第六話

 山中にてトランペットを吹く女史は、普段の桐生嬢とは似ても似つかぬ格好をしていた。桐生嬢の髪型は決まって庇髪で、服装も常時鮮やかな袴姿であったが、しかし今目の前に佇む女史は髪を結わえることなく、また何とも破廉恥な洋装であった。

 だがしかし、当時の私は一目で、何の疑問もなく彼女を桐生嬢であると認識していたのだ。桐生中学に所属して以降、私は桐生嬢の後ろ姿を何ヶ月にもわたって見せられていたからだろうか、それともこれほど素敵なトランペットを吹けるのは、桐生広しと言えど桐生嬢の他にいはしないと、そのようなある種の推測によるものであろうか。

 理由はともあれ、その女史は間違えようもなく桐生嬢であった。

 桐生嬢の演奏はどこまでも伸びやかで、芯の通ったものであった。私に音楽の良し悪しなど分かろうはずもないが、そのような私までをも感動させるに足る何かを、桐生嬢のトランペットは備えていたのである。

 私は桐生嬢の演奏を聴き、ただ陶酔するばかりであった。

 であるから、

「ブラボーである!」

演奏を終えて一息つく桐生嬢に私はただ率直な賛辞を送り、

「っ、誰でございますか!」

夜の山中にて突然声をかけられた桐生嬢は当然のごとく驚き、こちらを振り返り、

「危ないのだ桐生嬢!」

足場の不安定なトンビ岩の上にて、姿勢を崩したのである。

「――っき」

 そもそもどうして山の中腹に存するトンビ岩からの眺望が拓けているのか。そこから想像を広げていけば自ずとトンビ岩の地形は定まろうというもので、つまりは、トンビ岩とは巨岩の密集する、崖なのであった。

「きりゅうううじょおおお」

 視界が、時の流れが、ひどく緩やかに感じられた。

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