第2章 地球への道筋

地球への鍵

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 超空間を1隻のスターヨットが優雅に進んでいく。シグアノン星系から脱出したラペダ、ユアル、レアニカを乗せた「蒼」のスターヨットだ。


「………シグアノン星は大丈夫かしら?」

「単独では確実に負ける。だが「琥珀」や「翡翠」がこの状況を見逃すとは思えない。おそらく、このままだと全人類を巻き込む戦乱に拡大する」


 スターヨットのコックピットにて。

 ラペダの言葉に、ユアルは暗い表情を隠せなかった。


「私は………私の故郷を救いたい。それだけなのに何で………」

『ユアル様。恐れ入りますが各国ごとに政治状況が異なるのが現実です。「紅」には武力によって他者を征服することで得られる利益があるのでしょう。それを「琥珀」や「翡翠」は見逃すことができない。おそらくシグアノンも』


 レアニカの言う通りだ。

「紅」は完全資本主義を経済政策として掲げていると言われる。この社会においては市場の恒久的発展は至上命題だ。必然的に領域と、そして市場を拡大することが求められる。軍はその先兵みたいなものだろう。


「蒼」は論理と倫理を重んじる穏やかな国だと聞いている。だが、だからこそ征服すべき星や市場に飢えた「紅」の格好のターゲットになる。事実、そうなった。


「琥珀」は「紅」に抗することができる最大の勢力だ。積極的に打って出ることは少ないが………艦隊の多くを費やしてシグアノン星系を攻めている現状を見過ごすとは思えない。何らかの行動を起こし、それが「紅」との大規模衝突に繋がる可能性は高い。


「翡翠」は平和主義国家だ。だがシグアノン星系防衛システムと同型の〈メネルゴン・ネット〉を導入しており、最低限ながら軍もある。「翡翠」の領域は豊富な資源星系が多いことでも知られており、いずれは「紅」の触手が伸びることは間違いない。それは「翡翠」も当然に理解しているだろう。………その時に力になってくれる者がいなければ彼らにとって不幸だ。



 きっと………この一連の戦いが各国の存亡をかけた戦乱になる。



 これから生まれるだろう無数の犠牲。そして自分がその端緒となっていることにユアルが心を痛めているのは、ラペダにも当然に見て取れた。


「ユアル。少し休んだ方がいい。このヨットには寝室があるんだろ?」

「え………?」

「これから俺たちは「秘密」を探す旅に出るんだ。………俺は、それが人類を救う鍵になると信じてる。だからこそ休める時に休んだ方がいい。きっと、長い旅になるだろうから」


 そう促され、ユアルは「分かった………」とコックピットシートから立ち上がった。ヨロヨロと壁伝いに後方デッキへと向かい、手を貸そうかとラペダが腰を浮かしかけた時には、スライドドアがスッと閉まる所だった。



『お気遣いありがとうございます、ラペダ様。あなたもお休みになられては? 私が状況を監視いたしますので』



 コックピットの後方コンソールでワープドライブの状況をモニターしていたレアニカが気遣うような表情をラペダに向ける。あまりにも人間らしい、いや人間そのものの仕草だとラペダはぼんやり思った。初対面時に言われなければこの女性がアンドロイドだと気が付かないかもしれない。


 レアニカの申し出だが、ラペダは首を横に振った。


「今はいい。まだ逃げ切ったと決まった訳じゃないからな。―――ジェズネター、接近してくる船はいるか?」

『センサー走査可能範囲にはいかなる艦船の存在も確認できません。また、センサー偽装やジャミングの痕跡も確認できません』


 これは「蒼」のスターヨットだが、修理するにあたって人工超知性ジェズネターのサービスを受け入れられるようにシステムを改造した。超空間通信システムの恩恵で、理論上は銀河のどこにいても端末があればリアルタイムに人工超知性のサービスを受けることができる。おかげでラペダやレアニカは操縦の手間もなく、コックピットシートでゆったり座るだけだ。


『しかし、これからいかがいたしますか? コースは「翡翠」の領宙へと設定しておりますが』

「まずはそこに行くしかない。他に頼る所も無いからな。不本意だが」


「翡翠」の外交官の面を思い出し、ラペダは表情を曇らせた。だが、「翡翠」には高度自律絶対防御システム〈メネルゴン・ネット〉を提供したという貸しがある。平和主義を重んじる姿勢から「蒼」とも友好関係を築いていた。状況が状況とはいえ、無下に扱わることもないだろう。援軍を引き出せるかはともかく、止まり木にするには丁度いい。


「落ち着いた後にコレについて考えよう。「翡翠」に古い端末があればいいが」


 ラペダはホロウィンドウを表示し、ペンダントに収められていたデータを一覧する。これが解読されない限り、ラペダたちは地球にも辿り着けないし、人類の存亡に関わるという「秘密」の内容も分からない。

 タスクが積み上がる不愉快な感覚。ラペダはホロウィンドウを閉じて小さくため息をついた。イライラする。



『―――ラペダ様。ストレス値が上昇しています。ストレス抑制剤の投与を提案いたします』

『やはり、後ろでお休みになられてはいかがでしょう? 温かい飲み物だけでも落ち着きますよ』



 ジェズネターとレアニカ。人工知能2体に促され、ラペダはゆっくり立ち上がった。


「………そうだな。少し休憩してくる。何かあったらすぐ知らせろ」


 了解しました、という言葉を背に、ラペダは後ろのデッキへと向かった。

「蒼」の上級階級者しか使用を許されない船、ということもあり、スターヨットの内装はどこも瀟洒だ。壁面、パネル、照明に至るまで上質なものが使われており、乗る者の威厳と快適さを最大限保つように最大の配慮がなされている。長期の航海もこの船なら快適だろう。シグアノンにはこういった遊行船は無いので、余計に新鮮に見える。


 スターヨットの後部デッキにはちょっとしたラウンジがあり、おそらくここで食事や休憩、場合によっては公的な接客や会議も行われるのだろう。

 物珍しさに見回しながらラウンジに入ると、ラペダはすぐにソファに腰を下ろすユアルの姿を見ることができた。上品なカップをテーブルの上に置いたまま、ぼんやりその表面を眺めているのだ。



「………一緒にいいか?」


 そう尋ねるとユアルはそこでようやくラペダの姿に気が付いたようで、微笑して自分の隣のソファを勧めた。ラペダはそこに座って、


「………「蒼」の飲み物って何だ?」

「メティオア星産の茶葉を使ったハーブティーがお勧めね。お砂糖を入れなくても程よく甘くて美味しいの」


 それを頼む。それだけ言うと、テーブルの上にもう1つのティーセットがテレポートで出現した。

 カップを口に運び、軽く含むと、確かに茶葉の苦味と併せてほんのりとした甘さが味覚を楽しませてくれる。


 二人はしばらく、会話もなくそれぞれの飲み物に取りかかり続けていたが、


「………私は何をしようとしているのかしら」


 ぼんやりとしたユアルの口調に、ラペダは彼女の方へと向いた。

 ユアルは、また茶の水面に映る自分の表情を見返しながら、



「………きっと「紅」は私たちの星を滅茶苦茶に破壊したわ。お父様も生きているかどうか。生き残った民はきっと苦しんでいる。―――でも私が今からやろうとしていることは? 「蒼」の代々の族長が守り続けてきた「秘密」は、言い伝えの通りなら人類の存亡に関わるもの。「紅」だけでなく他の人類も………ラペダたちも傷つけることになるかもしれない。でも、私にはもう他に………」


 ラペダは、強く握りしめて僅かに震えるユアルの両手に、そっと自分の手を添えた。自然と、そうした方がいいような気がしたから。



「もし、「秘密」のせいで人類が滅ぶことになったとしても、最低でもその半分は俺の責任だ。お前だけに背負わせたりはしない」

「………!」


「そもそも「蒼」が守ってきた「秘密」が何なのか、全く分かってない状態なんだ。それが兵器なのか、何らかのテクノロジーなのか、古い思想や法条………もしかしたら今の俺たちにとって何ら価値の無いものなのかもしれない。それとどう向き合うかは「秘密」が明らかになってから決めればいい。

 俺たちには人間としての良心がある。支配欲を人間性に優先する「紅」の連中とは違う。俺たちなら、「秘密」がどんなものであったとしても、誠実にそれと向き合うことができるだろうし、そうすることで「秘密」が持つ危険性から人類を守ることだってできるはずだ」



 一度にそれだけいうと、ラペダは自分の心臓がいつになく跳ね上がっていることに気が付いた。それに喉の渇きも。

 ポケットから小型の高圧注射器を取り出し、自分の肩に先端を押し当てる。プシュ! という音と共に、ストレス抑制剤がラペダの体内を巡った。


「………喋り過ぎた」

「ゴメンね、無理させて。でも、ありがと」


 そう笑いかけるユアル。

 視線を合わせると何故か顔の温度が上がるような気がして、ラペダは再びハーブティーのカップを手に取り、話題を変えることに………



『―――ラペダ様、ユアル様。シグアノン星より超空間通信が入りました。データが添付されておりますが暗号化されており、特定の解除コードが必要です』


 ジェズネターの報告の後、ホロウィンドウがラペダの眼前に表示される。一見すると何の規則性もない言語の羅列が無数に続いていた。

 特定の解除コード―――ラペダに心当たりがあるのは、ドータイナ内閣の者にしか与えられないパスワードだ。これがあれば一定の権限以上の者しか閲覧できない機密データに触れ、政府の重要施設に立ち入ることができる。



「分かった。解除コードを入力する」



 ウィンドウの下に現れたホロコマンドを操作して入力。


『―――入力確認。暗号化解除されました。データを確認した所、立体星図を確認。映像化可能です』

「ここで表示してくれ」


 テーブルの上に球体状の立体映像―――無数の星空を湛えた星図が投影される。テーブルの上に宇宙空間が球の形をして表示されている光景は非常に幻想的だったが………これが何を意味するのか、ラペダにはすぐには理解できなかった。

 が、立体星図の中で一際輝く一連の星々に目をやった時、ラペダはこのデータの真の意味を理解した。


「ジェズネター。この立体星図から特定の恒星系の位置―――太陽系の位置は確認できるか?」

『確認しました所。この立体星図内に太陽系の存在は確認できません』

「いや―――そうじゃなくて、この立体星図の位置から太陽系の位置を逆算できないか? 今日までとの各恒星の誤差を計算しつつこの立体星図の中央に地球があると仮定して………」


 ジェズネターはすぐに作業に取りかかった。恒星一つ一つの名称・位置を確認し、それらの座から1個の惑星―――地球の位置を逆算する。


『立体星図の中央地点の座標を確認しました。ワープにておよそ3日の距離にあります』

「3日………そんな近くに?」


 ユアルが驚きと疑問に満ちた表情を見せる。もしジェズネターが予想した地点に太陽系があるのなら、シグアノン星系から見てもなかなかの近距離ということになる。


「1000年前の初歩的なワープドライブなら、一つの恒星系を超えるのも一苦労だっただろうからな………。ジェズネター、最大ワープでその地点に向かってくれ」


『了解。コースを変更します。但し数十億キロ単位での誤差が発生する場合がございますが』

「その程度ならセンサーで太陽系最外縁の星を拾えばいい」


 太陽系―――地球がすぐそこまで近づいてくるような、ラペダは妙にそんな気持ちにさせられる。

 ユアルは、胸元のペンダントをギュッと握りしめて僅かな間、瞑目する。そして次に目を開いた時、決然とした面持ちがそこにあった。



「行きましょう。―――地球へ。私たちが探し求める「人類の秘密」がそこにあるはずだから」



 1隻の小さなスターヨットは、1000年後の地球人類の子孫を乗せ、1個の恒星系を目指し超空間を駆け抜けた。





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