未来は地球の色をしている

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 人類の秘密。

 それは人類―――人体と精神が秘める未来の可能性。

「紅」「蒼」「翡翠」「琥珀」、それに「灰色」に囚われることなく、人が自在にその本質を選び取れる可能性。

 だがそれが明らかになれば、これまで人類がこの銀河系で築き上げてきた星間文明社会は、おそらく簡単に瓦解する。故にユアルはその公開を避け、各国首脳を交えた平和的な話し合いの中で、どのように「秘密」に関わるテクノロジーを運用するべきか、一応は「蒼」主導の下で各国が援助する形で研究と解析を進めていくことを主張。各勢力の思惑を滲ませながら全会一致での合意を見た。



「………俺は、反対したけどな」

『シグアノン星の外交プロトコルに則した合理的な判断です。外交に関する最終的な意思決定権は首相にありますが、恐れ入りますが今回のドータイナ首相の決定はシグアノン本来の外交プロトコルから外れたものと評価せざるを得ません。シグアノンが維持し続けてきた他の人類勢力との断絶状態に無視できない影響を与える可能性があります』


〈エルデスティ〉艦内にあるラペダの居室。議員専用住宅ほど広くは無いが機能性と快適性、それに品位が保たれておりジェズネターを介することでいつでもシグアノン本星の政治会議に加わることができる。

 ラペダは今、居室の椅子に腰を下ろして深い思考の中に自身の精神を沈めていた。他の人類勢力との関わりを深めてしまったことによる、シグアノンが将来経験するであろう問題について。ドータイナ政権の国境開放方針をいかに撤回させるべきか。それにラペダ自身が今やっていることについて………



『―――ラペダ様。ユアル様よりメッセージをお預かりいたしました。〈タルアナーク〉の展望ラウンジにお越しいただきたいとのことです』



 承知すると同時に、ラペダは立ち上がってテレポートに備えた。

 ラペダの身体は瞬間的に光に包まれ、数秒の後にはシグアノン艦隊に随伴している〈タルアナーク〉へと転移した。






「蒼」の戦艦は、軍艦とは思えない程居住性に配慮しており、ラペダがテレポートしたこの展望ラウンジ一つ取ってみても、まるで宇宙客船のそれに見えた。

 そしてここには、既に先客が一人、ラペダを待っていた。


「………ユアル」


 呼びかけると、連なった細長い窓の外の光景―――複数の光が入り混じったような肉眼視できる超空間―――を見ていたユアルがこちらへと振り返った。


「忙しいのに呼びつけてごめんなさい。でも、お礼が言いたくて。あなたのお陰で大勢の人たちが救われたわ。失った命もあるけど、あなたが戦って、勝ってくれたから彼らもまた報われた」


 ラペダはすぐに応えることができなかった。

 本来であれば、残存するシグアノン艦隊は全滅した主力艦隊に代わり、これが再建されるまでシグアノン領宙の守りに就くはずだった。それをラペダは首相を説得し、「蒼」の移民船団護衛に展開するよう仕向けた。

 予想される脅威から「蒼」を守り、その信頼関係と勢力間の友情を確固たるものとするために―――。

 だが、その本心は………



「………俺は、シグアノンがユアルの提言に加わることに反対した」

「知ってる。でも、どうして?」

「誰とも関わりたくない。一人で生きたいと願う大勢の人間がいるからだ。俺は、彼らシグアノン人の権利を対外的に守る外交議員としての使命を果たしたかった。俺自身の正義と良心を全うしたかった。………だが、できなかった」



 ユアルが提言した「人類の秘密」に関する全人類勢力による、「蒼」主体での共同研究。

 これは間違いなく、宇宙に進出した人類のこれまでの在り方を変えるだろう。シグアノンもドータイナ首相の宣言によってその輪に加わることが決定した今、シグアノン星の社会も変容を余儀なくされるに違いない。

 それが、限られた狭い世界で精神の平静を守り続けてきた者たちをどれだけ苦しめ、傷つけるか………



 ユアルを見殺しにして「人類の秘密」をこの宇宙から消し去るという選択肢も、あった。そうすれば融和に向けて動き出していた各勢力は再び分裂し、シグアノンも元の隔絶状態を保てただろう。

 それでも、ラペダはユアルを助けることを選んだ。それは―――――



「教えてラペダ。何故、私を助けたの?」



 真っ直ぐ差し向けられるユアルの瞳。ラペダは見返すことができなかった。

 それでも、ラペダの口は答えを紡ぐ。


「助けたいと思ったからだ。政治も、信条も関係ない。ただ―――ユアルを助けたいと思った。それがシグアノンの利益に反するとしても。だから俺は………」


 言葉は最後まで続かなかった。

 ユアルはラペダにゆっくり近づくと、両腕をラペダの腰に回して強く、抱きしめたから。

 服越しの温かい体温を感じる程に、二人は強く密着した。



「………私ね、小さい頃はとても怖がりだったの。寝る時に部屋が暗くなるのが怖くて、闇に紛れて怖い何かがやってくるんじゃないかって。そんな時、お父様はよく私を抱きしめてくれたわ。大丈夫って。私が一緒にいるからって」


 ラペダは何も答えられなかった。

 ただその温もりと、高まる心臓の鼓動を二人で共有するだけで。

 ユアルは、ラペダの胸の辺りにそっと自分の耳を当てた。


「………鼓動が速いわ。ラペダは、何が怖いの?」

「全部だ。俺以外の全て。いや、俺自身でさえ」


 シグアノンの未来も。

 自分の使命も。

 自分が何をやったのかも。そして、これから何をするのかも。

 全てが怖い。過大なストレスとなって常時ラペダに襲いかかってくる。


 だが、ユアルの温もりに触れた瞬間、少しずつ自分の暗い感情が薄れていくのをラペダは感じ取った。



「一人じゃ怖いわ。誰だって。どこにいて何をしたって。だから人は、他の人と結びつこうとするの。他の人と触れ合おうと。傷つくこともあるわ。考え方や捉え方が合わなくて、一方的に傷つけられたり互いに傷つけ合ったり。きっと、ずっと一人でいること、自分以外の全てを拒んで生き続けることも、認められるべき無数の生き方の一つだと思うわ」


 それでも………と、ユアルが言葉を続ける前に、ラペダもまたユアルを強く抱きしめた。


「その生き方だけが俺らしく生きられる唯一の方法だと思った。俺を、俺の周りを守ることができるただ一つの方法だと」

「今はどう思う?」

「俺は今、これまでの方法で俺らしく生きている。それは事実だ。だが、停滞していることも事実だ。俺にも、シグアノン社会にも何か新しい要素が必要なのかもしれない。だがそれによって、これまでの安定を失う訳にはいかない。………だけど、俺は行動したいと思う」


「それなら。………どうか私のパートナーになって。一人よりも二人の方が、それにもっと大勢で力を合わせれば、きっと私たちの望む答えは見つかるわ。これまでそうであったように」


 口で答えるよりも、ラペダはユアルを一層強く抱きしめた。ユアルもまた、頬を寄せて互いの肌の温度を確かめ合う。

 だが――――二人がいる展望ラウンジに唐突に現れたホログラム映像により、それは中断せざるを得なかった。




『―――やあユアル君、ラペダ君。今ジェズネターのネットワークを通じて君たちに呼びかけているのだかね』

「あ………ルーオ博士」



 出現したのはルーオ博士、その人格をダウンロードした地球人工知能のホログラムだった。

 ゆっくり抱擁を解いたユアルは微笑んで彼に近づく。


「今、私たちの船団は地球に向かっている所です。「人類の秘密」に関する研究拠点としても、地球やルーオ博士にはお世話になりたいと思います」

『うむ。私としても異存はないよ。君たちはあと数分で太陽系―――地球に辿り着くことだろう。

 私がここに来た理由は他でもない。これまで君たちの祖先である地球人に代わって地球を保ち続けてきた人工知能ネットワーク、それを代表して君たちに宣言するためだ。我々は喜んで地球の支配権を君たち人類に返そう。人類始原の星は再び、君たち人類のものとなるのだ』


「ありがとうございます。これまで、地球を守り続けてくれたことも。「人類の秘密」に関する研究を続けてくれたことも。後は、私たちが力を合わせて取り組んでいきます。そうすればきっと、より良くその技術を人類社会に適用できる方法が見つかると思います」


 ルーオは鷹揚に頷いた。そして今度はラペダの方を見やる。


『ラペダ君。君はどうするね? 先程からジェズネターは人類の融和について文句ばかり垂れているのだが』

『恐れ入りますがその表現は不適切です。私は人類勢力の融和にシグアノンが加わることによりシグアノン社会が被る影響について不安要素があると申し上げただけであり………』


「俺は、ユアルが目指す未来を見たい。そのために力になりたい―――パートナーとして。だからこそ、今ここにいる。外交議員としての立場がそれに不適切であるなら、ジェズネターと議会によって俺はその任を解かれるだろう。それでも、俺は一人の人間として彼女の力になりたい」


 その言葉にルーオは微笑みを見せた。ユアルも。



『―――今や、君たちに地球を託すのに不安はない。改めて私は君たちに、君たちの源郷を返そう』



 ルーオが指し示す先。

 次の瞬間、船団は超空間から通常宇宙空間へと戻る。漆黒に散りばめられた星々が再び彼らの前に露わとなる。

 そして展望ラウンジに大写しとなる光景―――蒼く輝く宝石のような惑星。


 地球。


 ラペダとユアルは肩を寄せ合って、船窓越しに見えるその星を見下ろす。

 この日、人類はかつての故郷―――地球への帰還を果たし、その支配権を回復した。




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