第21話 嘘の種類
7月7日 23時46分――
コハクの魂は、この世に未練を残すことなく、無事天国に導かれた。
もともと赤い目を、更に赤くしたまま、オレが天上界に戻ると、当然のごとくサリエルに呼び出された。
「クロ、覚悟はできていますか?」
ラエルと共に、サリエルの仕事部屋にはいると、オレの目の前に立ったサリエルは、また、いつもの笑顔を向けて、オレにそう問いかけてきた。
――覚悟。
その言葉に、オレは、すっと息を吸うと
「消滅するんだろ、オレは」
「はい。君は神に逆らい未来を変えようとしたばかりか、私の罰を破り嘘をつきました。これを見逃すわけにはいきません」
コハクを看取った次の日――
オレは、神様に逆らい嘘をついたことにより「裁き」を受けることになった。
21. 嘘の種類
◇
「おい!! サリエル!!」
バタン!!──と、乱暴に扉が開くと、バタバタと広間に駆け込んできたクロは、中で仕事をしているサリエルに向かって、大きく声を上げた。
広々としたその部屋の奥で、書物を片手にペンを滑らせていたサリエルは、そんなクロに目もくれぬまま、平然とした様子で返事を返す。
「騒々しいですねー、何ごとですか?」
「何ごとじゃねーよ!? お前、いつオレを消滅させる気なんだ!!」
だが、その後、一切視線を移すことなく仕事を続けるサリエルに、クロは『聞けよ!!』と言わんばかりに机を叩く。
クロが、こうして怒っている理由。
それは、裁きが決まったにもかかわらず、その後一カ月たっても、クロの『消滅の儀』が行われていないからだ。
「消滅させるって言ってから、もう一カ月だぞ! これじゃ、死刑執行を待つ犯罪者みてーじゃねーか!?」
「犯罪者というのは、間違ってはいないでしょう?」
サリエルがニコリと笑ってそう言うと、そのあっさりとした態度に、クロはわなわなと肩を震わせた。
てっきり、次の日には消滅させられるのだと思っていた。それなのに
「いくらなんでも、こんなに待たされるなんて……っ」
「たかだか、一ヶ月で何を言っているのですか? あの娘は、そのいつ死ぬか分からない恐怖に、二年も耐えていたんですよ」
「まさか、二年も待たす気なのか!?」
「そういうわけではありません。今の私は、少々仕事が立て込んでいるだけです。ひと段落したら、すぐに消滅させてあげますよ。それに、せっかく『心読の魔法』もといて、自由にさせているのです。せいぜい、残り少ない人生、未練を残さぬよう、過ごしておいてくださいね」
「……っ」
再びにニコリと笑ったサリエルに、さすがのクロも言葉を失った。
わかってはいたが、この男は、本当に罪を犯した天使には容赦がない!
「ッ――このドS天使!! オレが死んだら、化けて出てやるからな!!」
クロは、キッとサリエルを睨みつけると、まるで負け犬のようなセリフを吐き捨てて、また部屋から出て行った。
サリエルは、そんなクロを見送ると
「ふふ、化けて出るそうですよ。どうしましょうか、ラエル」
「消滅したら、転生はおろか、魂すら残らないのですから、化けたくても化けれませんよ」
サリエルが、やれやれと呆れながら、そう言うと、その一連の出来事を傍らで見ていたラエルが、冷静につっこんだ。
消滅したら、どうなるか?
辛い精神の修行をさせられるとか、サタンに魂を喰われるとか、天使の間でも都市伝説のように、様々な噂が囁かれているが、そのどれでもない。
「消滅」とはその言葉のとおり、まるで存在しなかったかのように、綺麗さっぱり消えるだけ。
「それより、そうヘラヘラ笑って恨みをかってくるのやめてください。俺たちの仕事は、ただでさえ恨まれやすいんですから」
「あはは。ヘラヘラ笑ってるとは、ひどいですね~」
歯に衣を着せぬラエルの言動に、サリエルはまたニコニコと笑うと、再び、目の前の書類にペンを走らせ始めた。
すると、そんなサリエルの側で、ラエルが、再度問いかける。
「……本当に、クロを消滅させる気ですか?」
「はい。そのつもりですよ」
「なら、なぜこんなに引き延ばすのですか。これではクロが、あまりにも」
「ですから、仕事が忙しいと」
「それが、俺にも通用すると、お思いで?」
「あはは、でしょうねー」
ラエルの言葉に、サリエルは珍しく苦笑いを浮かべる。そして、その後、一旦手を止め
「……そうですね。さすがに、もう限界かもしませんね」
「?」
ぼそりと呟いたサリエルの言葉を聞いて、ラエルは首を傾げる。
「サリエル様?」
「分かりました。では、一週間後の正午、クロを消滅させましょう。伝えておいてください。彼の死亡日時を—―」
「!?」
だが、その後更にクロが苦しむ提案をしてきたサリエルに、ラエルは驚く。
「っ……なにを考えていらっしゃるのですか!? なぜ、そこまでクロを苦しめる必要が!? 確かにクロは、これまで他人を騙し傷つけていました! ですが、あの子を、あのようにしてしまったのは、見た目で判断して、悪魔のような子だと決めつけた大人達のせいだ! それなのに、嘘をついただけで消滅なんて……嘘など誰でもつきます!!」
「そうですね。嘘など誰でもつきます。知っていますか、ラエル。人間界には『嘘をついてはいけません』『嘘つきは泥棒のはじまり』などという言葉があるそうですよ。子供たちに、嘘はよくないと教えるための言葉です。ですが、嘘をつかずに生きられる者などいません……矛盾しているとは思いませんか?」
「っ……それは」
「ただ、嘘をつくのがいけないのではなく、どのような嘘をつくのがいけないのかを教えてあげなくてはいけないのです。嘘には種類があります。人を陥れる悪い嘘。自分を守るための嘘。そして、相手のためにつく優しい嘘……大きく分ければ、この三つです。クロは、この一週間で、それを学ぶことができました。悪い嘘で、どれだけ人が傷つくのかを知り、自分を守る嘘の裏に、恐怖や悲しみが隠れていることを知り、自分なりに悩み考え、彼女が望んだ最高の嘘の言葉をかけてあげました。あの嘘は、とても愛に溢れていたと思いますよ……おかげでコハクは、無事に天国にいくことができました」
「なら、なぜ消滅なんて……っ」
「仕方ありません。たとえそれが、どんな嘘だったとしても、クロが私の言いつけをやぶり嘘をついたことは事実です。それに、たとえ未遂だったとはいえ、あの手紙を藤崎に渡そうとした時点で、クロは”立派な危険因子”です。この先、神に背く恐れのある者を、このまま生かしておくかどうかは、神様しだい」
「ッ……」
その言葉にラエルは、苦しそうに奥歯を噛みしめた。
自分達の天使の命は、全て神様に委ねられている。
神様のために生まれ、神様のために生き、神様が必要ないと決めたら、あっさり消滅されてしまう種族。
そして、それは幼いクロだって、同じだった。
「神様が、お決めになったというのですか……?」
「そうです。神に逆らおうとしたクロの行いは、決して許されることではありません。たとえクロが反省し更生したところで、今さら遅いのです。まぁ、良いではありませんか。極悪非道な出来損ない天使が一人、皆の望み通りいなくなるのです。すべては、クロがこれまで傷つけてきた、誰かに痛みが返ってきた結果。それに、クロがいなくなったところで、悲しむ家族は誰もいませんしね」
「っ……だからって、本当にこれでいいとお思いですか! クロを処刑するのは、サリエル様なんですよ!!」
いつものように、穏やかに笑うサリエルを見て、ラエルが声を荒げる。だが、サリエルは特に取り乱す様子もなく
「はい。それが私の仕事ですから」
「っ……どうして、笑っていられるのですか、子供を一人、処刑するというのに……っ」
そういって、苦々しげに言葉を発すると、ラエルは『少し頭を冷やしてきます』と言って、部屋から出て行った。
サリエルは、ラエルが出ていった扉を、静かに見つめると
「なんで、笑っていられるか……か」
その後、ギシリと椅子にもたれかかり、どこか悲しげな表情を浮かべた。
なぜ、笑っているのか?
答えは簡単だった。
「……笑って心を殺さないと、耐えられないんですよ。私の仕事は……仲間を裁くことですから――」
クロが、消滅するまで――あと、7日。
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