第九話
桐生嬢に友人が出来た。
その事実に、まるで彼女を腫れ物のごとく扱い、そして接してきた桐生中学の面々はさぞ衝撃を受けたことであろう。最長不倒のように、ある種羨望や畏敬の眼差しでもって桐生嬢を見つめてきた者たちは驚愕と困惑に眉を寄せ、不動資産のように嫉妬や嫌悪の感情を抱いてきた者たちは「桐生女史がその財力でもって子分を作ったのである」と従来の陰口に新しいレパートリーを加え、無関心を装う者たちも、チラチラと私と桐生嬢に視線を送る回数を増やしたのである。
「桐生嬢は孤高の存在であると、吾輩はどこかで理想を押し付けていたのやもしれぬなあ」
と最長不倒は感慨に浸り、
「とうとう汝も犬に成り下がったか……」
と不動資産からは露骨に見下され、
「そんなことより汝が八木節祭りを抜け出したせいで吾輩はとても叱られたのである。謝るのだ」
と森林限界からは怒られたのであった。
ともあれ、そんな周囲の反応に対して、私と桐生嬢は我関せずの態度を貫いたのである。いいや、正直なところ、我々はそんな周囲の反応など大して気にしてはいなかったのだ。私には桐生嬢がいて、桐生嬢には私がいる。狭き世界に住む若き我らにとっては、それだけで充分なのであった。
それからの二年間のほとんどを私は桐生嬢と過ごした。様々な場所を訪ね、様々な遊びをし、様々な事柄について語り合った。そしてその度に私は桐生嬢の新たな一面を発見し、桐生嬢は私すら知りえぬ私の内面を丸裸にしていったのである。
完璧超人と思われた桐生嬢は、しかし自転車には乗れなかった。桐生市は渡良瀬川によって東西に分断されており、桐生中学や桐生嬢の邸宅といったものは全て東側に位置していた。つまりは毎日西側から桐生大橋を渡って登下校を繰り返す私や不動資産と違って、桐生嬢はわざわざ自転車を操る機会も必要もなかったのである。
「どうだ、速いであろう! これが自転車のスピードである」
であるから私たちが西側へ遊びに行く時、決まって桐生嬢は自転車の後部座席に座り、ワンピースの裾をはためかせながら、自転車を漕ぐ私の胴に腕を回すのである。
「どうやら……私はこの風を切る感覚の虜となってしまったようです」
恍惚とした調子で毎度桐生嬢は呟くのであった。
そのようにして私たちは桐生西部を訪ねまわった。近頃整備を終えたという相生の松を始め、時には桐生市を離れて岩宿の遺跡を見学したこともあった。
「この辺りの土地もいずれは桐生市に併合されるらしいですよ」
「本当であるか!?」
余談ではあるが、この時はまさか合併事業が孫の代に至ってもなお難航することになろうとは夢にも思わなかったのである。
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