第3話 出会いと始まり


 バサッ―――


 星が輝く夜。クロは小ぶりの翼を羽ばたかせながら、空を飛行していた。


 分厚い雲をぬけ、ビルやホテルの明かりがこうこうと輝く街の上とおりすぎると、そこからしばらく進んだ先に、目的の場所が見えてきた。


 鏡ヶ丘総合病院かがみがおかそうごうびょういん


 広大な敷地の中に建つ、大きな箱のような白い建物は、病気に苦しむ人間を治療している施設らしい。


 クロはその建物を見渡せる場所まで来ると、確認のため、サリエルから手渡された指令書をとりだした。


 月明かりに照らされるなか、クロが、ぱらぱらとその書類をめくると、その最後のページに、これから会いに行く少女の名前があった。


 浅羽あさばコハク。13歳。


 この病院の2階、207号室の個室にいるこの少女は、今日から一週間後


 ――――死亡する。


 サリエルから課せられた仕事は、その少女を"看取みとる"ことだった。


「あー……めんどくせー」


 わしゃわしゃと髪をかきみだしながら、クロはこれでもかと指令書を睨みつけた。


 サリエルから「二度と嘘をついてはいけません」と、理不尽な罰を課せられてから、数時間。


 クロは、いまだに納得できないことばかりだった。


 まず、嘘をついただけで消滅ってのが、おかしい!

 正直いってクロは、そこまで悪い事をしたという自覚がなかった。なにより


「"人を殺せる嘘"って、なんだあれ……嘘で人が殺せるかよ、バカらしい」


 サリエルが言っていた、あの言葉の意味が分からず、クロは、ひたすら愚痴をこぼす。


 だが、心を読まれているわけだし、これ以上サリエルの悪口を言って、更に罰を増やされても困る。


 クロは、落ち着けとばかりに深呼吸をすると、再び指令書をみつめた。


 指令書には、まるで隠し撮りされたかのような"浅羽あさばコハク"の写真があった。


 ふわりとした栗色の短い髪に、あまり外出しないのか、肌の色がとても白く、そして長い睫毛と、ぱっちりとした目が印象的な、可愛らしい女の子。


「オレの嘘は、人を傷つける……か」


 クロは、自分とそう年のかわらない、その女の子の写真をみつめて、あらためて考える。


 つまり、嘘をつくなということは、このコハクという少女を、最期まで看取れということなのだろう。


「てか、看取るなら、死ぬ日だけでよくね? なんで、わざわざ一週間も一緒にいなきゃならないんだよ……!」


 ただ、看取るだけの仕事が、まさか一週間も付き添わなくてはならないとは思わず、クロは頭を抱えた。


 だが、あの罰を取り下げてもらうには、この仕事をしっかり全うしなくてはならない!


 そのためには、何にがなんで、この一週間、嘘をつかずに過ごさなくては!!


「でも、でいいなら楽勝だよな! 一週間、我慢すりゃ、俺は、無罪放免だし!」


 するとクロは、またツバサを羽ばたかせて、浅羽コハクの元に飛び立った。










第3話 出会いと始まり








◇◇◇



「コハクちゃん、まだ起きてたの?」


 当直の看護士が懐中電灯を片手に病室にあらわれると、ベッドの上で起きあがっているコハクに声をかけた。


 薄暗い病室の中は、どこかひんやりとしていた。


 少しこじんまりとした、その部屋には、ベッドが一つと小さなロッカー。そして、退屈しないようにと置かれた小型のテレビと冷蔵庫。


 あとは、来客用の座り心地の悪そうな丸イスが二脚、置いてあるだけだった。


 棚の上には花一つなく、その部屋は女の子が入院しているわりには、なんとも殺風景な部屋。


「今、目が覚めたんです」


「そう……特にかわりはない?」


「はい」


「じゃぁ、ゆっくり休んでね?」


 看護士の女性は、優しくコハクに微笑みかけると、その後、軽く手を振り立ち去っていった。


 コハクは、看護士を見送ったあと、ベッドから、そろりとぬけだすと、側にあった薄手のカーディガンを手に取った。


 桃色の半袖パジャマの上にカーディガンを羽織り、壁にかけられた時計に目をうつすと、もう時刻は深夜一時を過ぎていた。


 コチコチと針がすすむ音に耳を傾けながら、一時を過ぎたということは、今日はもう7月1日なのだと言うことに気づいて、コハクはテレビの横に置いていた卓上カレンダーを手に取った。


 可愛らしい猫の写真がプリントされているカレンダー。それを6月から7月に変える。


 すると


「……眠れない」


 コハクはボソリとつぶやいて、窓の外を見つめた。


 その日は、月が、とても綺麗な夜だった。


 今年、最初の7月の空は、満天の星で埋め尽くされていた。


 コハクは、その綺麗な星空をもっと近くで見ようと、カレンダーをテレビの横に戻すと、そのまま窓の側に歩みよる。


 あまり音をたてないよう窓を開けると、ゆっくりと空を見上げた。


 夜風が気持ちいい。


 そよそよと風が頬をかすめれば、それは同時に、肩にかからないくらいのコハクの栗色の髪をゆらす。


 バサ────ッ


「?」


 だがその時、不意に、鳥が羽ばたくような音がした。


 ツバメやすずめではない。もっと大きな鳥が羽ばたく音。その音に、コハクが暗がりのなか、そっと目をこらすと、病室の前に立つ大きな木の上。


 その大樹の枝の上から、真っ直ぐにこちらを見下ろしている、の姿が目に入った。


「……え?」


 それは、明らかにではなかった。


 白い翼に、赤い瞳。闇に溶け込む真っ黒な黒髪は、その純白の翼とはひどく対照的で、どこか神秘的な美しささえ感じた。


「───浅羽あさば コハクだな」


 すると、コハクを見つめ、少年が言葉を放った。


 鈴のように澄んだ声だった。

 耳に心地よい声。


 だけど、まだ幼さを残す男の子の声。


 コハクが、その少年から目をそらせずにいるまて、少年はスッと目を細めて、コハクに二言目をはなつ。


 だが、その言葉は、悪魔でもなく、死神でもなく『天使』から告げられた


「お前、もうすぐ


 ────死亡宣告だった。


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