第7話
数十分後。私は大分落ち着きを取り戻したリボンちゃんを、隣でもらい泣きしていた髪留めスターに預け、一人その場を離れようとしました。
「わ、吾輩たちを二人きりにしてくれると申すか!」
「変なことをしてはいけませんよ」
突如訪れたリボンちゃんとの二人きりイベントという甘美な響きに、髪留めスターは一人で身もだえておりました。そんな髪留めスターにはっきりと忠告をして、私は新川公園を後にします。
人の隙間を縫うようにして、あるいは押しのけるようにして私は進みます。別にどこか往く当てがあるというわけではありませんでした。ただ、一人になりたかったのです。
超広域のお祭り会場はどこまで行っても人で溢れかえっておりました。出店街道を往く私の足音は、徐々にその間隔を短くしていきます。
「あぁあああ!」
私は叫びました。そして走り出していました。訳の分からぬ衝動に突き動かされていました。
「どうした若人」
「ぐへぇ」
当然のごとく、私は道行く人と衝突しました。というよりも、真正面からラリアットの体で首に腕をかけられ、無理矢理停止させられたのです。
「そんなに泣いていては人工のまつ毛が剥がれてしまうぞ」
私の首に腕をかけた相手は、何とも破廉恥な格好をしておりました。
「そんなものつけてなどいないのです……折り子さん」
出店街道は煌びやかで、華やかで、光と音とに彩られておりました。どこまでも明るく、そこには一点の悲しみすら見出しえません。
そんな出店街道のど真ん中で、私は臆面も忘れてスカート折り子さんに抱きついておりました。止まらない涙が折り子さんの浴衣を濡らしてゆきます。
「私は……ミスをしたのです」
「うむ」
震える声で私は折り子さんに話します。言葉は堰を切ったように溢れ出てきました。それは、リボンちゃんの前では精一杯我慢して、言わないでいた言葉でした。精一杯我慢して、堪えていた感情でした。
「吹奏楽の、パレードで……パレードは、マーチングコンテストも兼ねていて、それで、桐生高校は、毎年当然のように優勝していたのです。だから今年も……優勝して当然だと……私は、恐れ多くも思ってしまいました……だから、油断して、決して練習を怠っていたとか、そういうわけではないのに……つい、気が抜けて……私は、失敗してしまったのです……」
「存じておる。しかと観て、そして聴いておった」
折り子さんはまるで全てを理解しているといった風に、少しも動じることなく私の話に耳を傾けてくれました。であれば、彼女はきっとコンテストの結果もまたご存じなのでしょう。
金賞は館林高校で、銀賞は太田高校。地元であるはずの桐生高校は銅賞に沈みました。
「私は恥ずかしいのです! ……リボンちゃんは、誠心誠意、一生懸命に、ダンスフェスティバルに臨んでおりました。だのに……私はミスを犯して、みんなに迷惑をかけただけでなく、あろうことか! にへらにへらと……パレードのことなど忘れて、お祭りを楽しんでいたのです……恥ずかしい!」
リボンちゃんは自身の力の全てを発揮して踊ったことでしょう。悔いなど残ろうはずもありません。しかし、彼女は心の底から感情を絞り出して、言ったのです。
「悔しくて死にそう」と。
その時抱いた私の感情をどうやって説明しましょう。その時感じた衝撃の大きさを、私はどうやって言葉にしましょう。
「リボンちゃんは大粒の涙を流しておりました! 滝のように汗を流しておりました! 私は自分が矮小なものに思えて、恥ずかしくて、どうにかなりそうなのです……!」
私は折り子さんの身体に一層深く顔をうずめました。恥ずかしくて恥ずかしくて、少しでも自身を周囲に晒したくないと思ったが故の行動でした。
「きっとそれを、人は青春というのであろう」
「……便利な言葉ですね」
「どんなに苦い思い出も甘酸っぱくしてくれる、魔法の言葉だ」
言葉の一つ一つを噛みしめるかのように、ひどくゆっくりとスカート折り子さんは応えました。後に続いた沈黙は喧噪の中へ溶けてゆきます。
「……上手くなりたい」
私は呟きました。それは心に溜まった全てのものを吐き出した後、自然と出てきた決意の言葉でありました。多くの人が行き交う出店街道のど真ん中で、多くの思いが交錯する桐生祭りのど真ん中で、私は呟きました。
リボンちゃんの涙に濡れながら、私は恥ずかしく思うと同時に、憧れという感情を抱いてしまいました。私もリボンちゃんのように、物事に本気で挑める存在になりたいと、心から悔しがることのできる存在になりたいと、思ってしまったのです。
そしてもう二度と、失敗なぞしたくはありませんでした。
「私は! もっと上手くなりたい!」
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