第一話

 私が初めて桐生嬢を認識したのは、桐生中学校――今でいう桐生高等学校――一年次、未だ桜舞い散る春の日のことであった。

 それは単なる日常のひとページでしかなかったのであろう。初めての授業である一時限目の座学を終え、私含め同級生は各々、緊張をほぐしつつ終了した授業の片づけを行い、早速次の授業の準備に取り掛かっていた。

 そしてその中で、私の一つ前の座席にいた女史はなんと、消しゴムのかすをティッシュ紙の上にまとめ、それを折りたたんでくず入れ箱へ捨てにいったのである。

 なんてことだ! 私は驚愕した。それは彼女の丁寧な所作や心持ちに感服したとか、別にそのようなものではない。なんてことはない、当時のティッシュ紙は高級品であったのだ。そして目の前の女史は、その高級品であるティッシュ紙を、何とも些末な用途に平然と使用したのである!

 そして庶民である私は思ったのだ。「おっとぉこれは格別のお嬢様であるに違いないのだ。ここは是非ともお友達になりたいものであるなぁぐへへへ」と。

「お名前は何であるか?」

私は自分の席に戻ってきた女史に向かって尋ねた。

「……桐生と申しますが」

「そうか。では桐生嬢、私と友人になろうではないか」

「結構でございます」

 それが私と桐生嬢との記念すべき出逢いであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る