「秘密」の語り部
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人類が地球から集団で飛び立ったのは、およそ旧暦21世紀から22世紀の間と言われる。大規模な技術革命により超光速での宇宙航行や太陽系諸惑星の開拓が可能となり、それが「灰色の人類」の地球脱出への原動力となった。その後の人類の移住にも。
地球に残った者については、シグアノンも「蒼」も記録が残っていない。自らの意思で残ったのか、事情があって移民船に乗り込めなかったのか、今でも明らかでは無いのだ。
ただ、今分かっているのは、この星ではもう、人間はいかなる営みもしていないということだ。
公園らしき雑木林の只中にある空き地に、スターヨットは着陸した。搭乗用のタラップが地面へと伸ばされ、ラペダとユアルは慎重に降り立つ。二人は護身用にディスラプター銃を携行していた。
「ここが、地球………」
降り立った地球は、余りにも生命の存在を感じることができず、まるで無人戦艦のブリッジにいるような孤独な感覚を覚えた。それに景色が………何だか薄暗くてモノクロに見える。空に薄い雲が張っているせいだろうか。
「何だか、不気味ね………」
『周囲に生命反応はありません。機械類の熱源も探知できません』
ラペダとユアルは慎重に、雑木林を抜けて舗装された道路へと出た。およそビークル2台分の白線が敷かれており、両脇には同じく舗装された歩道と思しき道もある。1000年も前のものとは思えないが、それでも若干傷んで見えた。
道路を使用するのだろうビークルは、1台も走っていない。
「起点を中心にまず探しましょ。こっち!」
ユアルはラペダを引っ張るように、先を急いで歩いた。
十数分の徒歩の途中にあったのは、電気列車の乗降駅と思われる古ぼけた粗末な建物と、古代の工場、それに清潔な見た目の小売商店。驚いたことに通電しているらしく、照明が灯されており………それに1000年以上前にも関わらず、食品が新品同様に陳列されていた。
「ナノマシン技術や整備用ドローンで、街の景観を保ってるんだろうな。中身も………」
まるで、つい先刻まで人の営みがあったにも関わらず一瞬にしてかき消されてしまったかのような光景。ラペダには人の気配の残滓が残っているような気さえした。
『―――ラペダ様。地球管理人工知能との接続・権限掌握が完了しました。地球上全ての地理情報を確認。ここは、ニホン国のヤマグチ県に属する地方都市サンヨオノダ市です』
「この都市が放棄されたのは?」
『公式なデータは残されていませんが、消費電力量・水道使用量は2085年以降最低ラインまで抑えられています。公的資料も2085年以降のものは存在していません』
21世紀後期にはこの都市、サンヨオノダ市から人の営みは失われたのか。
今度はユアルがジェズネターに問いかける。
「………一体なぜこの街は、地球からは人がいなくなったの? 何かデータが残ってない?」
『歴史資料に関するデータは人為的に削除されています。復元を試みていますが情報が断片的であり、整合性のある解釈ができません』
「誰がデータを消したの?」
『削除命令者に関する情報も削除されています』
手詰まりだ。ラペダは苛立たしくそう感じた。
見渡す限り古めかしい工場や家々、店舗が広がるばかりで、到底「人類の秘密」に関わりそうな施設の姿はどこにも――――、
「ん?」
そこでラペダの視界に入ったのは、隣の古ぼけた工場と比べて奇妙な程に洗練されている、まるで遺跡の中に建てられた最新施設のような建造物だった。窓の類は無く、まるで金属製の直方体だ。異星人の建造物だと言われても信じてしまいそうなほどに、絶妙な違和感を以てそこに佇んでいた。
「ジェズネター。この建造物は?」
『不明です。全てのインフラから独立しており、こちらから観測・制御ができません。また使用されている建造物素材から、内部構造のスキャンも不可能です』
「入り口は? 推測できないか?」
『側面、150m先にスライドドアとセキュリティ端末らしき設備が確認できます』
行こう。とユアルを促し、ラペダは入り口らしき場所へと向かった。手がかりが全くと言っていいほどに存在していない以上、わずかな違和感すら頼りにせざるを得ない。外部から完全に独立しているという施設。怪しいことこの上なかった。
入り口の前に立つと、たしかにスライドドアらしき扉が行く手を阻み、側面にはセキュリティ端末らしき構造物。
だがコマンドを入力してセキュリティロックを解除するようには見えない。何か―――指紋か虹彩などの生体情報やクラシックな磁気カードをかざすことで解除するような………
「! そうだ〝鍵〟だ?」
「?」
「ユアル。あのペンダントを、そこのセキュリティ端末にかざしてくれ」
言われるがまま、ユアルはペンダントを首から外し、恐る恐るセキュリティ端末へとかざす。
刹那、明快な電子音と共に、プシュ! と分厚いスライドドアが左右に開かれた。
「………ど、どういうことなの?」
ユアルには理解が追い付かない様子だった。ラペダは振り向いて自分の推論を口にする。
「その〝鍵〟に反応してセキュリティが解除され扉が開かれたんだ。―――つまりここに「人類の秘密」がある」
よく見回してみれば、ここは窓一つなく、内部の情報を一切露呈しないよう厳重に守られた施設だ。それだけ重要度の高い物品―――あるいは情報―――がここに眠っているに違いない。
内部に足を踏み入れると、それに反応してパッと照明が灯された。広いエントランスはシグアノン人の感性から見ても無機質に見える。
エントランスの中央にはポツンと端末が置かれている。二人で慎重に近づく。
その時、二人で近寄ろうとしていた端末の前に―――男が一人わずか一瞬で出現し、行く手を塞いだ。
『―――ようこそ「ミライ製薬人類救済研究所」へ。私は所長博士のロベルト・ルーオ、その脳内知覚情報をダウンロードした施設専用独立人工知能だ。正しいセキュリティキーを持ってこの場に足を踏み入れたということは、君たちが地球から旅立った者たちの子孫なのだろう。最後の移民宇宙船が地球を出発して1210年が経過している。今日まで訪問者が現れないということは、人類は宇宙に適応できず死に絶えた可能性があると考えたが………こうして君たちと会うことができたのは喜ばしい』
穏やかな笑みを浮かべるルーオ博士、その人工知能、にユアルは意を決したように一歩進み出た。
「お初にお目にかかります、ルーオ所長。私は宇宙における人類星間勢力の一つ、「蒼」族長の娘、ユアル・ゼア・ユトメニアです。ここには………「人類の秘密」を求めてやってきました。私たち「蒼」は敵対する勢力「紅」の攻撃を受け、滅亡の危機に瀕しています。私は平和裏に事態を解決することを望んでいますが、そのためには「人類の秘密」を手にしなければなりません。どうか………私にその「秘密」を明らかにしていただけないでしょうか?」
ルーオはユアルの言葉を咀嚼するように深く考え込む仕草を見せ、そして悲しむように嘆息した。
『………君の話を私は正確に理解した。私が、この研究所が想定していた最悪のケースの一つが現実のものとなっているのだね? 人類は平和を求めて複数の集団に分かれて別々の恒星系へと移住したにも関わらず、広大な宇宙空間で尚も争い合っている、と』
「私たち「蒼」は平和を望み、この地球を離れて今日まで大規模な武力衝突を起こすことなく過ごすことができました。ですが「紅」では好戦的な主張が台頭しており、彼らは武力による人類圏の征服を望んでいます」
ルーオ所長はそれには応えず、「来たまえ」とエントランスの端を示した。そこにあった扉がスライドし、長い通路の存在が明らかとなる。
ラペダとユアルは、ルーオに続いてその通路へと進んだ。共に歩みながら、ルーオは言葉を続ける。
『この研究所の最初の使命は、遺伝子や日常生活記録、カウンセリング等により個々の精神的特性を検査して「紅」「蒼」「琥珀」「翡翠」に分類し、各個人に合ったコミュニティを紹介することだった。―――21世紀初頭に広まった〝パーソナリズム運動〟については知っているかね?』
「い、いえ………。地球の記録についてはあまり残されていませんから」
『そうか。では最初から説明しよう。
21世紀。それは人類がそれまで依存してきた「国家」「民族」という枠組みを超えて、個々の精神的な特性―――生まれ持った精神的機能―――によって互いに尊重し合えるコミュニティを作り出すというエネルギーに満ちた時代を迎えた。世界規模で広がったこの運動を〝パーソナリズム運動〟という。
これは、同じ精神的特性を持った者同士、もしくは同一の精神的特性に配慮されたコミュニティでは個々のストレスが発生しにくいという科学的な検証結果に基づくもので、各個人の精神的特性を明確化し、それに応じた社会をそれぞれ作っていくことに人類は莫大なエネルギーを注ぎ始めた。情熱的でコミュニケーション能力が高く、活力と高い忍耐力の素因を持つ者は「紅」に。冷静で理知的、文化や芸術を重んじる者は「蒼」に。情熱さと冷静さを併せ持ち、中庸的な者は「琥珀」に。平和と平穏を重んじる者は「翡翠」に。国家や民族の枠組みは世界規模で解体されるようになり、世界各地でそれぞれの都市が造られるようになった」
「………「灰色」は?」
ラペダの疑問。ルーオは少し振り返って、
『彼らについては非常に複雑だ。確かに身体機能的特性によってコミュニケーション能力が低く、現代社会やコミュニティに適合できない者たちを「灰色の人類」と呼び科学的に分類もできたのだが―――彼らは性急に集団化し、地球からの脱出を強引に推し進めた。それほどまでに、21世紀やそれ以前は社会集団に対する不適応者が冷淡に扱われていたのだ。だが科学者としての視点から言わせてもらうと、低いコミュニケーション能力や集団への不適応といった障壁は、社会や他者が適切に対応すること、そして医学的処置や訓練によって十分対処可能で、21世紀社会より優れた社会制度や技術を導入することによって、彼らもまた4つの精神的特性に分類可能だったのだ』
「………つまりあなたが言いたいのは、「灰色の人類」の地球脱出は無意味だったと?」
『そうは言わないが彼らがあと半世紀も忍耐していれば、4つの集団社会のいずれかに精神的安定を得る形で溶け込むことができただろうということだ。彼らの苦難は、それまでの人類社会がや個々の人間が未成熟で酷く合理性を欠き欠陥に満ち満ちていた結果に過ぎない。君は「灰色の人類」の末裔のようだが、君たちの社会はどうなったのだね?―――これは推測なのだが、インフラや産業活動について高度な人工知能に依存した、個々単位で閉鎖された社会になったのではないかね? おそらく自然な生殖活動も失われ、人類としてはおおよそ不自然な形で存続しているのではないかと考えているのだが』
ユアルは、ラペダが怒りを露わにすると考えたようで、恐る恐るといった表情を向けてくる。
だがラペダは―――酷く冷めた目をしていただろうが、特に反応しなかった。ここに来たのは「灰色の人類」の歴史講義を聞くためではない。
『沈黙は是と受け取らせてもらうとしよう。………さて、君たちがここに来た本題なのだが。「人類の秘密」、これを理解してもらうには君たちの知らない人類史をさらに理解してもらわねばなるまい』
「あ、あの………博士。質問なんですけど、人類は4つに分かれた、と簡単におっしゃってますけど、そうすんなりと国家や民族の枠組みの中にいた人類が分かれることってできたんですか?」
『いい質問だ、ユアル君。確かにあっけなく解体されるには国家や民族という枠組みはあまりにも長く、歴史を積み重ね過ぎた。
しかしだね、結果的にそうなったように既存の「国家」「民族」というのは酷くあっけなく私たちの前から姿を消したのだ。ソーシャルネットワークサービスや人工知能の進歩による同時通訳ツールの成熟によって人間個々や情報、商品経済が地理的・国家的・言語的・民族的制約から解放され、それまで人類を―――曲がりなりにも―――庇護してきた既存国家や民族群は、長い歴史に裏打ちされたシステムとしての膠着・腐敗・機能不全とそれに伴う天文学的な経済損失の連続によって信頼を失い、「灰色の人類」の地球脱出後のパーソナリズム運動の拡大、「紅」「蒼」「琥珀」「翡翠」4大分類化がスムーズに進んだのだ。この研究所はそのために建設された無数の人類分類化施設の一つなのだ』
そこでラペダたちは、一つの巨大で分厚い扉の前へと辿り着いた。ここに到着するまでに酷く長く入り組んだ通路を歩いており、振り返れば入り口の姿は全く見えない。
ルーオはラペダたちへと振り返る。そこには穏やかな笑みが満ち満ちていた。
『―――さて、ここが君たちの旅の目的地だ。この奥に「人類の秘密」が眠り、君たちの手にはそれを開ける鍵がある。この奥にあるものは全て君たちのものだ。だがその前に、もう少しだけ講義を続けさせてもらってもいいかね?』
ラペダもユアルも頷いた。
ルーオは満足そうな表情で、
『では、続けよう。次に説明したいのは―――なぜこの地球から人類が一人残らず消え去ったのかについてだ。通常であれば宇宙進出がどれだけ進んでも、多少の人間は残るだろうにね?
全人類の4大分類化とその社会の発達によって衰退・滅亡した既存国家だったが、これらは酷く厄介な置き土産を残していた。
旧超大国が遺した数万発分もの核弾頭と大陸間弾道ミサイル。生物・化学兵器。戦闘車両や戦闘機、銃火器といった通常兵器類は国家や企業というタガを外してあらゆる勢力に流出した。あらゆる勢力にだ。その中には当然、旧時代の民族主義・宗教主義者も含まれる。彼らは4大人類に分類されることを拒絶し、過去の思考に固執し続けた。
それらの一部は、過去の遺物となるはずだったイデオロギーを理由に破滅的な兵器を乱用し、結果、数千万もの人名と共に人類が築き上げた新たな都市も、古い都市も放射線まみれにして溶け落ちた。そしてそれは、「灰色」に続く人類の大規模地球脱出を加速させ、現実として人類の大半が地球から立ち去った。―――が、旧時代のイデオロギーに固執する少数者の多くは地球へと留まり、複数の勢力が自らの単一のイデオロギーで地球を統一しようと地球を破壊し続け………そして最後の一人まで滅んだ。いや――――滅ぼした』
滅ぼした。科学者が口にするにはあまりに不穏な言葉に、ユアルは目を見張ってルーオを見上げた。
ルーオは何の感情もこもっていない瞳でユアルを見返し、先を続ける。
『その時点でこの研究所は「秘密」の端緒となる研究を始めていた。研究所には大した武力もなく、最悪の場合私たちの研究成果が旧時代主義者たちに奪取される恐れがあった。故に、この研究所の封印を解除するための〝鍵〟を託した、地球最後の公式な移民宇宙船が地球を離れた後………当時治療不可能な遺伝子ウイルスを地球全土に散布。地球に残った人類は絶滅した』
今はもうウイルスは残ってないよ、とルーオはユアルとラペダに笑いかける。
『さて。この奥に秘されているものは、それだけの血で塗り固めてもなお宇宙に散らばった人類にとって価値のあるものだと約束しよう。―――さあ、長い前置きはこのくらいにして、最後の封印を解くことにしようか』
分厚い鉄扉を封印していた複雑な機構が稼働し、ガシャン! とその内部でエアロックの固定が解除されるような音が聞こえる。
そしてゆっくりと、おそらく十数世紀ぶりに、扉は開け放たれた。
さあ―――ルーオ博士の立体映像はラペダとユアルに先に進むよう促し、二人は慎重に扉の奥へと歩を進める。
扉の奥にあったのは、先ほどのエントランスホールよりも広大な円形の空間。
そしてその中央に――――――空間を支えるように1本の巨大なガラス柱が佇み、その内部に、掌に収まるサイズの棒状の物体が浮かんでいた。
「あれが………」
『そうだよ、ユアル君。あれが君たちの探し求めていた「人類の秘密」、そのデータが収められたデータスティックだ』
それは、1000年以上の劣化など一切感じさせることなく、ただガラス柱の中で静かに浮遊し、これを継承する者を静かに待ち構えているかのようだった。
これをユアルが手にすれば、現実的な軍事力によって「蒼」を蹂躙している「紅」に対する明確な対抗力になる。同じ脅威に晒されているシグアノン人のラペダにとっても。
最早それを手にすることを拒む理由は無かった。
「ユアル」
「うん」
ユアルは恐る恐るガラス柱へと近づく。
それに反応したのか、ガラス柱は上へスライドして障壁としての機能を終え、今、ユアルの手の中に収まった。
『おめでとう、ユアル君。「人類の秘密」、私たちの研究成果は君のものだ。私は、秘密を守る者としての役目をようやく終えることができるよ』
「あの………ルーオ博士。この「人類の秘密」とは一体」
『うん。継承者となった君には全てを語ろう。なぜ、それが「人類の秘密」と名付けられたのか、そしてその全貌―――――』
だがその時、凄まじい地響きがラペダとユアルのいる空間を激しく揺さぶった。
「きゃっ!?」
「何だ………!?」
倒れかけたユアルをすかさず抱き留め、ラペダはただ周囲に異常の正体があるのか見回すことしかできない。
一方、ルーオは静かに瞑目し始めた。
『―――イレギュラーコード・D12。本施設の完全独立性を一時解除。地球管理人工知能ネットワークと再接続開始―――安全性確認―――再接続。人工衛星宇宙監視システムとの連結完了。―――未確認物体2個を確認。1個は軌道上を周回。1個は本施設の上空に展開。武装した兵士の展開を確認。本施設に攻撃中――――』
さらに衝撃。今度は何かが破壊される音が聞こえてきた。
と、この空間を封印していた鉄扉が再び閉まる。ラペダたちはこの空間に立て籠もる、もしくは閉じ込められる、形となった。
「い、一体何だ!? 誰が………」
『監視カメラの映像を見せよう。壁面のスクリーンを見てくれ』
ルーオが示す先、壁面が巨大なスクリーンへと変わり、画像を表示した。
「紅」のウォーラプター1隻がサンヨオノダ市の街並みに影を落とすように浮遊静止し、次々に兵士をテレポートで上陸させている光景が。一人一人が携える黒光りするディスラプターライフルまでありありと映し出されていた。
「ま、まさかこんなに早く「紅」のウォーラプターが………」
『彼らが「紅」なのか。ひどく攻撃的な人種になってしまったようだね。彼らは携行爆発物でエントランスゲートをこじ開けて突入したようだ。ここもいずれ突破されるだろう。―――そのデータスティックを持って直ちに脱出したまえ。君たちの船との通信を確立しよう』
その瞬間、およそ1時間ぶりに、ラペダはジェズネターに呼びかけた。
「ジェズネター。状況報告を」
『―――通信再確立を確認。「紅」のウォーラプター2隻が地球軌道上にワープアウトしてきました。1隻は軌道上で待機し、もう1隻が地表へと降下して兵員をテレポートしています。探知される寸前に地球管理人工知能を制御して妨害電波を発してこちらのスターヨットの関知は免れましたが、本船で急行した場合確実に探知・攻撃されます』
「分かった。探知されないよう待機していろ。こっちから船に戻る」
「で、でもどうやって? 入り口はさっき閉めた所しかないし………」
『いや、あるよ』
何てことはない、と言わんばかりのルーオ。
彼が次に示した先………つい先刻までただの壁面だった所が窪み、狭い通路が姿を現した。
『正しい手順でここへ入った者を安全に脱出させるための隠し通路だ。私はこのような事態も想定していたよ。さあ、急いだ方がいい。扉の向こうで彼らが爆発物を設置し始めた。本施設の防衛装置は彼らを退けるには十分でなかったようだ』
スクリーンには、どこからか細いビームの攻撃を受けて倒れる数人の兵士と、どこかにディスラプターを撃ち返している兵士、それに銃撃戦をかいくぐって爆発物らしきものを設置している工兵らしき者が映されている。
「行こう、ユアル」
「え、ええ。………でもあなたは?」
『ここでできる限り彼らを足止めすることにするよ。心配しなくても地球管理人工知能ネットワークを通じて君たちが脱出できるよう、君たちの人工知能と連携してサポートしよう』
ドン! という鈍い破壊音と共に、分厚い鉄扉が大きく歪んだ。
ラペダはなおも逡巡するユアルの手を引き、非常用通路へと駆けこんだ。二人がその奥に消え去ったことを確認すると、壁面が再び展開して非常用通路を隠蔽する。
その数秒後―――鉄扉が完全に吹き飛ばされ、「紅」の兵士たちがなだれ込んでくる。
ルーオは冷めた表情で、彼らと正対した。
『―――エントランスでも警告したと思うが、正しいセキュリティキーを持ち、正しい手順でここに立ち入らない場合、君たちの安全は保証されない』
「………おい! 早くここの管理システムにハッキングしろ! 「人類の秘密」の在り処を明らかにするんだッ!!」
兵士の隊長格らしき男が部下に怒鳴りつける。薄い端末を持った兵士が慌ただしく手持ち端末を操作するが、
「………システム掌握のメドを立てるまでに時間がかかります。2、3時間は無いと………」
「相手は地球のオンボロ人工知能だろうがッ! 貴様それでも………」
「し、システムが何重にもプロテクトと迂回トラップ、その他妨害手段が仕掛けられており………より先進的な技術で不正規接触が行われた場合の対策が厳重になされているとしか思えません!」
『………私と対話する気になったら声をかけてくれたまえよ』
呆れた様子で兵士たちを見やるルーオ。
隊長らしき男は怒りに満ち満ちた表情でルーオを睨み、ディスラプターライフルを突きつけてきた。
「………ふざけるな骨董品がッ! 言え!! 「人類の秘密」をどこに隠した!?」
『立体映像に銃を突きつけても無意味だと思うがね。むしろ何故ここに「人類の秘密」とやらがあると思うのだね? どのようなヒントを元に君たちがここに辿り着いたのか、非常に興味深い。未来の―――』
男はディスラプターライフルを連射し、ルーオのホログラム映像をかき消した。
「工作班を追加投入しろ! この施設をバラバラにしてでも「秘密」がどこにあるのか明らかに………」
『―――やれやれ。おおよそ人の上に立つようなメンタルを持っているようには思えないが。部下になる者たちは大変だろうね』
「ンだと!?」
『君が生きていることで余計な犠牲者が出ないようにしてあげよう』
その瞬間、天井に隠されていたレーザー自動銃座が降り、喚きたてていた隊長の頭をレーザーで貫いた。自分の身に何が起こったのか把握する間もなく、脳が沸騰して消失した隊長は倒れ落ちる。
そこから先は、レーザーとディスラプタービームの破滅的な撃ち合いが繰り広げられるばかりだった。
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