第3話

 そしてまた別の日も、私は桐生大橋を渡って登校するのです。今日は曇っていました。雨がっぱを自転車と共に駐輪場へ置いていき、曇り空の下でシナシナと元気のない日本国旗を目にし、雲……ああ、「天気明朗なれども浪高し」とは「坂の上の雲」にあった言葉ですか! と一人疑問を解消し、校訓の下を通り過ぎ、玄関で無造作に靴を履き替えるのです。

 私は高校三年生なのです。つまりは恋に恋する華の女子高生で、そして同時に、将来に一抹の不安を抱える苦難の受験生でもあります。

「娘よ勉強しているか? 励め若人、後悔は先に立たないのだぞ。今の苦悩も、いずれ後になって振り返ってみれば――」

と、本来は最も落ちつけるはずの家で、両親から事あるごとに口を酸っぱく、

「いいか、君たちには無限の可能性があるのだ! 先生が生まれた頃にはだな、そもそも進路なんて言葉すら――」

と、勉学に励んでさえいればいいはずの学校では、大して面白くもない授業ばかりする教師から偉そうに、

「わが校は何といいましても自由な校風でございまして、ええ、そこがウリと申しますか、というのもわが校の校訓からしてそもそもは――」

と、入学式と創立記念式と卒業式で毎回同じ話を繰り返すことでお馴染みの同窓会長から、私たちは事あるたびにありがたいお言葉を頂戴し、それぞれの未来に向かって羽ばたいていくことを強制される毎日なのです。

 だがしかし。だがしかしです。私はここで逆接を使用せねばならないのです。いかに私たちの未来が明るい希望と共に拓かれていようと、だからといってそう簡単に夢が見つかるかといえば、答えはノーなのでございます。そう簡単に見つからない生徒が一定数存在するというのもまた事実なのであって、何が言いたいかというと、お恥ずかしい限りですが、私はその一定数に含まれてしまう人種なのでした。

「未来が分からなあああい」

 下校の折、私は叫んでみました。唐突に思いの丈を言の葉に乗せて飛ばしてみたくなるのが私たちの年代というものです。しばらく待ってみても辺りはシンと静まりかえったままなので、今度は反対方向に向かって

「将来が分からなあああい」

と叫んでみました。しばらく経ってからやまびこが返ってきます。なるほどあっちが北ですか。便利な地形です。

 私は本町通りを進みながら帰途にありました。ここは桐生市の中心街で、そして八木節祭りの行われる舞台でもあります。四百年前の街並みを保全しているとかなんとか、とにかく古めかしさをアピールした道なのです。そう、桐生市はかの天下分け目の関ケ原大戦にて、東軍の旗を織り、献上した功績で知られ、伝統の街として名高いのであります。

「一体何をしているのかね」

「おや、スカート折り子さんではありませんか」

 叫ぶことによってストレスを発散させている私に声をかけるものが現れました。友人のスカート折り子さんです。出席番号が一つ違いというよしみで、私たちは健全なるお付き合いをしています。自慢の白くて細い大腿を見せようと、魅せようと、いつもスカート丈を気にしている、そんなとっても繊細な女子がかのスカート折り子さんなのです。

「聞いての通りです。私には未来が分からんのです」

「そんなもの誰にだって分からぬ」

「しかし、少なくとも折り子さんには望むべき未来が、臨むべき将来というものがあるのでしょう?」

「女優になりたあああい」

 折り子さんも叫びました。やまびこはすぐに返ってきます。直感で北方を当てるとは、さすが折り子さんです。

「人気者になりたい! 一挙手一投足で世間を騒がせて、街ゆく人たちをみんなメロメロにして、イケメンを侍らせたあああい!」

「おお……」

 正直ちょっと引いてしまいました。折り子さんの咆哮はあまりにも欲望に忠実で、「人の振り見て我が振り直せ」という言葉の金言たる所以を私は改めて実感したのです。

「進路が分からなあああい」

「イケメンに貢がれたあああい」

 私たちは叫びました。きっとこれが青春というものなのでしょう。はて、私たちの輝かしき未来を祈っているはずの教諭たちにとりましては、私とスカート折り子さんとではどちらが優等生に映るのでしょう。

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