第21話 嘘の種類


 7月7日 23時46分――


 コハクの魂は、この世に未練を残すことなく、無事天国に導かれた。


 もともと赤い目を、更に赤くしたまま、オレが天上界に戻ると、当然のごとくサリエルに呼び出された。


「クロ、覚悟はできていますか?」


 ラエルと共に、サリエルの仕事部屋にはいると、オレの目の前に立ったサリエルは、また、いつもの笑顔を向けて、オレにそう問いかけてきた。


 ――覚悟。


 その言葉に、オレは、すっと息を吸うと


するんだろ、オレは」


「はい。君は神に逆らい未来を変えようとしたばかりか、私の罰を破り嘘をつきました。これを見逃すわけにはいきません」


 コハクを看取った次の日――


 オレは、神様に逆らい嘘をついたことにより「裁き」を受けることになった。







 


 

21. 嘘の種類


 









「おい!! サリエル!!」


 バタン!!──と、乱暴に扉が開くと、バタバタと広間に駆け込んできたクロは、中で仕事をしているサリエルに向かって、大きく声を上げた。


 広々としたその部屋の奥で、書物を片手にペンを滑らせていたサリエルは、そんなクロに目もくれぬまま、平然とした様子で返事を返す。


「騒々しいですねー、何ごとですか?」


「何ごとじゃねーよ!? お前、いつオレを消滅させる気なんだ!!」


 だが、その後、一切視線を移すことなく仕事を続けるサリエルに、クロは『聞けよ!!』と言わんばかりに机を叩く。


 クロが、こうして怒っている理由。


 それは、裁きが決まったにもかかわらず、その後一カ月たっても、クロの『消滅の儀』が行われていないからだ。


「消滅させるって言ってから、もう一カ月だぞ! これじゃ、死刑執行を待つ犯罪者みてーじゃねーか!?」


「犯罪者というのは、間違ってはいないでしょう?」


 サリエルがニコリと笑ってそう言うと、そのあっさりとした態度に、クロはわなわなと肩を震わせた。


 てっきり、次の日には消滅させられるのだと思っていた。それなのに


「いくらなんでも、こんなに待たされるなんて……っ」


「たかだか、一ヶ月で何を言っているのですか? あの娘は、そのいつ死ぬか分からない恐怖に、二年も耐えていたんですよ」


「まさか、二年も待たす気なのか!?」


「そういうわけではありません。今の私は、少々仕事が立て込んでいるだけです。ひと段落したら、すぐに消滅させてあげますよ。それに、せっかく『心読の魔法』もといて、自由にさせているのです。せいぜい、残り少ない人生、未練を残さぬよう、過ごしておいてくださいね」


「……っ」


 再びにニコリと笑ったサリエルに、さすがのクロも言葉を失った。


 わかってはいたが、この男は、本当に罪を犯した天使には容赦がない!


「ッ――このドS天使!! オレが死んだら、化けて出てやるからな!!」


 クロは、キッとサリエルを睨みつけると、まるで負け犬のようなセリフを吐き捨てて、また部屋から出て行った。


 サリエルは、そんなクロを見送ると


「ふふ、化けて出るそうですよ。どうしましょうか、ラエル」


「消滅したら、転生はおろか、魂すら残らないのですから、化けたくても化けれませんよ」


 サリエルが、やれやれと呆れながら、そう言うと、その一連の出来事を傍らで見ていたラエルが、冷静につっこんだ。


 消滅したら、どうなるか?


 辛い精神の修行をさせられるとか、サタンに魂を喰われるとか、天使の間でも都市伝説のように、様々な噂が囁かれているが、そのどれでもない。


 「消滅」とはその言葉のとおり、まるで存在しなかったかのように、綺麗さっぱり消えるだけ。


「それより、そうヘラヘラ笑って恨みをかってくるのやめてください。俺たちの仕事は、ただでさえ恨まれやすいんですから」


「あはは。ヘラヘラ笑ってるとは、ひどいですね~」


 歯に衣を着せぬラエルの言動に、サリエルはまたニコニコと笑うと、再び、目の前の書類にペンを走らせ始めた。


 すると、そんなサリエルの側で、ラエルが、再度問いかける。


「……本当に、クロを消滅させる気ですか?」


「はい。そのつもりですよ」


「なら、なぜこんなに引き延ばすのですか。これではクロが、あまりにも」


「ですから、仕事が忙しいと」


「それが、俺にも通用すると、お思いで?」


「あはは、でしょうねー」


 ラエルの言葉に、サリエルは珍しく苦笑いを浮かべる。そして、その後、一旦手を止め


「……そうですね。さすがに、もう限界かもしませんね」


「?」


 ぼそりと呟いたサリエルの言葉を聞いて、ラエルは首を傾げる。


「サリエル様?」


「分かりました。では、一週間後の正午、クロを消滅させましょう。伝えておいてください。彼のを—―」


「!?」


 だが、その後更にクロが苦しむ提案をしてきたサリエルに、ラエルは驚く。


「っ……なにを考えていらっしゃるのですか!? なぜ、そこまでクロを苦しめる必要が!? 確かにクロは、これまで他人を騙し傷つけていました! ですが、あの子を、あのようにしてしまったのは、だ! それなのに、嘘をついただけで消滅なんて……!!」


「そうですね。嘘など誰でもつきます。知っていますか、ラエル。人間界には『嘘をついてはいけません』『嘘つきは泥棒のはじまり』などという言葉があるそうですよ。子供たちに、嘘はよくないと教えるための言葉です。ですが、嘘をつかずに生きられる者などいません……矛盾しているとは思いませんか?」


「っ……それは」


「ただ、嘘をつくのがいけないのではなく、嘘をつくのがいけないのかを教えてあげなくてはいけないのです。嘘には種類があります。人を陥れる悪い嘘。自分を守るための嘘。そして、相手のためにつく優しい嘘……大きく分ければ、この三つです。クロは、この一週間で、それを学ぶことができました。悪い嘘で、どれだけ人が傷つくのかを知り、自分を守る嘘の裏に、恐怖や悲しみが隠れていることを知り、自分なりに悩み考え、彼女が望んだをかけてあげました。あの嘘は、とても愛に溢れていたと思いますよ……おかげでコハクは、無事に天国にいくことができました」


「なら、なぜ消滅なんて……っ」


「仕方ありません。たとえそれが、どんな嘘だったとしても、クロが私の言いつけをやぶり嘘をついたことは事実です。それに、たとえ未遂だったとはいえ、あの手紙を藤崎に渡そうとした時点で、クロは”立派な危険因子”です。この先、神に背く恐れのある者を、このまま生かしておくかどうかは、神様しだい」


「ッ……」


 その言葉にラエルは、苦しそうに奥歯を噛みしめた。


 自分達の天使の命は、全て神様に委ねられている。


 神様のために生まれ、神様のために生き、神様が必要ないと決めたら、あっさり消滅されてしまう種族。


 そして、それは幼いクロだって、同じだった。


「神様が、お決めになったというのですか……?」


「そうです。神に逆らおうとしたクロの行いは、決して許されることではありません。たとえクロが反省し更生したところで、今さら遅いのです。まぁ、良いではありませんか。極悪非道な出来損ない天使が一人、いなくなるのです。すべては、クロがこれまで傷つけてきた、誰かに痛みが返ってきた結果。それに、クロがいなくなったところで、悲しむ家族は誰もいませんしね」


「っ……だからって、本当にこれでいいとお思いですか! クロを処刑するのは、サリエル様なんですよ!!」


 いつものように、穏やかに笑うサリエルを見て、ラエルが声を荒げる。だが、サリエルは特に取り乱す様子もなく


「はい。それが私のですから」


「っ……どうして、笑っていられるのですか、子供を一人、処刑するというのに……っ」


 そういって、苦々しげに言葉を発すると、ラエルは『少し頭を冷やしてきます』と言って、部屋から出て行った。


 サリエルは、ラエルが出ていった扉を、静かに見つめると


「なんで、笑っていられるか……か」


 その後、ギシリと椅子にもたれかかり、どこか悲しげな表情を浮かべた。


 なぜ、笑っているのか?

 答えは簡単だった。


「……笑って心を殺さないと、耐えられないんですよ。私の仕事は……を裁くことですから――」




 

 クロが、消滅するまで――あと、7日。




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