立ちはだかる影

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 この日、正式に「紅」と「蒼」そしてシグアノンは戦争の終結を宣言した。

「紅」の全軍は「蒼」の領域から撤退。代わって「翡翠」「琥珀」、シグアノンからの支援船団が殺到して破壊された「蒼」母星アルフィリアの再建へと着手する。


 収容所での監禁により衰弱し、解放された現在は病床にある族長ノディスに代わり、族長代行としてユアルが「蒼」の再建を主導することとなった。


 惑星アルフィリアの再建には途方もない時間と、莫大な資源・資金を要することが明らかとなった。地上は軌道上からの爆撃によって徹底的に破壊され、全ての都市が壊滅状態にある。生態系も大半が失われ、元の美しい自然豊かな惑星を取り戻すまでには………数千年の年月が必要だと試算された。それほどの破壊を「紅」はもたらしたのだ。


 惑星アルフィリア以外の居住可能惑星を「蒼」は有していない。残るのは資源恒星系やスペースコロニー、おおよそ生命居住に適さない岩石惑星表面のコロニー都市があるだけだ。


 結論として―――ユアルは人類発祥の星たる太陽系第3惑星・地球へのアルフィリア全住民29億人の移住を決定し、他の人類勢力もそれを支持。移民のための船団を提供する運びとなった。










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 惑星シグアノン。

「紅」との激闘の舞台となった恒星系の第5惑星は、メルデッタン星系へと退避していた最後の避難船が無事、本来の集合住宅として復帰し、都市は元の景観を取り戻していた。

 だがシグアノン星系を守り続けてきた星系防衛システムや無人艦隊は壊滅状態にあり、現在、メルデッタン星系の全生産システムをフル稼働させて艦船や防衛プラットフォームの再製造が始まっている。


 元の画一的な都市景観を取り戻した首都イスペクの街並みを、ラペダは議員専用住宅から見下ろしていた。

 ドータイナ首相を止めることはもうできない。シグアノンは外部との接触を今まで以上に増やすことになるだろう。「翡翠」との水面下での貿易も表面化し、活発な星間貿易が行われる。他の人類勢力出身の者がシグアノン星に足を踏み入れることになる。そして彼らの要求を聞き、交渉し、互いの利益を引き出し、綿密なコミュニケーションを取るのがラペダの仕事になる。


 最悪だ。



『ご気分が優れられないようですね? ストレス抑制剤の摂取を推奨します』

「………そうだな」


 ラペダは高圧注射器にストレス抑制剤のシリンダーをセットし、腕に打ち込んだ。プシュ! という音と共に薬品が体内を巡る感覚を覚える。


「ジェズネター。今日の予定は?」

『7時間後に閣僚会議が開かれます。ラペダ様にも外交議員としての意見が求められています』

「了解した。ところでユアルは………」


 そこまで言おうとして、ラペダは言葉を止めた。

 ユアルは今頃「蒼」の族長代行として、そして「人類の秘密」その根幹を守る者としての仕事に追われていることだろう。彼女とラペダを結びつけるものは、もう無い。連絡を取った所で話す内容も無ければ、互いの意見や理念が合致するとも思えない。


『ラペダ様? ご質問の続きをどうぞ』

「いや、何でもない」


 ホロウィンドウを呼び出して、細かいタスクを確認していく。

 変わらない日々。変わらず安定した世界。

 それこそが祖先が求め、今に続く自分たちが守り続けるべきシグアノンだと、ラペダは信じて疑わなかった。今も。

「人類の秘密」が各勢力に認知された時点で、シグアノンも含む世界は変化・変質することになる。いずれは、自分自身から解放されて、望む自分になって振る舞うことができるのだろうか。そしてそうなれば、他者と関わることが苦痛では無くなるのだろうか?

 ラペダは答える術を持たない。


 と、


『―――ラペダ様。シグアノン領域内警戒システムより領宙侵犯の警報が入りました。領宙最外縁にあるロミス星系に「紅」のアーデシア級戦艦1隻が侵入。資源採掘プラントの防衛システムに攻撃を加えています。防衛システムによる撃退可能確率は21%です』


 唐突な報告に、ラペダは困惑を隠せなかった。

 ロミス星系はシグアノンにとって第2惑星に有用な金属が存在する、という以外大した重要性の無い恒星系だ。デブリや宇宙海賊撃退のための防衛システムが配備されているが、本格的な軍艦相手には無力同然の代物だ。


 ジェズネターは続けて、


『続報です。認可された「紅」のデータベースより参照したところ、当該のアーデシア級戦艦は不法に奪取されたものであり、「紅」政府による撃沈命令が出されています』


 すぐにドータイナが第一級緊急議会招集命令を発して対応を協議することになるだろう。戦艦級となると、レシグア級戦艦でも小艦隊が必要だ。


「その奪取された艦の目的は分かるか?」

『申し訳ございませんが「紅」のデータベースに記載がありません。推測として、ロミス星系での資源奪取が目的と考えられます。当該艦の根本的な行動原理についてはデータ不足につき回答できかねます』



「紅」の戦艦の単艦行動。

 何かしらの理由があることは間違いない。戦艦の用途は限られており、大抵の場合何かを破壊するために使用される。

 シグアノンに属する重要施設を破壊する、とは考えにくい。各重要拠点には残存の艦隊が配備されており、アーデシア級戦艦1隻であれば十分に対処できる。

 他に、この銀河において破壊したくなる対象と言えば………


「ユアル………!?」

『申し訳ございませんがご質問は正確にお願いいたします』

「ユアルは今どこにいる!?」

『2日前に惑星アルフィリアより移民船団の1隻に乗船して出発しております。ワープ航法で5日後に地球到着予定です』

「移民船団の航路とロミス星系の星図。ロミス星系における資源一覧を表示してくれ」



 人工超知性ジェズネターによって命令は直ちに実行され、複数のホロウィンドウが表示される。それぞれ、移民船団の予定航路。ロミス星系の星図。ロミス星系に存在する有用な資源や施設の一覧が映し出された。

 それらに目を通した直後、ラペダは確信を深める。


「………ジェズネター、すぐにドータイナ首相に繋げ! 最優先だ!」


 ラペダの予想通りなら、すぐにでも行動しなければ手遅れになる。

 ドータイナ首相に直接通信が繋がるまでの間、ラペダは苛立たし気に、ロミス星系の星図を―――今頃そこで必要な燃料資源を貪っているだろうアーデシア級戦艦を睨むより他なかった。










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 超空間を数百隻もの大型船―――船籍もサイズも雑多な大船団―――が進んでいく。

 破壊され快適な環境ではなくなった「蒼」の母星からその住民を移住させるために、各人類勢力が提供した輸送船からなる大移民船団だ。巨大なものは全長10キロを超え、その周囲を中小の輸送船が付き従っている。

 その行き先は、太陽系第3惑星―――地球。


 第一陣移民船団の旗艦たる戦艦〈タルアナーク〉のブリッジにて。


『―――ユアル様。少しお休みになられてはいかがでしょうか? 起床後の活動時間が15時間を超過しており、これ以上の活動と睡眠時間の削減はユアル様の健康に支障をきたすおそれがあります』


 ホロウィンドウに表示された報告書に目を通していたユアルは、ブリッジに入ってきた侍従アンドロイド、レアニカの言葉に振り返った。

 そしてその背後に、反重力移動ベッドに横たわる父ノディスの姿がある。ユアルは2人に微笑みながら、


「大丈夫よ。まだ移民船団はこの第一陣が始まったばかりだし、第二陣がスムーズに進むためにも、今から移住計画の詳細を詰めておきたいの」

「………すまないな、ユアル。父が情けないばかりになにかと迷惑をかける」


 まだ顔色は悪いが、順調に回復しつつあるノディス。ユアルは反重力ベッドの傍らに歩み寄って、「大丈夫よ」と父の手を取った。


「どうかお父様はしっかりお休みになって。お父様の半分もその役目を果たせてないけど、国民のみんなのために頑張るから―――」

「お前はしっかり族長代行としての務めを果たしているよ。「人類の秘密」を手にし、動乱を鎮めた功績もある。私を継いで「蒼」の族長となることに反対する者は、もう誰もおるまいよ」


「蒼」の族長ノディスとその妻ミラシアの間にもうけられた子供は、ユアルただ一人だ。

 男子こそ家長や族長に相応しいという古典的な考え方が残る「蒼」において、ユアルがその座に就くことに、当初は不安を主張する者が少なくなかった。

 が、ユアルが「紅」の軍勢を退けるのに多大な貢献をなした今、彼女以上に民を率いるのに相応しい者もいない。ユアルもまた、父の後を継ぐ覚悟を決め、今日まで振る舞ってきた。

 ノディスは、ユアルの手を強く握り返して続ける。


「ユアルよ。これから先、「蒼」が辿る運命は誰にも分からないものになるだろう。父はその先代から安定した「蒼」を引き継いだに過ぎないが、お前は違う。お前が率いることになる「蒼」の先に待ち受けるものの多くを、私は知らない。力になれないことも多いだろう。お前はその重責をその肩で………」


「お父様。私は一人ではありません。族長としての重責は私一人が担わねばならないものですが、「蒼」をより良い国にするために力になってくれる仲間が、私にはいます。私は―――皆の力で「蒼」を引っ張っていきたいです」


 力強いユアルの言葉。

 その言葉を発するまでに至る今日までの経緯が滲み出ているのをノディスは鋭敏に感じ取ったように、目を細める。


「よくぞ、言ってくれた。父親としてこれほど誇らしいことはない。―――民を愛せ、ユアルよ。さすれば民もまたお前を愛すだろう」

「はい………!」


 握った父の手がさらに温もっていくのをユアルは感じた。

 レアニカは微笑を浮かべて二人のやり取りを見守っている。それは、ブリッジにいるリンダス艦長以下ブリッジクルーたちも同様だった。




 その時、警報がブリッジを駆け巡り、ブリッジにいた誰もに緊張と戦慄が走った。




「―――何事だ!? 報告しろッ!」

「警戒網が敵性艦の接近を確認! 数は1隻! ………こ、これは「紅」のアーデシア級戦艦ですっ!」


 何だと!? リンダスは絶句し、ノディスも思わずかベッドから半身を起き上がらせた。

 だがリンダスは戦艦の艦長として素早く気を取り直すと、矢継ぎ早に指示を飛ばす。


「総員戦闘配置ッ! 全兵装オンラインに! 護衛の艦全てを集結させろ! それと「紅」の艦に警告を送れ。警戒網以遠に撤退しなければ本船団への敵対行動を見なすと! ―――「紅」とは和平が成立したと思っていたが………」


「それを良しとしない者がいるのだろう。特に「紅」では政争の類が顕著だ。政権の方針に異を唱える反対派が実力行使に出る例も枚挙に暇があるまい………」


 ノディスの推測が的を得ているように感じ、ユアルはメインスクリーンに映し出される―――「紅」の宇宙戦艦を見やった。真っ直ぐこちらに接近してくる様から、こちらへの敵意があることは明らかだ。

 次の瞬間、ブリッジオペレーターの一人がハッと息を呑んでリンダスへと振り返った。


「艦長! 敵艦がワープジャマーを発動! 超空間が不安定化しますっ!」


 刹那、数百隻の移民船団は一斉に、超空間から通常宇宙へと引きずり出された。

 外部からの不正規による強引なワープアウトにより船団はバラバラな地点へと放り出され、統制を失って混乱状態へと陥る。

 超大型輸送船が放り出され、そこに制御不能に陥った他の船が迫る。辛うじて双方共に速やかに航行制御を回復し回避行動に移って事なきを得たが、最悪の場合激突していても何ら不思議ではない。


「移民船は全て通常推進でワープジャマー圏外に脱出しろ! 護衛の艦は集結! 敵艦と船団との射線に割り込むんだ!」


 速やかな指示、そして状況の制御により移民船団は直ちに統制を取り戻して「紅」の戦艦とは真逆のコースへと逃走を開始する。〈タルアナーク〉及び数隻の小型艦艇はささやかながらも陣形を組んで敵艦と対峙した。




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