第10話 人を殺せる嘘
「コハク、具合はどう~?」
病室に入ってきた二人は、その後コハクに向けて、明るく声をかけてきた。
「今日はえらく顔色がいいじゃない!」
「短冊作ってたのか、もうすぐ七夕だしなぁ。コハクも早く元気になれるよう、お願いしとかなきゃな」
「うん、そうだね」
女の人に続いて、男の人もコハクのつくっていた七夕飾りを見つめながら声をかけた。目の前の二人は、とても仲の良さそうな夫婦に見えた。
きっと、コハクの両親なんだろう。
病室の雰囲気は一気に明るくなって、三人は笑いながら話し始める。
こちろん、この二人に
(コハクを見舞いにきたのか。家族水入らずのところを、邪魔するのは、やっぱり良くないよな)
そう思うと、オレは病室を抜け出すことにした。
物音を立てないように、そっと開けっぱなしだった窓の方に移る。
すると、オレの背後からは、また三人の話し声が聞こえてきた。
「コハクは、なにを願うんだ」
「……まだ決めてないかな」
「そうか、なら『病気が治りますように』って書いておきなさい。今年は退院できるといいな」
「うん、そうだね」
「あ、そうだわ。ドナーが見つかって無事に手術が成功したら、綾香も連れて、みんなで遊園地に行きましょう」
「そういえば、今日は
「今日は塾だったのよ。あの子中学受験するから」
(……あやか?)
窓から飛び立つ瞬間、オレはコハクのいった言葉に首を傾げた。
(コハク、妹はいるのか?)
中学受験なんて言うから、妹だろう。
だが「お兄ちゃんになって」なんて言うから、てっきり兄妹らいないと思っていた。
(アイツ。そんなに、お兄ちゃんが欲しかったのか?)
そんなことを思いながら、オレは窓から外に出ると、病室から離れた別の木陰に移動して、そこの大きな木の枝で、羽を休めることにした。
夏の日差しが眩しい外は、天使でも汗が吹き出しそうなくらい暑くて、でも、風か吹けば、木陰の中はとても気持ちよかった。
「家族かぁ」
小さく呟くと、オレは空をみあげ、ゆっくりと目を閉じた。
家族らしい家族がいなかったせいか、あーいう仲良さそうな親子の姿をみると、なんだか少しだけ――――胸がチクチクした。
◇
◇
◇
「いい加減にして!」
「?」
それからしばらくして、オレは閉じていた目をゆっくりと開いた。
どうやら、オレはあれから木の上でうたた寝をしてしまったらしい。
あくびをして、ゴシゴシと目をこすれば、その耳には、なにやらイラつくような女の人の声が入ってきた。
(あれ?……あの人確か、さっき病室にきた)
見れば、その声を発していのは、さっき見舞いに来たコハクの母親だった。
何をイライラしているんだろう。
「お前の方こそ、いいかげんにしろ!」
すると、いら立ち足早に過ぎさろうとする母親の後ろを、さっきの父親らしき男の人が追いかけてきた。
丁度、オレがいる木の下でもめ始めた二人は、クロに聞かれているなんて夢にも思っていないのだろう。コハクのことを話し始めた。
「コハクだって好きで、あーなったわけじゃないんだ。あの子の心臓はいつ止まるか分からないんだぞ!」
「いつ止まるかわからないなんて言って、もう二年よ。医療費だってバカにならないのに! 大体、うちは綾香の進学もひかえてるの! なんで、他所の娘のせいで、うちの娘が犠牲にならなきゃいけないのよ!」
「仕方ないだろう、姉さんたちが二人同時に事故で亡くなったんだから。それに、引き取れるのはうちしかなかったんだ!」
「大体、なんなのあの子! 誰もいないところに話しかけて、気味が悪いわ」
「話し相手もいないんだ。仕方ないだろう」
「はぁ……もう、やめて! 私も先が見えなくて不安なのよ。ドナーなんて探しても、うちには手術にかけるお金なんてないのに……っ」
「そんなこと言ったって、万にひとつでも望みがあるならって思うだろ? それに、ドナー探し断ったりしたら世間からどんな目で見られるか……そうイライラするな、どうせ、もう時間の問題だから」
「……もう、どうせ止まるなら、早く止まってくれたらいいのに……っ」
目の前で繰り広げられる数々の暴言に、オレの額からはじわりと汗が滲んだ。
(なんだ、あれ……っ)
思考が追いつかない。
早く止まってくれたらいいのに?
時間の問題?
なんで、あんなこと言うんだ?
(……もしかして、あの人たち、コハクの”本当の両親”じゃないのか?)
あまりの現実に、背筋が凍った。
さっきは病室で、あんなにニコニコしてコハクと話してたのに、本当はあんなこと思ってたのか?
本当の親は事故で死んで、あの親に引き取られて、それで病気になって
まだ13歳で、死ぬのか?コハクは──
『私の”お兄ちゃん”になって……』
瞬間、初めて会った日、コハクが言った言葉がよぎって、オレは小さく唇を噛み締めた。
コハクはあの時、一体どんな思いで、あの言葉を言ったんだろう。
もしかしたら、コハクもオレと同じで──……
「お兄ちゃん!」
「!?」
瞬間、コハクの声がきこえた。
慌てて、病棟の方を見れば、廊下の窓を開けて、コハクがオレに話しかけているのが分かる。
「っ……バカ! お前、オレは周りには見えてねーんだぞ!! 無暗に話しかけるな!」
「大丈夫だよ、もうすぐ死んじゃうし、それに、死んだら、みんな納得するんじゃない?」
「だからって……っ」
さっきの会話、聞こえてなかったよな?
大丈夫だよな?
漠然とした不安がよぎって、無意識に心拍が早まる。
あれは、絶対に聞いちゃいけない言葉だ。
なんなふうに思われているなんて知ったら、きっと―――
「ねぇ……おばさんたち、なんて言ってた?」
「……!?」
だけど、そんなオレの気持ちを知ってか知らずか、コハク、オレにそう問いかけてきた。
「……な、なんで」
「窓越しに見えたんだ。おばさんたちがもめてたの。クロ、聞いてたんでしょ?」
「……」
真っ直ぐにオレを見つめるコハクの目は、まるで、オレの心を見透かしているように見えた。そして
「私の質問には、嘘をつかないで素直に答えてくれるって言ったよね? それとも、あの言葉──嘘だったの?」
「……っ」
言いたくない──そう思うのに、再度念押しされた言葉に、心臓がドクンと波打った。
きっとコハクのは、オレが嘘をつけないってわかったうえで聞いてきてるのだろう。
どうしよう。
逃げ場のないその問いかけに、オレはゴクリと息を飲むと
「っ……後悔、してもしらねーぞ」
「うん」
その忠告に、コハクは、またいつもどおり笑っていて、今までだって、平然と聞いていたし、コハクにとっては、なんでもないことなんだろうか?
オレは、そう思うと……
「どうせ止まるなら……早く…心臓……とまってくれって……っ」
「…………」
吐き出した言葉は、ずごく重かった。
言ってるこっちも、辛いし、痛いし、嫌な気分になった。
その後、ゆっくりと視線を上げれは、コハクは表情を暗くして、うつむいていた。
「そっか……私の前ではあんなこといってたのに、心の中では、そんな事思ってたんだ」
しぼり出すように吐き出されたその言葉は、ひどく震えていて、だけど必至に笑おうとしているのがよく伝わってきた。
「あはは、ごめんね」
「?」
「なんとなく、そんな気はしてたから大丈夫だと思ったんだけど、やっぱり聞かなきゃよかった。知ったら、こんなに死にたくなるほど辛くなるなんて……思わなかった……っ」
「……っ」
目に溜まった涙が、ゆっくりコハクの頬を流れ落ちれはま、その涙と言葉は、オレの心に深く突き刺さった。
(死にたくなる……くらい?)
その言葉に、またサリエルの言葉を思い出した。
人を殺せる嘘って、こういうことなのか?
オレが今までついてきた嘘って、こう言う嘘だったのか?
本心とは違う嘘の言葉は、その本心を知った時に、こんなにも相手を傷つけるのか?
(じゃぁ……オレは今まで……っ)
どれだけ相手を、傷つけてたんだ?
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