第十三話
「きっ、桐生嬢は……いずこ!?」
「吾輩が知ろうはずもない」
市街地へと駆け戻り、息を切らして尋ねる私に、不動資産はそっけない返事をよこしたのである。不動一家は笛吹の役目を負っており、彼女の手には一本の可愛らしい篠笛があった。
「桐生嬢が待ち合わせ場所に参上しないのである。こんなことは初めてなのだ。何か存じ上げぬか」
「だから吾輩は知らないと言っておろうが」
不動資産の態度はつれないものであった。
「桐生女史が汝と親しくするのを見て、吾輩も彼女に対する認識を改めようかと考えた時期もあったが……やはり富めるものは信用ならぬ。桐生女史は約束を平気で違えるようなおなごで、汝は彼女に裏切られたのであるよ」
「桐生嬢を悪く言うなこの家柄コンプレックス!」
「何だとお!」
捨て台詞を吐き、私は再び駆けだした。
「きっ、桐生嬢は……いずこ!?」
「汝と一緒ではないのか?」
「待ち合わせ場所に参上しないのである。こんなこと初めてである」
最長不倒は大きな樽をその肩に担ぎながら、私の話に耳を貸してくれたのである。最長一家は太鼓役であった。太鼓と称しながら叩くのはただの樽であるというのが、八木節のおかしなところである。
「申し訳ないが、吾輩は桐生女史の居場所を存じ上げないのである。他を当たってくれたまへ」
「そうであるか、こちらこそ失礼した」
「きっと彼女にも何かしらの事情があったのであろう。汝が彼女を発見できることを吾輩は願っておる」
「最長女史はよき人であるなあ……さらば!」
私は三たび駆けだした。
さて、待ち合わせ時刻より二時間が経ったところで、私はいよいよ募る不安と、その中でわずかに輝く希望とに押しつぶされそうになっておった。裏切りという不動資産の言葉で気落ちし、桐生嬢にも何かしらの事情があったという最長不倒の言葉で救われ、私の感情は波のように上下していたのである。
「桐生嬢ううう」
祭りの喧騒に掻き消されぬよう私は大声で叫ぶ。
「桐生嬢ううう」
今度は反対方向を向いて叫ぶ。返事もなければやまびこも返ってこなかったのである。そもそも八木節音頭がやかましくてやまびこなど聞こえようはずもなかった。私は秘技・方角調べが通用しなかった事実に戦慄したのであった。
そうして、私は桐生市内を走り回ったのである。そのどこにもトランペットを背負う女史はいなかった。
息の上がった私は、とうとう桐生市内を一周したのか、八木節踊りに勤しむ森林限界の姿を見つけたのである。
「おお、汝もついに心を入れ替えて共に踊ろうというのだな。歓迎するのである」
森林限界は視界の端に私を認めると、まるでやさぐれた男子が捨て猫に餌をやるのを偶然発見した乙女のような表情で、私を手招いた。
「森林女史……桐生嬢はいずこであるか!?」
「桐生一家の邸宅に決まっておろう」
「あ」
求めていた答えは存外早くに示されたのであった。そうである、桐生嬢が来ないのであれば、まずは桐生の邸宅を訪ねれば良かったではないか。私の頭からはどうしてそのような発想が出てこなかったというのか。
桐生一家の邸宅という盲点に得心する私に、森林限界は続けた。
「何せ、今日は桐生女史の結納の日であるからな」
……はい?
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