の極部へと飛行中。軌道上で警戒しているウォーラプター1隻のセンサーを回避予定です。安全を確認後、地球から離脱しワープ可能宙域へ向かいます』
急速に上昇していく感覚をスターヨットの人工重力越しにも感じることができる。
窮地を脱したラペダはスターヨットのコックピットのシートへ。目まぐるしく雲が背後へと消え去っていく様をメインスクリーン越しに見ることができた。
地上にてラペダとユアルを追い詰めていたウォーラプター艦は、レアニカの思いがけない攻撃によって航行不能に陥った。低高度からの墜落程度で破壊されるとは思えないが、それでも時間稼ぎになることは間違いない。
残るはもう1隻。これに見つかる訳にはいかない。
「敵艦の位置は把握しているのか?」
『地球管理人工知能ネットワークからの人工衛星情報にて敵艦の位置を把握しております。本船は最も探知されにくいと考えられるコースより地球極部へと飛行しております』
ジェズネターの制御によって、スターヨットは雲間を縫うように大気の間を飛翔する。
情報には薄く青空がどこまでも広がっており、その先に、僅かに宇宙が透けて見える。
地球にて、ラペダとユアルは「人類の秘密」、少なくともその核心に関わるデータを手に入れることができた。後はこれを安全な場所まで運び、「蒼」とシグアノン星系を占領しつつある「紅」との交渉手段として利用する。
そのためには何としても、敵の追っ手から逃れる必要があった。
「………レアニカ? 大丈夫? 動けないの?」
『問題ありません、姫様。エネルギー残量が危険域となりましたので省エネルギーモードへと移行しています。現在チャージ中ですので再活動まで今しばらくお待ちください。現在のエネルギー残量の場合、音声会話が可能です』
脱出の立役者たるレアニカは、おそらく上空での内蔵エネルギービームの投射によってパワーの大部分を消費してしまったのだろう。スターヨットに乗り込んだ途端に倒れ込み首だけが、不安と心配で彼女の側に膝を突くユアルの方を向いていた。
それにしても………
「………途方もない機能だな。ウォーラプターを一撃で沈めるなんて………」
『私は姫様の生命・尊厳・安全をお守りするアンドロイドです。そのために必要な機能を全て備えています。それには当然、目的を達成するための最低限の戦闘能力も含まれます。内蔵ディスラプターエミッターは戦艦級に匹敵しますが一発のみ使用可能で、使用後は再活動のため7時間のチャージが必要となります』
「でも、倒れたままじゃダメよ。ベッドに行きましょ。ラペダ、手伝って」
「あ、ああ………」
後部デッキのラウンジで倒れ伏したままのレアニカをユアルが起き上がらせようとする。だが、相当に重いのだろう腕を回すだけでも一苦労な所に、ラペダは反対側からレアニカの腕を自分の肩に回した。
「いくよ! せーの………」
「ふんっ!」
ほっそりとした見た目の割には異様なまでに重く感じる。おそらく「姫様の生命・尊厳・安全をお守りする」ために必要な機能や装置が隙間なく内蔵されているのだろう。
やっとのことで、ほとんど引きずる状態でラウンジのソファの上に横たえるだけ。二人ではそれで精一杯だった。
「は、はぁ………ゴメン、レアニカ。私たちじゃこれが限界………」
『問題ありません、姫様。格別のご配慮を賜りましたこと、心よりお礼申し上げます。恐れ入りますが再起動まで今しばらく―――――』
その時、激しい衝撃がラペダたちが乗るスターヨット全体を襲った。
「………何事だ!? ジェズネター!!」
『ウォーラプターからの攻撃を受けました。シールド強度64%。回避行動を開始します』
コックピットに飛び込むと、メインスクリーンの片隅を太い光条がいくつも掠める所だった。至近であっても微細に船体は揺さぶられる。
「地球の極に行けばセンサーを攪乱できるんじゃなかったのか!?」
『3隻目のウォーラプターです。地球管理人工知能ネットワークの探知網を回避しつつ行動しており確認が遅れました。3隻目の通報を受け、2隻目も本船に急速接近中』
「! すぐに脱出! ワープだッ!」
『3隻目のウォーラプターよりワープジャマーの反応を確認。ワープは不可能です』
万事休す。その言葉が冷たくラペダの脳裏によぎったのも束の間、再び激しい衝撃が船をたて続けに襲う。
危機的状況にあっても、ジェズネターは性能通りに冷静だった。
『後部シールドが消失しました。再構築開始。シールドの防護が無い状態で攻撃を受けた場合、船体への深刻なダメージが想定されます』
「シールドに予備エネルギーも投入しろ! 最大船速まで加速して降下開始! 高速で大気圏に突入して―――スイングバイするんだ!!」
〝スイングバイ〟、それは惑星が持つ莫大な重力エネルギーを利用し、宇宙船や探査機の方向を変え速度を上昇させる、非常に原始的な宇宙航法。
だがスターヨットの推力に重力がもたらす加速が合わされば、ウォーラプターの船速を超えられる可能性は十分にある。ジェズネターも『現状において適切な判断と考えられます』と同意した。
ラペダたちが乗る「蒼」のスターヨットは、既に宇宙空間に近い高度に達していたが、その船首を地球側へと傾ける。
そして推力全開で加速。
徐々に摩擦熱がスターヨットを守る防御シールドと衝突してシールドや船体そのものが激しく赤みを帯び始めた。そして震動も。
コックピットにユアルが入ってきた瞬間、ディスラプタービームが掠める衝撃が船体を襲い、「きゃあ!」とユアルはラペダの座席にしがみついた。
『ユアル様。座席におつきになってください』
「え、ええ。でも大丈夫なの? こんな速度で大気圏に突入したら………」
「シールドが摩擦熱から守ってくれる。それに、アレを見てみろ」
ラペダに促されて、ユアルはコックピット上に映される画像のうち、背後でしつこくこちらを追尾しているウォーラプターの映像に目を向けた。
ウォーラプターはスターヨットを逃がすつもりはないようで、加速しながらディスラプター砲を撃ち放ってくる。同じように地球大気の摩擦熱に晒されながら。
が、敵艦から発射されるビームは、スターヨットとの距離が至近であるにも関わらず、どれもスターヨットを掠めるか、全く見当違いの地点を貫くに終わっている。
「敵艦の攻撃が………?」
『大気摩擦熱の影響でウォーラプターの照準システムに誤差が生じている模様です。さらにウォーラプターの方がスターヨットより大型で重量がありますので、その分地球重力の影響を強く受け、高度維持・姿勢制御のために多量の推進エネルギーを消耗します。惑星軌道上で小型艦が大型艦に対抗する際の一般的な戦法です』
センサー表示ホロウィンドウを見れば、徐々にスターヨットとウォーラプターの距離が離れていくのが見える。
「よし………。このペースなら地球軌道から脱出する頃にはかなり引き離すことが………」
『警告。前方にウォーラプターの反応。地球軌道上で待機していた1隻と思われます』
「くそっ! 当たるなよ………」
防御シールドの強度は摩擦熱によるダメージで40%を割り込んでいる。1、2発直撃すれば船体へのダメージは避けられない上、下手な場所に当たれば一発轟沈だ。
果たして。前方に迫るウォーラプターから発射されるディスラプタービームは、最初の数発は見当違いの地点を撃ち抜くのみに終わる。
が、続けて発射された1発が――――低下していたスターヨットのシールドを突き破り、後部のメイン推進システムに直撃した。
意識が一瞬吹き飛ぶ程の衝撃と荷重。
メインスクリーン上の光景が滅茶苦茶に反転し始める。
耳をつんざく無数の警告音。
ユアルの悲鳴。
『―――警告。メイン推進システムに直撃。推力低下。地球への落下防止のため残存推力で上昇します。生命維持システムの保護を最優先』
ほとんど錐もみ状態であるにも関わらずジェズネターは人間には不可能なレベルの緻密な制御を見せ、航行不能に陥ったスターヨットを静止軌道上まで辛うじて押し上げた。そしてそこで、スターヨットは全ての推進エネルギーを使い果たした。
動かない的と化したスターヨットへ、2隻のウォーラプターがゆっくりと迫る。対抗手段は、もう無い。
万事休すか。ラペダは可能な対抗手段をジェズネターに問いかけようと………
だがその時、上方から降り注いだ幾つもの太い光条が、ウォーラプターの1隻を撃ち抜き、瞬く間に轟沈させた。
「なに………!?」
驚愕する間もなく、さらにビームが―――2隻目のウォーラプターをも貫き、右翼をもぎ取る。船体構造を破壊されたウォーラプターはなす術なく地球へと落下していった。
ウォーラプター2隻を易々と破壊した者。その艦影がメインスクリーンに表示される。
「あれは………?」
「ま、まさか………「蒼」の………!?」
信じられない、とユアルは口元を覆って目を見開いた。
その艦は、例えるなら円錐が円環を纏っているかのような、優美さを重視したかのような形状を有していた。大きさは、シグアノンのレシグア級戦艦と同程度がそれを少し上回るほど。
ジェズネターが直ちにライブラリから艦型を照合した。
『ライブラリより艦型照合完了。―――「蒼」のファルディム級戦艦です』
「なに? 「蒼」の………?」
『さらに後方に数隻の反応を確認。「蒼」の星系巡航艦と推測されます』
ウォーラプター隊を撃破した「蒼」の小艦隊が傷ついたスターヨットに、まるで寄り添うように接近してくる。
有視界内に入る小艦隊の姿は―――星系巡航艦と思しき中型艦はどれも大小の損傷を抱えており、旗艦たるファルディム級戦艦は、幾度となく激戦を経てきたかのように満身創痍の有様だった。
が、それでも整然かつ堂々と隊伍を組んで宇宙空間を進むその姿は、「紅」の艦隊よりも威圧感を以て見えた。
『ファルディム級戦艦より通信が入りました。接続しますか?』
ジェズネターからの報告に「お願い!」とユアルが真っ先に答える。ラペダも頷いて追認した。
メインスクリーンが通信用画面へと切り替わり―――軍服姿の女性が映し出される。背後は戦艦のブリッジらしく、3列のコンソールにオペレーターが数人ずつ配置されているのが見えた。
女性が口を開く。
『―――聞こえますか? 私は「蒼」の近衛艦隊所属戦艦〈タルアナーク〉のリンダス艦長です』
「聞こえます、リンダス艦長。私はユアル・ゼア・ユトメニア。貴艦の救援に感謝します」
『! 姫様! よくぞご無事で………! スターヨットの僅かなイオン航跡を追ってまさかとは思っていましたが………』
「星を脱出した後、こちらの「灰色」………いえ、シグアノン星の方々に保護していただき、この地球まで辿り着くことができたのです。そちらの状況は?」
『ペリア・ウォニーシュ星系防衛戦に敗れた後、残存した艦のほとんどは「紅」の追撃部隊により沈められましたが、本艦と数隻の短距離用星系巡航艦が敵部隊を振り切ってミルリアン星系に退避することができました。そこには所属不明ではありますが太古の宇宙基地と生産設備が残っており、そこを拠点に反抗の機会を窺っていた次第であります』
人類が地球から宇宙へと飛び出してから10世紀以上が経過している。当然のように、宇宙史の中に埋もれた遺跡のような施設が銀河中に点在している。〈タルアナーク〉以下「蒼」の残存艦隊が見つけたのもそんな一つなのだろう。
『姫様。我らは母星を失い宇宙を彷徨う運命と半ば諦めておりましたが、姫様の生存に力が湧いた次第であります。ついては小艦隊ではありますが姫様を旗頭に母星奪還に向け奮戦努力する決意でありますッ!!』
力強いリンダスの言葉。だがユアルは静かに、どこか温かさを以てかぶりを振った。
「………もう、これ以上誰かが犠牲になることを私は望みません。わずかな間に、余りにも多くの命が奪われていきました。私たちも、敵も」
俯くユアルの言葉に、ラペダも、メインスクリーン越しのリンダスも何も応えることができず、ただ次の言葉を待った。
「紅」による「蒼」への侵略から始まり、そして今、シグアノン星系では「紅」の大艦隊とシグアノン艦隊や星系防衛システムが絶望的な戦いを繰り広げている。敵味方を合わせれば失われる命の数は計り知れない。
ユアルは、その状況をこれ以上血を流さずして打破できる、究極の「切り札」を地球で手に入れたのだ。
「まずはリンダス艦長。私たちを安全な場所まで連れて行ってくれますか?」
『御意に! 姫様ッ!』
「そして、ジェズネター。お願いがあります」
『ご用件をどうぞ。但しご要望によってはラペダ様の追認が必要となる場合があります』
「ジェズネターのネットワークを使って、「琥珀」「翡翠」の政府と連絡を取ってください。………「人類の秘密」について、ユアル・ゼア・ユトメニアが会談を望んでいると」
二つの命令は直ちに実行された。
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