第3話 出会いと始まり
バサッ―――
星が輝く夜。クロは小ぶりの翼を羽ばたかせながら、空を飛行していた。
分厚い雲をぬけ、ビルやホテルの明かりがこうこうと輝く街の上とおりすぎると、そこからしばらく進んだ先に、目的の場所が見えてきた。
広大な敷地の中に建つ、大きな箱のような白い建物は、病気に苦しむ人間を治療している施設らしい。
クロはその建物を見渡せる場所まで来ると、確認のため、サリエルから手渡された指令書をとりだした。
月明かりに照らされるなか、クロが、ぱらぱらとその書類をめくると、その最後のページに、これから会いに行く少女の名前があった。
この病院の2階、207号室の個室にいるこの少女は、今日から一週間後
――――死亡する。
サリエルから課せられた仕事は、その少女を"
「あー……めんどくせー」
わしゃわしゃと髪をかきみだしながら、クロはこれでもかと指令書を睨みつけた。
サリエルから「二度と嘘をついてはいけません」と、理不尽な罰を課せられてから、数時間。
クロは、いまだに納得できないことばかりだった。
まず、嘘をついただけで消滅ってのが、おかしい!
正直いってクロは、そこまで悪い事をしたという自覚がなかった。なにより
「"人を殺せる嘘"って、なんだあれ……嘘で人が殺せるかよ、バカらしい」
サリエルが言っていた、あの言葉の意味が分からず、クロは、ひたすら愚痴をこぼす。
だが、心を読まれているわけだし、これ以上サリエルの悪口を言って、更に罰を増やされても困る。
クロは、落ち着けとばかりに深呼吸をすると、再び指令書をみつめた。
指令書には、まるで隠し撮りされたかのような"
ふわりとした栗色の短い髪に、あまり外出しないのか、肌の色がとても白く、そして長い睫毛と、ぱっちりとした目が印象的な、可愛らしい女の子。
「オレの嘘は、人を傷つける……か」
クロは、自分とそう年のかわらない、その女の子の写真をみつめて、あらためて考える。
つまり、嘘をつくなということは、このコハクという少女を、傷つけることなく最期まで看取れということなのだろう。
「てか、看取るなら、死ぬ日だけでよくね? なんで、わざわざ一週間も一緒にいなきゃならないんだよ……!」
ただ、看取るだけの仕事が、まさか一週間も付き添わなくてはならないとは思わず、クロは頭を抱えた。
だが、あの罰を取り下げてもらうには、この仕事をしっかり全うしなくてはならない!
そのためには、何にがなんで、この一週間、嘘をつかずに過ごさなくては!!
「でも、一週間でいいなら楽勝だよな! 一週間、我慢すりゃ、俺は、無罪放免だし!」
するとクロは、またツバサを羽ばたかせて、浅羽コハクの元に飛び立った。
第3話 出会いと始まり
◇◇◇
「コハクちゃん、まだ起きてたの?」
当直の看護士が懐中電灯を片手に病室にあらわれると、ベッドの上で起きあがっているコハクに声をかけた。
薄暗い病室の中は、どこかひんやりとしていた。
少しこじんまりとした、その部屋には、ベッドが一つと小さなロッカー。そして、退屈しないようにと置かれた小型のテレビと冷蔵庫。
あとは、来客用の座り心地の悪そうな丸イスが二脚、置いてあるだけだった。
棚の上には花一つなく、その部屋は女の子が入院しているわりには、なんとも殺風景な部屋。
「今、目が覚めたんです」
「そう……特にかわりはない?」
「はい」
「じゃぁ、ゆっくり休んでね?」
看護士の女性は、優しくコハクに微笑みかけると、その後、軽く手を振り立ち去っていった。
コハクは、看護士を見送ったあと、ベッドから、そろりとぬけだすと、側にあった薄手のカーディガンを手に取った。
桃色の半袖パジャマの上にカーディガンを羽織り、壁にかけられた時計に目をうつすと、もう時刻は深夜一時を過ぎていた。
コチコチと針がすすむ音に耳を傾けながら、一時を過ぎたということは、今日はもう7月1日なのだと言うことに気づいて、コハクはテレビの横に置いていた卓上カレンダーを手に取った。
可愛らしい猫の写真がプリントされているカレンダー。それを6月から7月に変える。
すると
「……眠れない」
コハクはボソリとつぶやいて、窓の外を見つめた。
その日は、月が、とても綺麗な夜だった。
今年、最初の7月の空は、満天の星で埋め尽くされていた。
コハクは、その綺麗な星空をもっと近くで見ようと、カレンダーをテレビの横に戻すと、そのまま窓の側に歩みよる。
あまり音をたてないよう窓を開けると、ゆっくりと空を見上げた。
夜風が気持ちいい。
そよそよと風が頬をかすめれば、それは同時に、肩にかからないくらいのコハクの栗色の髪をゆらす。
バサ────ッ
「?」
だがその時、不意に、鳥が羽ばたくような音がした。
ツバメやすずめではない。もっと大きな鳥が羽ばたく音。その音に、コハクが暗がりのなか、そっと目をこらすと、病室の前に立つ大きな木の上。
その大樹の枝の上から、真っ直ぐにこちらを見下ろしている、少年の姿が目に入った。
「……え?」
それは、明らかに人ではなかった。
白い翼に、赤い瞳。闇に溶け込む真っ黒な黒髪は、その純白の翼とはひどく対照的で、どこか神秘的な美しささえ感じた。
「───
すると、コハクを見つめ、少年が言葉を放った。
鈴のように澄んだ声だった。
耳に心地よい声。
だけど、まだ幼さを残す男の子の声。
コハクが、その少年から目をそらせずにいるまて、少年はスッと目を細めて、コハクに二言目をはなつ。
だが、その言葉は、悪魔でもなく、死神でもなく『天使』から告げられた
「お前、もうすぐ死ぬぞ」
────死亡宣告だった。
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