第五話

 その後、森林限界は頑として持ち場を離れることなく、結果私は独りで吾妻の山を登らねばならなくなってしまったのである。いや、それが嫌なのであれば大人しく森林限界と共に踊っておればよかったのだが、一度言い出した手前、発言の撤回は私のプライドが許さなかったのである。

「暗いのだ……」

 であるが、まあ、しかし。

 後に私はこの行為を、何十年間にもわたって繰り返し反芻しては「よくやった」と褒め称え続けることになる。当時の私の決断は間違えてなどいなかったと、むしろそれは百点満点の試験で一二〇点を獲得してしまうようなそんなミラクルであったと、私は手放しで称賛し続けることになる。


「――――――」


 吾妻山の中腹、名所トンビ岩。

 夜風に長髪を遊ばせて、

 肩と脚を大きく露出した薄青のワンピースを身にまとい、

 その手には、月明かりを反射して輝く黄金のトランペット。

「……桐生嬢」

 その音色は美しく勇壮で、そして、今にもここではないどこかへと飛び立っていってしまいそうな、そんな儚さを湛えていた。

 桐生一家のご令嬢は、八木節祭りに湧く桐生市街を眼下に、独りトランペットを響かせていたのである。

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